TOM's Diary
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| 2004年08月19日(木) |
S氏オリンピック出場 |
もちろんS氏はオリンピックに出場する夢を抱いていた。 夢の実現のために毎晩密かに練習に励んでいた。 雨の日も風の日も休みなく練習に励んでいた。 (室内競技には雨も風も関係ないが)
協会に加盟し、国際大会にも出場し、そしてついに協会の 選考委員会でS氏が選ばれた。オリンピックの正式種目では ない上、とてもマイナーな種目であり、競技人口自体少な かったが、人口を考えると、最終選考に残れるのはわずか 3名、そして出場枠はたったの1名と言うのは難関であった。 (競技人口は国内ではたったの100名、そして毎日練習する ほど熱中していたのはS氏の他に1名しかいなかった)
マイナーな種目だけにテレビ等でも紹介されることはなかったが 確かに夢の実現がすぐそこまでせまっていた。
そして、S氏は協会に貰った航空券を片手に成田に向かった。
空港に着いたS氏はさっそくチェックインカウンターに向かった。 向かったのだが、たどり着くことはできなかった。 なんと運の悪いことか! 火星旅行のときに一週間にわたって不当な取調べを続けた 係官と目が合ってしまったのだ。
S氏は航空券を取り上げられ、事務所に連れ込まれて念入りに 荷物検査と身体検査を受けた。なにもないと判ると係官はS氏を レントゲン検査するように指示を出した。体内になにか隠し持って いるに違いないと考えたのだった。もちろんS氏はなにも隠して いない。
S氏は泣きそうだった。 火星に引き続き、オリンピック出場までこいつに阻止されるなんて!
そんなとき、突然係官の携帯が鳴った。 係官は突然不機嫌になり、航空券をS氏に返すとなにも言わずに 部屋を出て行った。 S氏は状況がさっぱり判らず、このまま部屋をでるとまたあの 係官に難癖をつけられるのではないかと不安に思った。 しかし、時計を見るとなんとか飛行機の出発には間に合いそう だったため、慌てて部屋を飛び出した。 部屋を出たときに、廊下で係官が上司に激しく抗議をしている ところに出くわした。係官はちらりとS氏の方を見て、下品な 言葉を投げかけたが、S氏の耳には届かなかった。とにかく 飛行機に乗ることが重要だった。
S氏はカーペットが敷かれた落ち着いた雰囲気の空港ロビーを 必死で駆け抜けなんとか飛行機に飛び乗ることが出来た。
オリンピック会場はとてもすばらしかった。 広々として優雅な選手村、すばらしいお天気、美味しい料理。 S氏はさっそく自分が出場する競技の会場を下見することにした。 なんとそれは選手村から歩いて5分という距離にあった。
もちろん、選手村がとても広大なので、S氏は選手村の入り口まで バスに10分ほど乗らなければならなかったので、会場までは 実質20分近くかかったことになるのだが、こんなに近くだとは 思わなかった。
選手村の入り口から、協会から貰った地図を頼りに歩いていくと 前方に立派な体育館が見えてきた。 きっとあそこに違いない。 そう思って近づくと、地図と体育館の位置が微妙に違った。 地図では大きな交差点の手前が会場ということになっていたが、 体育館は交差点の向こうにある。S氏はもう一度地図を見た。 間違いない。交差点の手前になっている。 しかし、交差点の手前にはなにもない。
いや、小さなプレハブが一軒建っているだけである。 よく見るとオリンピックのマークが書かれている。 現地の言葉と英語でなにか書かれているようだ。 現地の言葉は良く判らないが英語ならなんとか判るに違いない。 間違いない、ここがS氏の出場する競技の会場のようだ。
S氏はがっかりした。 あの立派な体育館で競技ができると思ったのに・・・ しかし、中を覗いてみると一応しっかりした設備は 整っているようである。少ないとは言え観客席もちゃんと 用意されている。テレビ中継用と思われるブースまで 用意されているのには驚いた。 一番奥に用意された表彰台を見てS氏は思わず頬が緩んだ。 自分があの真中に立てるかもしれない。
S氏は選手村に戻り、明日の競技に向けてゆっくりと することにした。
翌日S氏は競技会場に向かった。 まだ予選ということもあり、観客は数名しかいなかったが S氏的には十分である。あまり観客が大勢いると緊張して なにも出来なくなってしまうに違いない。
控え室でたまたま隣に座った選手はS氏と同じSと言う名前だった。 もちろん、正確には違う名前だが、耳で聞くと非常に似たような 名前に聞こえる。英語の「George」と日本の「譲二」のような 感じだ。そんなこともあって、二人は意気投合したのだった。
予選はあっという間に終わった。 S氏は総合で2位に付け予選を無事通過した。 もちろんS氏は全力は出し切っていなかった。 金メダルは確実にS氏のものであることを確信した。
Sによると、決勝では、出場の際して、ファン ファーレは鳴るは、テレビは来るは、それはもうオリンピック 気分満点であると言う事だった。 S氏はスポットライトを浴びながらファンファーレと共に会場入り する自分の姿を想像して、思わず頬が緩んだ。きっとインタビュー も受けるに違いない。なんて答えようか?
SはS氏の2位と言う成績に感動し、しきりに握手を求めてきた。 Sは正直S氏がそんな実力の持ち主だとは思わず馬鹿にしていたことを 自ら認め、S氏に謝ってきたが、S氏は快く許した。 そんなS氏は逆にSのことをとても強敵だと思っていたことを打ち明け 二人はますます意気投合した。
Sは午後の決勝までの間、かなり時間があるので、 是非、なじみの店の美味しい食事をご馳走したいと言ってきた。 地元の選手で美味い店も知っているとの事。 S氏はSにご馳走してもらうことにして、会場を離れた。
S氏とSはまるで旧知の知り合いのように打ち解けあって 話しに夢中であった。店の外は急激なスコールで土砂降りの 雨が降っていることも気がつかないほどだった。 店長が気をきかして「そろそろ戻らないと決勝に出られないぞ」と 言わなければ、夜中までそうしていたかもしれなかった。
S氏とSは店を出て、初めて台風のような暴風雨が吹き荒れていた ことを知った。もちろん、あっという間スコールだったので、 二人が店を出たときにはすでにもとのお天気に戻っていたのだが 遠くからかすかに聞こえる雷鳴と、びっしょりと濡れた路面に、 路面に転がる看板や折れた枝などがその痕跡を示していた。
SはS氏に年になんどかこんなことがあるんだと言って会場に向かった。 しかし・・・会場はなかった。
強風で会場は吹き飛ばされていたのだった。 もちろん正式競技でない種目であるため、代替の会場などなかった。 競技は中止である。もちろんメダルも貰えるはずはない。 S氏はその場にヘナヘナと座り込んでしまった。
Sは自分のせいでもないのにS氏にしきりに謝罪した。
S氏はやっとの思いで立ち上がると、次回オリンピックでの 再会を約束しSと別れた。
しかし、「オリーブの種飛ばし(日本で言う所の「サクランボの 種飛ばし」)」がオリンピックに正式に採用されることなどある はずもなく、それどころか決勝戦が行われなかったためにエキシ ビジョンが行われたことさえ記録に残らなかった。
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