早朝、軒を打つ久しぶりの雨音に目が覚めました。
大地と自然に生命の全てを預けている植物たちは、ほっと一息ついていることでしょう。
午後、掃除道で著名な鍵山秀三郎氏の講演がアイナリーホールで行われました。
76才になられたのですが、血色もよく、昨日の大きな講演会をこなしてこられたとは思えないほど生気にあふれておられました。
講演のお裾分けです。
先生がなぜトイレやみぞなどの掃除という下座行を続けてきた理由を3つあげられました。
1、下から見ると全てが見える。
中国のことわざに「晦(かい)にあるものは能(よ)く明(めい)を見る」というのがあります。 晦は暗くて低いところ、明は高くて明るいところで、へりくだったところからしか、正確にものは見えないという意味です。
2、誰にでもできることを、誰にもできないくらい続ける。いつまでもいつまでも。(凡事徹底)
3、大きな努力で、小さな成果を得る。
限りない努力をして、小さな成果に我慢をしていくことが大事、ということです。 少しの努力で、大きな成果を期待する今の風潮が、世界の混乱を産み出していると言われました。 確かに“一攫千金”、“濡れ手に粟”とは“アリとキリギリス”のように、人生失敗の原因ですものね。
また、日本がよくなるには、“わたしさえよければ”から “あなたさえよければ”へ せめて“あなたがよければ”へ それも無理なら“あなたもよければ”へ意識を変えればすぐにでもよくなると確信を持って説かれました。
夜、法則史学研究会があり、「王陽明」について学びました。
密度の濃い学びの一日でした。
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