早朝お産がありました。 3人目のお子さんでした。スムーズに出産され、お母さんはカンガルーケアで、裸の我が子がおなかや胸の上で動く感覚を、感動を込めた表現で楽しんでおられました。赤ちゃんが動きを止め、じっとしているとき、お母さんは静かに、“これがしたくてあなたを産んだのよ!かわいい!なんて気持ちがいいんでしょう!”と何度もつぶやきました。 私たちには、人間である前に動物である、動物である前に生物である、生物である前に地球の一部である、といったような“原風景”、“原体験”、あるいは“元型”といった感覚が備わっている。ある意味では細胞感覚とでもいったほうがいい、潜在意識の深い部分かもしれない。それが本能となって表現され、さらには知恵の源に進化してきたように思う。文明が発達してきても、最後まで原風景として残ったのが死生観であった。ところが近代医療はその部分を見事なまでに覆い隠してしまいました。私たちが見るのは、“経過”ではなく“結果”になってしまいました。それは結果的に、本来備わっている智慧を私たちから奪うことになりました。 最近次第に、延命医療拒否などにみられる、自分の死に際の選択など、死に関して元に戻ろうとする流れがおこっていますが、生(出産)に関しても近代医療の中にありながら、カンガルーケアや同伴分娩、そして母子同室・母乳育児のように原初の生を味わう動きが次第に活発になっています。これこそ私たち人間の“智慧”の復活、もしくは進化ではないでしょうか。
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