井口健二のOn the Production
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2025年04月13日(日) 未完成の映画、テルマがゆく!、OKAは手ぶらでやってくる、WE LIVE IN TIMEこの時に生きて、摩文仁、ら・かんぱねら

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
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『未完成の映画』“一部未完成的电影”
2023年9月紹介『サタデー・フィクション』(2019年製作)な
どのロウ・イエ監督が、COVID-19パンデミック時の映画事情
を描いた5年ぶりの作品。
主人公は映画監督。彼は10年前に資金難で頓挫した作品の製
作再開を目論んでいた。そこで10年前にシャットダウンした
PCを再起動し、以前に撮影した映像の再確認を開始すると
共に出演者にも声を掛け始める。
ただしその作品はクィアがテーマのために完成しても中国国
内での上映はできないものだったが、監督の意思に賛同する
スタッフ・キャストが集まり、武漢での撮影が再開される。
しかし撮影が終盤を迎えた2019年1月、事件が起きる。
それは最初、武漢の身分証明書を持つスタッフが、宿泊所の
ホテルに入館を拒否されたことに始まり、その事態は瞬く間
に広がって行く。そしてホテル内でも罹患者が発生し、ホテ
ル自体が隔離、パニックとなる。
そんな様子が、実際に当時撮影されたスマホの画面なども挿
入しながら、再現映像も含めてフェイクドキュメンタリーの
ように展開されて行く。

出演はチン・ハオ、チー・シー、マオ・シャオルイ、ホアン
・シュエン、リャン・ミン、チャン・ソンウェン。他に撮影
監督のヅォン・ジェン、サウンドデザイナーのフー・カンら
がスタッフと同時に演者としても登場する。
他にも編集担当、ヘアメイク担当、DITスーパーバイザー
らもそのままの演者として登場し、映画撮影のドキュメンタ
リーとしても通用するような作品だ。
因に本作は2024年のカンヌ国際映画祭にドラマ作品として特
別招待されたが、同映画祭のドキュメンタリー部門の作品と
してもノミネートされたそうだ。まさにそういう評価の作品
と言える。
それにしても中国映画の抱える問題なども巧みに描かれた作
品だが、当時に起きたパンデミックの状況を忘れない、そし
てそれを再確認する。そんな意味合いも含めた作品のように
も思えた。
なお出演者のホアン・シュエン、リャン・ミンは10年前に頓
挫した作品の映像にも登場するがそれが2009年の『スプリン
グ・フィーバー』。実は2人のシーンは上映版ではカットさ
れており、ここでは貴重なシーンが見られるものだ。

公開は5月2日より、東京地区はアップリンク吉祥寺、角川
シネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、渋谷シネクイント他にて
全国順次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社アップリンクの招待で試写を観
て投稿するものです。

『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』“Thelma”
1929年生まれで撮影時に実際に93歳だった女優のジューン・
スキップ演じる高齢女性が、卑劣な犯罪の標的にされたこと
から始まるアクション復讐劇。
主人公は高齢だが足腰も達者で、夫を亡くした2年前からは
一人住まいながらも平穏に暮らしていた。ただし近所に住む
ニートの孫が時折見張りに来て、その孫と過ごす時間は楽し
みでもあった。
ところがある日、その孫を自称する男からの電話が架かる。
そして事故を起こして収監され、緊急で1万ドルが必要と言
われ、娘に電話しても繋がらなかった主人公はやむなく現金
をかき集めて指定された住所に送ってしまう。
それはその直後にオレオレ詐欺と判るが、すでに封筒は配送
された後で、警察にもこの件は諦めるようにと言われてしま
う。しかし諦めきれない主人公はある手段に打って出る。そ
れは高齢者の仲間も巻き込んで…。

脚本と監督は、エディンバラ・フェスティヴァルで上演され
た即興ミュージカルなどに出演し、本作が長編初監督となる
ジョシュ・マーゴリン。因に脚本は監督の現在 103歳になる
祖母が巻き込まれた実話に基づくそうだ。
共演は2024年『グラディエーターII』などのフレッド・ヘッ
キンジャー。1971年『黒いジャガー』などに主演し、本作が
遺作となったリチャード・ラウンドトゥリー。2023年12月紹
介『ボーはおそれている』などのパーカー・ポージー。
さらに2008年6月紹介『アイアンマン』などのクラーク・グ
レック。そして1971年『時計じかけのオレンジ』などのマル
カム・マクダウェルらが脇を固めている。さらにトム・クル
ーズも…。
アメリカでオレオレ詐欺がどのくらい周知かは知らないが、
描かれる警察の態度などからは日本ほど問題視はされていな
いのかな? 監督も自身の祖母が被害者になったからこれを
書いたと言っているから、認知度は低いのかもしれない。
実際に描かれる犯行もかなりいい加減で、これなら高齢女性
でも復讐できそうだが、その辺が映画と言える作品ではあり
そうだ。日本の犯罪者に比べると微笑ましいのもこの作品の
良さと言える。
高齢者がなかなかのアクションを繰り広げるし、映画として
は楽しめる作品だ。

公開は6月6日より、東京地区はTOHOシネマズシャンテ他に
て全国ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社パルコ ユニバーサル映画の招
待で試写を観て投稿するものです。

『OKAは手ぶらでやってくる』
2022年に71歳で他界したOKAこと栗本英世氏。東南アジア
を舞台に「ひとりNGO」とも称された活動家の足跡と業績
を描いたドキュメンタリー。
栗本氏は滋賀県出身。16歳で上京して寿司店で見習いとして
働き始めるも、その後は新聞奨学生として定時制高校に通い
ながら福祉活動にも従事。さらにキリスト教にも帰依してい
たようで、19歳の時にその伝で台湾に留学する。
しかし30歳で聖職を目指して東京の神学校に通い始めたもの
の、35歳の時に卒業を目前にして故あって退学。台湾で学ん
だ中国語を活かして中国を経て東南アジアに渡り、タイでは
人身売買などの被害者の救済活動を始める。
そしてラオスでの活動の後に46歳でカンボジアに入り、ポル
ポト時代の負の遺産とも言える孤児たちの救済事業を開始。
地雷原の村に寺子屋形式の学校を開設。それは寺子屋16校、
先生 100人、生徒は5000人の規模にも及んでいるという。
そんな栗本氏の活動が生前元気なころに撮影された映像と、
寺子屋の建設と運営に関った元スタッフやその他の現地での
関係者、さらに日本での支援者らへのインタヴューと共に描
かれる。

監督は近畿圏を中心に民俗行事や芸能を記録してきた牧田敬
祐。その傍らで市民活動やNGOを支援する映像活動も続け
ており、その一環として栗本氏の取材も行ってきた中で本作
が生まれたとのことだ。
また挿入歌を、栗本氏に共鳴するシンガーソングライターの
友部正人が手掛けている。
東南アジアでの学校建設の募金という話は今までにも聞いた
ことがあるが、集められた資金を送っても現地では既存の学
校の傍に新校舎を建てるなど、本当に必要とされている場所
に資金が回ることは少ないと作中では語られていた。
まあそんなことだろうなあとは思っていたが、生前の栗本氏
なら確実に必要なところに役立ててくれる。そんな寄付先を
もっと早く知りたかったとも思ったものだ。まあ故人の遺志
を継ぐ組織はあるのだろうが。
因に題名の「OKA」というのはカンボジアの言葉で「チャ
ンス、機会」という意味。栗本氏は難民を訪ねる際にはお金
も薬も持たずに行くそうで、それはお金などを渡しても本当
の役には立たないからだという。
そんなところには「慈悲魔」という恐ろしい言葉もあるそう
だ。そんな支援の難しさも教えてくれる作品だ。

公開は5月10日より、東京地区は新宿K's cinema他にて全国
順次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社ミカタ・エンタテインメントの
招待で試写を観て投稿するものです。

『WE LIVE IN TIMEこの時に生きて』“We Live in Time”
2017年12月17日付題名紹介『ベロニカとの記憶』などの劇作
家ニック・ペインの脚本を、2003年『ダブリン上等!』や、
2015年『ブルックリン』などのジョン・クローリー監督で映
画化した人間ドラマ。
登場するのは男女のカップル。女性は新進気鋭のシェフで男
性は前妻から離婚の書類を送られてきたばかり。そんな2人
が最悪の出会いをし、やがて愛を育み始める。ところが女性
に癌が発覚する。
それでも女性は子供を産んで健気に生き続けようとし、男性
はそんな彼女を精一杯に支援する。しかし彼女に世界一の料
理人を決めるコンテストへの出場が打診され、当然それは彼
女の命を縮めるものだったが…。
そんな物語が、経過時間をシャッフルして目くるめくように
展開されて行く。

出演は2019年9月15日付題名紹介『ファイティング・ファミ
リー』などのフローレンス・ピューと、2010年10月紹介『ソ
ーシャル・ネットワーク』などのアンドリュー・ガーフィー
ルド。史上最高の恋愛映画がこの2人で演じられる。
時間軸をシャッフルするというと2007年1月紹介『バベル』
のアレハンドロ・コンザレス・イニャリトウ監督を思い出す
が、イニャリトウが演出効果を高めるためにその手法を駆使
したのに対して、本作では別の意味合いが感じられる。
それは正に「走馬灯」の例えで、人は死の直前に「走馬灯」
のように過去の記憶が甦ると言われるが、その「走馬灯」を
僕らは観ているのではないか。本作を観終えてそんな思いが
してきたものだ。
ただしこの「走馬灯」は1人のものではなく、複数の人物の
もののようにも思えるが、それは恐らくこの2人を見守って
きた神的な存在のものなのかな。そんな愛に満ちた記憶が描
かれた作品のようにも思えた。
しかもそれが観客にとっても混乱することなく、巧みに描き
切られている。これは見事な作品としか言いようのないもの
だ。そしてそれによって最高の感動が描き尽くされている。
脚本家は劇作家だが、これは映画でしか描けない作品だ。
いやはや脱帽の作品だった。

公開は6月6日より、東京地区はTOHOシネマズ日比谷他にて
全国ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社キノフィルムズの招待で試写を
観て投稿するものです。

『摩文仁 mabuni』
2012年7月紹介『歌えマチグヮー』などの新田義貴監督が、
沖縄本島南端に位置する沖縄戦の激戦地=摩文仁の丘に林立
する慰霊碑の意味について検証するドキュメンタリー。
太平洋戦争末期の沖縄戦では、米軍側は548000人の陣容で沖
縄本島を攻め、それを116400人余りの日本軍が迎え撃つ。そ
して那覇に置かれた軍司令部を放棄した日本軍は本島南部の
摩文仁に移動する。
そこには先に戦禍を避けた沖縄住民の多くが避難しており、
その地になだれ込んだ日本軍は容赦なく沖縄の人々を戦禍に
巻き込んで行く。そして最終的に188000人余りの戦死者が出
たとされ、その内の122000人余りは沖縄の民間人だった。
そんな摩文仁の丘には戦後数多くの慰霊碑が建ち、その中で
も丘の頂上に立つのは、軍司令官だった牛島中将を祀る「黎
明の塔」だという。そこには沖縄駐留自衛隊の将校が毎年の
ように慰霊に訪れていた。
ただし牛島中将は徹底抗戦を指示しさらには沖縄の民間人に
集団自決を命じたまま自殺した張本人であり、死んでいなけ
れば戦犯になったであろう人物に、自衛隊は慰霊を続けてい
たというものだ。さすがに近年は中止しているようだが。
その一方で旧摩文仁村の米須には「魂魄の塔」が建つ。これ
は戦後この地に放置されていた戦没者の遺骸を地元の人たち
が拾い集め、骨塚のようにして祀った最初の慰霊碑ともされ
るものだ。
そしてこの慰霊碑の前には、集団自決を辛くも逃れた老女性
が手向けの花を売る小さな花屋が営まれている。ここには遺
骨の戻らなかった沖縄住民の遺族が数多く訪れている。そん
な沖縄の風景が描かれた作品だ。

映画には慰霊碑の前で花を売る大家初子、元沖縄県知事の大
田昌秀、旧軍人の近藤一、ひめゆり同窓生の翁長安子、牛島
司令官の孫の牛島貞満、住民を守れと打電して自決した太田
海軍司令官の孫の太田聡らの各氏が登場して想いを語る。
沖縄戦を扱ったドキュメンタリーもいろいろと見てきている
が、観る度いろいろな側面が見られるのも問題の深さを感じ
てしまうところだ。その問題が現代にも尾を引いていること
も忘れてはいけない。
そんなことも思い知らされる作品だった。

公開は6月21日より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ
フォーラム他にて全国順次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社ユーラシアビジョンの招待で試
写を観て投稿するものです。

『ら・かんぱねら』
佐賀県有明海の海苔漁師がフランツ・リストのピアノ曲“La
Canpanella”を弾きたいと思い立ち、譜面も読めない素人が
独学でプロのピアニストでも難曲とされる曲の演奏を成し遂
げるまでを描いた実話に基づくとされる作品。
有明海の海苔漁は養殖を行うものだが、毎年抽選で決まる場
所の優劣や海上での日々の作業などが極めて過酷とされる。
主人公はそんな海苔漁を父親と2人でやってきたが、父親が
病で倒れ、負担が主人公に圧し掛かる。
そんな主人公が漁の合間に自宅でうたた寝をしていた時、ふ
と耳にピアノの演奏が聞こえてくる。そして目を開けた主人
公が見たのは、フジコ・ヘミングが演奏する『ラ・カンパネ
ラ』だった。そして主人公は自分も弾きたいと思い立つ。
しかし主人公は譜面も読めない。それでもネットで演奏する
指の動きの映像を見付け、それに合わせて指を動かし、正に
1小節ずつの亀の歩みのような時間を掛けた練習で難曲を克
服して行く。そこには様々な出会いや支援もあった。

出演は伊原剛志、南果歩、不破万作、緒形敦。他に枝元萌、
鹿毛喜季、川崎瑠奈、どぶろっく(江口直人、森慎太郎)、田
中がん。そして大空眞弓らが脇を固めている。
企画、製作、監督は横浜映画放送専門学院(現日本映画大学)
の出身で2003年5月紹介『さよなら、クロ』や2017年12月紹
介『野球部員、演劇の舞台に立つ!』などの製作を手掛けて
きた鈴木一美の監督デビュー作。
脚本は主にテレビでドラマやドキュメンタリーを手掛けてき
た洞澤美恵子が担当している。
このピアノ曲には少し思い出があって、実は自分の娘が幼少
期にエレクトーンを習っていた時の昇級試験の課題曲がこの
曲だった。その時の自分は親としては何もしてやれなかった
のだが、一緒に受験しいた子の親が真剣だった。
その子の課題曲はヘンリー・マンシーニの『ひまわり』で、
何とその親は小学生の娘に映画を見せたというのだ。そんな
幼い子供があの映画を観て何が判るのだろうかというのは疑
問だったが、演奏するのはそういうことだと思わされた。
そこで本作を観ていて、僕には主人公の演奏に対するモチベ
ーションが理解できなかった。それはフジコ・ヘミングの演
奏に感動したからということになっているが、それだけでこ
のモチベーションを保つことは可能だろうか。
もちろん本作は実話に基づいているものだからそうなのだろ
うし、実話の人たちもそう語っているのだろうけど、自分が
観客として理解できなかったことも事実だ。ここにはひょっ
とするともっと別のエピソードがあるのかもしれない。
そんなことも考えてしまう作品だった。

公開は九州などでは既に先行終了しており、東京地区は5月
9日より渋谷のユーロスペースにてロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社コチ・プラン・ピクチャーズの
招待で試写を観て投稿するものです。


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井口健二