井口健二のOn the Production
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2022年04月17日(日) 歩いて見た世界、マイスモールランド、ゴースト・フリート、ツユクサ、FLEE、エリザベス

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』
     “Nomad: In the Footsteps of Bruce Chatwin”
2017年8月紹介『問いかける焦土』などのヴェルナー・ヘル
ツォーク監督が、1989年に亡くなった旅する作家について描
いた2019年本国公開の作品。
ドイツ出身の監督とイギリス生まれの作家は1983年にオース
トラリアで出会い、共にアボリジニの文化に惹かれた2人は
親交を結ぶ。そして1987年には原作の映画化も行うが…。
本作は作家の生涯を追ったものではあるが、伝記映画ではな
いと監督自身も発言している。それは作家の幼少期の思い出
から作家の道を歩む姿も描くが、それよりも中心に置かれる
のは、監督の作家に対する想いであり、それが本作の制作を
作家の没後30年まで躊躇させた理由だろう。そして描かれた
作品には、作家への愛情がたっぷりと込められていた。
そのことは、全8章に章立てされた映画の第6章「リュック
サック」に端的に表れている。ここでは作家の遺品そのもの
よりも、没後にオマージュとして制作された映画『彼方へ』
の撮影中に監督の命が救われたエピソードが語られ、それは
監督の作家への想いに他ならないのだ。それが微笑ましくも
あり、そんな監督の想いの詰まった作品になっている。

僕は作家についてはあまり知らなかったが、監督の作品はい
ろいろ観てきた中で、本作は監督の本心を知ることのできる
貴重な作品にも思えた。そしてそれは観る者の心をも温める
愛情に溢れた作品だった。作者のファンも監督のファンも、
その想いに共感できる作品だ。
ただし、実はこの試写を観ていて少し気になる点があった。
それは移動の映像などで画面にピクピクと揺れが生じていた
のだ。これはセミプロの作品では時たま見掛ける現象だが、
ディジタルで撮影時と上映時のフレーム数が不一致だと生じ
る。つまり劇場用の毎秒24フレームとテレビ用の30フレーム
との不一致で生じてしまうものなのだ。
そこで本作の来歴を調べると、製作はイギリスのBBC、欧
州での公開はBBCに次いでフランス、ドイツはアルテとい
うテレビ局中心で行われている。従って本来はテレビ用の作
品と言える。それが試写会では劇場用の設定で上映されてし
まったのか。あるいはその逆か。いずれにしても一般公開で
これは解消して欲しいと願うものだ。

公開は6月4日から7月29日まで、最終日を以って閉館する
東京神保町の岩波ホールにてロードショウされる。
実は同ホールも僕には思い出深い場所なので、出来たらこの
ラストショウも観に行きたいものだ。

『マイスモールランド』
是枝裕和監督主宰の映像制作者集団「分福」に所属する川和
田恵真監督が、在日クルド難民の少女を描いた映画デビュー
作。本作は2022年2月に開催の第72回ベルリン国際映画祭で
ジェネレーション部門に選出され、アムネスティ国際映画賞
スペシャルメンションに輝いた。
在日クルド難民の問題は他のドキュメンタリー映画などでも
見聞しているが、その実態はトルコ政府との友好を保ちたい
日本外務省と経済界の意向がクルド民族の難民認定すら阻害
しているものだ。そこには人権より経済優先の日本政府のや
り口が見えてくる。
しかし映画はそんなことは特記せず、あくまで少女の目線で
難民というか在留特別許可者の不安と現状をリアルに描いて
行く。そこには日本人の若者との恋話などもあるが、本質は
日本国憲法が謳う移動の自由も認められない、安寧に暮らす
僕らには考えも及ばない過酷な現実を描いている。
全くもって恐ろしい現実。クルド難民を苦しめる出入国管理
及び難民認定法にはさらに過酷な改訂が進められているとの
ことで、この映画を観て1人でもこの問題に関心を持つ人が
増えてくれたら…、そんなことも考えてしまう作品だった。

出演は、雑誌ViViの専属モデルも務める嵐莉菜。イラン、イ
ラク、ドイツなど多国籍にルーツを持ち、クルド人ではない
がその心情は理解できるという2004年生まれが、正に等身大
で映画初出演、初主演を果たしている。
共演は、2020年の大森立嗣監督作品『MOTHERマザー』で新人
賞を総なめにした奥平大兼の映画出演第2作。他にアラシ・
カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィ
ザデー。さらに平泉成、池脇千鶴、藤井隆、韓英恵、サヘル
・ローズ、小倉一郎らが脇を固めている。
公開は5月6日より、東京は新宿ピカデリー他で全国ロード
ショウとなる。

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』
                    “Ghost Fleet”
世界有数の水産国の一つとされるタイ王国での漁業の実態に
迫るドキュメンタリー。
その実態は、無法・無規制の乱獲によって沿岸の水産資源が
減少し、漁獲は遠洋漁業に頼らざるを得ない。しかしタイの
漁師の多くは遠洋航海を嫌い、そのため遠洋に出る人員の確
保に問題が生じた。そこで行われているのが、街で若者を拉
致し、そのまま遠洋漁船に乗せて奴隷のごとくに使役すると
いうものだった。
いやはや、奴隷なんて言葉が21世紀になって使われるという
のは…。確かに2012年6月紹介などの『闇金ウシジマくん』
にも借金の清算に遠洋漁船で働かせるなんて話はあったが、
こんなことが現実に、しかもかなり大規模に行われていると
いうのだ。
そして洋上では、船団を組んで常に陸地の見えない海域で漁
を続け、漁獲は全て運搬船で積み出し、食料や船の燃料はそ
の運搬船が運んでくるという。さらに病気や怪我をしたり反
抗を試みたら、そのまま海に放り込まれて海の藻屑とされて
しまう。そんな正に奴隷の扱いなのだ。
それでもまれに船が沿岸に近付いたときに、決死の覚悟で海
に飛び込み陸地に逃れる者はいる。本作はそんな逃亡者の救
助のためにインドネシアに向かう労働者権利ネットワークの
活動家の姿を追って行くものだ。なお映画に登場する人物は
すでに2000人以上を救出し、2017年度のノーベル平和賞にも
ノミネートされたという。

それにしても、こんなことが実際に行われているとは、僕は
この映画を観るまで想像もしていなかった。こういうことを
知るのも映画の大きな価値だと思えるものだ。その意味でも
価値ある作品と言える。因に日本が輸入する水産物の30%前
後は違法漁業によるものという統計もあるようだ。
監督は、ニューヨークタイムズやBBCにも作品を提供して
いるシャノン・サーヴィスと、南カリフォルニア大学で映画
制作課程を卒業のジェフリー・ウォルドロン。
本作は2018年のトロント国際映画祭など、世界10箇所以上の
映画祭でも上映されたものだ。
公開は5月28日より、東京はシアター・イメージフォーラム
他にて全国順次ロードショウとなる。

『ツユクサ』
2019年8月4日題名紹介『閉鎖病棟−それぞれの朝−』など
の平山秀幸監督が、同作に出演の小林聡美を主演に迎えて、
2007年の『やじきた道中 てれすこ』でも組んだ安倍照雄の
オリジナル脚本を映画化した作品。
小林が演じるのは、ナイロンタオルの工場で働くアラフィフ
の女性。彼女は帰宅中に乗っていた車が衝撃でひっくり返る
事故に遭遇する。その車のボンネットには、熱く熱せられた
穴が開いていた。しかし大した怪我はなく、事故処理を終え
た彼女は同僚の女性に電話して迎えに来てもらうが…。
その女性の息子は天文マニアで、直前に流星の落下を目撃し
ていたことから車に隕石が当たったと推察する。ただし隕石
が人に危害を及ぼす可能性は1億分の1だという。そして翌
日には海岸で隕石を発見。奇跡のような出来事は幸運を齎す
と彼女にその欠片を手渡す。
その日から彼女の周囲でいろいろな事が少しずつ動き出す。

共演は、劇団大人計画の平岩紙と東京乾電池の江口のりこ。
それに子役の斎藤汰鷹。そして松重豊。他に渋川清彦、泉谷
しげる、ベンガルらが脇を固めている。
小林聡美というと2006年1月紹介『かもめ食堂』から2010年
8月紹介『マザーウォーター』などスローライフ的な感覚の
作品が印象に残るが、本作は製作体制は異なるけれどもその
系譜と言えるかな。
ただし平山監督は、小林には1982年『転校生』のイメージを
持ち続けているそうで、本作での松重とのシーンには漫画の
「チッチとサリー」のようなイメージが求められたというこ
とだ。
そして途中でもちょっと流れるけれど、エンディングテーマ
には1969年、中山千夏の「あなたの心に」が聞けて、何気な
いけど何か心を掴まれるような、そんな素敵な感覚の作品が
繰り広げられた。

公開は4月29日より、東京はシネスイッチ銀座、テアトル新
宿、シネリーブル池袋他で全国ロードショウとなる。

『FLEEフリー』“Flugt”
欧州で暮らすアフガニスタン難民の姿をアニメーションで描
き、2022年の米国アカデミー賞では国際長編映画賞、長編ア
ニメーション賞、そして長編ドキュメンタリー賞の3部門に
ノミネートされた作品。
主人公はアフガニスタンに生まれ、幼い頃から姉の衣服を好
んで着用するなどゲイの嗜好が見られる子供だった。ところ
が共産主義政権が成立し、それに対抗するムジャヒディンが
蜂起を始めた頃、パイロットだった父親が連行されたまま行
方不明となる。
この事態に危険を感じた家族は祖国からの脱出を決意。主人
公も先に北欧に脱出した母親と姉たちを追って密出国業者の
手引きに乗るが…。その旅路は希望とは異なる方向へ向かう
ものだった。そしてその後は彼の出自も性癖も絶対に口外し
てはならないことになる。
物語は全て事実に基づいているが、背景等が明白になると、
現在は研究者として成功を収めているという彼自身や家族の
存在がムジャヒディンの標的とされる恐れがあり、作品では
風貌等を隠すためにアニメーションが採用されたというもの
だ。
とは言うものの情報社会の現代では、これだけの開示があれ
ば人物の特定は容易ではないかな、そんな心配も生じてしま
う作品だった。それに先に紹介したクルド難民の状況に比べ
ると、命の危険を除けば事態は甘く見える。実際に上の作品
でも顔出しを嫌って難民本人の出演が叶わなかったそうだ。

それにしても世界の難民問題は、政治やその他の状況に翻弄
され続けている。そんなことを如実に感じさせてくれる作品
だった。
公開は6月10日より、東京は新宿バルト9、グランドシネマ
サンシャイン池袋他で全国ロードショウとなる。

『エリザベス 女王陛下の微笑』
         “Elizabeth: A Portrait in Part(s)”
1952年に即位し、2022年2月6日には在位70周年を迎えた英
国女王の姿を、数多のアーカイブ及びその他の映像で綴った
ドキュメンタリー。
本作を監督したのは、1999年『ノッティングヒルの恋人』な
どのロジャー・ミッシェル。COVID-19の蔓延で外出が厳しく
なった中でアーカイブを多用したドキュメンタリーなら出来
ると考えた監督だったが、本作の完成を見た後の2021年9月
22日にCOVID-19感染症により急逝してしまった。
そんな監督の遺作である本作は、先に紹介したヘルツォーク
監督の作品以上に、被写体である女王陛下への敬愛に溢れた
作品だった。そしてその展開も先の作品と同様にテーマごと
に章立てされ、それぞれのテーマを実に判り易く説明してく
れている。
その具体的な内容に関しては、これはもう本編を観て貰わな
いと簡単には紹介し切れないが、中には『ローマの休日』や
『クレオパトラ』など王室を描いた劇映画のクリップなども
挿入され、映画ファンには特に親しみ易く観られるようにも
なっている。
ただしそんな中に『宇宙大作戦=スタートレック』の一場面
が登場したのには、SFファンとして嬉しいと同時に唖然と
もしたものだが。
その他にもビートルズからワレサ委員長まで多岐に渉る登場
人物が作品を飾り立て、一方で競馬に興じる姿など、女王へ
の親しみがいや増す作品に作られていた。

公開は6月17日より、東京はBunkamura ル・シネマ、TOHOシ
ネマズ シャンテ他にて全国ロードショウとなる。


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井口健二