井口健二のOn the Production
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2020年03月22日(日) デッド・ドント・ダイ、君の誕生日(はるヲうるひと、薬の神じゃない!、サイコマジック、のぼる小寺さん、裏アカ、ハニーランド永遠の谷)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『デッド・ドント・ダイ』“The Dead Don't Die”
2017年7月9日題名紹介『パターソン』などのジム・ジャー
ムッシュ監督が、2013年10月紹介『オンリー・ラヴァーズ・
レフト・アライヴ』に続いて挑んだジャンル・ムーヴィ。今
回はカンヌ国際映画祭のオープニングを飾った作品だ。
そのジャンルは、前作では吸血鬼だったが、本作はゾンビ。
そして描き方は、前回は耽美主義的だったが、今回はホラー
コメディ調とジャンル映画のファンも納得させる作品になっ
ていた。
物語の舞台はアメリカの田舎町。その町で深夜勤務を終えた
ダイナーのウエイトレス2人が腹を食いちぎられて殺される
という事件が発生。その現場には町に3人しかいない警官が
駆け付け、1人がゾンビの仕業と見破る。
そして“Kill the Head”(頭を殺れ)を合言葉にゾンビとの
対決が始まるが…。そこに合気道の道着で鍔無しの日本刀を
振り回す葬儀社の女化粧師も参戦して、壮絶な戦いが繰り広
げられる。
さらに映画には様々な作品へのオマージュや、とんでもない
ギミックなども登場してファンを喜ばせ、最後には監督から
の辛辣なメッセージが語られる作品だ。

出演は、2004年12月紹介『コーヒー&シガレッツ』以降の監
督とは4度目のタッグのビル・マーレイ。『パターソン』に
続いて2度目のアダム・ドライヴァ。『オンリー・ラヴァー
ズ…』に続き4度目のティルダ・スウィントン。
他に3作目のクロエ・セヴィニー。4作目のスティーヴ・ブ
シェミらのファミリーが結集し、ダニー・グローヴァー、イ
ギー・ポップ。そして『コーヒー&シガレッツ』以来久々の
トム・ウェイツらが脇を固めている。
さらにオースティン・バトラー、ルカ・サバト、セレーナ・
ゴメスらの若手の起用も注目の作品だ。
それにしてもマーレイ、ドライヴァ、ブシェミの男優3名の
役名がクリフ・ロバートスン(俳優)、ロニー・ピータースン
(F1ドライヴァー)、フランク・ミラー(アメコミ作家)とい
うのも面白い。
ゾンビのスタイルとしては、2019年9月29日題名紹介ジョー
ジ・A・ロメロ監督の1978年作品をしっかりと踏襲したもの
だが、ゾンビの嗜好が本来の生きた人間の肉だけでなく様々
に展開されていて、そこに監督の主張が込められている。
それが少し生硬に語られる感じなのは多少気になったが、こ
れくらいにしないと今の観客には理解されないという感覚な
のかな。ただしそれをギャグにしているのはさすがという感
じもしたものだ。
ファンも満足の作品になっていた。
公開は4月3日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。

『君の誕生日』“생일”
2018年7月紹介『1987、ある闘いの真実』などのソル・ギョ
ングと、2017年11月19日題名紹介『スキャンダル』などのチ
ョン・ドヨンの共演で、韓国で起きた現実の出来事にインス
パイアされたドラマ作品。
映画の始まりは大きな荷物を抱えて妻と幼い娘がいるはずの
アパートを訪れる男性の姿。しかし呼び鈴に反応はなく、男
性は別の親族の許へ身を寄せる。その後に男性は妻子と会う
ことが出来るが、妻の態度は頑なだった。
そんな妻の許へは遺族を支援する団体と称する人物が、息子
の誕生日会の準備をするとして訪れる。しかし妻はその誘い
も断り続ける。その態度には異常性も感じさせる。そして妻
は息子の写る集合写真を手に入れるが…。
そんな妻の態度に振り回される夫と幼い娘。それでも夫と娘
は打ち解け始め、娘の遠足には父親が同行するのだが…。潮
干狩りの海辺で娘は水に入ることに異常な拒否反応を示し、
それを妻は夫の無理解と叱責した。
そして妻子が転居したことには、夫の裁判費用を工面するた
めだったという理由も語られる。

共演者には見事な演技を見せる子役のキム・ボミン、2008年
『チェイサー』などの製作者で脚本家としても知られるキム
・スジン。さらにユン・チャニョン、イ・ボンリョンらの若
手が脇を固めている。
例によって事前の情報を入れないで観ていた僕には上記の展
開は謎だらけだった。しかしその後の妻がスマホのlineを見
るシーンで謎は一気に解けた。本作は、2014年4月16日のセ
ウォル号沈没事故を背景としたものだったのだ。
修学旅行の高校生を含む300人以上が犠牲となったこの事故
では、脱出不能となった船内から送られたメールやSNSが
さらにその悲劇性を高め、韓国の人たちにはその後の政府の
対応なども含めて生涯忘れえぬ記憶となった。
本作はその事故の話を初めて映画化したものだ。従って本作
では、韓国の人たちは当然物語の背景を知った上で鑑賞した
もので、その点では僕の鑑賞は間違ったものになる。しかし
それでも本作は充分に高く評価できる作品だ。
しかも上記の状況を理解した上でも夫=父親の経緯には謎が
残り、それが物語に深みを与える。そしてその謎が全て明ら
かになった後に描かれる最後のシーン。それは30分のドラマ
を3台のカメラで一気に捉えたという究極の映像だ。

脚本と監督は、チョン・ドヨン主演2008年4月紹介『シーク
レット・サンシャイン』などのイ・チャンドン監督の許で研
鑽したというイ・ジョンオンの長編デビュー作。監督自身が
2015年ヴォランティアでの体験を基に描いた作品だ。
内容は全く異なるが、映画としては前回題名紹介の河瀬直美
作品にも通じるところを感じるもので、これこそが映画の力
を体現している作品と言える。セウォル号被害者の遺族への
上映会でも大きな賛辞を得たそうだ。

公開は6月5日より、東京はシネマート新宿他で全国ロード
ショウとなる。

この週は他に
『はるヲうるひと』
(最近はクイズ番組のMCでも注目の俳優佐藤二朗の原作に
より、自ら主宰の劇団で2009年に初演、14年に再演した舞台
を佐藤の脚本、監督、出演で映画化した作品。そこは本土か
ら1日2便の連絡船が往来するという架空の離島。至る所に
置屋が点在する正に売春島だ。その1軒の置屋には父親の跡
を継いだ兄弟と妹が4人の娼婦と共に暮らしていた。しかし
弟妹と腹違い兄はトラウマからか凶暴・凶悪に店を支配し、
弟妹はその陰で必死に生きていたが、病弱で客を取らない妹
には娼婦の嫉妬も湧いている。共演は山田孝之と仲里依紗。
他に坂井真紀とオーディションで素人から大抜擢された駒林
怜。また舞台にも出演の今藤洋子、笹野鈴々音、兎本有紀、
大高洋夫、太田善也。さらに向井理らが脇を固めている。か
なり壮絶な展開で、佐藤に鬼才の二文字が冠されるのも頷け
る作品。そこに山田がさらに上積みをしている。公開は5月
15日より、東京はテアトル新宿他で全国ロードショウ。)

『薬の神じゃない!』“我不是药神”
(中国の薬事法に関り、最終的にその改正を促したとされる
実話に基づく作品。主人公はインドから強壮剤の輸入をして
いた漢方薬店の店主。商売は低迷して店も追い出されそうに
なった主人公にインド製のジェネリック薬の買い付けが依頼
される。その薬は正規のスイス製のみが承認されていたが、
その価格は庶民には手の届かないものだった。そこで主人公
は人助けでインド薬の密輸を始めるが…。出演は2019年6月
30日題名紹介『帰れない二人』などのシュー・ジェン。脚本
と監督は新人のウェン・ムーイエが手掛けた。背後には汚職
の匂いもするが今の中国映画ではそこは追及せず、美談で描
かれる。因に映画の後半に鉄道の切符が出てくるが、その行
き先が「凱里」。そこで中国の時刻表を調べてみたら「南上
海―凱里」間の旅程は普通列車で24時間50分。高速鉄道もあ
るが、切符は普通列車のようだった。公開は5月1日より、
東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『ホドロフスキーのサイコマジック』
          “Psychomagie, un art pour guérir”
(2017年8月20日題名紹介『エンドレス・ポエトリー』など
のアレハンドロ・ホドロフスキー監督が考案し、実践してき
た心理療法について描いたドキュメンタリー。元々心理分析
に興味のあった監督は、当初はフロイト的な心理療法を研究
したようだが、人間を精神的に開放するに当って言葉だけで
は足りないと判断し、自らが芸術を体現する立場から、より
行動的な心理療法を開始する。それは本作を観る限りにおい
ては共に触れ合い、共に行動することで精神的な障壁を取り
除こうとしているようで、密接に身体を触れ合わせることで
信頼関係を築き、精神的な開放を実現しているようだ。それ
は作品を見る限りにおいて納得のできるものではあった。た
だしこのやり方は、一部の宗教においても行われているもの
であるし、それを科学ではなく芸術で実現するという言い方
には多少の危惧は感じるものだった。公開は4月24日より、
東京はアップリンク渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『のぼる小寺さん』
(元モーニング娘。で、2018−19年『快盗戦隊ルパンレンジ
ャー』のイエローを演じた工藤遥が、初単独主演でタイトル
ロールを演じる作品。ボルダリングに夢中な女子高生の主人
公は、進路調査票にもクライマーと書いてしまうほどの天然
だったが、他にも進路を決められない級友たちの中で徐々に
その存在が輝いて行く。共演は、2019年7月7日題名紹介『惡
の華』などの伊藤健太郎。他に鈴木仁、吉川愛、小野花梨ら
が脇を固めている。監督は2008年1月紹介『奈緒子』などの
古厩智之。珈琲原作同名青春漫画からの脚本は、2016年8月
28日題名紹介『聲の形』などの吉田玲子が担当した。同競技
がテーマの作品では2018年3月11日題名紹介『ラスト・ホー
ルド!』などもあったが、今大会からオリンピックの正式種
目(競技名はスポーツクライミング)ということで、これから
はルールも判るようになるのかな? 公開は6月5日より、
東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『裏アカ』
(2019年10月紹介『GHOST MASTER』や2020年3月8日題名紹
介『水上のフライト』などを輩出のTCPで2015年・第1回
の準グランプリを受賞した加藤卓哉脚本、監督による作品。
社会生活に行き詰った30代の女性が、ふと始めたSNSの裏
アカウントで新たな自分を見つけるが…。出演は2019年6月
紹介『火口のふたり』などの瀧内公美と2019年12月2日題名
紹介『転がるビー玉』などの神尾楓珠。他に市川知宏、神戸
浩、SUMIRE、松浦祐也、仁科貴、ふせえり、田中要次らが脇
を固めている。男性の作り手がその目線から都合の良い女性
を描いたような作品で、前回題名紹介『恋する男』に通じる
匂いも感じた。共同脚本には2017年4月2日題名紹介『武曲
MUKOKU』などの高田亮が名前を連ねており、もっと男らしい
作品も期待したが、R15+指定で、何というか目先に流され
たかな? 公開は6月12日より、東京は新宿武蔵野館他で全
国ロードショウ。)

『ハニーランド 永遠の谷』“Honeyland”
(バルカン半島北マケドニア共和国の山間部で、天然のはち
みつ採りを生業とする女性の姿を追ったドキュメンタリー。
後半の劇的な展開には真実なのか疑問も生じたが、ほぼ廃村
状態の人里離れた場所で石垣の室に出来る蜂の巣を半分だけ
採取し、後は蜂たちのために残しておくという暮し振りは、
正に持続可能な生き方が体現されていた。そしてそこに現れ
るトルコ人(ロマ?)のやり方が持続を妨害する文明の象徴に
もなっている。監督は首都スコピエ出身で長年環境問題を扱
った作品を手掛けてきたリューボ・ステファノスと、同国南
部の出身で前作でも共同監督を務めたタマラ・コテフスカ。
採取した蜂の巣の半分を蜂のために残すというやり方は、テ
レビの取材番組か何かで観た記憶もあるが、後から来た一家
の杜撰さには怒りも感じ、厳しい環境の中で健気に生きる女
性に引き込まれる作品だった。公開は5月1日より、東京は
アップリンク渋谷他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二