井口健二のOn the Production
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2020年03月08日(日) SKIN、ワンダーウォール(精神0、はちどり、色男ホ、イップ・マン4、アドリフト、水上のF、吉開菜央、心霊喫茶、HOKUSAI、窮鼠はチーズ)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『短編版』“Skin”
『SKIN/スキン』“Skin”
2019年6月30日題名紹介『ロケットマン』などのジェイミー
・ベル主演で、全身が白人至上主義を掲げるタトゥーに覆わ
れたスキンヘッドの差別主義者の男性を描いた実話に基づく
とされる作品。
映画の始まりは反ファシストの抗議デモに襲い掛かるスキン
ヘッドの集団。その先鋒に立つのが主人公のブライオンだ。
幼い頃に親に捨てられた彼は、白人至上主義者の夫婦に育て
られ、その教えを守って集団の幹部にもなっている。
そんな男たちは、黒人と見れば見境なく襲って打ちのめし、
モスクは焼き討ちして中にいた違法入国者を焼き殺すことも
厭わない。しかしそんな折、ブライオンの心にふと何かが芽
生え始める。
そしてコーラス営業する3人の娘を育てるシングルマザーに
出会ったブライオンは、彼女たちとの平穏な生活を夢見始め
るが…。白人至上主義集団からの離脱は認められず、その嫌
がらせは壮絶な戦いへとエスカレートする。
それでもブライオンにはある救援の手が差し伸べられ…。

共演は2017年4月紹介『ゴースト・イン・ザ・シェル』など
のダニエル・ヘンショール、2013年5月紹介『コンプライア
ンス』などのビル・キャンプ、2013年1月紹介『ゼロ・ダー
ク・サーティ』などのマイク・コルター。
そして養母役で2020年2月紹介『囚われた国家』などのヴェ
ラ・ファーミガと、短編版にも出演のダニエル・マクドナル
ドがシングルマザーを演じる。
脚本と監督は、短編版で2019年アカデミー賞・短編映画賞を
受賞したガイ・ナティーヴ。本作でも2018年のトロント国際
映画祭にて国際映画批評家連盟賞を受賞している。
映画の最後には本物のブライオンの姿も登場して、その壮絶
な実態も目の当たりにされる。そこには25回、16カ月に及ん
だとされるタトゥー除去の様子も描かれ、心身共に更生して
行く姿が提示される。
白人至上主義、若しくは人種差別主義は、今現在のアメリカ
合衆国が抱える最大の社会問題だと思われるが、本作の物語
の元となった実話は2005年のことだそうで、それから14年が
経っても状況はあまり変わっていないのかもしれない。
はっきり言って合衆国は、先住民を駆逐し、奴隷制度で国を
成してきた訳で、そんな国が簡単に差別主義を捨てられない
のは明らかだが。それが現状では経済の行き詰まりなどで助
長されていることも確かだろう。
本作はそんな状況下で生み出されたアメリカの良心とも言え
るものだ。しかし本作の完成までには7年の歳月が費やされ
たというのだから、その良心も国民からの満帆の支持がある
訳ではないのだろう。
そんな中で本作の監督らは、まず短編作品を制作してその道
を探って行くが、試写会ではその短編も観ることができた。
それは主張するところは本編と同じなのだが、描写は皮肉に
満ちたブラックコメディとも言える作品だった。
その笑いも誘う作風は本編の深刻さとは裏腹なもので、これ
を以って本編の資金集めをしたということには、ある種の確
信犯的な爽快感も得られたものだ。自らの信念のためにこれ
を出来た監督らの頭の良さも感じられた。
もっとも試写会場では、監督の意図も理解せずに「短編の方
がおもしれえ」などと言っている人もいたが…。これを他山
の石としないようにはしたいものだ。

公開は5月9日より、東京は新宿シネマカリテ他で全国順次
ロードショウとなる。

『ワンダーウォール 劇場版』
2003年10月紹介『ジョゼと虎と魚たち』でデビューした脚本
家の渡辺あやが、京都府に建つ国立大学の学生寮で現在進行
中の出来事をモティーフに執筆し、2018年にNHK京都から
放送されたドラマの劇場版。
映画の中では偽名になっているが、実際は京都大学吉田寮。
因に所在地は京都府京都市左京区吉田近衛町。
1913年に建てられた木造2階建ての寮舎は、2009年に京都府
教育庁指導部文化財保護課が「(保護すべき)京都府の近代和
風建築」にリストアップし、2015年には日本建築学会近畿支
部が「保存活用に関する要望書」を提出した由緒ある建造物
だが、大学当局は一貫して立て直しを主張している。
物語はそんな背景の学生寮を舞台に展開される。そこで主人
公はインターネットで見つけた学生寮に憧れて難関大学入学
を目指した新入生。その寮は学生による自治会が運営して、
寮内では先輩に対しても敬語が禁止されるなど、自由な気風
に溢れていた。
ところが合格して入寮するなり、寮舎が存続の危機にあるこ
とを知らされる。それは大学側が耐震性に問題があると主張
しているものだが、その裏には別の事情もあるようだ。そし
てその是非を巡る交渉を行おうとする学生自治会と大学当局
の学生課との間に「壁」が作られる。
それでも交渉の継続を求めて壁の前に押し掛ける主人公たち
だったが…。その壁に新たな障害物が現れる。

出演は1500人の応募者の中からオーディションで選出された
2019年5月12日題名紹介『よこがお』などの須藤蓮。2017年
10月15日題名紹介『デメキン』などの三村和敬。2020年2月
23日題名紹介『街の上で』などの若葉竜也。
他に2019年4月28日題名紹介『新聞記者』などの岡山天音、
2015年『3泊4日、5時の鐘』などの中崎敏。さらに山村紅
葉、成海璃子らが脇を固めている。
映画の中で先に行われていたとされる交渉の経緯は事実に即
したもので、一度は「吉田寮現棟の耐震強度を十分なものと
し、寮生の生命・財産を速やかに守るために、吉田寮現棟を
補修することが有効な手段であることを認める」という確約
がなされたものの、大学側が一方的に破棄したものだ。
その再現された交渉の様子は、学生側の理路整然とした論拠
に大学側がたじたじとなるなど、1970年代の学生運動の時代
を彷彿させるものになっていた。そこでの気骨溢れる学生の
名前に三船と志村という黒澤明監督作品の名優の名前が冠さ
れているのも、その時代への憧憬なのだろう。
とは言えこの交渉が行われたのは21世紀な訳で、2020年2月
紹介『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』で時代の終
焉を感じていた僕には、今もこの熱い青春が残っていたこと
が嬉しくもなった。今後の学生寮の存続は不明だが、1970年
『いちご白書』のような結末となるのか?
映画の中でも学生の気持ちの衰えは否めないようだったが、
そこに付けられたエピローグは新たな希望も抱かせた。

監督はNHK京都放送局でドキュメンタリーの制作などを手
掛けていた前田悠希のドラマ初演出作。音楽を2012年3月紹
介『サイタマノラッパー』シリーズなどの岩崎太整が担当。
主題曲は重要な役割を担っている。音楽が持つパワーも感じ
させる作品だ。
公開は4月10日より、東京は新宿シネマカリテ他で全国順次
ロードショウとなる。

この週は他に
『精神0』
(2007年5月紹介『選挙』から続く想田和弘監督<観察映画>
の最新作は、2009年4月紹介『精神』の続きだった。その前
作に登場した山本昌知医師がある事情から診療所の閉鎖を決
断し、そこからの医師の行動が<観察>される。とは言うもの
の本作が<観察映画>かどうかには疑問を呈する。それは監督
自身が提唱する十戒の第1項に抵触すると感じるからだ。そ
れは前作において本作のリサーチは行われている訳で、それ
をしないとする<観察映画>とは異なる。しかしそれによって
本作の老夫婦の深い絆が描けたものではあるが…。そこでは
<観察映画>の厳しさが抜け落ちた感じもして、特に診療所が
閉鎖されて後の患者の行く末などに<観察>が出来ていない感
じもした。ここは2011年4月紹介『Peace』と同様の番
外編としても良かったのではないかな? なお本作はベルリ
ン国際映画祭で部門賞を受賞。公開は5月上旬、東京は渋谷
のシアター・イメージフォーラムでロードショウ。)

『はちどり』“벌새”
(1994年、前年「ドーハの悲劇」で散った日本代表に代って
韓国代表がワールドカップに出場し、北朝鮮の金日成が死ん
だこの年、韓国内は好景気に沸きかえっていた。そんな時代
のノスタルジーに満ちた作品。高学歴化が進み、生徒会長を
務める長男にはソウル大学進学の夢が託され、落ちこぼれた
長女は素行が乱れている。そして次女である主人公には兄の
暴力が振るわれるが、父親に告げても取り合われない。そん
な少女の日常が描かれる。正直に言って僕には何が言いたい
のか皆目不明な作品だったが、韓国では高評価のようだ。劇
中に流れる楽曲など、当時を知る人たちには理解し易いのだ
ろう。そんなあざとさも感じるが、1981年生まれのキム・ボ
ラ監督には正に自分自身を描いているのかもしれない。通常
の鑑賞ではできるだけ作り手の気持ちに沿って観たいと思っ
ているが、これは少し度が過ぎるかな? 公開は4月25日よ
り、東京は渋谷ユーロスペースでロードショウ。)

『色男ホ・セク』“기방도령”
(K-POPアイドル『2PM』のジュノが兵役前最後の主演作で、
韓国初の男妓生の生涯を描いた作品。父親も判らず妓房で生
まれた主人公は、整った顔立ちで年上の妓生には弟のように
可愛がられ、妓房の女将を義母として育ってきた。しかし青
年になっても遊び惚ける毎日だったが、ある日、妓房の経営
が思わしくないと知った彼は、咄嗟にそこに来た客に媚を売
る。ところがその客は男装の麗人で、彼は女性客をもてなす
裏の商売を思いつくが…。これに彼が妹のように可愛がって
いた半玉の悲恋や、彼自身が思いを寄せる令嬢との恋などを
絡めて、烈女堂の場面をクライマックスとした物語が展開さ
れる。内容的には男尊女卑の差別社会などいろいろ語られる
が、そこはアイドル主演の作品、主人公が纏う華麗な衣装な
ども存分に楽しめる。脚本と監督は本作が長編2作目のナム
・デジュン。公開は5月1日より、東京はシネマート新宿他
で全国順次ロードショウ。)

『イップ・マン 完結』“葉問4完結篇”
(2010年11月紹介『イップ・マン/葉問』から続いたドニー
・イェン製作、主演によるシリーズの第4作。途中に別系統
の作品があったりもしたが、これで本家も完結のようだ。物
語の主な舞台は1964年のサンフランシスコ。愛弟子ブルース
・リーに招かれて渡米した詠春拳の達人は、リーと中華総会
との確執や、すでに極真空手を取り入れていた米国海兵隊と
の対立など様々な闘いに巻き込まれる。共演は武術家であり
中国国家話劇院メムバーのウー・ユエ、2017年1月29日題名
紹介『継承』にも出演のチャン・クォックワン。他にアイド
ルグループ『F4』のヴァネス・ウー、2013年1月紹介『ゼ
ロ・ダーク・サーティ』などのスコット・アドキンスらが脇
を固めている。監督はシリーズ全作を手掛けたウィルスン・
イップ。各派の武芸が次々披露され、中で太極拳が武術とし
て描かれているのも面白かった。公開は5月8日より、東京
は新宿武蔵野館でロードショウ。)

『アドリフト 41日間の漂流』“Adrift”
(1983年に起きた海難事故の実話に基づく作品。主人公はサ
ンディエゴ生まれで高校卒業を機に家を飛び出し、世界の海
を渡り歩いて25歳でタヒチにやって来た女性。そこで自作の
ヨットで世界を巡る男性と出逢い、2人で別の船をサンディ
エゴに回航する仕事を引き受けるが…。その航海が突如嵐に
見舞われる。出演は2017年5月紹介『ダイバージェント』な
どのシャイリーン・ウッドリーと、2020年2月紹介『ナイチ
ンゲール』などのサム・フランクリン。脚本と製作は2017年
2月22日題名紹介『モアナと伝説の海』にも携わったという
アーロン&ジョーダン・カンデル。監督は2015年『エベレス
ト3D』などのバルタザール・コルマウクル。映画は難破後
のシーンに回想で2人の楽しかった日々が挿入され、さらに
壮絶な嵐のVFXなど観客を引っ張る巧みな構成になってい
る。衝撃の結末まで、これは見事な作品だ。公開は4月10日
より、東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『水上のフライト』
(陸上でオリンピック出場を嘱望されながらも事故で競技を
断念したアスリートが、別の競技でパラ五輪を目指すように
なる実話にインスパイアされた作品。同旨の作品では2009年
1月紹介『パラレル』や2018年6月紹介『私の人生なのに』
などもあるが、アスリートが障碍者になるという現実は正に
究極のドラマと言える。特に前者は完全に実話に基づくもの
でかなりの重みもあった。それに比べて本作では肝心のとこ
ろがフィクションな訳で、その辺が少し気にはなったかな。
でもまあパラ五輪の年の映画ということでは話題性には事欠
かないことにはなりそうだ。出演は2017年9月3日題名紹介
『覆面系ノイズ』でも共演の中条あやみと杉野遥亮。他に大
塚寧々、小澤征悦らが脇を固めている。企画、脚本は2016年
5月29日題名紹介『超高速!参勤交代』などの土橋章宏。監
督は2016年12月11日題名紹介『キセキあの日のソビト』など
の兼重淳。公開は6月12日より、全国ロードショウ。)

『吉開菜央特集:Dancing Films 情動をおどる』
(振付師/ダンサー/映像作家である女性監督による2019年
カンヌ国際映画祭監督週間の短編部門への出品作を含む6作
品が特集上映される。その出品作の『Grand Bouquet』は、
元はNTTのイヴェント会場用に制作されたものの、2018年
の上映では一部が黒塗りされるなど規制を受けたものだそう
だ。その作品が今回は完全版で公開される。内容は黒い異様
な塊に対峙する若い女性の姿を描いており、それらが何を意
味するかは解釈次第だが、15分の映像はカラフルでホラー調
の表現も面白かった。他に果実の梨を巡る2人の女性を描い
た『梨君たまこと牙のゆくえ』が「京都国際映画祭2018」他
で一般上映もされているが、それ以外は実験的要素の強い作
品だ。でもそれぞれが映像や音響など様々な志向を持つ作品
ばかりで、いろいろな可能性も感じられた。公開は4月11日
〜17日に東京は渋谷ユーロスペースにて、いずれもカンヌ出
品作を含む3作品と4作品の2プログラムで上映される。)

『心霊喫茶「エクストラ」の秘密 The Real Exorcist』
(2019年9月15日題名紹介『世界から希望が消えたなら』に
続く幸福の科学出版製作、大川隆法原案、製作総指揮、大川
咲也加脚本による作品。本作では2020年モナコ国際映画祭で
エンジェル・トロフィー賞(最優秀作品賞)を含む4冠を受賞
した。主人公は街角の喫茶店で働くアルバイトの女性。実は
彼女には霊能力があり、来店する客の様々な問題を解決して
いる。その問題は学校のトイレに隠れた過去に亡くなった生
徒の霊や、急死した病院長の霊など多岐に渉っていたが…。
出演は千眼美子。他に伊良子未來、希島凛、日向丈、長谷川
奈央。さらに大浦龍宇一、芦川よしみ、折井あゆみらが脇を
固めている。監督は以前の作品ではプロデューサーや出演者
でもあった小田正鏡が担当した。物語にあまり破綻は見られ
ず、作中には製作総指揮者の著作がいろいろと引用されて、
その思想を広める目的では充分と言える作品だ。公開は5月
15日より、全国ロードショウ。)

『HOKUSAI』
(2010年3月紹介『瞬』の原作者河原れんの企画、脚本で、
江戸末期の浮世絵師の生涯を描いた作品。河原は2015年『百
日紅』にも描かれた絵師の娘お栄の役で出演もしている。葛
飾北齋に関する映画では、1981年『北斎漫画』もあったが、
全生涯を描こうとした点では認められるかな。でも江戸幕府
による取り締まりや、後半では柳亭種彦を配して反骨の人の
ように描くのは正しいのかな。それならもっとシーボルト事
件なども絡めても良かったと思うが、その辺が少し中途半端
な感じがした。それに浪の描写に行きつくところが転機のよ
うに描かれるが、実際は『富嶽三十六景』を描くのは63歳の
時であり、それも波全体のフォルムではなく、波頭の飛沫の
描写を極めた点が凄いのだから、その辺はちゃんと描いて欲
しかった。出演は柳楽優弥、田中泯。その脇を玉木宏、瀧本
美織、津田寛治、青木崇高、芋生悠、永山瑛太、阿部寛らが
固めている。公開は5月29日より、全国ロードショウ。)

『窮鼠はチーズの夢を見る』
(水城せとな原作の同名コミックスを、2017年8月6日題名
紹介『ナラタージュ』などの堀泉杏脚本と行定勲監督、「関
ジャニ∞」の大倉忠義と、2020年2月23日題名紹介『街の上
で』などの成田凌の共演で映画化したR15+指定の作品。主人
公は中年に数歩手前のサラリーマン。優柔不断な性格で不倫
もしていたが、そんな男の前に卒業以来会っていなかった大
学の後輩が現れる。その後輩は浮気調査員で、主人公の妻の
依頼で調べたという不倫の証拠を突き付ける。しかしその後
輩は事実を隠す代わりのある条件を主人公に提案する。それ
は主人公には思いもよらないものだったが…。そんな関係が
徐々に深みにはまって行く。共演は2018年12月紹介『チワワ
ちゃん』でタイトルロールの吉田志織、2018年4月紹介『名
前』などの小原徳子。他にさとうほなみ、咲妃みゆらが脇を
固めている。これ、ジャニーズ…? 公開は6月5日より、
東京はTOHOシネマズ日比谷他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二