井口健二のOn the Production
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2020年03月01日(日) CURED、シラノ(僕は猟師になった、HARAJUKU、#ハンド全力、大海原のソングライン、未成年、暗数殺人、ANNA、わたしはダフネ、マルモイ)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『CURED キュアード』“The Cured”
2017年11月紹介『フラットライナーズ』などのエレン・ペイ
ジが主演と製作も務め、人間を凶暴化させるウィルスによる
パンデミックが収束した後の近未来を描いた架空設定の社会
派ドラマ。
アイルランド発祥のそのウィルスは人間を凶暴化させ、見境
なく他人を襲い、死に至らしめる場合もある。感染は主に噛
みつきで、感染者を守ろうとした者も襲われる危険がある。
ただし感染者同士は襲わない。
この設定は、2019年9月29日題名紹介の1978年版『ゾンビ』
以降のゾンビ映画にかなり共通しているが、人肉を食べるこ
とはない。つまり生きた人間の肉しか食わない設定はなく、
単に保菌者同士は襲わないという説明だ。
そんな感染症にも治療法が見つかり、回復者(キュアード)の
社会復帰が始まる。しかし回復者には罹患中の記憶が残って
おり、それがトラウマになっていた。しかも回復できたのは
患者の75%で、残りの25%は凶暴なままだった。
そんな中で警備に当っていた国連軍の撤収が決まり、警備は
アイルランド国軍に委ねられることになるが…。
物語の主人公は回復して社会復帰した男性。彼は惨禍で死亡
した兄の家に帰ってくるが、そこには未亡人となった兄嫁と
まだ幼い甥が暮らしていた。そして主人公には患者に襲われ
ない特性があり疾病の研究施設に勤めだす。
その研究施設では残る25%の患者の治療法を探していたが、
成果が上がらず、政府は残る患者の安楽死を検討し始める。
これに対して回復者たちは抗議行動を起こすが、健常者との
間で軋轢が増し、一触即発の事態へとなって行く。

脚本と監督はダブリンの大学で映画研究の修士号を取得した
デイヴィッド・フレインのデビュー作。
2008年から手掛けた短編作品の内の1本が受賞。2012年エデ
ィンバラ国際映画祭に提出した本作の脚本が評価され、アイ
ルランド映画委員会の支援で制作した7分間の前日譚“The
First Wave”が資金提供を誘い長編デビューとなった。
共演はいずれもアイルランド出身の俳優で、2015年12月紹介
『白鯨との闘い』などのサム・キーリーと、2012年7月紹介
『ハンガーゲーム』などの4部作で主人公の母親役を演じた
ポーラ・マルコムスン。
さらに『アベンジャーズ』シリーズで敵役の側近を演じてい
たトム・ヴォーン=ローラーらが脇を固めている。
回復者は罹患中の罪は問われないが、本人にも周囲にも犯行
の記憶は残っている。一方、健常者には回復者に対する偏見
と恐怖がある。このため社会復帰しても回復者には真面な職
の与えられない差別が生じる。
この展開にはいろいろなことを思わせるが、本作で兄嫁役を
演じたペイジは、2016年8月14日題名紹介『ハンズ・オブ・
ラヴ 手のひらの勇気』などを製作、主演して自らもカミン
グアウトしている人なので、その思いは受け止めたい。
そんな思いを凄絶なサヴァイヴァル劇の中で巧みに表現した
作品とも言えそうだ。

公開は3月20日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他で全国順次ロードショウとなる。

『シラノ・ド・ベルジュラック』“Cyrano de Bergerac”
2019年2月に紹介『シー・ラヴズ・ミー』の後、7月7日題
名紹介『ロミオとジュリエット』、9月8日題名紹介『42nd
ストリート』と続いてきた「松竹ブロードウェイシネマ」の
第4弾。
フランスの劇作家エドモン・ロスタンにより1897年12月28日
にパリで初演され、500日間、400回に亙って上演され続けた
という名作戯曲を、『時計じかけのオレンジ』などの原作者
として知られるイギリスの作家アンソニー・バージェスが翻
訳、脚色、1973年にブロードウェイで初演された英語版。
物語は17世紀のフランスに実在した人物を主人公に、容姿ゆ
えに自らの恋愛を諦めた剣豪作家が、本当は愛する女性ロク
サーヌと同僚兵士の恋愛成就のために文才を活かして奮闘す
るというもの。そこから三十年戦争のアラス包囲戦を挟んで
15年に亙る切ない男の心情が見事に描かれた作品だ。

出演は2017年3月19日題名紹介『美女と野獣』でベルの父親
役を演じたケヴィン・クラインと、2016年10月紹介『MIC
メン・イン・キャット』などのジェニファー・ガーナー。そ
れに2013年4月紹介『ファインド・アウト』などのダニエル
・サンジャタ。
舞台の演出は2003年の“Nine”などで5度のトニー賞最優秀
演出賞にノミネートされ、日本でも多くの演劇プロジェクト
に参加しているイギリス出身のデヴィッド・ルヴォー。
本作では2007年にブロードウェイのリチャード・ロジャース
劇場で演じられた舞台が収録されており、画質などの点では
少し物足りないかな。でもお陰で主演のケヴィン・クライン
が若々しくて、特に韻を踏んでいるために一言も間違えられ
ない長台詞を見事に演じているのは素晴らしい。
また、ジェニファー・ガーナーが2005年『デアデビル/エレ
クトラ』などで見せたアクションの切れを剣戟シーンで発揮
しているのも見どころだ。

公開は3月13日より、東京は築地の東劇他で全国順次ロード
ショウとなる。
因に本ページでは2017年8月に『ホリデイ・イン』を「松竹
ブロードウェイシネマ」として紹介しているが、今回の作品
は第4弾と銘打たれており、2017年のものは現在のリストか
らは外されているようだ。

なお「松竹ブロードウェイシネマ」では2020年ラインナップ
として、夏にシンディ・ローパー作詞・作曲でトニー賞受賞
の“Kinky Boots”と、秋にはメアリー・ブリジット・デイ
ヴィス主演による“A Night with Janis Joplin”の公開も
予定されている。

この週は他に
『僕は猟師になった』
(2019年にNHKで放送されたノーナレーションのドキュメ
ンタリーに、約300日の追加取材と池松壮亮のナレーション
を施して作られた完全版。登場するのは京都大学在学中に猟
の免許を取ったという千松信也氏。以来19年間、京都の市街
からさほど離れない山との間の土地に暮らし、サラリーマン
の傍ら年間3〜4ヶ月の猟期は毎日山に入って罠を仕掛け猪
や鹿を獲る。そして獲物は自らの手で捌き、調理して日々こ
れを食す。映画の中には年間150億円を超えるという獣害の
話や、京都の風物なども挿入されるが、猟師本人はそんなこ
とには関知せず、妻と2人の息子との淡々とした暮しが描か
れて行く。獲物を捌くシーンなど鮮烈な映像も出てくるが、
全体としては男のロマンみたいなものかな。法令の話や罠の
仕組み、獣道の歩き方などの解説と共にしっかりと描かれ、
これはこれで良い作品になっている。公開は6月6日より、
東京は渋谷のユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『HARAJUKU 天使がくれた七日間』
(2019年3月24日題名紹介『最果てリストランテ』などの松
田圭太脚本、監督で若者の町、原宿を舞台にしたファンタス
ティックな要素もある作品。主人公は銭湯の経営者。しかし
営業前の掃除中の浴室で見知らぬ若者と出会う。その若者は
天使で、主人公の魂を奪いに来たというのだが…。実は天使
は3日も遅刻しており、その言葉を盾に主人公は7日の猶予
を貰うことに成功する。それはその間にある目的を果たすた
めだった。出演は2013年11月紹介『幕末奇譚 SHINSEN5』な
どの馬場良馬と、2019年『映画刀剣乱舞』などの椎名鯛造。
他に平野良、テジュ、坂ノ上茜、高城亜樹らが脇を固めてい
る。物語はそれなりにきっちりと作られているが、何か深み
がないというか心に残るものがない。単純には主人公の思い
通りに行き過ぎているもので、天使と悪魔の対決などがもう
少し本編に絡んで欲しかったかな? 公開は4月18日より、
東京は池袋シネマ・ロサ他で全国順次ロードショウ。)

『#ハンド全力』
(2018年5月13日題名紹介『君が君で君だ』などの松居大悟
脚本、監督で、地震から3年後の熊本を舞台にSNSに翻弄
されながらも前に進む若者たちを描く。主人公は中学時代に
ハンドボール選手だった高校生。震災で競技を断念したが、
チームメイトには県外の高校で活躍している者もいる。そん
な主人公がふとアップした昔の写真にイイネが付く。そして
調子に乗って投稿を続けた主人公は、廃部寸前だった男子部
の救世主となり、自分も大会を目指すようになるが…。出演
は加藤清史郎、醍醐虎汰朗、蒔田彩珠、芋生悠、鈴木福。他
に仲野太賀、志田未来、安達祐実、ふせえり、田口トモロヲ
らが脇を固めている。話はそれなりだが、女子チームは続い
ているのになぜ男子はだめなのかなど、肝心の部分がしっく
りと来ない。突然のSNS炎上の理由も良く判らなかった。
公開は5月15日から熊本県で先行上映の後、5月22日より、
東京はシネ・リーブル池袋他で全国ロードショウ。)

『大海原のソングライン』“Small Island Big Song”
(フィリピンからインドネシア、マレー半島を通り、イース
ター島、マダガスカルに至る太平洋南方諸島の言語が、台湾
原住民の言葉を起源にしているという学説に基づき、その地
域の伝統音楽を結び付けたアルバムを映像化した作品。一つ
のリズムで音楽が繋がって行く様は観ていて気持ちが良い。
しかもそれが各地の特徴ある風景の中で行われるのだから、
音楽ファン、旅行マニアにはたまらない作品と言えそうだ。
ただしそれが一つの曲なのかと言われると覚束ない。そこに
はもう少し学術的な論証が欲しい。実際に映画の中ではそれ
ぞれがヘッドフォンを装着して、恐らくは最初に収録された
リズムに合わせて演奏しているもので、それが一つだという
論証にはならない。むしろこの映像には通信会社のCMを思
い出した。音楽ファン、旅行マニア向けにはそれで良いのだ
ろうが。公開は4月より、東京は渋谷のシアター・イメージ
フォーラム他で全国順次ロードショウ。)

『未成年』“미성년”
(2018年7月紹介『1987、ある闘いの真実』などの俳優キム
・ユンソクが長編映画監督に初挑戦した作品。登場するのは
2人の女子高生。その一方が他方の母親が切り盛りする食堂
を覗いている。それはその母親が彼女の父親の不倫相手だか
らだ。そして彼女は他方の女子に母親に不倫を止めるよう説
得を頼むが…。他方の女子の発言が新たな展開を生じさせ、
事件が起きる。出演はドラマで人気のキム・ヘジュンとオー
ディションを勝ち抜いたパク・セジン。それに2019年11月紹
介『スピード・スクワッド』などのヨム・ジョンアと2019年
5月紹介『工作』などのキム・ソジン。そしてユンソクが父
親を演じる。自分が男性で父親の立場だと何ともはやという
感覚だが、無さそで有りそな巧みな展開のお話だ。オリジナ
ルは舞台劇のようで、ユンソクは脚色も手掛けている。演出
も卒なく正に監督デビュー作という感じだ。公開は5月29日
より、東京はシネマート新宿他で全国順次ロードショウ。)

『暗数殺人』“암수살인”
(上記のキム・ユンソクが刑事役で主演する連続殺人が主題
の実話に基づくとされる作品。麻薬捜査官だった刑事は情報
提供者と密会中を殺人捜査班に踏み込まれる。それは情報提
供者が死体遺棄を行ったというものだったが…。刑事は突然
収監中の犯人に呼び出され、殺人の罪を告白される。それは
7人あるいはそれ以上の連続殺人だった。しかしなぜ犯人は
罪を告白したのか? 自白だけが頼りの捜査は天才的な犯人
の言動に翻弄される。共演は2019年4月紹介『神と共に』な
どのチュ・ジフンと2019年11月紹介『エクストリーム・ジョ
ブ』などのチン・ソンギュ。題名の「暗数」は公的な統計に
表れない実際の数との差という意味だそうで、行方不明で処
理された中から推理力で被害者を探し出す地道な捜査が描か
れる。脚本と監督は助監督出身、長編2作目の本作で青龍賞
脚本賞を受賞したキム・テギュン。公開は4月3日より、東
京はシネマート新宿他で全国ロードショウ。)

『ANNAアナ』“Anna”
(リュック・ベッソン脚本、監督で、2014年8月紹介『LUCY
/ルーシー』以来のガールズアクションに再挑戦した作品。
背景は冷戦末期の1990年代。モスクワの露店でマトリョーシ
カ人形を売っていた女性がモデルにスカウトされる。そして
パリのエージェントに所属した彼女は瞬く内にトップモデル
になって行くが…。闇の武器商人が暗殺され、彼女の存在が
KGB、CIAを巻き込む国際スパイ戦に発展する。出演はロシア
出身のスーパーモデルでベッソンの前作『ヴァレリアン』に
ちょい役で出ていたというサッシャ・ルス。本作では1年間
に及ぶ格闘技の訓練の上で華麗なアクションに挑んでいる。
そして彼女の脇をヘレン・ミレン、ルーク・エヴァンス、キ
リアン・マーフィらが固めている。ルスが魅せる5分で40人
斬りのアクションも壮絶だが、モスクワ「赤の広場」でのカ
ーチェイスなど、見どころが満載の作品だ。公開は5月8日
より、東京はTOHOシネマズ日比谷他で全国ロードショウ。)

『わたしはダフネ』“Dafne”
(母親の死後に残された父親とダウン症の娘の絆を描いたド
ラマ作品。主人公は老齢だがしっかりした両親の許で穏やか
に暮らしていた。ところが母親が突然死。葬儀も済ませた娘
は職場に復帰して元の生活に戻るが、最愛の妻を失った父親
の落胆は大きく、あらぬ行動をとり始める。その姿に何もで
きない娘だったが…。そんな中で娘は母親の故郷まで歩いて
行こうと提案する。それは簡単な旅ではなかったが、山野を
2人で歩く内に互いの心が触れ合って行く。出演はダウン症
ながら執筆活動で成功を収めているというカロリーナ・ラス
パンティ。両親を舞台俳優で1976年『1900年』に出ていたと
いうアントニオ・ピオヴァネッリと、1977年『サスペリア』
でサラ役のステファニア・カッシーニが演じている。同様の
配役では2019年10月6日題名紹介『だれもが愛しいチャンピ
オン』もあったが、どちらも素敵な作品だ。公開は6月6日
より、東京は岩波ホール他で全国順次ロードショウ。)

『マルモイ ことばあつめ』“말모이”
(1940年代、日本統治下の韓国ソウルで、自国語を守るため
に生命を賭して辞書作りと標準語の選定を進めた朝鮮人言語
学者を描いた史実に基づく作品。日本人には随分と耳の痛い
話だが、この映画に描かれた民族同化運動は現実のもので、
朝鮮語の使用を禁じたり、姓名を日本式に改めるなど正に文
化的なジェノサイドが行われた。そんな中での物語だ。とは
言うものの最後に登場する分厚い辞書の原稿が鞄一つに収ま
るはずはなく、実際には何処かの倉庫にでも隠されていたの
だろうが、映画は象徴的に描くもの。その辺は史実に基づく
フィクションということだ。出演は2018年7月紹介『1987』
などのユ・ヘジンと、2008年8月紹介『6年目も恋愛中』な
どのユン・ゲサン。2018年3月11日題名紹介『タクシー運転
手』などの脚本家オム・ユナが、自作の脚本で監督デビュー
を果たした作品だ。公開は5月22日より、東京はシネマート
新宿他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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