井口健二のOn the Production
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2020年02月23日(日) 水曜日が消えた(ポルトガル、街の上で、ソニックTM、ハリエット、あなたの顔、ドヴラートフ、最高の花婿2、凱里、グランド・ジャーニー)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『水曜日が消えた』
2020年2月紹介『ndjc:若手映画作家育成プロジェクト』で
2014年度に選出された吉野耕平の脚本、監督、VFXによる
長編デビュー作。各曜日ごとに入れ替わる7つの人格が同居
する多重人格を描いたオリジナル脚本の映画化。
主人公は火曜日の人格。几帳面な性格で読書好きだが、火曜
日は図書館が休館日だ。しかも月曜日の性格がだらしなくて
朝起きるとベッド回りが大変だったりする。そして大学病院
に通院するのも彼の役目だ。
こんな彼の症状は幼い頃に遭った交通事故が原因で、そのた
め脳が多重になったようなのだが、その日の状況を彼自身は
全く記憶していなかった。それでも大学の研究者の許でいろ
いろな治療は行われていた。
そんな彼の家には小学校で同級生だったという女性が毎日の
ように現れる。出版社に勤める彼女は、近くの作家の自宅に
原稿の催促に来たついでに寄るというのだが、多重人格の彼
のことを理解する数少ない人物だ。
その多重人格は毎夜深夜に入れ替わるもので、その間の6日
間のことは全く感知できない。そのため連絡ノートで互いの
状況を報せ合うことになっているが、特にアウトドア派の日
曜日の行動は羨望の的になっていた。
ところがある日、朝の定刻に目覚めた主人公は周囲の微妙な
違いに気付く。実はその日は水曜日で、彼は2日間続けて人
格を保っていたのだ。この状況に主人公は、取り敢えずその
事実を隠してしまうのだが…。
初めて過ごす水曜日には、図書館が開館しているなど様々な
変化が彼にもたらされる。そこには図書館の司書との淡い恋
心も生じるが、その一方で彼をこのようにした事故の状況が
徐々に思い出され始める。

出演は2019年8月11日題名紹介『台風家族』などの中村倫也
と、2019年12月8日題名紹介『架空OL日記』などの石橋菜
津美。他に中島歩、休日課長、深川麻衣、きたろうらが脇を
固めている。
多重人格というと最近ではSF作家ダニエル・キイスの諸作
が有名になってしまったが、映画では1957年度のアカデミー
賞でジョアン・ウッドワードが主演女優賞を獲得した“The
Three Faces of Eve”が記憶される。
この映画は日本未公開のようだが、実は原作となった実話に
基づくハーヴェイ・M・クレックリーの著作は、中学生の頃
に当時日本でも刊行されていたReader's Digestで読んで衝
撃を受けたものだった。
従ってこのテーマに関しては多少思い入れがあるが、そんな
目で本作を観ていると、医学的な見地はともかく物語として
はそれなりに上手く出来ていると感じた。特に人格間の対立
や主人公が損な役回りなのも面白く観られたものだ。
また、きたろうが演じた研究者の思いなども、なかなか良い
感じに描けていたし、難しい演じ分けをしっかりと表現した
中村にも感心した。そして多重人格とは別に生じるドラマに
も違和感なく良い感じを持てた。
VFXの表現もドラマにマッチしており、監督の思い入れも
心地よく感じられたものだ。

公開は5月15日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。

この週は他に
『ポルトガル、夏の終わり』“Frankie”
(ユネスコ世界遺産にも登録されているポルトガルの古都シ
ントラを背景に、2018年5月13日題名紹介『エヴァ』などの
イザベル・ユペールが少し我儘なスター女優を演じるドラマ
作品。その年の夏を避暑地でもある当地のホテルで過ごす女
優は、ある目的から家族を呼び寄せる。そこには現在の夫と
その連れ子の娘と義理の孫。また元夫と実子の息子などが集
まり、さらに親友の女性メイクアップアーティストも招かれ
ている。そして彼らの間で様々な群像劇が展開されて行く。
共演には2018年2月25日題名紹介『ロンドン、人生はじめま
す』などのブレンダン・グリースンと、2019年3月17日題名
紹介『パージ:エクスペリメント』などのマリサ・トメイ。
他にジェレミー・レニエ、パスカル・グレゴリー、ヴィネッ
ト・ロビンスン、グレッグ・キニアらが脇を固めている。ド
ラマと共に美しい風景も楽しめる作品だ。公開は4月24日よ
り、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『街の上で』
(2018年11月3日付「東京国際映画祭」にて紹介『愛がなん
だ』などの今泉力哉監督、脚本で下北沢界隈を舞台にした青
春ドラマ。脚本は漫画家の大橋裕之との共同になっている。
主人公は古着屋の店員。恋人に浮気を告白されて別れを告げ
られるが、彼自身は納得できず彼女の影を追っている。そん
な主人公は店に来た美大生から卒業制作映画への出演を依頼
されるが…。出演は『愛がなんだ』にも出ていた若葉竜也と
穂志もえか。他に2018年12月紹介『チワワちゃん』などの古
川琴音、2019年12月紹介『37セカンズ』などの萩原みのり、
2019年12月29日題名紹介『もみの家』などの中田青渚。そし
て成田凌が友情出演している。前回紹介『劇場』に続いて下
北沢の話だが、今回は演劇ではなく映画が主題。そこに若い
男性の様々な葛藤が巧みに描かれた作品だ。それに下北沢の
町が丁寧に撮られている。公開は5月1日より、東京は新宿
シネマカリテ他で全国ロードショウ。)

『ソニック・ザ・ムービー』“Sonic the Hedgehog”
(1991年にセガのメガドライブ用に発売されたゲームのキャ
ラクターを主人公にした実写+CGI作品。本作の始まりで
音速で走り回るスーパーパワーの青いハリネズミは、宇宙の
果ての母星を追われ、時空を超える金色のリングの力で地球
へとやってくる。そして孤独なままに秘かに人間社会を観察
しながら暮らしていた。ところが悪の天才科学者がその存在
を察知し、その力の悪用を企む。そこでソニックは、人間の
力を借りてそれを阻止しようとするが…。出演は2018年12月
16日題名紹介『記者たち 衝撃と畏怖の真実』などのジェー
ムズ・マースデン、2019年5月19日題名紹介『さらば愛しき
アウトロー』などのティカ・サンプター。そしてジム・キャ
リー。さらにソニックの声を脚本家・コメディアンのベン・
シュワルツが担当している。監督は短編アニメーションで実
績を持つジェフ・ファウラーが長編デビューを飾った。公開
は3月27日より、全国ロードショウ。)

『ハリエット』“Harriet”
(2016年に、2020年発行の新20ドル紙幣の肖像画に決定され
るも、トランプ政権下ではその発行が延期されている19世紀
後半の黒人女性活動家を描いたドラマ作品。主人公は1822年
にメリーランド州の農場で奴隷の両親の許に生まれ、1849年
に農場から逃亡し単身フィラデルフィアに到達する。そして
1850年の逃亡奴隷法の成立を機に逃亡者を北部まで先導する
「地下鉄道(Underground Railroad)」に参加、以後の約10年
間に19回の救出活動を行い両親を含む300人以上を解放した
ということだ。その後は女性参政権運動などにも参画、その
功績が紙幣の肖像画へと繋がったものだ。本作はその「地下
鉄道」時代の波乱万丈を描く。出演は2016年ミュージカル版
『カラー・パープル』でトニー賞などを総なめにしたシンシ
ア・エリヴォ。本作でも素晴らしい歌声を聴かせてくれる。
監督は女性のケイシー・シモンズ。公開は3月27日より、東
京はTOHOシネマズシャンテ他で全国ロードショウ。)

『あなたの顔』“你的臉”
(1994年『愛情萬歳』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受
賞し、2013年『郊遊<ピクニック>』で同映画祭審査員大賞を
受賞して商業映画からの引退を表明していた台湾の蔡明亮監
督が、2018年に発表したドキュメンタリー。日本統治時代に
台北市に建てられた旧公会堂の中山堂で、撮影に集められた
男女13人の顔だけを写した作品。出演は監督の盟友とされる
リー・カンション以外は市井の12人。中にはただ黙ったまま
の人もいるが、饒舌に話したり楽器を演奏したり、さらには
居眠りをし始める人までいる。しかしその顔には長い年月を
生きてきた証が刻まれ、その言葉に苦難の道のりが想像され
る。海外ではこの構成が衝撃だったようで、確かにネットを
検索しても該当する作品は出てこない。でも僕自身は1970年
代に同様のポスターに参加した経験があり、衝撃はさほどで
はなかったかな。公開は4月から、東京は渋谷のシアター・
イメージフォーラム他で全国順次ロードショウ。)

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』
                 “Довлатов”
(1941年、旧ソ連の生まれ、ジャーナリストをしながら創作
活動をするもKGBに目を付けられ、地下出版での発表が西
欧でも紹介されるようになって1978年に亡命。ニューヨーク
に居住して大手雑誌などにも作品を発表。1990年に48歳で死
去した後に本国でも出版が認められて「20世紀後半で最も愛
されたロシア人作家」と呼ばれる人物の若き日の6日間を描
いた作品。背景は1971年ということで、僕は前年に開かれた
国際SFシンポジウムでソ連の体制側作家を見ているが、当
時も陰で苦しんでいる人たちが居るのだろうとは思っていた
ものだ。そんな若き作家たちの群像劇が、綿密な時代考証で
再現された旧レニングラードの風物の中で演じられる。監督
は2015年2月紹介『神々のたそがれ』を父監督の死後に完成
させたアレクセイ・ゲルマン・ジュニア。本作ではベルリン
国際映画祭の芸術貢献賞を受賞した。公開は4月25日より、
東京は渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『最高の花婿 アンコール』
    “Qu'est-ce qu'on a encore fait au bon Dieu?”
(2015年6月14日付「フランス映画祭2015」で紹介『ヴェル
ヌイユ家の結婚狂騒曲』(日本公開題名:最高の花婿)の4年
後を描いた続編。4人の娘に4カ国から来た宗教も違う4人
の婿という究極のグローバル化を描いた前作だが、いざ暮し
が始まるとそれぞれの婿には社会との軋轢が生じていた。そ
れはちょうど現代の社会が抱える問題でもある訳だが、そん
な中でそれぞれが海外への移住を考え始める。一方、娘たち
の両親は各国の実家に招待された世界一周の旅から帰ってく
るが…。出演は両親役のクリスチャン・クラヴィエとシャン
タル・ロビー以下、一家10人のキャストが再現され、さらに
パスカル・ンゾンジらの一家も引き続き登場する。脚本と監
督も前作に続いてのフィリップ・ドゥ・ショーヴロン。前作
は宗教と人種の問題だったが、本作はさらに多様性が増した
感じだ。公開は3月27日より、東京はYEBISU GARDEN CINEMA
他で全国順次ロードショウ。)

『凱里ブルース』“路邊野餐”
(2019年12月8日題名紹介『ロングデイズ・ジャーニー こ
の夜の涯てへ』のビー・ガン監督による2015年に発表された
長編デビュー作。先の紹介作と同じく本作でも後半に長いワ
ンシークエンスショットが用意されている。そして物語も、
紹介作と同様にこの長回しの中で過去と現在が混在する摩訶
不思議な展開だ。とは言うものの観客としては、取り敢えず
この41分に及ぶという長回しに目を奪われてしまうのだが、
本作ではオートバイでの移動などの時間が多く、先の紹介作
ほど凝っていないのは習作というところかな。それに途中の
演技でちょっとしたミスがあって、それがなかなか修復でき
ないのはご愛嬌という感じもした。それにしても長回しでは
『1917』が話題になっているところだが、本作が嘘偽りのな
い本物のワンシークエンスショットだということは強調して
おきたい。公開は4月18日より、東京は渋谷のシアター・イ
メージフォーラムでロードショウ。)

『グランド・ジャーニー』“Donne moi des ailes”
(工業地帯など渡りに障害の多いヨーロッパで行われている
安全な飛行ルートを渡り鳥に教える活動。その実践者が自ら
脚本を務めた作品。同旨の作品ではカナダ―アメリカを舞台
にした1996年公開『グース』“Fly Away Home”があるが、
いずれも実話に基づくとはされているものだ。ただしどちら
も子供を主人公にしているのは少しあざといかな。とは言え
子供を主人公にすることで若年層にも興味を持って貰えると
いうことでは、意味はあるとは言えるだろう。それに本作で
は、越冬地から主人公らの本拠地に向かうという展開も工夫
があるように感じた。監督は2015年公開『ベル&セバスチャ
ン』などのニコラ・ヴァニエ。なお脚本を手掛けたクリスチ
ャン・ムレクの本業は気象学者だが、2003年『WATARIDORI』
の制作などにも関っている。出演は2018年3月4日題名紹介
『ダリダ』などのジャン=ポール・ルーヴと新人のルイ・ヴ
ァスケス。公開は5月15日より、全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二