井口健二のOn the Production
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2020年02月16日(日) ナイチンゲール、三島由紀夫VS東大全共闘(モルエラニ、ハーレイ・クィン、仮面病棟、ペトルーニャ、ケアニン、サーホー、新喜劇王、劇場)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ナイチンゲール』“The Nightingale”
2018年の第75回ヴェネツィア国際映画祭にて、本作の脚本・
監督を手掛けたジェニファー・ケントに新人監督賞と審査員
特別賞の2冠が贈られた19世紀オーストラリアのタスマニア
島が舞台の強烈な復讐劇。
時代はオーストラリアがイギリスの植民地だった頃。本国か
ら多くの流刑者が送られて来る中で、本土の南方に位置する
タスマニア島(旧名:ヴァン・ディーメンズ・ランド)には、
1803年、シドニーに続く第2の刑務所が設置された。
その刑務所に主人公のアイルランド人女性は些細な罪を問わ
れ、一定期間の契約奴隷として送られていた。ところが期間
が過ぎても刑を解かれない。実は彼女は美声の歌手で、将校
の慰み者でもあったのだ。
そんな状況に彼女の夫は、妻の刑の終了を認める書類の作成
を将校に訴えたが…。言葉を左右する将校の仕打ちに食って
掛かった夫は彼女の目の前で射殺され、さらに最愛の赤ん坊
まで殺されてしまう。
そして将校は自らの出世と本土への復帰を求めて、島の玄関
口である港町へと出発する。しかも時間を急ぐ将校は危険な
山道の行軍を選択し、原住民の老アボリジニを案内人に山に
分け入っていた。
そこで後を追う主人公も若いアボリジニを雇うが、イギリス
人とアイルランド人の対立以上に、両者が未開人と見下すア
ボリジニとの関係も複雑なものだった。

出演は、2016年―17年『ゲーム・オブ・スローンズ』などの
アイスリン・フランシオン。アイルランド出身で『トスカ』
などにも出演のオペラ歌手でもある女優にとっては、最高の
嵌り役と言える作品だ。
他に、2011年5月紹介『パイレーツ・オブ・カリビアン/生
命(いのち)の泉』や2013年12月紹介『ハンガーゲーム2』な
どのサム・フランクリンと、オーストラリア・エルコ島出身
のアボリジニでダンスパフォーマーのバイガル・ガナンバル
(映画初出演)らが脇を固めている。
映画の中では英語とアイルランド語、それにアボリジニの言
語が飛び交うが、実はタスマニア島のアボリジニは植民者に
よってほぼ絶滅されており、その言葉も消滅している。その
ため今回は本土からアボリジニの演技者が招かれ、また言語
にはPalawa kaniと呼ばれる構造言語が使われている。
この言語は、かつて東部アボリジニ・タスマニア人によって
話されていたとされるものだが、実は限られた記録文献の中
から再構成された語彙に基づき、タスマニア・アボリジニ・
センターでの推論により作成されたもの。
この状況からも判るように映画は明らかにオーストラリアの
負の歴史を描くもので、しかもそれが女性監督とは思えない
R15+指定となる激しい描写で再現される。そこには様々な
思いも込められているのだろうが、正しく受賞に相応しい作
品だった。
公開は3月20日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他で全国順次ロードショウとなる。

『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』
1969年5月13日、東大駒場の 900番教室で行われた討論会の
模様を、当時の報道機関で唯一取材を許されたTBSに残さ
れていた映像を基に、当事者たちへの現在のインタヴューを
交えて構成したドキュメンタリー。
「政治の季節」とも呼ばれた当時は、同年1月の東大本郷安
田講堂攻防戦や沖縄反戦デー、長崎佐世保港に入港した空母
エンタープライズを巡る反対闘争など、日本中、いや世界中
に権力に対する闘争が渦巻いていた。
そんな中で行われた作家・三島由紀夫と東大の全学共闘会議
との討論会は、片や天皇主義を唱えて自ら私兵「盾の会」を
創設した「右翼」と、権威主義の大学解体を叫ぶ「左翼」と
の対決かに見えた。しかしその実態は…?
実は僕自身がこの年に一浪で私学に入学した大学生であり、
当時のことは鮮明に記憶している。この時代は誰もが討論に
明け暮れ、それは今の2ch.のような匿名で揚げ足取りに終始
するものではなく、正に対峙しての真剣なものだった。
その討論は飲み屋などでも行って、時には居合わせた年配の
酔客から「若い人が真剣に討論しているのは素晴らしい」と
ビールの差し入れを貰ったりもしたものだ。そんな時代の経
験者の僕には、本作の討論の様子が懐かしかった。
それは今の人には熱く激しい討論に見えるかもしれないが、
それが当時の日常だったのだ。そして互いに意見を戦わせる
ことで友情も生まれたし、その後も信頼し合える仲間を作る
ことができたのだと思う。
そんな思いで本作を観ていると、両者が実は対立ではなく、
共闘を探り合っていたことにも気付かされる。そこに対する
東大側の認識が何処かは不明だが、翌年の三島の自決の後に
東大全共闘はいち早く追悼を表明したものだ。
ただ今にして改めて考えるのは、三島は翌年の行動をしては
いけなかったのではないかという思いだ。本作の中でも「反
米、愛国」の思いは両者に共通していたと語られるが、その
目標のため両者が歩み寄ることはできなかったのか?
もしこの時に歩み寄れていたら、現在の沖縄が米軍に蹂躙さ
れ、政府が「アメリカお追従」を繰り返すような時代は来な
かったと思うし、それを考えると悲しくもなってくる。そん
な歴史の一幕が甦る。
今の時期にこの映像が甦ったことは正しく天啓と思えるもの
だし、三島がこの討論で学生らに本当に伝えたかったことを
改めて考えなくてはいけないとも思った。

公開は3月20日より、東京は日比谷のTOHOシネマズシャンテ
他で全国ロードショウとなる。

この週は他に
『モルエラニの霧の中』
(2014年10月紹介『ハーメルン』などの坪川拓史製作・脚本
・監督・編集・音楽により、監督が現住する北海道室蘭市で
のささやかな物語を7話連作形式で描いた作品。題名はアイ
ヌの言葉で「小さな坂道をおりた所」という意味、室蘭の語
源のひとつだそうだ。そして物語はそんな街で監督が聞き書
きした実話に基づく。そこには少しファンタスティックな話
もあるし、リアルな話も混在する。出演は2つの話に登場す
る大杉漣を始め、大塚寧々、水橋研二、菜葉菜。さらに菅田
俊、草野康太、久保田紗友、小松政夫、坂本長利、香川京子
らが脇を固めている。全体で214分という長尺だが、各話は
長くて40分なので締まってはいる。ただ大杉の演じる写真館
の店主は使っている写真機が古めかしかったり時代設定が不
明で、さらに香川が演じる老婦人と桜の古木や樹木医など、
裏に流れる物語にも興味が湧いた。公開は3月21日より、東
京は岩波ホール他で全国順次ロードショウ。)

『ハーレイ・クィンの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』
“Birds of Prey:
And the Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn”
(2016年8月14日題名紹介『スーサイド・スクワッド』に登
場のヴィラネスを主人公にしたアクション作品。本編の説明
によると元々はバットマンの敵役ジョーカーの恋人だったそ
うだが、その関係が切れて晴れて悪女として覚醒したという
設定。そんな女が悪事を続けて行く中で、ある秘密を持った
少女を本作の敵役ブラックマスクから守るべく、新たな女性
チームが結成される。出演は、製作も手掛ける前作に続いて
のマーゴ・ロビー(この読みが正しい)。相手役にはユアン・
マクレガー。他に2012年8月紹介『リンカーン/秘密の書』
などのメアリー・エリザベス・ウィンステッド、テレビ中心
に活躍するジャーニー・スモレット=ベル、子役のエラ・ジ
ェイ・バスコらが脇を固めている。脚本は2019年『バンブル
ビー』を手掛けたクリスティーナ・ホドスン。監督は2018年
“Dead Pigs”で注目されたキャシー・ヤンが担当した。公
開は3月20日より、全国ロードショウ。)

『仮面病棟』
(現役の医師でもある作家の知念実希人が2014年に発表した
小説を原作者自らの脚色で映画化した作品。監督と共同脚本
を2019年7月7日題名紹介『任侠学園』などの木村ひさしが
担当した。主人公はある過去を背負う医師。そんな主人公が
先輩医師の口添えでとある病院の夜間の当直にやってくる。
ところがその夜、近所のコンビニを拳銃で襲ったピエロのマ
スクの強盗が誤って銃創を負わせたという若い女性を連れて
病院に押し入り、主人公と院長、それに看護師を人質にして
立て籠りを始めるが…。その病院には大きな秘密があるよう
だった。出演は本作が初単独主演の2019年9月22日題名紹介
『そして、生きる』などの坂口健太郎。他に永野芽郁、内田
理央、江口のりこ、高嶋政伸。さらに永井大、佐野岳、藤本
泉、小野武彦、鈴木浩介、大谷亮平らが脇を固めている。原
作者自らの脚色はテーマ性もしっかりして観ていて気持ちが
良かった。公開は3月6日より、全国ロードショウ。)

『ペトルーニャに祝福を』
        “Gospod postoi, imeto i' e Petrunija”
(旧ユーゴスラビアから分裂したバルカン半島の中央に位置
する北マケドニア共和国。その小さな村を舞台に、女人禁制
の儀式に参加して勝者になってしまった女性を主人公にした
様々な要素の含まれる作品。主人公は30過ぎ少し太めで恋人
もいない女性。大学を出たものの満足な仕事はなく、不正規
のウェイトレスでしか働けない。そんな彼女が主義を曲げて
挑んだ面接ではセクハラの上に不採用となり、塞いだ気持ち
の帰り道で司祭が投げ込んだ十字架を奪い合う伝統の儀式に
出くわす。そこで目の前に流れてきた十字架を思わず飛び込
んで奪ってしまうが…。いきり立った男たちは十字架を取り
戻そうとし、勝ち得た権利を主張する彼女は警察の保護下に
置かれる。そこに取材に来た女性のレポーターや司祭も巻き
込んだ論争が勃発する。監督は同国の出身で本作が5作目の
テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ。公開は4月25日より、
東京は岩波ホール他で全国順次ロードショウ。)

『ケアニン こころに咲く花』
(2018年9月紹介『青の帰り道』などの戸塚純貴の主演で、
様々な問題の山積する老人介護の現場を描いた作品。戸塚と
監督の鈴木浩介は2017年に『ケアニン あなたでよかった』
という作品を発表しており、そこでは戸塚が扮する新人介護
福祉士が介護の基礎となる問題に直面していたようだ。その
続編となる本作では、小規模の施設から大型の特別養護老人
ホームに転職した主人公が、大規模施設ならではの新たな問
題に直面する。ただ本作では介護の問題より、組織の大型化
に伴う弊害のような感じもして、その辺はどうなのかなとい
う感じはした。でもそれは介護だけにとどまらない普遍的な
問題提起ではある訳で、その中に介護特有の問題も描かれて
いるのだから、その点では理解のできる作品だ。共演は島か
おり、綿引勝彦。他に中島ひろ子、浜田学、小野寺昭らが脇
を固めている。公開は4月3日より、東京はヒューマントラ
ストシネマ有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『SAAHO/サーホー』“సాహో”
(2017年2月紹介及び2017年12月10日題名紹介の『バーフバ
リ』で主人公を演じたプラバースの主演で近未来(?)の架空
都市が舞台のアクション作品。高層ビルが立ち並ぶその都市
では、複数の犯罪組織が覇権を競いながらも一方では協調し
て街を仕切っていた。ところが協調の中心にいたボスが交通
事故を装って暗殺され、その後目にボスの息子が名乗りを上
げるが、そこには異論も出ているようだ。そんな中で大規模
な窃盗事件が発生し、その捜査本部の指揮を組織に潜入捜査
していた刑事が取ることになる。刑事は内部情報にも精通し
て捜査を進めるが…。歌と踊りに女性刑事とのラヴアフェア
も絡めて上映時間169分の物語が展開される。共演は2013年
『愛するがゆえに』などの女優で歌手のシュラッダー・カプ
ール。監督は1990年生まれでYouTubeなどで人気を得たスジ
ートの長編第2作。前半はともかく後半のアクションの連打
はすごい。公開は3月27日より、全国ロードショウ。)

『新喜劇王』“新喜劇之王”
(2016年11月紹介『人魚姫』などのチャウ・シンチー製作、
脚本、監督で、1999年に自らの監督、主演で発表した出世作
の登場人物を女性に変えたリブート作。主人公はアルバイト
をしながら女優を目指しているが、現状はエキストラの掛け
持ちで何とか業界にいる程度。しかもスタニラフスキーの演
技論を信奉する彼女は監督からも煙たがられている。ところ
がある事情から落ちぶれた名優と共演した彼女に運命が微笑
み始める。出演はチャン・ツィイーらも学んだ中央戯劇学院
の出身で初めて主演に抜擢されたエ・ジンウェン。相手役を
2008年10月紹介『戦場のレクイエム』などのワン・バオチャ
ンが怪演している。エキストラからの出世話では2019年11月
7日付「東京国際映画祭」で紹介『リリア・カンタペイ』も
思い出したが、劇中にちょっと似たエピソードがあるのにも
嬉しくなった。公開は4月10日より、東京は新宿武蔵野館、
大阪はシネマート心斎橋にてロードショウ。)

『劇場』
(2015年『火花』で芥川龍之介賞を受賞した吉本芸人の又吉
直樹が、受賞作より前から書き続けていたという恋愛小説の
映画化。東京の下北沢界隈を舞台に若くして演劇を志した男
と、彼と偶然出会い自らを捨ててでも彼を支えようとする女
を描いた物語。男には挫折が続き、同世代にも後れを取って
いる。しかしそんな彼を彼女は信じている。汚れ切った大人
の目で見ると、何というか恥ずかしくなるような純愛が描か
れる。でもそれが評価されているのだろうな。こんな夢を自
分も観てみたいとは思わせる作品だ。出演は山崎賢人、松岡
茉優、寛一郎、伊藤沙莉。正に旬の若手が勢ぞろいといった
感じの配役だ。他に井口理、三浦誠己、浅香航大らが脇を固
めている。監督は2017年8月6日題名紹介『ナラタージュ』
などの行定勲。脚本は、行定監督の『ピンクとグレー』でも
タッグを組んだ劇団主宰の蓬莱竜太が担当。公開は4月17日
より、東京は新宿ピカデリー他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二