井口健二のOn the Production
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2020年02月02日(日) なんのちゃん(レ・ミゼ、在りし日の、ちむぐりさ、山の焚、衝動、子どもたちを、キスカム、馬三家、パラダイス・L、高津川、グリーン・L)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『なんのちゃんの第二次世界大戦』
幸運にもこの作品の初号試写を観させて貰った。初号試写と
いうのは本来は映画のスタッフ・キャスト向けに特別に行う
ものだが、今回は初対面の監督の厚意でその席に参加させて
貰った。まずは監督に感謝したい。
そんな訳で普段のマスコミ試写と異なり、資料の配布などは
なかったが、幸い本作に関してはすでにFacebookなども立ち
上げられて、そこに情報があったのでそれを参考に記事を書
かせてもらう。
物語の舞台はとある地方都市。すでに何年か前に「平和都市
宣言」は成されているらしく、そこに新たに現市長の肝いり
で「戦争記念館」の建設計画が持ち上がる。それは市長の再
選に向けたアピールでもあるようだ。
ところがその建設諮問会議の会場に、市長宛ての建設反対の
抗議文が、少女を模した石像の頭部と共に届けられる。しか
しその送り主は明らかで、直ちに市の職員の手で「建設趣意
書」と共に返送されるが…。
送り主の石材店の女主人は頑なにその受け取りを拒否し、そ
の家族もそれに同調する。それは現市長と石材店との代々に
亙る確執が原因だった。そんな状況下で市長選を背景に様々
な駆け引きが始まる。

脚本と監督は、助監督出身で今回長編初挑戦という河合健。
最近は映画学校など出身の監督が多い中で、助監督からのた
たき上げは珍しい。しかしFacebookを見るとその経歴は生き
ているようだ。
出演は2019年5月12日題名紹介『よこがお』などの吹越満、
2019年12月15日題名紹介『山中静夫氏の尊厳死』などの大方
斐紗子。さらに大杉漣の遺作になった連続ドラマ『バイプレ
イヤーズ』でジャスミン役の北香那らが脇を固めている。
この他にも舞台俳優の河合透真などプロの役者も出ているよ
うだが、出演者の多くはロケ地の兵庫県淡路島でのオーディ
ションにより選ばれた地元の人たち。東京近郊だとエキスト
ラも集めやすいが遠隔地ではこうなるものだ。
それにしても新人監督にこのハードルは高いかと思いきや、
Facebookに載っているオーディションやその後のワークショ
ップの様子などを見ると、助監督の経験がここに活かされて
いるのかと思うほどの見事なやり方だった。
物語は、第二次世界大戦に出征しなかったことで平和のシン
ボルに祭り上げられている市長の祖父と、B、C級戦犯の刑
に処せられた父を持つ石材店主との確執が係るものになって
いるが、その結末にもいろいろな思いが錯綜する。
この結末に関しては、明確でないことを批判する向きもある
かもしれないが、僕は敢えて観客に委ねたことでこの作品の
意味が生じると考える。それは前回題名紹介の作品で謳われ
た「分断」の是非がここには描かれているものだ。
テーマ的にはかなり難しい内容を、かなり巧みに描き切った
と言える作品だ。Facebookを見るとそこには監督の深い思い
もあるようだが、それをユーモアのオブラートに包んで良く
頑張って描いたと思える。
今までの日本映画が描いてこなかった新たな地平線が見えて
きた感じもした。

河合監督が個人で資金を集めて作り上げた自主映画とのこと
で、未だ公開の見込みなどは立っていないようだが、英語字
幕も制作中で、英題“Headless Girl”にて取り敢えず海外
の映画祭を目指すことにはなるようだ。
今後マスコミ試写が行われる際には連絡を貰えることにした
ので、試写が始まったら改めて紹介したい。

この週は他に
『レ・ミゼラブル』“Les misérables”
(ヴィクトル・ユゴー×スパイク・リーと称されるフランス
の現状を描いたドラマ作品。舞台はユゴーの小説にも描かれ
たパリ郊外のモンフェルメイユ。下層階級が暮らし、犯罪の
温床ともされるその町の警察に地方出身の警官が赴任する。
そして犯罪防止班(BAC)に配属された彼は先任の2人と共
に昼間のパトロールに出動するが…。ロマのサーカス団から
盗まれた仔ライオンの捜索など多少はユーモラスな描写に始
まって、ムスリム同胞団と麻薬売人組織、さらにロマと警察
など三つ巴、四つ巴の抗争が、子供たちの活躍も絡めてダイ
ナミックに描かれる。脚本と監督は同地出身のラジ・リ。俳
優として活動しながら地元の現状に迫るドキュメンタリーな
どを発表し、2017年制作の同名短編を基にした本作で長編デ
ビュー。カンヌ国際映画祭の審査員賞に輝いた。多民族国家
の実像を見事に描き出した作品だ。公開は2月28日より、東
京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『在りし日の歌』“地久天长”
(人口爆発で一人っ子政策が推し進められた1980年代から、
経済改革で貧富の差が拡大する2010年代までの30年間を背景
に、時代の流れに翻弄され続ける一夫婦を描いた中国映画。
1986年、夫婦の一人息子が死亡する。それは同じ日に生まれ
た同僚の息子と水遊びに出掛けての事故だった。しかし周囲
との軋轢に疲れた夫婦は移住を決意し、離れた土地で1人の
少年を家族とする暮しを続けたが…。実子でない少年との暮
しも容易ではなかった。こんな夫婦の変遷が、時代背景と共
に描かれる。脚本と監督は中国第6世代とされる2010年6月
紹介『北京の自転車』などのワン・シャオシュアイ。本作で
は夫婦を演じたワン・ジンチュンとヨン・メイにベルリン国
際映画祭の銀熊賞(俳優賞)のW受賞をもたらした。時間や場
所の交錯する編集には2007年1月紹介『バベル』を思い出し
たが…。主任編集者はタイ人のリー・チャタメティクールが
務めている。公開は4月3日より、全国ロードショウ。)

『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』
(本土にいるとなかなか見えてこない沖縄の現状を、アルバ
イトをしながら現地のフリースクールに通った北陸出身15歳
の少女の目を通して描くドキュメンタリー。元々は北陸新聞
が沖縄に暮らす少女に連載コラムを依頼したのが始まり。そ
こで最初にヘリパッドの建設に揺れる東村高江区に向かった
彼女は、「おじぃ なぜ明るいの?」という記事を纏める。
そこには沖縄の基地を巡る様々な状況が綴られる。そして本
作では、フリースクールを卒業して故郷に戻り20歳になった
少女が再び沖縄を訪れ、辺野古で進む埋め立ての状況などを
取材する。それは反対派と容認派の意見を分け隔てなく聴い
て行くものだ。題名はウチナーグチ(沖縄言葉)で「誰かの心
の痛みを自分のものとして心痛める」という意味だそうだ。
作中に沖縄言葉で歌われる「悲しくてやりきれない」が、そ
の成立の思いも含め心に沁みた。公開は3月28日より、東京
はポレポレ東中野他で全国順次ロードショウ。)

『山の焚火』“Höhenfeuer”
(2007年9月紹介『僕のピアノコンチェルト』などのスイス
の監督フレディ・M・ムーラーが1985年に発表し、ロカルノ
国際映画祭でグランプリを獲得した作品。スイスアルプスの
山間でほぼ自給自足の暮しを続ける夫婦と姉弟の一家。弟は
聾唖でそれが負担ではあるが、一家は仲良く暮らしていた。
しかし些細なことで弟は家を飛び出し、さらに山を登った辺
りで1人暮し始める。そこには姉も通ってそれなりに安定し
た暮らしとなるが…。1940年生まれの監督が45歳で円熟期の
作品がディジタルリマスターにより再公開になる。上記の紹
介でも一筋縄ではいかない監督と書いたが、本作の後半の顛
末にはかなり唖然とさせられる。因に監督は『楢山節考』に
インスピレーションを受けたそうだ。なお今回は「マウンテ
ン・トリロジー」と称して1974年『我ら山人たち』、1990年
『緑の山』も同時上映される。公開は2月22日より、東京は
渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『衝動 世界で唯一のダンサオーラ』“Impulso”
(ダンサーとバイラオーラ(女性フラメンコダンサー)とを合
わせた造語ダンサオーラを自称するスペインの天才ダンサー
・振付師ロシオ・モリーナが、フランス国立シャイヨー劇場
での公演に向けたリハーサルなどの日々を追ったドキュメン
タリー。26歳で最高の栄誉と言われる「スペイン舞踏家賞」
を受賞した女性ダンサーは、情熱的な激しい踊りと、フラメ
ンコの範疇に収まり切れない独創的な振り付けで観客を魅了
する。その踊りの本編は別のコンテンツになるものだが、そ
の合間などに見せる素顔がまた素晴らしく、そして本編を想
像させるダンスの端々だけでも充分に堪能できる作品だ。ま
あこれを前回題名紹介した日本の男性の踊りなどとは比較す
るのも失礼だろう。さらに本作では2018年6月17日題名紹介
『ラ・チャナ』の出演シーンもあって、椅子に座ったまま共
演するその健在ぶりも嬉しく感じられた。公開は3月13日よ
り、東京は築地東劇他で全国順次ロードショウ。)

『子どもたちをよろしく』
(元文部省の官僚2人が企画したという中学生の貧困や苛め
を扱った作品。先に登場するのはデリヘル嬢。実母と義父、
それに義父の連れ子で中学生の弟と4人暮らしだが、義父は
暴力を振るい実母はそれを見ぬ振りしている。そして弟には
女子が中心のグループがあり、彼らは通学路に住む父子家庭
の同級生を苛めていた。ところがその父親がデリヘルの運転
手と判り、弟はそのデリヘル嬢が義姉であることに気付く。
出演者には鎌滝えり、杉田雷麟、椿三期らの若手が揃い、他
に川瀬陽太、村上淳、有森也実らが脇を固めている。脚本と
監督は2007年『ワルボロ』などの隅田靖。まあ所詮は役人の
妄想なのだろうけど苛めの手口なども古臭くて、2020年1月
紹介『ひとくず』などとは違うレヴェルの作品だった。とは
言え最後に義姉が採る行動には唖然としたが…。公開は2月
22日からロケ地の群馬県で先行上映の後、東京では2月29日
から渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『キスカム! COME ON, KISS ME AGAIN!』
(前回題名紹介『踊ってミタ』に続いての映像コンテンツを
題材にした作品。主人公はカリスマ女CEOのいる化粧品会社
の宣伝企画担当者。しかし新商品の宣伝企画のプレゼンに失
敗し、CEOから恋愛コンサルタントの子会社に出向を命じら
れてしまう。そこは不仲になった男女のよりを戻す仕事をし
ていたが…。恋愛に積極的でない男性が、全てに積極的な女
性との恋愛に目覚めて行く姿が描かれる。出演は2019年12月
22日題名紹介『サヨナラまでの30分』などの葉山奨之。ヒロ
イン役は「CanCan」専属モデルの堀田茜。他に「ViVi」専属
モデルの八木アリサ。さらに塚本高史、森口瑤子、徳井義実
らが脇を固めている。監督は2014年にNPO法人映画甲子園主
催eiga worldcupで最優秀作品賞を受賞した松本花奈。脚本
をテレビで企画や脚本を手掛けるリンリン、脚本監修を漫才
師の山崎ケイが担当している。公開は4月3日より、東京は
新宿バルト9他で全国順次ロードショウ。)

『馬三家からの手紙』“Letter from Masanjia”
(中国各地に所在し政府に反対する者の再教育を行う収容施
設。その一つで造られたハロウィンの飾り物がアメリカのオ
レゴン州で販売される。しかしその飾り物の裏には8000km離
れた馬三家労働教養所で書かれた人権迫害を訴える手紙が隠
されていた。その手紙を発見した主婦がそれをマスコミに公
表したことから世界の言論が動き、批判に晒された北京政府
はついに労働教養所制度の廃止を宣言するが…。製作と監督
は、2014年に中国の臓器売買を扱った“Human Harvest”を
発表しているカナダ在住のレオン・リー。中国の人権問題を
追求し続けてきたドキュメンタリー作家の渾身の作品だ。作
品では制度廃止後に釈放された手紙の主・孫穀を中心に、彼
自身の中国国内での活動の様子なども描かれる。しかし中国
の制度は名前は変わっても存続し、新たな迫害が始まる。そ
んな恐怖も描かれる。公開は3月21日より、東京は新宿K's
cinema他で全国順次ロードショウ。)

『パラダイス・ロスト』
(2016年、ボブ・ディランのノーベル賞受賞式に代役で登壇
した女性歌手のパティ・スミス。彼女が1995年に夫と弟を亡
くした失意の中でディランに請われ出演したコンサートの名
前に準え、夫を亡くした女性の再生を描いた作品。脚本と監
督は2016年9月18日題名紹介『秋の理由』などの福間健二。
出演は2018年5月13日題名紹介『菊とギロチン』などの和田
光沙と、都立総合芸術高校で映像を専攻しドキュメンタリー
映画などを製作して多摩美に入学、映画初出演の我妻天湖。
他に2018年7月29日題名紹介『止められるか、俺たちを』な
どの江藤修平、2008年12月紹介『へばの』などの監督で『秋
の理由』にも出演の中村文洋、2011年以降の福間監督作品す
べてに出ている小原早織らが脇を固めている。内容は詩人で
もある福間監督の内面に根差すものだが、表面的にはファン
タシーで判り易い物語が展開される。公開は3月20日より、
東京はアップリンク吉祥寺他で全国順次ロードショウ。)

『高津川』
(島根県出身の錦織良成監督が2002年『白い船』以来、県内
各地で撮り続けている地元愛に溢れる作品。今回の舞台は県
西部を流れる一級河川上流の過疎化の進む村。流域にダムの
ない清流日本一とされる豊かな水に恵まれる村には、2019年
8月25日題名紹介『シネマ歌舞伎・幽玄』にも登場の石見神
楽が伝えられている。そんな村で主人公は農業を続けながら
神楽を守ってきた。しかし若者の流出が止まらない中で川の
上流にリゾート開発の話が公になる。そして主人公の一人息
子が神楽の練習をさぼり始める。その一方で村の小学校が廃
校となり最後の運動会を行うことになるが…。出演は2019年
9月8日題名紹介『初恋ロスタイム』などの甲本雅裕。他に
戸田菜穂、大野いと、田口浩正、高橋長英、奈良岡朋子らが
脇を固めている。2019年12月29日題名紹介『もみの家』でも
書いたが地元人が描く風景の魅力は格別だ。公開は4月3日
より、東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『グリーン・ライ エコの嘘』“The Green Lie”
(「環境に優しい」が謳い文句の日用品。その中で代表格と
されるパーム油を巡って「サステナビリティ(持続可能性)」
の一単語に隠された真実を探るドキュメンタリー。2015年に
インドネシアで起きた同国史上最悪とされる熱帯雨林火災。
それはパーム油生産のための焼き畑が原因とされ、「持続可
能性」への疑問が高まる。本作はその疑問をパーム油生産企
業にぶつけるところから始まる。その戦闘的なやり方にはマ
イクル・モーアの手法が感じられて最初は辟易したが、徐々
にやり方は変化し、さらに2010年メキシコ湾原油流出事件や
ドイツの露天掘り炭鉱の取材では被害に目を向けることで、
今我々がなすべきことの本質に迫って行く。そこにノーム・
チョムスキーMIT名誉教授との至言に満ちたインタヴュー
なども挿入される。脚本と監督と出演はオーストリア出身の
ヴェルナー・ブーテ。公開は3月28日より、東京は渋谷のシ
アター・イメージフォーラム他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二