井口健二のOn the Production
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2020年01月19日(日) AI崩壊(再考)、プロジェクト・G、ムルゲ(影裏、恐竜が教えてくれたこと、フェアウェル、星屑の町、ステップ、黒い司法、プラド美術館)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『AI崩壊』(再考)
前回の記事で「本作にはsense of wonder が物足りない」と
書いた。しかし何とも納得できなかったので、ちょうど本屋
で見掛けた本作の脚本から執筆されたというノヴェライズ本
を購入して読んでみた。
するとそこには映画で疑問に感じられた点、というか本作で
根幹となるべき点が書かれたいた。それはSFで言う「アシ
モフのロボット3原則」に匹敵するかもしれないAI開発の
新たな原則と言えるものだった。
映画で最大の疑問点は、物語の始まりの時点で何故妻の治療
が行われなかったかというところだろう。それは映画の中で
は厚労省の認可が下りなかったという説明になるが、その経
緯は明確ではない。
しかも「法を犯してでもやるべきではなかったか」という疑
問は呈されるが、それに対する明確な回答は映画ではなされ
ない。さらに「のぞみ」の原型となるAIがどこまで完成さ
れていたかも明確ではない。
大体において、映画に登場するシステムがAIかどうかにも
疑問は感じるところで、ここでは単なる情報処理装置の規模
が大きくなっただけのようだし、敢えて言うなら警察側のシ
ステムの方が学習能力のあるAIに見えてしまう。
そんな疑問への回答がノヴェライズ本ではそれなりに描かれ
ていた。それは自立したAIの育て方に関するものであり、
そんなAIが育っていたことにsense of wonder が感じられ
たものだ。
特に「のぞみ」が復活するシーンは映画のようなあやふやな
展開ではなく、ここにはしっかりとしたメッセージも込めら
れている。これは映像化したら警察側のシステムの学習シー
ンに対抗するものにもなったところだろう。
できればここには、老刑事の捜査・取り調べの経験に基づく
ダメ押しの伏線みたいなものはあっても良かったかもしれな
いが…。
とにかくこのノヴェライズ本に関してはSFとして認めるこ
とはできる。ただし後半の展開に関しては映画のシーンから
欠落しているところも多く、かなり駆け足で拙速観を否めな
いが、取り敢えずSFの根幹は維持されていた。
映画とノヴェライズ本を比較して、この本が脚本に基づいて
いるのなら、SFの部分は本の著者による付け足しなのか、
あるいは映画化での削除なのか。その辺の経緯は知りたくな
るところだった。

映画を観終わったらノヴェライズ本を読むべし。それで物語
が完結する。
公開は1月31日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。なお新宿ピカデリー他の一部劇場では
2月16日、17日に日本語字幕版での上映も予定されている。

『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』“無雙”
2018年11月4日付「第31回東京国際映画祭」で紹介した作品
が日本公開となり、再度試写を鑑賞した。
2011年6月紹介『シャンハイ』などのチョウ・ユンファと、
2016年7月紹介『西遊記 孫悟空 vs 白骨夫人』などのアー
ロン・クォックのW主演で、贋金造りの国際犯罪組織を描い
たアクション作品。
以前の記事では「謎解きも見事」と書いたが、実は謎は解け
たもののその経緯などはあまりはっきりとは理解できていな
かった。そこで今回はその点を踏まえて観直したものだが、
正直には2年前の作品の記憶は薄れていた。
それでも映画の骨格は見えてきたもので、改めて脚本の見事
さに舌を巻く思いだった。
映画の始まりはタイの刑務所。そこに収監されていた中国人
の男性が香港警察に移送されることになる。それは数多くの
凶悪犯罪を犯しながら未だ正体の掴めていない国際偽造団の
首謀者を捕らえるためで、彼はその愛弟子だったのだ。
そしてその移送された香港警察本部には彼の存在を警察に通
報したセレブの女性も現れ、彼女も見守る中で彼と首謀者と
の関係を辿る取り調べが始まるが…。それは黄金の三角地帯
の闇組織も絡む凶悪な犯罪の歴史だった。
映画は彼と首謀者との関係を辿りながら、タイ国軍の協力に
よる山間の村全体が吹っ飛ぶような強烈な戦闘・爆破シーン
や銃撃戦などを織り込み、その一方で観客全員を欺くような
見事な物語が展開されて行く。
しかもその結末では、実は同日に試写を観て次に紹介する作
品にも似た展開となるのだが、それがまた物語の曖昧さを倍
加させて、物語全体の把握をし辛くさせている。これも周到
な計算によると思えるものだ。

共演は2019年9月22日題名紹介『オーバー・エベレスト 陰
謀の氷壁』などのチャン・ジンチュー。他にジョイス・フォ
ン、ジャック・カオ、リウ・カイチー、キャサリン・チャウ
らが脇を固めている。
脚本と監督は『インファナル・アフェア』シリーズの脚本を
手掛けたフェリックス・チョン。香港ノアールとは少し違う
けれど、舞台を世界に広げて正に現在の香港映画界の集大成
を思わせる作品になっている。
なお本作は、2019年香港電影金像獎で17部門にノミネートさ
れ、作品賞、監督賞など『インファナル・アフェア』と並ぶ
最多7部門を受賞した。
公開は2月7日より、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロー
ドショウとなる。

『ムルゲ 王朝の怪物』“물괴/物怪”
1997年にユネスコの「世界の記憶」(Memory of the World)
に登録された歴史書「朝鮮王朝実録」で、1527年の項に記載
されている怪物=物の怪の記述に基づき、当時の政治情勢な
どを加味して描かれた作品。
時代背景は李氏朝鮮の第11代国王中宗の頃。先王の燕山君は
暴君として名高いものだが、その後を継いで38年間在位した
中宗も王朝内の対立を原因とした粛清などの横行で世情不安
が絶えず、国を混乱に陥れていた。
そんな中宗の時代に、まずは疫病禍でその蔓延を防ぐため、
国王直属の内禁衛による民衆虐殺が敢行される。しかしその
作戦の最中、「民衆を守れないなら無力」と考えた将軍が反
旗を翻し、民衆の中から助けた幼子と共に王朝を去る。
それから年月が経ち同じ場所で物の怪の出現が伝えられる。
しかもその物の怪は疫病の元ともされた。そしてその陰で私
兵を囲う王朝の実力者の動きも顕著になる。この状況に国王
中宗は王朝を去った将軍の呼び戻しを画策するが…。
「朝鮮王朝実録」に記された「見聞不確かな怪異な生き物=
ムルゲ」は実在したのか? その謎を追って元将軍と実力者
の私兵、それに民衆の三つ巴の戦いが始まる。そしてそれは
恐ろしい事態へと展開して行く。

出演は、2018年5月紹介『V.I.P. 修羅の獣たち』などのキ
ム・ミョンミンと、2017年7月紹介『新感染 ファイナル・
エクスプレス』などのチェ・ウシク。それにK-POPグループ
“Girl's Day”のイ・ヘリ。
脚本と監督は、2015年『奴が嘲笑う』などのホ・ジョンホ。
フィルモグラフィに上がった作品はいずれも現代劇のようだ
が、本作では時代劇でさらにVFXも多用して物語を丁寧に
映像化していた。
因に本作は、2006年7月紹介『グエムル−漢江の怪物−』に
次いで韓国で大ヒットを記録したそうだ。
映画の前半ではムルゲの存在に疑問符が打たれ続けるが、い
ざそれが登場してからの展開は、正直に言ってポン・ジュノ
監督の作品に不満足だった僕には溜飲の下がる思いがしたも
のだ。
しかもその物の怪の出自は、思い充てれば1933年『キング・
コング』や1949年『猿人ジョー・ヤング』の裏返しであり、
さらにそこには燕山君の記録に残る史実も係るという、ほぼ
完璧な設定が施されている。これは見事だ。

公開は3月13日より、東京はシネマート新宿、大阪はシネマ
ート心斎橋他で全国順次ロードショウとなる。

この週は他に
『影裏』
(沼田真佑原作、第157回芥川賞受賞作の映画化。主人公は
東北の町に転勤してきた独身男。まだ土地に馴染んでいない
主人公は喫煙を注意した同年輩の地元民の男性と言葉を交わ
し、渓流釣りに誘われるなど交流を深める。ところがその男
性が理由なく退社。さらに男性が突然彼の家に来訪し、交流
が再開するが…。男性は再び姿を消し、男性の父親を訪ねた
主人公は思わぬ事態に直面する。出演は綾野剛、松田龍平。
他に筒井真理子、中村倫也、平埜生成、國村隼、永島暎子、
安田顕らが脇を固めている。監督は『るろうに剣心』などの
大友啓史。脚本は、2018年11月3日付「東京国際映画祭」で
紹介『愛がなんだ』などの澤井香織が担当した。渓流釣りの
シーンでその界隈にはいないはずの魚を取り逃がし、後でそ
の魚がもう一度登場する。その意味を考えていたら、実はそ
れが物語の全体を象徴していた。そんな作品だ。公開は2月
14日より、東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『恐竜が教えてくれたこと』
         “Mijn bijzonder rare week met Tess”
(2015年度の青少年読書感想文全国コンクール課題図書にも
指定された、アンナ・ウォルツ原作の児童文学「ぼくとテス
の秘密の七日間」の映画化。主人公は11歳の少年。彼は家族
と共にヴァカンスでオランダ北部の島にやってくる。そこで
ちょっと謎めいた少女と出会った主人公は死について考え始
める。その一方で少女は実の父親を捜しており、フェイスブ
ックで突き止めたその人物を島に招待していたが…。多感な
少年と少女の1週間の冒険が始まる。出演は2004年生まれの
ソンニ・ファンウッテレンと、2005年生まれのヨセフィーン
・アレンセン。共に映画出演は初めてのようだが、すでにテ
レビや舞台で活躍している若手俳優だ。監督は短編映画やテ
レビで主に子供向けの作品を発表しているステフェン・ワウ
テルロウト。脚本も子供向けの作品で多くの受賞を果たして
いるラウラ・ファン・ダイクが担当した。公開は3月上旬よ
り、東京はシネスイッチ銀座他で全国順次ロードショウ。)

『フェアウェル』“The Farewell/别告诉她”
(中国・北京生まれで6歳の時にアメリカに移住したという
女性監督のルル・ワンが自らの体験の基づいて描いたハート
ウォーミングコメディ。なお本作では主演のオークワフィナ
がゴールデン・グローブ賞(コメディ/ミュージカル部門)で
最優秀主演女優賞を受賞している。物語はアメリカで美術館
の学芸員を目指すもままならない中国系の女性が、中国で暮
らす祖母の病の知らせに里帰りする。そこには彼女の両親や
日本から里帰りしてきた叔父一家などが集まっており、余命
数週間とされた祖母にそれを告げるか否かで対立する。アメ
リカ育ちの主人公は告げるべきと主張するが、中国では教え
ないものだと諭され…。まあよくあるお話ではあるが、結末
が秀逸だった。公開は4月10日より、東京はTOHOシネマズ日
比谷他で全国ロードショウ。因に監督は次回作として、アレ
クサンダー・ワインスタイン原作SF短編集“Children of
the New World”の映画化を計画しているそうだ。)

『星屑の町』
(前回の『ひとくず』に続いて、2019年10月27日付<JAPAN
CONTENT SHOWCASE 2019>で紹介した作品の日本公開が決ま
り再度試写が行われた。内容その他に関しては前回の記事を
観ていただきたいが、2度観しての評価は全く変わらずで、
何というか安定の人情ドラマというところかな。ただし再見
では柄本明の怪演ぶりを確認することができた。何せ前回は
プレス資料もなくて、エンドクレジットで初めて出演を知っ
たもので、鑑賞中は全く気付けなかった。とは言え物語は、
のんが主演した連続テレビ小説をなぞっているような感じも
あって、それでいいのかなあと言いう気分にもなるが、単純
に観客としてはすでに知っている物語を再見しているような
気分にもなって、それはそれで納得はしてしまったものだ。
そこにさらに昭和歌謡がふんだんに聴けるのも好きな人には
たまらないだろう。公開は2月21日より東北地区で先行上映
の後、3月6日から全国ロードショウ。)

『ステップ』
(2017年6月18日題名紹介『幼な子われらに生まれ』などの
重松清原作を、2018年10月7日題名紹介『ハード・コア』な
どの山田孝之主演で映画化した作品。最愛の妻が2歳の娘を
遺して他界。そこから男手一つで幼子を育てた男の10年間が
描かれる。それは重松原作だから心憎いまでに琴線に触れて
くるし、それを山田が20代後半から30代後半までの微妙な変
化を示しながら巧みに演じて行く。いやはやこれは正に名人
芸と言いたくなる見事な作品だ。共演は3年代の娘を演じる
田中里念、白鳥玉季、中野翠咲。他に伊藤沙莉、川栄李奈、
広末涼子。さらに余貴美子、國村隼らが脇を固めている。監
督は2018年4月15日題名紹介『虹色デイズ』などの飯塚健。
2019年12月29日題名紹介した『ジョン・F・ドノヴァン』で
わだかまっていたものがこの作品を観て氷解した。洋の東西
はあるのだろうが、本作にある死生観がドランの作品には足
りなく感じた。本作は4月3日よりロードショウ公開。)

『黒い司法 0%からの奇跡』“Just Mercy”
(1980年代のアメリカ南部アラバマ州を舞台に、冤罪で死刑
囚となった男性の弁護に挑む若き黒人弁護士の実話に基づく
作品。主人公は修習生の時に1人の死刑囚と出会いその厳し
い現実に直面する。そして2年後、冤罪を晴らすための団体
と協力して死刑囚の弁護を開始するが…。映画では1962年の
『アラバマ物語』が何度も援用されるが、1930年代が背景だ
った物語から50年を経ても全く変わっていなかった現実や、
恐らく白人至上の現政権下で再び論じるべき意義が本作には
あるのだろう。それにしても2019年12月29日題名紹介『リチ
ャード・ジュエル』に続けて本作を公開するワーナー映画の
問題意識にも何かを感じてしまうところだ。出演はマイケル
・B・ジョーダン、ジェイミー・フォックス、ブリー・ラー
ソン。脚本と監督は2017年8月13日題名紹介『アメイジング
・ジャーニー神の小屋より』などのデスティン・ダニエル・
クレットン。公開は2月28日より、全国ロードショウ。)

『プラド美術館 驚異のコレクション』
            “Pintores y reyes del Prado”
(2019年に開館 200周年を迎えたプラド美術館の歴史を紐解
くドキュメンタリー。スペイン王家が代々に亙って収集した
美術品を展示する美術館には実は40年ほど前にツアー観光で
訪れたことがある。しかし当時世界最大の所蔵数を誇るとさ
れた美術館は薄暗くて、個人で歩くのは危険を伴うとも言わ
れたものだ。それがまあ近年は新館の完成などで明るく鑑賞
できる場になっていたもので、本作を観ながらまた訪れてみ
たいという気持ちも高まった。とは言え本作ではジェレミー
・アイアンズの案内でエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤなど
の名品絵画が鑑賞されるが、実は紹介される作品の年代など
が錯綜して美術史に明るくない自分には多少混乱が生じてし
まった。でもまあ見事な絵画が鑑賞できるということでは、
これで良いのかな。お陰で再訪したくなる気持ちもさらに高
まったものだ。映画の公開は4月10日より、東京はヒューマ
ントラストシネマ有楽町他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二