井口健二のOn the Production
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2020年01月12日(日) ひとくず、AI崩壊(眉村ちあきのすべて(仮)、スキャンダル、どこに出しても恥ずかしい人、人間の時間、地獄の黙示録ファイナルC、1917)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『ひとくず』
関西でテンアンツというプロダクションを主宰する上西雄大
の脚本、監督、主演で、児童虐待の現実を描いた作品。
2019年10月27日付 <JAPAN CONTENT SHOWCASE 2019>で紹介
した作品だが、日本公開が決まって再度試写が行われたので
改めて紹介する。
映画の開幕は薄暗いマンションの一室。ドアの外側にもカギ
が付けられ脱出不可能な部屋に、幼女が1人で母親を待って
いる。しかし母親は何日も留守らしく食べ物もなく、裂き開
かれたケチャップのチューブも舐め切ったような状態だ。
そこに突然窓ガラスが破られ男が入ってくる。男は室内を物
色して去ろうとするが、幼女の手の甲や体に残る火傷跡から
自らも体験した児童虐待の記憶が甦り、幼女を放っておけな
くなる。そこで食べ物を持って来るなどし始めるが…。
やがて母親が愛人と共に帰宅し男は彼らと対峙するが、それ
がとんでもない事態を招くことになってしまう。

出演は上西の他に、小南希良梨、古川藍、徳竹未夏。さらに
田中要次、木下ほうか、菅田俊、工藤俊作、谷しげる、堀田
眞三、城明男ら、錚々たるメムバーが脇を固めている。
また本作は、児童相談所で尽力する楠部知子医師の監修の許
に制作されたもの。上西が取材をした際に医師から言われた
「眼を向けてあげてください、救われる命があります」の言
葉を受けて製作された作品だ。
児童虐待を受けて育った子供が粗暴性を持つというのは追跡
研究によって明らかになっていることのようだが、本作の主
人公にも多分にそのような表現が施されている。そして幼女
の母親も愛を知らずに育った存在だ。そんな現実にも多々あ
りそうな物語が描かれる。
そして後半には少し意外な展開も用意されて映画を引っ張る
が、全体としてはそんな中にも微かかも知れないが希望が描
かれた作品で、結末はありきたりかも知れないがホッとする
気持ちで観終えられる作品だった。

因に本作は、2019年5月開催のニース国際映画祭で上西雄大
が主演男優賞と古川藍が助演女優賞を受賞。6月末に開催さ
れた熱海国際映画祭では最優秀監督賞と子役の小南希良梨が
最優秀俳優賞を受賞している。
さらに8月開催のマドリード国際映画祭で古川藍と徳竹未夏
が最優秀助演女優賞。9月開催の賢島映画祭で特別賞と主演
女優賞(小南希良梨)、12月開催のミラノ国際映画祭でベスト
フィルム賞と主演男優賞(上西雄大)を受賞した。
なお海外での上映題名は“KANEMASA”。上記の他にも海外の
映画祭での上映は続いているようだ。
確かに題材として観客の嗜好に沿わせるのが難しいかも知れ
ないし、僕自身も概要を読んだだけでは観るかどうか迷った
作品でもある。しかし現実を直視する意味でも観るべき作品
だし、マドリードで上映後にスタンディングオベーションが
起きたというのも頷ける作品だ。
そしてここからは再度鑑賞しての感想になるが、この手の作
品を再見することには覚悟がいる。正直に言って2度観たこ
とで評価の下がる作品も少なくはない。それは初見で感動し
た作品に多い感じもする。
しかし本作では最初の鑑賞時に抵抗があった分、2度目には
主人公らの心情に入り易く、感動が増す感じがした。実際に
は涙腺の決壊となってしまったものだ。1度観た人にはぜひ
とも2度目も観て欲しいと思う作品だ。
それによって、監督らの言いたかったことがよりしっかりと
理解できる思いもした。これはできるだけ多くの人に伝える
べき作品だ。
公開は、3月14日より東京は渋谷ユーロスペース、3月28日
より愛知は名古屋シネマスコーレ、4月17日より大阪はテア
トル梅田にての上映が決定している。

『AI崩壊』
2016年1月紹介『太陽』や2017年4月2日題名紹介『22年目
の告白 私が殺人犯です』などの入江悠脚本/監督による近
未来が背景のサスペンス作品。
主人公は地方の大学で医療用AIの開発を行っていた研究者。
しかし病歴などを全て取り込んで個々の患者に合わせた医薬
を製造するという研究は厚労省の認可が下りず、病魔に侵さ
れた妻を救うことができなかった。そして彼は研究を離れ、
幼い娘と共に海外に移住していたが…。
その後の国内では彼の研究成果が認められて、妻の弟が運営
する会社では厚労省の認可の許に医療AI「のぞみ」を開発。
それは年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴などの全国民の
個人データと健康を管理し、もはや国民の生活から切り離す
ことのできないインフラとなっていた。
そして主人公にはその功績を称える総理大臣顕彰が決まり、
娘の意見もあって帰国することになる。ところが彼と娘が新
設された本部の見学を終えて式典会場に向おうとしたとき、
突如「のぞみ」が暴走。医療器具の変調が人々を危機に陥れ
る。そしてその暴走の首謀者が主人公と断定される。

出演は、大沢たかお、賀来賢人、松嶋菜々子、三浦友和、広
瀬アリス、岩田剛典、高嶋政宏、芦名星、玉城ティナ、余貴
美子、野間口徹、マギー、黒田大輔、毎熊克哉、MEGUMI、螢
雪次朗、川瀬陽太。現時点ではベストと言える布陣が揃う。
背景が2030年ということで、一応SFの範疇と呼べる作品と
思うが、内容はScience Fiction というよりscience factの
羅列で、SFで言うところのsense of wonder には物足りな
い作品になってしまった。
もちろんこれは僕がSFの立場から言っているもので、サス
ペンスやアクションの点では問題のないものだが…。もしか
すると監督は取材した間に出会った研究者や科学者の意見に
引っ張られ過ぎてしまったのかな。
入江監督に関しては上記の『太陽』に関してもSFのセンス
は充分にある人と思うが、現実の科学者が思い付く程度の話
ではSFにはならない。そこからのさらなる飛躍が重要なの
だ。その点での読み違いを感じてしまった。
それは、例えば抗議団が掲げるディジタルの横断幕などには
センスを感じるし、その後のヴィジュアルが物語に係ってく
る辺りは嬉しくもなったが、もっとこのようなギミックが物
語の本筋に鏤められていて欲しくもあった。
それはヴィジュアルだけでなく物語の展開においてもだが。
小型ドローンはもはや現実のものだという観点に立っての、
本格的なSFを描いて貰いたいと思ったものだ。

公開は1月31日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。なお新宿ピカデリー他の一部劇場では
2月16日、17日に日本語字幕版での上映も予定されている。

この週は他に
『眉村ちあきのすべて(仮)』
(1996年生まれで2015年にアイドルグループの一員としてデ
ビュー。2016年からソロで活動しているという自称「弾き語
りトラックメイカーアイドル」を追ったドキュメンタリー。
作品ではパソコンでトラックを制作している様子やプロモー
ションイヴェントへの出演。さらにライヴの模様やその他の
活動などが綴られるが…。実は自分の専門分野でこの後も紹
介したかったが、ネタバレを避けて欲しいという要望なので
それは書かない。ただこの設定でこういう話を書けるという
のは、これから先に期待したくなる作家性を感じた。監督は
2003年に李相日監督『BORDER LINE』の共同脚本を担当した
松浦本。眉村のPVなど手掛けての長編デビュー作。因に本
作は2019年6月9日題名紹介『暁闇』と同様「MOOSIC LAB」
で2019年に出品され、観客賞、審査員特別賞、ベストミュー
ジシャン賞、女優賞の4冠に輝いた。公開は4月4日より、
東京は渋谷のホワイトシネクイントでレイトショー。)

『スキャンダル』“Bombshell”
(2016年にアメリカ保守系メディアの雄とされるFOXテレビ
を襲ったセクハラ事件に関する実話の映画化。元人気ニュー
スキャスターだった女性がテレビ界の帝王と呼ばれたCEOを
訴え、同様の被害を受けたはずの女性たちに奮起を促す。し
かし局内には保身のためCEOを支援する女性も現れ…。アメ
リカ人にはまだ耳にも新しい事件と思うが、実話とは言えか
なり生々しいやり取りが描かれる。しかもそれをシャーリー
ズ・セロンの製作・主演。共演にニコール・キッドマンと、
2018年3月11日題名紹介『アイ,トーニャ』などのマーゴッ
ト・ロビー。そして敵役にジョン・リスゴーの布陣で描くの
だから、事件の全容をこれでもかというくらいに突き付けて
くる。脚本は2015年『マネー・ショート』などのチャールズ
・ランドルフ。監督を2016年4月紹介『トランボ』などのジ
ェイ・ローチが製作と共に担当した。公開は2月21日より、
東京はTOHOシネマズ日比谷他で全国ロードショウ。)

『どこに出しても恥ずかしい人』
(1974年にレコードデビューし、1985年には画家として初の
個展を開催。その表現活動では作家の中上健次や映画監督の
大島渚らをも魅了したというアーティスト友川カズキの姿を
追ったドキュメンタリー。と言っても64分の作品の中で表現
活動をしているシーンはほとんどなくて、大半は競輪場で車
券を握り締めてレースの模様に一喜一憂している姿が続く。
まあ有り体に言って本作のタイトル通りの人物が描かれてい
る作品だ。でもそれで人間生きて行けているのだから、これ
はこれで人生ということなのだろう。しかも息子さんも登場
して一緒に競輪に興じているのだから、素敵な家族というこ
ともできるかもしれない。勿論その間には音楽活動もしてい
るし、絵も描いているのだから、誰も文句を言える筋合いで
はないのだ。監督は2010年に撮影してから約10年間思い悩ん
でいたという佐々木育野。公開は2月1日より、東京は新宿
K's cinema他で全国順次ロードショウ。)

『人間の時間』“인간, 공간, 시간 그리고 인간”
(2004年8月紹介『春夏秋冬そして春』などのキム・ギドク
脚本・監督による2018年の作品。物語の舞台は第2次大戦に
使われたという軍艦。その船が大砲などの装備もそのままに
クルーズ船に転用され、そこに日本人を含む一般客や国会議
員の父子。さらに娼婦やヤクザのグループなど様々な乗客が
乗り込んでくる。そして出航前からトラブルも発生。それで
も何とか航海は始まるが…。思わぬ事態から究極のサヴァイ
ヴァル劇へと展開される。設定自体はSFというか、有り得
ないシチュエーションになるが、そこで描かれるのは、人間
性を真っ向から否定し悪が悪を上塗りするような最低の人間
模様。いやはやとんでもない作品だ。出演は2018年2月18日
題名紹介『おもてなし』などの藤井美菜と韓流ドラマで人気
のチャン・グンソク。他にアン・ソンギ、イ・ソンジュ。そ
してオダギリジョーらが脇を固めている。公開は3月より、
東京はシネマート新宿他で全国順次ロードショウ。)

『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
             “Apocalypse Now: Final Cut”
(2001年11月紹介『特別完全版』から、さらにフランシス・
フォード・コッポラ監督が再編集した最終版と称する作品。
1979年オリジナル版の上映時間は150分、前回完全版は203分
だったが今回は 182分。物語に関しては改めて書くことはし
ないが、3つの版を比較するとオリジナル版の当時は政治的
な配慮でカットされたというフランス人入植者のシーンが完
全版に続いて復活しているのに対して、ある意味オリジナル
版の象徴の一つとされたシーンが全面カットされている。こ
のシーンは当時意味が判らないとも言われたものだが、何か
観客の心を騒がすシーンではあったもので、カットによって
物語は判り易くなったが、少し残念な気分にもなった。この
他、完全版で追加されたプレイメイトの2度目の登場シーン
が削除され、さらに巻頭の「ワルキューレの騎行」のシーン
も少し短いかな。全体的に大人しくなっている感じがした。
公開は2月28日より、全国ロードショウ。)

『1917 命をかけた伝令』“1917”
(題名の数字は年号で第1次世界大戦の戦場を舞台に全編ワ
ンカット風に描かれる戦争映画。もちろん撮影はワンカット
ではないが、それを売り物にしたような奇を衒ったものでは
なく、その手法によって観客も登場人物と一緒に戦場を駆け
抜けているような臨場感を味わえる作品になっている。それ
は過去には感じたことのなかった半端のない感覚だ。監督は
2012年11月紹介『007スカイフォール』などのサム・メン
デス。脚本は新人脚本家クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
との共同になっているが、監督が自身で脚本を手掛けるのは
初めてだそうだ。出演は2014年7月紹介『わたしは生きてい
ける』などのジョージ・マッケイと、2018年6月3日題名紹
介『ブレス』などのディーン=チャールズ・チャップマン。
他にマーク・ストロング、アンドリュー・スコット、コリン
・ファース、ベネディクト・カンバーバッチらが脇を固めて
いる。公開は2月14日より、全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二