井口健二のOn the Production
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2019年11月24日(日) ドクター・S(時の行路、廓文章、盗まれたC、ロマンスD、プリズン・C、みぽりん、愛国者に、インディペンデント・L、スウィング・K、his)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『ドクター・スリープ』“Doctor Sleep”
スティーヴン・キングが1977年に発表したデビュー第3作の
『シャイニング』。1980年のスタンリー・クーブリック監督
映画でも著名なこの物語の、40年後を描いた続編。
主人公は、前作の雪に閉ざされたホテルの中で父親に殺され
かけた少年。彼は死者の霊が見える能力「シャイニング」を
持つが、前作の事件のトラウマでその能力をひた隠しにして
生きてきた。
しかし世界には様々な「シャイニング」を持つ者がおり、一
方でその霊気を吸い取って命を永らえている連中も存在して
いた。そんなグループの一つで「帽子の女」をリーダーとす
る連中がある少女に注目する。
その少女には他人の記憶に入り込み、それを別の相手に投影
する能力があった。そんな少女が、「シャイニング」を持ち
ながら「帽子の女」のグループに拉致され、霊気を吸い取ら
れて殺害された少年の姿を「目撃」する。
そこで少女は精神感応を使って主人公に助けを求めるが…。
父親の影響でアルコール依存症だった主人公がついに立ち上
がり、その道は雪に閉ざされたあのホテルへと通じていた。
そのホテルに「帽子の女」も辿り着く。

出演は、ユアン・マクレガーと、2017年4月紹介『ライフ』
などのレベッカ・ファーガスン。それに子役のカイリー・カ
ラン。
他に、2018年7月8日題名紹介『MEGザ・モンスター』な
どのクリフ・カーティス、2019年3月紹介『レプリカズ』な
どのエミリー・アリン・リンドらが脇を固めている。
脚本と監督は多くのホラー作品を手掛け、2017年Netflixで
キング原作“Gerald's Game”も担当した新鋭マイク・フラ
ナガン。製作総指揮には2017年11月紹介『ダークタワー』な
どのアキヴァ・ゴールズマンが名を連ねている。
キングは以前には自作の続編は執筆しないと宣言していたそ
うだが、本作の原作はその自身の禁を破って2013年に発表さ
れたものだ。
その理由は定かではないが、1980年の映画化に関して不満を
持っていた事実はあるようで、その理由はキングが考案した
「シャイニング」が映画化の中では充分に描き尽くされてい
なかった点にあるとされる。

(★以下には重大なネタバレがあります。ご注意★)
そこで本作では、まず「シャイニング」が前面に登場する。
それは超能力者同士の戦いの様相も呈するが、そこはアメコ
ミ原作スーパーヒーローもののような戦いではなく、もっと
現実(?)に則した戦いとして描かれるものだ。
とは言うものの1980年の作品は、1968年『2001年宇宙の旅』
がSF映画を名画の域に高めたと言われたのと同様、ホラー
映画で名画の誉れも高いもの。そこでフラナガン監督はその
作品に対するリスペクトも忘れてはいない。
本作では後半の雪に閉ざされたホテルに辿り着いてからが、
これは見事に1980年の映画化へのオマージュになっている。
そこでは1980年作のシーンが次々に再現され、それらが主人
公を妨害し、また助ける展開となっているのだ。
この言うなれば原作と映画へのリスペクトの折衷案が、それ
ぞれのファンの目にどう映るかは判らないが、正直に言って
そのどちらにも然程の思い入れのない僕には、実に巧みに作
られた作品に思えた。
そして結末には、本作自身を起源とする大団円が設けられて
いる。これはもう僕にとっては最高と言える展開だった。

(★以下にはさらに重大なネタバレがあります。★)
それにしても本作のユアン・マクレガーにはオビ=ワン・ケ
ノービの雰囲気も漂ってしまうもので、そこで結末にはマク
レガーと黒人男性2人が並ぶ映像も思いついたが、フラナガ
ン監督はそこまでの悪乗りは控えたようだ。

公開は11月29日より、2019年9月29日題名紹介『IT イット
THE END』に続いての全国ロードショウとなる。

この週は他に
『時の行路』
(2008年に起きたリーマン・ショックでの派遣切りを争点と
する労働争議の実話に基づく田島一著による小説の映画化。
2010年12月紹介『学校をつくろう』などの神山征二郎監督の
第30回作品。青森出身で長年大手自動車メーカーに派遣工員
として働いていた主人公が、息子の大学進学が決まった矢先
に会社の業績不振を理由とした解雇を言い渡され、その不当
性を追求するため労働組合に加入、さらに裁判を戦って行く
姿が描かれる。出演は石黒賢、中山忍。他に新人の松尾潤、
村田さくら。また川上麻衣子、綿引勝彦、渡辺大、安藤一夫
らが脇を固め、日色ともゑがナレーションを担当している。
これが現実(実話)だから仕方ないが、何ともやるせない物語
が繰り広げられる。企業と結託する日本の司法の姿には観終
えて胸に滾るものもあったが、「もっと怒れ」というのが制
作者の直なメッセージだろう。公開は一般映画館ではなく、
上映有限責任事業組合により全国各地で行われるようだ。)

『シネマ歌舞伎・廓文章 𠮷田屋』
(2019年9月1日題名紹介『女殺油地獄』に続くシネマ歌舞
伎の第35弾。上方歌舞伎の代表作ともされる演目を十五代目
片岡仁左衛門と五代目坂東玉三郎共演により、平成21年4月
「歌舞伎座さよなら公演」にて収録。傾城夕霧に入れあげて
勘当された大店の若旦那と、茶屋の主夫妻、それに夕霧との
やり取りが上方の「和事」で演じられる。巻頭には仁左衛門
の解説が付けられ、江戸歌舞伎の「荒事」との差異なども説
明される。また仁左衛門と玉三郎との50年余の交流なども語
られ、ファンにはたまらない特典映像と言えそうだ。なお題
名は映像中のタイトルも「吉」になっているものだが、僕は
劇中の暖簾の表記に合わせて標記の文字を使わせてもらう。
なお本作の収録は4月の公演からのものだが、内容では店先
に門松があるなど正しく正月の話で、今回はぴったりの時期
での公開と言える。その公開は2020年1月3日より、東京は
築地の東劇他で全国ロードショウ。)

『盗まれたカラヴァッジョ』“Una storia senza nome”
(紙幣の肖像画にもなっているイタリア人の画家が1609年に
描き、1969年に盗まれたまま行方不明になっている名画を巡
るミステリー。先に登場するのは男性の脚本家。しかし彼の
才能は枯渇しており、実際に執筆しているのは彼の愛人の女
性だった。そんな彼女もアイデアは尽きかけていたのだが、
新作の要望に思いあぐねている時に町で遭った老人からアイ
デアを貰う。それは盗まれた名画の変遷を辿るものだった。
ところが脚本の一部が流出し、その内容を巡ってマフィアが
動き出す…。この名画の盗難を巡ってはいろいろな怪情報も
あるようで、物語はそれらを織り込みながら巧みに展開され
て行く。まあ当事国民でない我々には多少判り難い面もある
が、全体は歴史を背景にした謎解きとして面白く描かれてい
た。監督は2017年12月31日題名紹介『修道士は沈黙する』な
どのロベルト・アンドー。公開は2020年1月17日より、東京
はYEBISU GARDEN CINEMA他で全国順次ロードショウ。)

『ロマンスドール』
(2016年9月11日題名紹介『お父さんと伊藤さん』などのタ
ナダユキ監督が2008年に発表した自作小説を映画化。美大を
出たもののフリーターだった主人公が先輩の紹介でアダルト
向けの造形師として働きだす。そこで究極のラヴドールの開
発に関るが、実際の女性から型取りをするため、医療用と称
して美術モデルを斡旋して貰う。ところがその女性を好きに
なった主人公は、嘘を隠したまま交際を始め、結婚に漕ぎ着
けるが…。互に秘密を持ったまま続けた夫婦生活にある衝撃
が訪れる。出演は高橋一生と、タナダ作品には2度目の蒼井
優。他に浜野謙太、三浦透子、大倉孝二、ピエール瀧、渡辺
えり、きたろうらが脇を固めている。ラヴドールと言われる
と2009年6月紹介『空気人形』を思い出すが、最近の製品は
長足の進歩を遂げているようだ。そんな業界の裏話も織り込
んで、夫婦愛の素敵な物語が展開される。公開は2020年1月
24日より、東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『プリズン・サークル』
(官民協働の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」。
そこで行われているTC(Therapeutic Community=回復共同
体)。それは受刑者同士の対話によって犯罪の原因を探り、
再犯を防止するという。その様子を日本で初めて刑務所内に
カメラを入れて記録したドキュメンタリー。坂上香監督は、
2004年発表の『ライファーズ 終身刑を超えて』というアメ
リカにおける同様の施策を記録したドキュメンタリーで受賞
を果たしており、その映画が切っ掛けで日本でも採用された
TCの取材を試みる。しかし取材許可までに6年、さらに撮
影に2年が費やされて本作は完成された。それは初犯であっ
たり、年齢が若いなど更生の確度の高い受刑者に行われてい
るようだが、全国4万人の受刑者の内の40人。その中の4人
を中心に描かれる。上映時間2時間16分、正に圧巻という作
品だ。公開は2020年1月25日より、東京は渋谷のシアター・
イメージフォーラム他で全国順次ロードショウ。)

『みぽりん』
(神戸出身、在住の映像作家・松本大樹が、『カメ止め』に
感激して自主制作した初監督作品。人気投票でセンターに抜
擢された地下アイドルがソロデビュー。しかし彼女は音痴。
そこで伝説のヴォイストレーナーが紹介され、六甲山中の別
荘で合宿訓練が始まるが…。『カメ止め』に関しては以前に
書いた通りだが、それでもその作品には二重構造などでリピ
ートを誘う仕掛けがあった。それに比べると本作はストレー
ト過ぎて、その点の物足りなさは感じる。因に題名は中山美
穂ではなく、キング原作『ミザリー』に由来とのことだが、
その点の狂気性もこれでは不足に感じるかな、主人公が女子
では致し方ないが、何かひねりは欲しい。出演の垣尾麻美、
津田晴香、井上裕基、近藤知史、合田温子、mayuらはいずれ
も関西で活動するタレントで所属会社のユニット出演のよう
だ。公開は関西先行で好評とのこと。東京は12月21日より、
池袋シネマ・ロサにて3週間ロードショウ。)

『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』
(1972年に森田必勝の遺志を継ぐべく右翼団体一水会を設立
して初代代表を務めた鈴木邦男を追ったドキュメンタリー。
鈴木はまた安倍政権を支える日本会議の母体の一つとされる
全国学生自治体連絡協議会を1969年に立ち上げた人物でもあ
るが、現在の鈴木は安倍政権に反対し、自ら右翼活動家の名
を取り下げている。そんな鈴木の信念は幼い頃に両親が帰依
した生長の家に由来すると言い、そこでは愛国の先に自然を
愛することを学んだという。そのため鈴木は再軍備のための
安倍政権による憲法改正に反対し、脱原発を目指して左翼の
陣営とも対話を続けている。映画の中では2009年10月20日付
「東京国際映画祭」で紹介『ザ・コーヴ』の一般公開に反対
する右翼集団と対決する姿なども紹介され、その論調は鋭く
正しい。正しく今の日本の言論が陥っている危険に対峙して
いる人物と受け止めた。監督は中村真夕。公開は2020年2月
初旬より、東京はポレポレ東中野にてロードショウ。)

『インディペンデント・リビング』
(日常的に介助を必要とする障碍者が、家族の許や施設では
なく1人で暮らせるよう支援を行う自立生活センターの活動
を描いたドキュメンタリー。取材されているのは大阪にある
センター、そこでは障碍当事者が運営も手掛けている。寝た
切りや食事にも介助が必要な人たち、そんな彼らが自立生活
を求める。そこには介助に当たる人たちも存在はするが、そ
の介助者は給与で雇われた人たちだ。同旨の映画では2018年
12月2日題名紹介『こんな夜更けにバナナかよ』もあるが、
成功者の自慢話のようなドラマ作品と現実とでは厳しさも異
なる。しかしそんな中で各自が常に前向きに物事に当たって
行く姿は素晴らしかった。監督は自らが介助者として現場に
立ち、その現場で3年に亙ってカメラを回した田中悠輝。現
場だけが知り得る現実が描かれる。公開は2020年1月11日よ
り、大阪・第七芸術劇場にて先行上映の後、東京では春から
渋谷のユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『スウィング・キッズ』“스윙키즈”
(1951年、朝鮮戦争の最中。一度は北側に押し込まれた韓国
軍は米軍などの支援を受けて盛り返し、戦線を38度線まで押
し返す。その戦闘で南側では多数の北の兵士が捕虜となって
いた。その捕虜を収容する施設は南部の各所に作られたが、
その一つ米軍が管理した巨済島の捕虜収容所で、ある事件が
起きた。本作はその実話に基づき、南北朝鮮の複雑な状況の
中でタップダンスに未来を夢見た若者たちの姿が描かれる。
正直に言って実話にもかなり不可解な面はあるようだが、本
作ではその謎を判り易く解き明かす。まあ部外者の日本人に
は判り難い話だが、映画では人種差別の問題なども織り込ん
で現代に通じる物語にしている。脚本と監督は2012年5月紹
介『サニー 永遠の仲間たち』などのカン・ヒョンチョル。
出演は2019年4月紹介『神と共に』などのディオと、ダンサ
ーのジャレット・グライムス。公開は2020年2月21日より、
東京はシネマート新宿他で全国ロードショウ。)

『his』
(ゲイであることを隠すために山間の村で一人暮らしていた
主人公の前に、学生時代を一緒に過ごした相手が幼い娘を連
れて現れる。その相手は主人公と別れた後に結婚し娘もでき
たが、ゲイであることが知られて離婚裁判の係争中だった。
その裁判では男性側には不利とされる娘の親権を求めていた
が…。出演は、モデル出身で2019年2月24日題名紹介『賭ケ
グルイ』の宮沢氷魚と、2019年『長いお別れ』などの藤原季
節。他に松本若菜、松本穂香、子役の外村紗玖良。さらに中
村久美、鈴木慶一、根岸季衣、堀部圭亮、戸田恵子らが脇を
固めている。監督は2017年1月29日題名紹介『退屈な日々に
さよならを』などの今泉力哉。脚本は2012年7月紹介『ペン
ギン夫婦のつくり方』などのアサダアツシだが、劇中に繰り
返し登場する卵調理のシーンは1979年『クレイマー、クレイ
マー』へのリスペクトかな? 公開は2020年1月24日より、
東京は新宿武蔵野館他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。
なお次回は都合により12月2日(月)に更新します。


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井口健二