井口健二のOn the Production
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2019年11月07日(木) 第32回東京国際映画祭<コンペティション以外>

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※今回は、10月28日から11月5日まで行われていた第32回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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<日本映画スプラッシュ部門>
『i−新聞記者ドキュメント−』
2019年4月28日題名紹介『新聞記者』の元となった女性記者
の姿を、オウム真理教を題材にした『A』などの森達也監督
が追ったドキュメンタリー。登場するのは東京新聞社会部記
者の望月衣塑子。彼女は社会部=民間の目線で沖縄辺野古や
福島、「森友学園」、「加計学園」問題などを取材し、それ
を首相官邸での記者会見で追及する。その姿は官邸からは煙
たがられ、質問には妨害も行われる。本作の題材は望月記者
だが、監督の視線はその先にある安倍政権に多く向けられて
おり、その横暴さが巧みに描かれた作品だ。映画祭の上映で
は海外記者向けに各事件の概要も配られていたようだ。なお
この作品は11月15日より、東京は丸の内ピカデリー他で全国
順次ロードショウとなる。

<Japan Now部門>
『海辺の映画館―キネマの玉手箱』
一昨年の映画祭では2017年10月紹介の『花筐』が上映された
大林宣彦監督の最新作。物語の大筋は、映画館の閉館記念で
戦争映画の特集が組まれる。そこに戦争を知らない若者たち
が集まるが、その映画館では選ばれた者が映画の世界に入り
込むことができた。前作も反戦色の強い作品だったが、本作
でも戊辰戦争から第2次世界大戦までの様々な戦争の中で翻
弄される庶民の姿が描かれる。そしてそれは広島原爆で全滅
した劇団・桜隊への思いに繋がる。そんな物語が合成も満載
の大林ワールドの中で展開される。出演は厚木拓郎、細山田
隆人、細田善彦、吉田玲。さらに前作に続いての山崎紘菜、
常盤貴子、そして初参加の成海璃子らが脇を固めている。他
にもいろいろな俳優が出ていたようだ。なお本作は2020年春
の公開が予定されており、その際に再度紹介したい。

<CROSSCUT ASIA部門>
『停止』“Ang Hupa”
昨年の映画祭で上映された『悪魔の季節』ラヴ・ディアス監
督による新作で、上映時間4時間42分の近未来映画。物語の
背景は2031年に近海の火山が大爆発し、吹き上がった火山灰
によって東南アジア全域が闇に閉ざされているという世界。
そんな地域の某国では独裁政権が厳しい圧政を敷いていた。
そしてインフルエンザの蔓延が始まり、政権は予防接種の義
務化と違反者の処罰を開始する。しかしそこには反政府勢力
を一掃する陰謀も隠されていた。さらに「黒い雨」作戦とい
う究極の粛清計画も進む。その一方で反政府勢力は政権転覆
の計画を進めていたが…。話は多岐に繰り広げられて一概に
は把握できないが、壮大なディストピアが描かれる。

『リリア・カンタペイ、神出鬼没』
   “Six Degrees of Separation from Lilia Cuntapay”
名前は知られていないが、その顔を見れば誰もが知る魔女顔
の怪女優を追ったやらせも満載のドキュメンタリー(?)。下
町のドヤ街のような町に暮らし、個人の電話も持たず、知り
合いの取次で出演依頼を受ける。でもお金があれば地元の大
会のトロフィーも寄贈する。そんな下積みの女優が権威ある
賞の助演賞にノミネートされる。こうしてテレビの取材が来
たりの騒ぎとなるが…。どこまでがフェイクか判らない作品
だが、作中で言及される映画はほとんどが実在の物で、中で
も『ブロークダウン・パレス』はアメリカのデータベースで
出演が確認できた。ただし彼女がノミネートされる賞の方は
フェイクのようだが、実は本作のおかげで、彼女が2011年の
Cinema One Originals Digital Film Festivalにおいて主演
女優賞を受賞したというのは愉快なところだ。

『永遠の散歩』“Bor Mi Vanh Chark”
二の腕にディジタル表示が浮かび上がり、金銭取引もそれで
行われている未来社会。しかし物語はそれとは関係なく、霊
魂の見える老人の50年間の人生が描かれる。しかも老人には
時間を行き来する能力もあるようだが…。老人に随行する若
い女性は、実は彼が殺した女性だった。そして老人は自らの
少年時代に立ち返り、彼が助けられなかった母親の運命を変
えようとする。いろいろなギミックは出てくるが、全体の物
語は意味がよく判らず。雰囲気では面白いと思えたが、評価
には迷う作品だった。監督のマティー・ドゥはラオス唯一の
女性監督で、プチョン国際ファンタスティック映画祭ファン
タスティック・フィルムスクールで学んだそうだ。

<アジアの未来部門>
『モーテル・アカシア』“Motel Acacia”
舞台は雪深い人里離れた場所に立つモーテル。若い男が途中
で拾った男と共にやってくる。そこで小屋に見えた建物は、
入ると広大な部屋が広がり、何やら怪しい雰囲気が漂う。そ
して同行の男には全裸でベッドに横たわることが命じられる
が…。そのベッドの表面が液状化し男が飲み込まれるなど、
いろいろと目新しい造形や演出も見られた。ただ肝心の脅威
の正体が、ジャングルから連れてこられたような描写はある
が実態は不明で、物語の全体的な流れは判るのだが、どこか
ディテールの詰めが甘いように感じられた。直上の作品もそ
うだが、雰囲気がありさえすれば良いという感じにも捉えら
れる。おそらく作者の頭の中にはすべてが構築されているの
だろうが、それが表現し切れていない感じもした。それでよ
しという風潮があるのも事実だが。

『ファストフード店の住人たち』“麥路人”
24時間営業の店で夜を過ごすホームレスの人たち。そこには
幼い子を連れた母親や、家出してきたばかりの若者もいる。
そしてスーツを着た男が彼らを取り仕切っていたが…。繁栄
する社会の陰で、その繁栄に取り残された人たち。そこには
様々な事情があり、それに絡んでいろいろな事件も起きる。
そんな本当の庶民の姿が描かれて行く。物語の流れから見て
1人ぐらいは死ぬのかなと思っていたら、その通りになった
のも衝撃だった。ただ映画の中で集合写真が撮られ、そこに
ある仕掛けが施されている。それを見ると結末にはある種の
救いも感じられるが、それとても悲しい結末に代わるもので
はなかった。アーロン・クォックとミリアム・ヨンの共演も
見どころとされる作品だ。

『夏の夜の騎士』“夏夜騎士”
1997年の夏を祖父母の一家と共に過ごした少年の成長物語。
舞台は中国の田舎町。両親が日本に行っている少年は、隠居
生活の祖父母と失業中の叔父、それに少し年長の従兄と共に
暮らしている。そんなある日、祖母の自転車が盗まれるが、
祖父は近くの盗品市場でそれを買い戻す。それを当たり前だ
とする社会に少年は反発し、従兄と2人で犯人探しを始める
が…。中国や台湾の映画でこのような成長物語は過去にも見
ている気がするが、まあ定番の作品というところかな。でも
過去に見た諸作の方がより鮮烈だった気がするし、本作はそ
んな中では特にポイントもない気もした。まあそれが現代風
ということなのかもしれないが。

<ワールド・フォーカス部門>
『サイエンス・オブ・フィクションズ』
              “Hiruk-Pikuk Si-Alkisah”
1970年代にニクソン大統領がマルコス大統領に「月の石」を
贈ったという事実を基に、アポロ11の月面中継が捏造でイン
ドネシアの奥地で撮影されたとする都市伝説を背景として、
その現場を目撃したために舌を抜かれた男が、それでも感化
されてスローモーションのような行動を続け、それがいつし
かパフォーマンスとして認められてしまうというお話。とは
言うものの、この作品も物語の展開がてんでんばらばらで、
正直に言って真っ当には理解できなかった。ただしこの作品
はヴェネチア映画祭2019ヴェニス・デイズ部門でスペシャル
メンションだそうだ。アポロ11の50周年ということで話題性
は確かにあったとは思えるが。

『ファイアー・ウィル・カム』“Viendra Le Feu”
山間の村を襲う山火事をクライマックスに、過去に放火の罪
で服役していた男と村人との関係が描かれる。そんな中で男
は村の女性獣医と親しくなるが、それも過去の経緯によって
ギクシャクしたものになって行く。他にも黙って彼を迎え入
れる母親の姿など、いろいろある人間模様は面白いが、それ
らは山火事の凄まじさで飛んでしまうかな。とは言えその描
写は2018年3月紹介『オンリー・ザ・ブレイブ』ほどではな
いし、迎え火を使う消火方法の説明なども前作の方が詳細で
理解し易かった感じがする。しかも本作では結末が曖昧で、
意味もよく判らなかった。因に本作はカンヌ国際映画祭「あ
る視点」部門で審査員賞だそうだ。

<特別招待作品>
『アイリッシュマン』“The Irishman”
全米トラック運転組合(チームスター)の元幹部で、2003年に
死去したフランク・シーランが生前残した告白として2004年
に公表された伝記本に基き、マフィアとケネディ家の関係な
どを描いた上映時間3時間39分のマーティン・スコセッシ監
督作品。シーランをロバート・デ・ニーロが演じ、他にアル
・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル、レイ・
ロマノ、ボビー・カナベイル、アンナ・パキンらが脇を固め
ている。当初はクロージングフィルムに予定されたが諸般の
事情で閉会式での上映は取り止めになり、代わりに特別招待
として上映された。正にアメリカ政界の裏面史といった感じ
で、特にエピソードとして描かれる大統領と司法長官のケネ
ディ兄弟の素顔は、英雄伝説をぶち破る作品とも言えるもの
だ。60年近くに亙る物語だが、主な登場人物を同じ俳優が演
じているのも驚嘆すべき作品だった。なお本作はNetflixの
作品だが、11月27日からの配信に先だつ11月15日より、一部
劇場にて公開される。
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 以上、今回のコンペティション以外の鑑賞は11本。今年は
会期も1日短かったので、ほぼ昨年と同水準で観られた感じ
かな。なお上記の内で、『i−新聞記者ドキュメント−』が
日本映画スプラッシュ部門の作品賞、『夏の夜の騎士』がア
ジアの未来部門の作品賞を受賞している。この点は効率が良
かったと言えそうだ。
 また今回は上記の作品以外にもホラー/ファンタシー系の
作品が多く、スケジュールの関係で観切れなかったのだが、
これは以前に映画祭に併催されて、今年「シン・ファンタ」
として一夜だけ復活した東京ファンタスティック映画祭の再
開に向けた布石かなとも勘ぐったところだ。
 それは夢かもしれないけれど、来年以降の映画祭には期待
したい。


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井口健二