井口健二のOn the Production
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2019年10月13日(日) 虹色の朝、シライサン(オルジャス、シュヴァルの理想宮、シティーH、エンド・オブ・S、アニエス/ヴァルダ、ある女優の、ドルフィン・M)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『虹色の朝が来るまで』
自らが聾者である今井ミカ監督が同じ障碍を持つ女性たちを
描いたドラマ作品。
主人公は群馬県前橋市に暮らす聾者の女性。美容室で働いて
いるが、そこには聾者の客もいて彼女は生き甲斐を感じて働
いているようだ。そんな彼女が婚前旅行の計画を進めていた
ボーイフレンドに別れを告げる。
それは彼女自身の心情の変化にもよっていたが、実はルーム
シェアの同じ障碍を持つ女性に新たな感情を持ち始めていた
のだ。そしてそのことを家族に打ち明けると、今までは理解
者だった母親から激しい非難を浴びてしまう。
そんな主人公にルームシェアの女性は東京の渋谷に行くこと
を誘う。そこである人たちと会うために。

出演はいずれも聾者である長井恵里と小林遥。他に玉田宙、
菊川れん、ノゾム、竹村祐樹。さらに佐藤有菜、太田辰郎と
いう人たちが脇を固めている。
題名の「虹色」がLGBTのシンボルを意味していることは事前
に理解していた。従ってこの作品では2重の迫害に会ってい
る人たちを描いているものだが、実は障碍に対する迫害は多
少は描かれるが主ではない。
むしろLGBTへの迫害を際立たせる意味合いが持たされている
ようにも感じる。そしてそこには未来に対する希望も描かれ
ていることが、本作の特徴とも言えるところだろう。それが
全ての迫害への回答の様にも感じられた。
聾者を描いた作品では、今までに2010年5月紹介『アイ・コ
ンタクト』、2016年3月紹介『LISTEN リッスン』、2016年
8月紹介『スタートライン』なども観てきたが、それらはい
ずれもドキュメンタリーだった。
そこには障碍を持つことの苦労(勿論それは重要だが)などは
描かれるものの、結論として何らかの達成感が得られること
には、自分の中に予定調和的な違和感が生じたことも否めな
かった。
その点が本作ではドラマとすることで、より明確に問題点が
描かれると共に、より主人公らの心情に沿ってその未来が展
望されているようにも感じられた。そしてそれが明るいもの
であって欲しいと願うものだ。
聾者を描いたドラマの作品では、1961年の『名もなく貧しく
美しく』が印象深いが、その中での名シーンとされる満員の
列車の車両連結部を挟んだ手話による対話が、本作では渋谷
の雑踏の中で再現されているのには感動した。
このシーンでは通常の会話を妨げる騒音がキーとなるが、実
は今井ミカ監督の過去の作品はいずれも無音で制作されてい
たのだそうだ。それが今回の作品では音響を施すことにも挑
戦している。
それは僕らには少し過剰に聞こえたりもするものだったが、
それが逆説的にこの物語の世界を語っているようにも感じら
れた。実はこの音響が彼女たちには聞こえていないのだとい
うことも、心して観るべき作品だろう。

公開は11月15日より、東京はシネマート新宿、大阪はシネマ
ート心斎橋で開催される「のむコレ3」の1本としての上映
となる。

『シライサン』
2007年3月紹介『きみにしか聞こえない』などの原作者とし
て知られる作家の乙一が、本名の安達寛高の名義で長編映画
監督デビューを飾った作品。
物語の発端は街なかでの怪死事件。その死因は医学的に有り
得るものとされるが、その死に様は異様だった。そして数日
後、もう一件の同様の怪死事件が起き、2人の被害者に繋が
りがあったことから物語が動き始める。
男女2人の被害者がバイト先の同僚で、事件の前にもう1人
の女性と3人で温泉宿に旅行に行っていたというのだ。そこ
で男性の兄と、女性の死の瞬間に現場に居合わせた女友達が
その温泉宿を訪ねるが…。
その宿で3人と配達に来ていた酒屋の店員が怪談話に興じて
いたことが判明し、それによって呪われた可能性が浮上して
くる。そこに事件を嗅ぎ付けた雑誌記者も現れ、呪いへの挑
戦が開始される。

出演は、2019年7月紹介『いなくなれ、群青』などの飯豊ま
りえと、2018年6月紹介『私の人生なのに』などの稲葉友。
他に忍成修吾、谷村美月、染谷将太、諏訪太朗。さらに江野
沢愛美、渡辺佑太朗、仁村紗和、大江晋平らの若手が脇を固
めている。
なお安達監督は学生時代から多くの短編映像作品を手掛けて
おり、本作は正に満を持しての長編デビュー。因に染谷将太
はその短編作品の1本に出演していたそうだ。
また本作の特殊メイク・スーパーヴァイザーとして、2018年
1月28日題名紹介『おみおくり』などのベテラン・江川悦子
が参加しているのも注目したいところだ。
脚本も手掛ける安達監督は『リング』『呪怨』との差別化に
かなり腐心したようで、登場する怨霊の「シライサン」には
いろいろなルールが設けられている。そのルールの構築はあ
る種の科学的、論理的で、乙一ワールドの感じがする。
それに対する主人公たちが、乙一の原作では上記の紹介記事
にも書いたように極めて頭が良くて、明確な対処法も見つけ
てしまうのだが…。その実行に苦慮する辺りも乙一らしさと
言うか、見事な展開になっている。
そして他方「シライサン」側も、これは巧みな手法で攻めて
きて、その対処法との攻防が見どころになると同時に感動の
シーンにもなっている。これも本作の作劇の面白さと言える
ものだろう。
そして事件の解決となる結末は、他のジャンルの作品でも観
られる結末でありながら、本作においては正に究極の解決策
と言えるもので、このシチュエーションのみで成立する秀逸
な結末になっている。
さらに様々な作品へのオマージュとも思える見事なショック
シーンも挿入され、ホラー映画をマニアックに研究し尽くし
た成果とも言える作品だ。

公開は2020年1月10日より、全国ロードショウとなる。

この週は他に
『オルジャスの白い馬』
         “The Horse Thieves. Roads of Time”
(中央アジアの草原を舞台にした日本・カザフスタン合作映
画。ソ連崩壊後の1990年代。馬の群れを飼育していた父親が
馬を売りに出掛けたまま帰宅しない。その売り上げは一家の
独立資金になるはずだった。そして一家には少し複雑な事情
があるようだ。そんな一家の許に1人の男が現れ、一家の長
男との交流が始まる。やがて親戚の家に身を寄せるため、男
と共に移動を開始した一家は…。出演は森山未來と、カンヌ
国際映画祭で最優秀女優賞受賞のサマル・エスリャーモバ。
それに少年役のマディ・メナイダロフ。脚本と監督は、日本
の竹葉リサと、2011年10月31日付「東京国際映画祭(2)」
で紹介『春、一番最初に降る雨』のエルラン・ヌルムハンベ
トフが共同で手掛けた。因に物語は現地の実話に基づくが、
大元の企画は竹葉のもののようだ。公開は東京国際映画祭で
上映の後、2020年1月18日より、東京は新宿シネマカリテ他
で全国ロードショウ。)

『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』
      “L'incroyable histoire du facteur Cheval”
(フランス南東部オートリーヴ村に実在する手作りの宮殿。
その誕生までの秘話を描いたドラマ作品。主人公は22歳で結
婚し、最初の子は1歳で死去、第二子を授かり、郵便配達員
として働き始める。しかし妻が亡くなり、子供は親戚の許に
預けられる。その後に再婚して娘が誕生。その頃ふと手にし
た石のインスピレーションから、絵葉書の写真を基に宮殿を
作り始める。それは村人には変人扱いされるが、娘は理解者
だった。その宮殿は33年の歳月を掛けて完成し、現在ではフ
ランス政府により重要建造物にも指定されている。そんな建
設に纏わる悲しくも美しい物語だ。監督は、2014年6月15日
付「フランス映画祭2014」で紹介『グレートデイズ!』など
のニルス・タヴェルニエ。出演は同作にも主演のジャック・
ガンブランと、2019年9月15日題名紹介『パリの恋人たち』
などのレティシア・カスタ。公開は12月13日より、東京は角
川シネマ有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』
       “Nicky Larson et le parfum de Cupidon”
(1985年に週刊誌連載を開始、2年後にはテレビアニメがス
タートして人気を博し、フランスでも放映された北条司原作
コミックスを、2013年『真夜中のパリでヒャッハー』などの
フィリップ・ラショーが脚本、監督、主演で実写映画化した
作品。物語は極秘に開発された究極の媚薬を巡って、自らそ
の媚薬に侵された主人公が悪人の手に渡った媚薬と回復薬を
取り返すため、48時間の期限の中で奮闘するというもの。そ
こには相棒女性との恋の鞘当ても描かれる。僕は原作のこと
は良く知らないが、映画は最初ちょっと下ネタがきついかな
と思いつつ、後半はかなりのアクションで面白く観られた。
元々ラショーがテレビアニメの大ファンで、本作の製作に当
たってはアニメの全144話や、コミックスの37巻も復習して
脚本を執筆、それを原作者にも提示して映画化の許諾をして
貰ったとのことで、これは本物と言えるものだ。公開は11月
29日より、全国ロードショウ。)

『エンド・オブ・ステイツ』“Angel Has Fallen”
(2013年4月紹介『エンド・オブ・ホワイトハウス』に始ま
るジェラルド・バトラー主演、モーガン・フリーマン共演で
大統領警護官が主人公のアクションシリーズ第3作。フリー
マンの役柄は第1作が下院議長で第2作が副大統領、そして
本作では大統領になっている。一方のバトラーの役柄はテロ
を未然に防いだことで国家英雄になっていたが…。原題にあ
る Angelは守護天使の意味で使われているものだ。それにし
ても第1作の舞台は大統領府の内部で、第2作ではロンドン
の市街地だったものが、本作ではどこが舞台になるかも注目
したところ。それは巻頭の予想もつかない襲撃から主人公の
心の中まで見事に展開されているものだった。脚本はリュッ
ク・ベッソンの許で『96時間』シリーズなどを手掛けてきた
ロバート・マーク・ケイメン。監督は2017年『ブラッド・ス
ローン』などのリック・ローマン・ウォーが担当した。公開
は11月15日より、全国ロードショウ。)

『HUMAN LOST 人間失格』
(2019年7月14日題名紹介の映画作品も公開された太宰治の
小説から発想されたという 昭和111年=西暦2036年の近未来
を時代背景とするディストピア物語。医療革命により人間の
寿命が飛躍的に伸びた世界。しかしその一方で体内物質の暴
走により異形化=HUMAN LOSTを生じる現象も発生していた。
さらに環状道路16号線の内と外では貧富の差が拡大し、外側
の住居ではスラム化も進んでいる。そんな中で外側の社会に
暮らしていた主人公は、誘われるままに環状7号線の内側へ
の突入作戦に参加するが…。そこでLOST体に襲われた主人公
は対LOST体機関に所属する少女に救われ、自分が新な能力を
持った人間であることを教えられる。自分は人間失格か、そ
れとも合格か? 作中には太宰の原作からの言葉もちりばめ
られ、まさかこんな話になろうとは、原作者も驚くような物
語が展開される。。公開は東京国際映画祭で上映の後、11月
29日より、全国ロードショウ。)

『アニエスによるヴァルダ』“Varda par Agnès”
『ラ・ポワント・クールト』“La Pointe-Courte”
『ダゲール街の人々』“Daguerréotypes”
(2019年3月に他界した2018年7月15日題名紹介『顔たち、
ところどころ』などのフランス人女性監督の最終作の公開に
併せて、その中にも引用されている監督デビュー作と最初の
長編ドキュメンタリーの旧作2本がディジタルリマスターに
より上映される。まず最終作は監督が自作を回顧する形式で
行った講演の模様を収めたもので、1954年の監督デビュー作
から2017年製作の前作までの63年にも及ぶ監督の業績が凝縮
されているものだ。その中ではいろいろな撮影のエピソード
も語られるが、中でもジャック・ドゥミについて語る時のき
らきらする表情が微笑ましかった。後の2本については、監
督デビュー作は不思議なムードもあるラヴストーリーだが、
ドキュメンタリーな部分もある。そして最初のドキュメンタ
リーは、最近の観察映画に通じるもので、その嚆矢とも言え
る作品だった。公開は12月21日より、東京は渋谷のシアター
・イメージフォーラム他で全国順次ロードショウ。)

『ある女優の不在』“3 Faces/Se rokh – سه رخ”
(2012年6月紹介『これは映画ではない』などのジャファル
・パナヒ製作、脚本、監督で、2018年カンヌ国際映画祭コン
ペティション部門にて脚本賞を受賞した作品。始まりは少女
の自撮り映像。それはロープを首に巻き、落下するところで
途切れる。その映像が人気女優の許に届けられ、女優を目指
して大学にも合格したが、家族に反対された、と言う少女の
証言に動転した女優はパナヒ監督運転の車で少女の村に向か
うが…。そこでは裏表の激しい村人の応対に戸惑い、少女が
3日間行方不明と判る。さらに村では革命前の人気女優が村
八分に遭っていた。そんな3世代の女優の明暗が描かれる。
出演はいずれも本人役で登場のベーナーズ・ジャファリ、パ
ナヒ監督とマルズィエ・レザイ。いろいろトリッキーな作品
だが、最大は2010年から20年間映画制作禁止中の監督の作品
ということだ。公開は12月13日より、東京はヒューマントラ
ストシネマ渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『ドルフィン・マン
  ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』“Dolphin Man”
(2010年5月紹介『グラン・ブルー』の基となったフランス
人ダイヴァーの生涯を追ったドキュメンタリー。1927年に中
国上海で生まれたマイヨールは佐賀県唐津で海女の仕事を見
て海に興味を持つ。その後の戦時中は帰国し海を離れるが、
戦後にアメリカに渡り、マイアミの水族館でイルカの調教を
開始、イルカと共に深く長く潜ることを学び始める。そして
ダイヴィング記録に挑み、そのためヨガや禅なども学んで、
遂に1976年に人類史上初めて素潜りで水深100mの記録を達成
する。そこまでの物語がリュック・ベッソンの映画で描かれ
るが、その世界的な大ヒットがモデルであったマイヨール自
身を苦しめる。本作では日本人も含む親交を深めた人たちや
家族へのインタヴューと共に、当時の記録映像もふんだんに
映し出される。そこには悲しい面もあるが…、これが偉業を
成し遂げた男の真の姿だ。公開は11月29日より、東京は新宿
ピカデリー他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二