井口健二のOn the Production
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2019年06月23日(日) すじぼり、アス(おいしい家族、イソップの思うツボ、タロウのバカ、ジョアン・ジルベルトを探して、フリーソロ、隣の影)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『すじぼり』
2014年『東京難民』という作品が佐々部清監督により映画化
された福澤徹三の原作で、第10回(2008年)大藪春彦賞受賞作
の実写映画化。配信プラットフォームのU-NEXTにて配信され
る全10話構成のシリーズの内、第1話〜第3話の試写を鑑賞
した。
主人公は地方都市の父子家庭で育ち、親の金で大学に行って
はいるが、実は半同棲で風俗の女性に入れ挙げ、大麻を吸い
まくるなど自堕落な生活を送っている。しかし町に蔓延るや
くざを見ると嫌悪感を露わにしていたのだが…。
そんな主人公が大麻を巡る騒動でやくざの組長に助けられ、
その事務所に出入りすることになってしまう。そして借金の
かたに下働きをすることになる。それでも昔気質の組長には
何となく気に入られているようだ。
そんな主人公が対立する組との命運を決する抗争に巻き込ま
れて行く。正に青春任侠ドラマと言える物語が展開する。

出演は2018年7月29日題名紹介『止められるか、俺たちを』
と『純平、考え直せ』にも出ていた藤原季節。その脇を高橋
和也、日本アカデミー賞で新人俳優賞受賞の篠原篤、2018年
5月紹介『万引き家族』などの溝口奈菜らが固めている。
また第4話以降には、六平直政、阿部亮平、宮城大樹、北原
里英といった個性派の俳優が登場するようだ。
総監督は2017年9月3日題名紹介『全員死刑』などの小林勇
貴。脚本も『全員死刑』を手掛けた継田淳。さらに各話の演
出には西村喜廣、鳴瀬聖人、阪元裕吾といった曲者監督が名
を連ねている。
制作プロダクションは西村映造による作品だ。
『東京難民』は試写を観たが紹介は割愛したもので、その作
品でも普通の若者が裏の世界に転落して行く姿が描かれてい
た。
本作もそこは同様だが、佐々部監督のように社会性は持たせ
ず、エンターテインメントに徹しているのが見どころと言え
るのだろう。しかも西村映造の作品だ。同社の特徴である血
飛沫もふんだんに飛び散る。
原作者の福澤は元々ホラー出身の人だから、本作に関しても
ファンタシーという見方もできるかもしれない。ある種の荒
唐無稽が目的の作品だ。その辺をねちっこく描いているのも
魅力と言えそうだ。

なお本作は6月21日に初回放送として第1話〜第3話が配信
され、以後は順次各話がU-NEXTにて配信されることになって
いる。
また全10話のシリーズの内、第1話〜第8話は原作に基づく
が、第9話、第10話に関しては、別の任侠青春ドラマである
『日本統一』とのコラボレーション企画になるようだ。

諸般の事情により、この項のみ先に更新します。
                     (6月18日記)
本作に関して6月19日に記者会見が行われた。そこには出演
者の藤原季節、高橋和也、溝口奈菜、北原里英と、第9話、
第10話に登場する本宮泰風。それに総監督の小林勇貴と監督
の西村喜廣が登壇した。
そこでの本宮の発言によると第9話、第10話はかなり飛んで
もない展開だとのこと。試写された第1話〜第3話の印象で
は、西村映造の作品の割には血のりがちょっと少ないかなと
も思ったが、最後はちゃんと締めているようだ。


『アス』“Us”
2017年8月紹介『ゲット・アウト』でアカデミー賞脚本賞を
受賞したジョーダン・ピール脚本、監督による第2作。前作
に続いてホラー風味の強い作品だ。
始まりは1986年。両親と共にサンタクルーズのビーチに来て
いた少女が、ゲームに熱中する父親の目を離れてヴィジョン
・クェストというアトラクションに入ってしまう。そして鏡
の迷路で自分にそっくりの少女に出会う。
それから数10年後の現在。2人の子供の母親になった主人公
は夫も含めた4人で昔住んでいた家に戻ってくる。ところが
隣人と共に向ったビーチで一家の息子が一瞬だけ行方不明に
なり、彼女の脳裏に昔の恐怖が甦り始める。
そんな主人公の不安をよそに、夫は屈託なくボートを購入す
るなどはしゃいでいたが…。その夜、赤い繋ぎを着た夫婦と
子供と思われる4人の男女が家の前に現れ、彼らは不法に家
に侵入し、一家に襲い掛かってくる。

出演は、2013年『それでも夜は明ける』でデビュー作ながら
オスカー助演女優賞に輝いたルピタ・ニョンゴ。ニョンゴと
共に2018年2月25日題名紹介『ブラックパンサー』に出てい
たウィンストン・デューク。
さらに2016年5月紹介『ハイ・ライズ』などのエリザベス・
モス、主にテレビ界で脚本家としても活躍するティム・ハイ
デッカー。広告モデル出身でブロードウェイでも活躍のシャ
ハディ・ライト・ジョセフ、「セサミストリート」出身のエ
ヴァン・アレックスらが脇を固めている。
物語の始まりには、レイ・ブラッドベリや「トゥワイライト
ゾーン」の趣もあって、そこから2008年9月紹介『ファニー
・ゲーム』のような展開になって行く。さらに劇中では『ホ
ーム・アローン』なども言及されて、いろいろとオマージュ
も多彩な作品だ。
因に監督が好きな作品の中には、2002年2月紹介『自殺サー
クル』も含まれているそうで、そのオマージュはなるほどと
思わせるものになっていた。
しかも元がお笑い芸人のピール監督は、ここに笑いの要素も
巧みに織り込んで、ホラーとしても一級品+エンターテイン
メントとしても上質な作品に仕上げている。最近は日本の芸
人が脚本や監督を手掛けた作品も散見するが、これくらいの
メリハリは利かせて欲しいと思ったものだ。
前作はかなりストレートに人種問題を扱ったが、本作では人
種を超えた社会問題を描いており、また映画の後半にはSF
としても注目できる展開もあり、さらに原題の“US”が表す
意味など、なかなか奥深い作品だ。

公開は9月6日より、全国ロードショウとなる。

この週は他に
『おいしい家族』
(2019年2月紹介『ndjc:若手映画作家育成プロジェクト』
の2015年度に選出されたふくだももこ監督が、その際の選出
作で30分のオリジナルを長編化した作品。結婚生活に破局し
た女性が母親の三回忌で実家に帰ると、そこでは母の服を着
た父親が家事をしていた。しかも学校長でもある父親は、そ
の姿で校門に立ち生徒を出迎える。それが周囲にも受け入れ
られている様子に驚く主人公に、さらに父親が子持ちの男性
を夫に迎えると言い出す。出演は2018年5月紹介『世界でい
ちばん長い写真』などの松本穂香。オリジナルにも出演の板
尾創路。他に浜野謙太、笠松将、モトーラ世理奈らが脇を固
めている。板尾はオリジナルに惚れ込み長編化にも出演する
と約束していたそうで、それほどの才能が見出せる作品だ。
また監督は伊丹十三が目標だそうで、そのため音楽には本多
俊之を希望。本多もその意気に応えている。公開は9月20日
より、全国ロードショウ。)

『イソップの思うツボ』
(2018年4月22日題名紹介『カメラを止めるな!』が社会現
象と言われるまでになった上田慎一郎監督の新作。本作では
前作で助監督を務めた中泉裕矢とスチール担当の浅沼直也と
の共同脚本/監督になっている。物語は冴えない女子大生の
主人公を中心に、彼女の同級生でタレント一家の娘、それに
復讐代行屋と称する殺し屋の親子が絡まり、かなり手の込ん
だお話が展開される。それは何を書いてもネタバレになって
しまうような巧みな作品だ。出演は、2018年「第2回未完成
映画予告編大賞」グランプリ作品『猿楽町で会いましょう』
に主演の石川瑠華、2019年2月17日題名紹介『4月の君、ス
ピカ。』などの井桁弘恵、2017年11月5日付「東京国際映画
祭」で紹介『アイスと雨音』などの紅甘。他に川瀬陽太、渡
辺真起子、佐伯日菜子らが脇を固めている。話題の前作は正
直に言って中途半端で僕は評価しなかったが、本作は良くで
きていた。公開は8月16日より、全国ロードショウ。)

『タロウのバカ』
(2017年9月3日題名紹介『光』などの大森立嗣脚本、監督
による作品。社会の片隅で刹那的に生きる若者たちを描く。
主人公は学校に行ったことがない。そんな主人公を2人の友
人はタロウと呼ぶ。タロウは母親と2人暮らしで母親は別の
名で呼ぶが、出生届は出ているのかどうか。だから母親の呼
ぶ名前も無意味だ。そんなタロウと友人がある状況で実弾入
りの拳銃を手に入れる。とは言え拳銃は弄ぶだけの3人だっ
たが…。出演はモデルで映画初主演のYOSHIと、大森監督と
は2016年『セトウツミ』にも主演の菅田将暉。さらに2018年
3月紹介『50回目のファーストキス』などの太賀。他に豊田
エリー、國村隼。またラブジャンクス所属の角谷藍子、門矢
勇生らが脇を固めている。正直に言って大森監督の作品には
デビュー作から馴染める時と馴染めない時があり、これは後
者だ。でもこの作品は直視するべきものだ。公開は9月6日
より、東京はテアトル新宿他で全国ロードショウ。)

『ジョアン・ジルベルトを探して』
           “Where Are You, João Gilberto?”
(1958年にアントニオ・カルロス・ジョビンとの共作で最初
のボサノヴァ曲「想いあふれて」を発表し、「ボサノヴァの
神」とも呼ばれたギタリスト/歌手をリオの町に探すドキュ
メンタリー。音楽家は2006年に来日公演も行ったが、2008年
リオでの「ボサノヴァ誕生50周年記念コンサート」を最後に
人前に姿を現していないのだそうだ。本作ではその姿を追っ
て、音楽家が若き日を過ごした地方都市まで探索の足が延ば
される。作品は2011年原作本の出版直前に自殺したドイツ人
ジャーナリスト=マーク・フィッシャーの著作に基づいてお
り、彼の探索に沿って進められる。ただし実は本作のフラン
ス人監督ジョルジュ・ガショは、元々が音楽系のドキュメン
タリストで、原作とは異なるアプローチもあったと思われる
が…。本作では頑なに原作に沿うことで、普通では描けない
音楽家の実像に迫る作品にもなった。公開は8月24日より、
東京は新宿シネマカリテ他で全国順次ロードショウ。)

『フリーソロ』“Free Solo”
(2019年度のアメリカアカデミー賞で長編ドキュメンタリー
部門に輝いた作品。ロッククライミングの代名詞とも言える
ザイルやハーケンなどの器具を一切使わず自らの手足だけで
岩壁をよじ登る。フリークライミングとも呼ばれる登山術で
鬼才とされるアレックス・オノルドが、最難関の絶壁という
カリフォルニア州ヨセミテ国立公園のエル・キャピタンに挑
んだ2年間の記録。National Geographicの製作で、監督は
2015年サンダンス映画祭で観客賞受賞『MERU/メルー』など
のエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィとジミー・チン。山
岳映画では最強のコンビが、オノルドの挑戦の全てを描き切
る。本作を観るまでは無謀な行為だと思っていたが、本作で
準備に掛ける周到さに驚かされた。もちろん行為自体は危険
極まりないものだが…。さらに撤退する勇気など、正に魅力
の全てが描かれた作品だ。公開は9月6日より、東京は新宿
ピカデリー他でロードショウ。)

『隣の影』“Undir trénu”
(アイスランドのアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、
男/女優賞など7部門に輝いたというサスペンス作品。物語
の舞台は、郊外の住宅地に並ぶ2軒の戸建て。その1軒の庭
に大きな木があり、その影が隣家のベランダに落ちている。
そのため日陰になる家からは伐採が求められていたが…。そ
の諍いが徐々に大きくなって行く。それぞれの家に住む初老
の夫妻と木のある家の息子の夫婦、さらにそれぞれの家の犬
と猫のペットが飛んでもない出来事を引き起こす。諍い自体
はどんな場所でもあるだろうし、それぞれの思いには理解も
できる。それがちょっとしたことから次第に膨らんで行く。
現代社会に生きていたら誰でもが陥りそうな、そんな恐怖が
巧みに描かれた作品だ。脚本と監督は、アイスランド出身で
2011年のデビュー作がハリウッドリメイクされたハーフシュ
テイン・グンナル・シーグルズソン。公開は7月27日より、
東京は渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二