井口健二のOn the Production
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2019年05月12日(日) ディリリとパリの時間旅行(よこがお、無双の鉄拳、あなたの名前を呼べたなら、存在のない子供たち)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『ディリリとパリの時間旅行』“Dilili à Paris”
2006年『アズールとアスマール』などのミッシェル・オスロ
監督による新作で、2018年アヌシー国際アニメーション映画
祭のオープニングを飾り、2019年セザール賞で長編アニメー
ション賞を受賞した作品。
19世紀から20世紀への変り目のパリを背景に、フランス領の
ニューカレドニアから現地の生活を再現する見世物の展示物
としてやってきた少女が、ベル・エポック華やかなパリの陰
に潜む巨大な陰謀に立ち向かう。
南太平洋に浮かぶフランス海外領土の島で先住民族カナック
の娘として生まれたディリリは、実は流刑地だった島に居た
女性活動家ルイーズ・ミシェルの教育を受け、フランス語を
習得していた。
そして海外での生活を夢見た少女は興行師たちの乗った客船
に密航し、偶然乗船していた伯爵夫人の助けも借りてパリに
やってくる。そこで昼間は見世物小屋で先住民族の暮し振り
を演じていた少女だったが…。
配達人でパリの隅々までを知り尽くした三輪車乗りの若者と
出会った彼女は、折しもパリを騒がす連続少女誘拐事件の謎
に挑むことになる。そこにオペラ座の歌手エマ・カルヴェな
ど様々な人物が係る。
その顔触れは、マリ・キュリー、ルイ・パスツール、ギュス
ターヴ・エッフェル。パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、
アンリ・ルソー、エドガー・ドガ、クロード・モネ、ロート
レック、ルノワール、モディリアーニ。
ロダン、カミーユ・クローデル。エドモン・ロスタン、オス
カー・ワイルド、アンドレ・ジッド、メーテルリンク、コレ
ット。ラヴェル、ドビュッシー、エリック・サティ。サラ・
ベルナール、イサドラ・ダンカン。
さらにジョルジュ・クレマンソー、エドワード7世など…。
この他にも当時のパリにいたとされる100人以上のいろいろ
な分野の著名人たちが次々に登場し、陰謀に立ち向かうディ
リリらを助けてくれる。
そこには往時のパリの風景などと共に、ベル・エポックの様
子が見事なアニメーションで再現される。それはフランス人
には懐かしさのこみ上げるものだろうが、そうではない僕た
ちにも、憧れの極致という感じで描かれている作品だ。
主人公は邦題の「時間旅行」をするものではないが、観客を
そういう気分にはさせてくれる。

ディリリの声を担当したのは新人のプリュネル・シャルル=
アンブロン。対する若者役を担当したエンゾ・ラツィトは、
オーディション番組を勝ち抜いた歌手でもあるというプロの
声優のようだ。
そしてエマ・カルヴェ役には、フランス出身でウィーン国立
歌劇場にも招請され、さらにロンドン・コヴェントガーデン
での演技に対してはローレンス・オリヴィエ賞が与えられた
というソプラノ歌手ナタリー・デセイが起用されている。
登場する著名人の中にジュール・ヴェルヌがいないのは少し
残念だったが、舞台が1900年だとすると作家はすでに80歳を
超えており、さらに白内障なども患っていたそうだからこれ
は仕方ないかな。
その代わりに「ヴェルヌみたい」という台詞や、ヴェルヌの
著作を髣髴とさせる造形の乗り物などが出てくるのは、脚本
も手掛ける監督のリスペクトなのだろう。この描き方には嬉
しく感じるものがあった。
一方、事件を引き起こす集団に関してはフィクションとして
いるが、当時の社会にこのような風潮があったことは事実と
のこと。それは今の時代にも通じるかな。子供にも判り易い
冒険ドラマだが奥は深い、そんな趣向の作品だ。

公開は8月下旬より、東京ではヒューマントラストシネマ有
楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他にて、全国順次ロードショウ
となる。

この週は他に
『よこがお』
(2018年3月25日題名紹介『海を駆ける』などの深田晃司監
督が、2016年の受賞作『淵に立つ』でもタッグを組んだ筒井
真理子を再び主演に招いた作品。訪問介護士でベテランの女
性が、身内の起こした犯罪で、自分が罪を犯した訳でもない
のに窮地に追い込まれて行く。そこには横暴なマスコミの姿
など、誰もが巻き込まれるやも知れぬ現代日本の病巣も描か
れる。そして彼女が起こした行動は…。共演は市川実日子、
池松壮亮。他に2019年2月『ndjc』で紹介「最後の審判」の
須藤蓮、同じく「うちうちの面達は。」の小川未祐。さらに
吹越満らが脇を固めている。深田監督の作品は過去にも何本
か観ているが、比較的オーソドックスな作劇をする監督だと
思っていた。それが本作ではかなりトリッキーな展開で、し
かもそれが物語に巧みに生きている。映画として素晴らしい
作品だと感じた。公開は7月26日より、東京は角川シネマ有
楽町他で全国ロードショウ。)

『無双の鉄拳』“성난황소”
(2019年4月紹介『神と共に』にも出ていたマ・ドンソクの
主演で、愛する妻を奪われた男が本能を剥き出しにして暴れ
まくるアクション作品。主人公は水産市場で働く労働者。体
力はありそうだが、人の話に乗せられて損ばかりしているよ
うな性格だ。そんな男には天使のような妻がいたが…。ふと
したことからその妻が人身売買組織に誘拐され、警察も当て
にならないと知った主人公は行動を開始する。脚本と監督は
マ・ドンソクも出演の2017年7月紹介『新感染』で武術監督
を務めたキム・ミンホ。脚本はマと5年を掛けて書き上げた
ものだそうだ。共演は2012年10月紹介『拝啓、愛してます』
などのソン・ジヒョ。他にキム・ソンオ、キム・ミンジェ、
パク・ジファンらが脇を固めている。映画の前半は人の良い
男が騙され続ける少し苛つく展開だが、拝金主義への風刺も
あり、後半は正にエンターテインメントだ。公開は6月28日
より、東京はシネマート新宿他で全国順次ロードショウ。)

『あなたの名前を呼べたなら』“Sir”
(ムンバイ出身だがアメリカの大学で学んだという女性監督
ロヘナ・ゲラによる長編デビュー作。主人公は結婚4ヶ月で
夫が病死した未亡人。因習に縛られた田舎では普通の生活も
ままならず、ムンバイにメイドとしてやってくる。そこは新
婚夫妻が入居する予定の豪華なマンションだった。ところが
式の直前に新婦の不倫が発覚し、結婚しないまま主人だけが
帰ってくる。そんな事情でもしっかりとご主人様に仕える主
人公だったが…。出演は、2002年6月紹介『モンスーン・ウ
ェディング』などのティロタマ・ショーム、2017年4月16日
題名紹介『裁き』などのヴィヴェーク・ゴーンバル。日本の
ラヴコメにでもありそうな展開だが、物語は未だにカースト
などの身分格差が残るインドの現状を訴えるものだ。工事現
場のシーンでは2019年1月27日題名紹介『セメントの記憶』
も思い出した。公開は8月2日より、東京は渋谷Bunkamura
ル・シネマ他で全国順次ロードショウ。)

『存在のない子供たち』“Capharnaüm/ کفرناحوم”
(レバノンの首都ベイルートを舞台に、シリア難民の両親に
生まれた少年やエチオピア難民の女性らを描いたレバノン人
女性監督ナディーン・ラバキーの作品。受賞歴のある監督は
本作でもカンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞を
受賞した。主人公は12歳の少年、傷害事件で収監されていた
彼が両親を訴える。その訴因は彼を生んだこと。その裁判の
証言の中で彼が歩んできた悲惨な生涯が描かれる。女優でも
ある監督は自ら少年の弁護人を演じているが、その他の出演
者は正にその境遇にいる難民の人たち。特に主人公を演じた
ゼイン・アル=ラフィーアは2004年シリア生まれで、両親と
共に難民となったが、一般教育を受けることもできず、10歳
の時からスーパーマーケットなどで働いていたそうだ。悲惨
な難民の暮らしは他の作品でも観てきたが、丁寧なリサーチ
によって正に衝撃の物語が作られた。公開は7月より、東京
はシネスイッチ銀座他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二