井口健二のOn the Production
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2019年01月20日(日) 山(モンテ)、チャンブラにて(道草、シスターフッド、空の瞳とカタツムリ、翔んで埼玉、芳華、ヒトラーVS.ピカソ、L♡DK)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『山(モンテ)』“Monte”
2011年10月紹介『CUT』などのイラン出身アミール・ナデ
リ脚本、監督、編集、音響による2016年の作品。
舞台は中世イタリア。山に遮られて日差しのない山腹の村に
は墓地に十字架ばかりが並んでいる。そして今も幼子の埋葬
が行われている。その葬儀の後、村人たちは村を離れる準備
を始める。しかし葬儀を行った一家は頑なだった。
そして村には一家だけが取り残され、一家の主人は無け無し
の作物を麓の町に売りに行く。ところが町では彼の存在自体
が疎まれており、作物が売れる様子もないばかりか、追い返
されるように帰宅を余儀なくされる。
さらに町人は一家が山腹に住み続けること自体も禁止し、妻
と息子の家族も散り散りとなってしまう。それでも山腹に居
座った主人公は…! 荒涼とした風景の中で、社会や自然に
も見放された男の山に対峙する決意が描かれる。

出演は、2006年『ミッション・インポッシブル3』に出てい
たというアンドレア・サルトレッティ、2013年イタリア映画
祭で上映『南部のささやかな商売』などのクラウディア・ポ
テンツァ。他に若手のザッカーリア・ザンゲッリーニ、セバ
スティアン・エイサスらが脇を固めている。
『CUT』を日本人俳優を使って日本で撮影したナデリ監督
は、本作ではイタリア系の俳優を起用して全編をイタリアで
撮影している。それはイタリアン・ネオリアリスモをも想起
させる作品になっている。
その一方でナデリ監督は、本作では黒澤明監督を念頭に置い
て映画製作を行ったと語っているとのことで、確かに後半の
狂気を感じさせる主人公の姿は、黒澤作品を髣髴させるもの
にもなっている。
さらにその映像には、風や巨石の転がる音、それに山全体が
軋むような凄まじい音響がナデリ監督自身の手によって付け
られており、それがファンタスティックとも言える結末を呼
び込む。
その結末は、東洋人としては「列氏」の説話が思い浮かぶも
のだが、同様の話は聖書のマタイ伝第17章20節にも有るよう
だ。ただし「列氏」が書かれたのは紀元前5世紀頃と言われ
るから、東洋の方が歴史は古い。
そんな古くからある物語だが、それを長編映画として描くの
には、内容のシンプルさから普通では中々難しいと思わせる
ものだ。そんな物語をナデリ監督は、黒澤流の演出を織り込
むことで見事に克服したとも言える。
映画は、前半はまだしもドラマティックに展開されるが、後
半は正に狂気に取り憑かれた男の姿のみが描き尽されるもの
で、その力強さにも圧倒される作品だ。

公開は2月9日より、東京は三鷹市のアップリンク吉祥寺他
にて全国順次ロードショウとなる。

『チャンブラにて』“A Ciambra”
「イタリア映画祭2016」で上映された『地中海』という作品
で数多くの受賞に輝いたジョナス・カルピニャーノ監督が、
2017年のカンヌ国際映画祭で「Label Europa Cinemas」賞を
受賞した作品。
映画の舞台はイタリア南部のラブリア州レッジョ・カラブリ
ア県にあるコムーネ(共同体)のジョイア・タウロ。その町
でスラム化した街区のチャンブラには、定住したロマの人た
ちが暮らしている。
ロマ=ジプシーと言われると、流浪の旅を続けながら音楽や
踊りで日々の糧を得ている…、そんなイメージだったが。国
境や紛争などの影響もあって現代では定住している人たちも
多いようだ。
しかしその暮らしぶりは豊かではなく、また多くの迫害や差
別にも遭っている。そのため真面な職に就くことも叶わず、
生業は窃盗しかないというのが現実の姿のようだ。そんなロ
マの一家で14歳の少年が本作の主人公だ。
主人公の名前はピオ。彼は祖父母と両親、さらに兄弟や甥姪
たちの大家族の中で暮らしている。そんな少年はすでに酒や
たばこも口にしているが、家族の中ではまだ大人とはみなさ
れていない。
ところが父親と兄が警察に捕まり、少年の肩に一家の支えの
任が覆いかぶさってくる。そんな中で少年はアフリカからの
難民の青年などと交流を持ち、彼の助けも得て何とか家族を
支えて行こうとするが…。
少年の行動が兄たちの逆鱗に触れ、さらに祖父の死で釈放に
なった兄からある究極の選択を迫られることになる。

主人公を演じているのは役名と同じ名前の少年で、実は彼の
両親や兄弟を演じているのも役名と同じ、さらに苗字も同じ
という人たち。つまり彼らは実の家族で、そんなロマの一家
がそのまま出演しているものだ。
因に監督は、2014年にも同じ主人公の短編でカンヌの受賞を
果たしている。
物語では追い込まれた主人公の前に謎めいた人物が現れるな
どファンタスティックな展開もあるが、それは古き良き(?)
時代への郷愁にもなっている。しかし現実の描写はそれを上
書きするように厳しいものだ。
そんな切実なロマの人たちの境遇が克明に描かれた作品とな
っている。ロマ=ジプシーに関心のある人には是非とも見て
貰いたい作品だ。

公開は、1月26日より東京は新宿武蔵野館でロードショウ。
また東海地区では名古屋の名演小劇場にて3月9日より上映
となる。

この週は他に
『道草』
(2009年8月紹介『犬と猫と人間と』飯田基晴監督の製作指
揮による続編『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』で商業
デビューした宍戸大裕監督が、重度の知的・精神障害の人々
の日常を追ったドキュメンタリー。2014年の制度改正によっ
て重度の障害者にも介護者付きのひとり暮らしが可能になっ
た。本作ではそんな形でひとり暮らしをしている3人の障害
者の生活がユーモラス且つシビアに紹介される。実は映画の
中心は東京都練馬区のNPOで、僕は同じ区に住んでいてこ
の活動を全く知らなかったのだが。介護者との散歩の途中で
道草を食う(文字通り途中で摘んだツツジの花を食べる)など
微笑ましい描写もある反面、突然奇矯な態度にも出るなど予
測の付かない行動が、優しく温かい目で撮影されている。そ
してそれらの総てに対処する介護者の献身ぶりには、全く頭
の下がる思いもする作品だった。公開は2月23日より、東京
は新宿K's cinema他で全国順次ロードショウ。)

『シスターフッド』
(2017年7月2日題名紹介『もうろうをいきる』などの西原
孝至監督が、ドキュメンタリーとドラマを混在させる手法で
若い女性の生き様を描いた作品。登場するのはヌードモデル
の兎丸愛美と独立レーベルで活動を続ける歌手のBOMI。2人
がドキュメンタリー監督の次回作に向けた資料映像用のイン
タヴュー取材に応じる形式で彼女たちの現実が語られる。そ
の一方で監督自身のドラマが展開される。この監督の姿には
西原監督自身が反映されているのかもしれないが…。正直に
言ってこのドラマで何が言いたいのか判らなかった。ドラマ
の途中にインタヴューを挟む手法が斬新とも思えないし、何
よりドキュメンタリーとドラマの間にメリハリがないから、
これではドキュメンタリーの部分も作り物に見えてしまう。
それは本作の中で真実を語っている人たちに失礼なようにも
感じられた。それが壮絶なだけに…。公開は3月1日より、
東京はアップリンク渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『空の瞳とカタツムリ』
(故相米慎二監督が遺した映画タイトル案から着想されたと
いう作品。虚無感から誰とでも寝るが一度寝た男とは二度と
寝ないという女と、極度の潔癖症で性を拒絶する女。そんな
2人と大学時代から長く付き合っている男。男は虚無感を抱
える女への思いを捨て切れずにいるが…。微妙なバランスの
中で過ごしてきた男女3人の関係が少しずつ崩れて行く。そ
して新たな男が潔癖症の女に近づいてくる。そんな物語がピ
ンク映画の上映館を舞台の一つとして繰り広げられる。出演
は、2016年1月紹介『女が眠る時』に出ていたという縄田か
のん、舞台女優の中神円と、三浦貴大。他に藤原隆介、内田
春菊、クノ真季子、柄本明らが脇を固めている。脚本はテレ
ビで『深夜食堂』などを手掛ける荒井美早。監督は、PFF
出身で2000年中田秀夫監督『カオス』の脚本を担当した斎藤
久志。公開は2月23日より、東京は池袋シネマ・ロサ他にて
全国順次ロードショウ。)

『翔んで埼玉』
(『パタリロ!』などの漫画家・魔夜峰央が1982年〜83年に
発表し、2015年に復刻されて12月の売れ行きランキング1位
にもなったという原作の映画化。舞台は歴代の東京都知事を
輩出する名門校。その生徒会長は現都知事の息子で、彼は周
辺各県、特に埼玉県を完全に見下していた。そんな名門校に
アメリカ帰りの転入生がやって来る。その転入生を最初はう
さん臭いと思っていた生徒会長だったが…。映画は武蔵国が
東京、神奈川と埼玉に分割された歴史に始まり、「ダサい」
の語源ともされる埼玉県が、最新のデータも加えて徹底的に
ディスられる。出演は二階堂ふみとGACKT。その脇を伊勢谷
友介、中尾彬、武田久美子、麿赤兒、竹中直人、京本政樹、
間宮祥太朗、加藤諒、益若つばさ。さらにブラザートム、麻
生久美子、島崎遥香らが固めている。監督は『テルマエ・ロ
マエ』シリーズなどの武内英樹。公開2月22日より、東京は
丸の内TOEI他で全国ロードショウ。)

『芳華 Youth』“芳華”
(2008年12月紹介『花の生涯/梅蘭芳』などの脚本を手掛け
たゲリン・ヤンが自らの原作を脚色し、2015年1月紹介『唐
山大地震』などのフォン・シャオガン製作、監督で映画化し
た作品。1976年、周恩来、毛沢東の相次ぐ死去や唐山大地震
があったその年、軍隊を慰問する「文工団」に入団した17歳
の少女を中心に、文化大革命終結後の解放され行く中国と、
その一方で中越戦争の勃発などに翻弄された若者たちの激動
の青春が描かれる。2018年11月3日付「東京国際映画祭」で
紹介『詩人』もそうだったが、最近の中国映画ではこの時代
背景が多いかな。これは中国人にとってノスタルジーなのか
もしれない。そこには文革に対する批判的な論調もあるが、
それ以上に後の経済解放路線への賛美は気になるところだ。
出演は北京舞踊学校卒のミャオ・ミャオと、2018年1月紹介
『空海』で白楽天役のホアン・シュアン。公開は4月12日よ
り、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』
         “Hitler contro Picasso e gli altri”
(ジョージ・クルーニー監督、主演による2014年『ミケラン
ジェロ・プロジェクト』で描かれたナチスが行った美術品の
掠奪と、ヘレン・ミレン主演の2015年『黄金のアデーレ』で
描かれたその返還を巡る物語、その実態を追ったドキュメン
タリー。ナチスはユダヤ人の多くを殺害すると同時に、その
ユダヤ人たちが所蔵した美術品の数々を掠奪し、アドルフ・
ヒトラーやヘルマン・ゲーリングの収集品とした。ルーブル
美術館や大英博物館の所蔵品の多くも戦時下などに掠奪した
ものではあるが、成り上がりのナチスもそれを真似て虚栄の
ために収集を行ったとされる。そんな背景と、1937年に開催
された「大ドイツ芸術展」及び「退廃芸術展」の模様。さら
に2012年に世紀の発見と言われた1500点に及ぶ隠匿された芸
術品の行方など、未解決の案件も含むナチスと美術品の様々
な関りが描かれる。公開は4月9日より、東京は新宿武蔵野
館他で全国順次ロードショウ。)

『L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』
(2014年に剛力彩芽、山崎賢人の主演で公開された渡辺あゆ
原作コミックスの再映画化。ひょんなことから学園一のイケ
メン男子と同居することになった女子高生。しかしその事実
がばれたら退学の恐れもある。そんな戦々恐々な状態で暮ら
す2人の許に、さらにアメリカから彼の従兄弟が転入してく
る。そしてその従兄弟はイケメン男子をアメリカに連れ戻そ
うとしていた。出演は上白石萌音、杉野遥亮、横浜流星。脚
本はテレビで『1リットルの涙』、『ごくせん』や『タンブ
リング』などの江頭美智留。監督は2014年版も手掛けた川村
泰祐が再度担当した。いやはや、ラヴコメの映画化も最近は
それなりに捻りの利いた作品も見るようになってきたが、本
作は正に王道の作品。因に2014年版は「壁ドン」ブームの火
付け役となったものだそうで、その王道が再度力を発揮する
かどうかというところだ。公開は3月21日より、東京は新宿
バルト9他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二