井口健二のOn the Production
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2018年12月09日(日) マイル22、クマ・エロヒーム(ねことじいちゃん、世界でいちばん悲しい、バジュランギ、ホイットニー、あまのがわ、ひかりの歌、ともしび)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『マイル22』“Mile 22”
2017年3月26日題名紹介『パトリオット・デイ』などのピー
ター・バーグ監督と主演マーク・ウォルバーグが4度タッグ
を組んだアクションサスペンス。
開幕は郊外の住宅地に建つ一軒家。その周囲には主人公を含
む特殊部隊の隊員が配置され、タイミングを計って突入作戦
が敢行される。実はその家屋はロシア秘密機関の隠れ家で、
作戦の目的はそこに居る人員を確保し、身元を確認して彼ら
から情報を聞き出すことだった。
ところが始められた作戦に齟齬が生じ、当初の「確保」命令
は「抹殺」に変更。激しい銃撃戦が展開される中、主人公は
逃亡を図った1人を殺害する。さらに建物も跡形もなく破壊
されて部隊は撤収。作戦は隊員1人を失ったものの、後には
証拠も残さず完遂されるが…。
それから16ヶ月後。主人公らの特殊部隊は東南アジアのとあ
る国のアメリカ大使館に集合していた。その国では政情不安
が続いていたが、さらにロシアで盗難に遭った原爆6個分に
相当する放射性物質が持ち込まれ、闇取引が行われるとの情
報がもたらされていた。
そこに、部隊の女性隊員の情報屋だった地元警察の刑事が、
放射性物質の保管場所を示すデータが暗号化され記憶された
ハードディスクを持って大使館に保護を求めてくる。彼の要
求は、亡命を認めてアメリカ行きの飛行機に乗ったら暗号を
解くキーを教えるというもの。
そこで主人公らの特殊部隊に22マイル先の飛行場まで情報提
供者の身柄を移送する命令が下される。しかし政情不安によ
る騒乱の続く街路には様々な障害や、さらには刑事の身柄を
要求する地元警察による妨害も待ち構えていた。しかも騒乱
の中で飛行機が駐機できる時間も限られていた。

共演は、2012年6月紹介『ウォーキング・デッド:シーズン
2』から登場のローレン・コーハンと、2012年8月紹介『ザ
・レイド』などのイコ・ウワイス。彼は本作のアクション・
コレオグラファーも務めている。
さらに初代UFC世界女子バンタム級王者で2015年『ワイル
ド・スピード SKY MISSION』などに出演ロンダ・ラウジー、
2010年2月紹介『ローラーガールズ・ダイアリー』などのカ
ルロ・アルバン、2013年4月紹介『エンド・オブ・ホワイト
ハウス』などのサム・メンディーナ。
他にK-POP 「2NE1」のリーダーだったCL。ジョン・マルコ
ヴィッチらが脇を固めている。
製作総指揮と原案は、人気テレビシリーズ『プリズン・ブレ
イク』などのグラハム・ローランド。脚本は、2013年にアメ
リカ特殊作戦部隊の道のりを描いた小説『11日間』を発表し
たリー・カーペンターと、ピーター・バーグ監督が手掛けて
いる。
監督と主演のコンビでは『ローン・サバイバー』『バーニン
グ・オーシャン』に『パトリオット・デイ』と、実録物が続
いていたものだが、本作はフィクション。それは実録という
手かせ、足かせが取れた分、正しくエンターテインメントの
感覚に溢れた作品だった。
しかもそこには実録物で培った信頼があるのだろうが、正に
最前線で取材されているような現実感に裏打ちされた物語の
展開で、お話自体はかなり破天荒なもののはずなのに、何処
かリアルで震撼とするものになっている。これが現実でもお
かしくない感じもしてしまうのだ。

アクションのバランスも良く、とにかく面白い。これがピー
ター・バーグ監督の新境地とでも言いたくなる作品だ。
公開は2019年1月18日より、東京は新宿バルト9他にて全国
ロードショウとなる。

『クマ・エロヒーム』
2016年に『阿呆の舞』という10分の短編作品を発表している
日本大学芸術学部映画学科卒業の坂田貴大監督による76分の
劇場デビュー作。
映画の巻頭には旧約聖書創世記第22章16−17節が引用され、
我が子イサクを生け贄に捧げる父親アブラハムの行動が説か
れる。そしてドラマの始りでは、ベビーバギーを押してきた
男性が、乗せていた赤ん坊の人形を海に投げ込む。そんな衝
撃的な場面から物語はスタートする。
時代は約100年後の2117年。舞台は映画の中ではあまり明確
でないが、地球以外の惑星での物語。その星では宗教団体の
力が強いらしく、住民は皆その指示に従って暮らしている。
そして主人公の夫婦は団体の指示によって選ばれたカップル
で、妊娠と出産が期待されていた。
ところが結婚から15年が経っても妻に妊娠の兆候は表れず、
夫には焦りの色が見える。そして夫は子供の出来ない原因が
自分にあると気付くが…。

主演は、2015年の高橋伴明監督『赤い玉』で主人公の相手役
を演じて話題になり、2018年5月13日題名紹介『菊とギロチ
ン』などにも出演の村上由規乃と、2017年『youth』などの
古矢航之介。いずれもインディペンデンス系映画の出演者の
ようだ。
題名はヘブライ語で、「神よ、立ちあがってください!」と
いう意味の旧約聖書詩編の言葉だそうで、宗教テーマの作品
と言えるのかな? ただし物語の展開は、宗教には批判的な
感じが受け取れるものになっている。それはキリスト教だけ
でなく、宗教全般を否定している感じだ。
一方、チラシには「SF叙事詩」という文言もあって、そう
いう志向と取れるが、SFファンの目線からするともう少し
何かが欲しくなる。でもまあタルコフスキー監督の『ストー
カー』もSFと認められているのだから、これでも良いとは
言えるものではあるが。
そんな中で最初の赤ん坊の人形の件には、1972年製作のSF
映画『赤ちゃんよ永遠に』なども思い出したが、その点も踏
まえての作品なのかな? 出産が禁じられている世界を描い
たその作品に対して本作が裏返しの設定なのも、僕には面白
く感じられた。
ただし本作では少子高齢化とされていても子供がいない訳で
はなく、状況はSF的と言えるほど切迫したものではない。
つまり状況が社会一般的なものではなく、個人レヴェルとい
うことではSFとは捉え難い。それでもSFと呼ばれたいの
なら、さらに一押し何かが欲しいと感じるものだ。
因に上記の『阿呆の舞』は、監視社会のディストピアを描い
ていたそうで、SF志向の監督であることには期待したい。

公開は12月22日より、東京は池袋シネマ・ロサにて、1週間
限定のレイトショウとなる。

この週は他に
『ねことじいちゃん』
(名古屋を拠点にイラストレーターとして活動中のねこまき
(ミューズワーク)原作のコミックエッセイを、動物写真家・
岩合光昭の初監督で映画化した作品。小さな島でひとり暮ら
しの70歳の老人と飼い猫の姿を、周囲の人たちとの交流と共
に描く。出演は主人公を落語家の立川志の輔が演じる他、柴
咲コウ、柄本佑、銀粉蝶、山中崇、葉山奨之、中村鴈治郎、
田中裕子、小林薫らが脇を固めている。老人のひとり暮らし
を心配する息子が都会に連れて行こうとしたり、島の診療所
の若い医師と、何故か老人ばかりの島にカフェを開く女性な
ど…。まあ有り体と言えばあまりに有り体な物語が展開され
る。そこには過疎問題や老人の独居なども描かれるが、問題
意識などはあまり感じられず、そんなことで良いという作品
なのだろう。ただ猫の生態を写したシーンは流石という感じ
で、それが売り物とも言える。公開は2019年2月22日より、
東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『世界でいちばん悲しいオーディション』
(BiSH BiS GANG PARADEなどのアイドルグループが所属する
音楽会社WACKが、年1回開催する合宿オーディションの
模様を記録したドキュメンタリー。その合宿では、毎朝のマ
ラソンや激辛ソースをまぶした食事の完食など、いろいろな
チャレンジで順位が付けられ、下位の者は脱落者として帰宅
が強制される。と言う展開だが、ドキュメンタリーと称する
割には、主催者へのインタヴューがトイレで排泄中に行われ
るなどやらせ感が満載で、到底真実味はない。それが狙いの
演出でもあろうが、仮に参加者が真剣に取り組んでいるので
あれば、大変失礼なものとも言える。素人を食い物にする悪
徳業界人というスタンスが主催者の本心という、これも演出
なのだろう。若い女性に無駄な夢を追わせないということで
は、これも意味がないとは言えない作品かもしれない。傍目
にはあまりにチープな作品ではあるが…。公開は2019年1月
11日より、東京はテアトル新宿でロードショウ。)

『バジュランギおじさんと、小さな迷子』“बजरंगी भाईजान”
(インド―パキスタン国境を背景に、インドで迷子になった
パキスタン人の少女を故郷に還そうとするインド人男性の姿
を描いたヒューマン・コメディ・ミュージカル。少女は言葉
が喋れず、母国から母親と共に奇跡を起こすとされる異国の
聖地にやって来る。ところがその帰路で、臨時停車の列車か
ら降りてしまった少女は異国に取り残され、国境を越えた母
親はビザ失効のため再訪もままならない。斯くしてその少女
を保護した男性は、少女を母国に還そうとするが…。聖地の
神を信じてとにかく真面目な男性の旅程には奇跡のような出
来事もあるが、様々なトラブルも生じてくる。そんな奇跡的
な旅路が描かれる。インド映画なので、隣国の描き方には多
少のとげもあるが、人民レヴェルの交流は見事に描き上げら
れる。出演は2013年2月紹介『タイガー・伝説のスパイ』な
どのサマール・カーン。公開は2019年1月18日より、東京は
新宿ピカデリー他で全国ロードショウ。)

『ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー』“Whitney”
(1992年『ボディガード』でケヴィン・コスナーと共演し、
ショウビズ界のトップに君臨するが、その20年後に薬物など
の影響で他界した歌姫の生涯を描いた遺族公認のドキュメン
タリー。監督は2008年4月紹介『敵こそ、我が友』などのケ
ヴィン・マクドナルド。本作でも様々な情報を巧みに使って
歌姫の実像を描き上げている。それにしても結末を知った上
で観るのは本当に辛いと感じる作品だ。しかし映画にはそこ
に至るまでの彼女の素晴らしいパフォーマンスも、家族所蔵
のアーカイヴ映像などでふんだんに登場して、それは宝物と
も言える。だがそれが薬物によって潰えてしまう。勿論薬物
がなくても他の事情で地位が揺らぐということはあったかも
しれないが、ここでは薬物という悪を徹底的に描く。それこ
そが本作の狙いかとも思える作品だ。そして最後のテロップ
が哀しみを倍加させる。公開は2019年1月4日より、東京は
TOHOシネマズ日比谷他で全国ロードショウ。)

『あまのがわ』
(2013年12月紹介『ノー・ヴォイス』の古新舜原作/製作/脚
本/監督/編集によるロボットテーマの作品。主人公は母親か
ら口煩く勉強を言われている高校生。そのため心を閉ざし、
自分も見失っている。そんな彼女が鹿児島県屋久島の祖母を
見舞い、そこで会話が可能なロボットと出会う。そしてその
ロボットに心を開いて行くが…。出演は哀川翔の次女で映画
初出演・初主演の福地桃子と、『仮面ライダーゴースト』の
柳喬之。他に生田智子、水野久美、杉本彩らが脇を固めてい
る。同趣向の作品では2005年4月紹介『HINOKIO』を思い出
す。しかし主人公が小学生だったその作品に対して、高校生
が主人公の本作では夾雑物が多くなり過ぎる。勿論作者はそ
の方を描きたいのでそれは構わないのだが、これではそのど
ちらもが中途半端で、特に後半のロボットの活躍が印象に残
らないのは勿体なくも感じられた。公開は2019年2月9日よ
り、東京は有楽町スバル座他で全国順次ロードショウ。)

『ひかりの歌』
(2016年7月紹介『ミリキタニの記憶』の編集などを手掛け
た杉田協士監督が、歌人の枡野浩一と共催した映画化を前提
とする短歌コンテストに応募された1200首の中から選ばれた
4篇を原作とするオムニバス作品。都内や近郊のそれぞれの
環境の中で暮らす4人の女性が、旅に出てしまう同僚や閉店
する勤務先の仲間、家族の他界や行方の判らない夫などを思
いながら暮らす姿が描かれる。俳句は最近テレビ番組などで
も目にするが短歌というのはなかなか判らなくて、印象とし
ては俵万智くらいしかなかったが、今回選ばれたという4篇
を見るとその印象とあまり変わらないようだ。元々俳句には
一瞬を切り取るような鋭さがあるが、短歌はドラマのようで
その点では映像化もしやすいだろう。ただし物語は直接短歌
を映像化したものではないが、最後にその場面になる構成は
了解できた。公開は2019年1月12日より、東京は渋谷ユーロ
スペース他で全国順次ロードショウ。)

『ともしび』“Hannah”
(2017年12月17日題名紹介『ベロニカとの記憶』などのシャ
ーロット・ランプリングが、2017年ヴェネチア国際映画祭で
主演女優賞に輝いた作品。登場するのは一人暮らしの初老の
女性。演劇のワークショップやプールにも通い、それなりの
日々の生活を送っているように見えるが、その心の空洞は見
まごうことなく描き出されている。そして息子からは孫の誕
生会への出席を拒否されたり、その空洞の謎が徐々に解き明
かされて行く。映画はランプリングの貌のアップの多用や、
決して若くはない裸身などで、正に一人芝居と言っても良い
ような構成になっている。脚本と監督は1982年イタリア出身
のアンドレア・パラオロ。1946年生まれのランプリングとは
親子より歳の離れた関係だが、見事にその内面を描き切って
いるとも言えそうだ。共演は2010年9月紹介『Ricky』など
のアンドレ・ウィルム。公開は2019年2月2日より、東京は
シネスイッチ銀座他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二