井口健二のOn the Production
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2018年11月04日(日) 第31回東京国際映画祭<コンペティション以外>

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※今回は、10月25日から11月3日まで行われていた第31回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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<ワールド・フォーカス部門>
『家族のレシピ』“Ramen Teh”
2014年10月紹介『TATSUMI マンガに革命を起こした男』など
のシンガポールの俊英エリック・クー監督が再度日本文化の
一端との関りを描いた作品。高崎で父親と共にラーメン店を
営んでいた若者が、父の死後、彼が幼い頃に亡くなった母親
のレシピを求めてシンガポールを訪れる。単民族の日本と多
民族のシンガポール。そんな国際的な視点と、何より「家族
のレシピ」が巧みに組み合わされていた。出演は斎藤工。他
に松田聖子、伊原剛志、別所哲也。シンガポール側はマーク
・リー、ジネット・アウらが脇を固めている。

『それぞれの道のり』“Lakbayan”
フィリピン映画生誕100周年を記念した同国で巨匠とされる
ブリランテ・メンドーサ、ラヴ・ディアス、キドラット・タ
ヒミック各監督によるオムニバス作品。中ではメンドーサ監
督の作品が社会性のあるメッセージも含めて一番面白かった
かな。ディアス監督の作品はファンタスティックではあった
が、何が言いたいのか良く判らなかった。そしてタヒミック
監督の作品は家族旅行のドキュメンタリーだが、これではた
だのファミリーヴィデオの感覚で、凡庸という感じがした。
まあメンドーサ作品を観るだけで価値はあったが。

『カーマイン・ストリート・ギター』
              “Carmine Street Guitars”
ニューヨークの下町で手作りのギターを商う母親と息子と、
それにその弟子を追ったドキュメンタリー。その店には著名
なギタリストも訪れ、様々な演奏も聴かせてもくれる。その
一方でギターの材料となる樹木が失われている現状や、その
補填として壊される家屋の廃材を調達する話など、中々興味
深い話題も登場する。ただし映画のテーマは純粋に音楽で、
これが映画ファンにどうアピールできるものか。まあ顧客の
中にはジム・ジャームッシュ監督がいたりして、この辺は映
画ファンとしてニヤリとしたが。

『十年』“Ten Years Thailand”
2017年5月紹介の香港版と、2018年9月紹介の日本版に続く
タイ国版。本作は4作品で構成される。因に本作では個々の
題名は示されなかったが、日本版の試写会で配布された資料
に仮題が紹介されていた。
そこに記載の概要と本作とを重ね合わせると、
1本目は「夕日/SUNSET」。軍隊による検閲が横行する時代
背景で、日常を写した写真展がその査察に遭い、つまらぬ言
い掛かりから自主規制を余儀なくされる。
2本目は「キャットピア/CATOPIA」。 主人公は普通に暮ら
しているように見える若者だが、彼のいる世界は猫が支配し
ており、人間は排斥の対象だった。
3本目は「プラネタリウム/PLANETARIUM」。 全体主義的な
体制の世界で若者たちは規律に縛られている。しかしその世
界の真の目的は他にあるようだ。
4本目は「都市の歌/SONG OF THE CITY」。街の中の広場に
建つ軍人の銅像の周辺で公園の整備工事が進んでおり、その
周囲では日常の営みが続いている。
前半の2本にはそれなりの問題意識も感じられ、ドラマ的に
も成立していたが、後の2本は何が言いたいのか理解できな
かった。タイ国民が観ればいろいろ考えるところがあるのか
もしれないが。
この後には台湾版もあるようだが、どうなることか。

『プロジェクト・グーテンベルク』“無雙”
チョウ・ユンファとアーロン・クォックのW主演で、贋金造
りの国際犯罪組織を描いたアクション作品。贋金造りでアク
ションとはいかなるものかと思ったが、これが実に巧みな物
語になっている。さらに各種の仕掛けも満載で、謎解きも見
事。さすがに娯楽映画大国の香港作品と思わされた。脚本と
監督は『インファナル・アフェア』シリーズの脚本を手掛け
たフェリックス・チョン。上映時間2時間10分の大作だが、
主演2人の日本での人気もあるし、これは是非とも一般公開
して欲しい作品だ。

『ノン・フィクション』“Doubles vies”
書籍編集者と小説家の関係を描いたフランス作品。ベストセ
ラー作家の新作を巡って、物語のモデルにされた人物や不倫
の恋愛関係。さらにはその出版に疑義を感じる編集者などが
入り乱れる。ジュリエット・ビノシュ、ギョーム・カネらの
共演で、監督はオリヴィエ・アサイヤス。電子出版の話や現
代の出版界を取り巻く状況なども描かれるが、全体的に何か
バランスが悪く、印象に残ったのは壮大な痴話げんかという
感触だった。ヴェネチア映画祭のコンペ出品作品とのことだ
が、受賞は逃したようだ。

<アジアの未来部門>
『武術の孤児』“武林孤儿”
1990年代の中国内陸部で、伝統ある武術学校に国語教師とし
てやって来た主人公を巡る物語。武術の鍛錬が最優先の学校
では武術以外の科目は有名無実で、その現実には馴れた主人
公だったが、そこに武術を好まない生徒がいたことから…。
映画祭では国際交流基金特別賞を受賞した作品だが、主人公
は特に学校の歪んだ状況を正そうとするものでもなく、単純
に現状を容認してしまう結論は、僕には納得できなかった。
ブルース・リーやジャッキー・チェン、ジェット・リーらの
名前が登場するのが審査員の好みだったのかな。

『ミス・ペク』“미쓰백”
実の親による我が子の虐待問題を扱った韓国映画。主人公の
女性は自身が母親から虐待を受けた記憶を持ち、そんな女性
が虐待の現場を目撃したことから、身を挺して被害に遭って
いた子供を救済しようとする。しかしそれは犯罪行為に抵触
する事態になって行くが…。そこにそれまで主人公を護って
きた刑事なども絡んで、事態は大事になってしまう。物語は
実話に基づくとされるが、虐待の有無を検証する謎解きなど
実に巧みな展開の作品で、さすがに韓国映画の実力発揮とい
う感じもする作品だった。

『冷たい汗』“عرق سگی”
女子フットサル・イラン代表チームの主将も務める女性が、
マレーシアで行われる決勝大会に出場するため空港に向かう
が、そこで夫が妻の出国を認める書類にサインしていないと
いう事態に直面する。そこから夫のサインを得るための奮闘
が始まるが…。イスラム国家の男尊女卑が克明に描かれた作
品で、このような作品の製作が認められたことにも驚くが。
逆にこれなら映画化しても良いと考える体制側にも慄然とし
た。同様の男尊女卑を描いた作品では、2007年5月紹介『オ
フサイド・ガールズ』も思い出した。

<CROSSCUT ASIA部門>
『音楽とともに生きて』“In the Life of Music”
1968年、1976年、2007年の3つの時代のカンボジアの姿を、
1つの歌で繋いで描いた作品。それぞれの時代がビスタサイ
ズ、スタンダード、ワイド画面+スタンダードのホームヴィ
デオといった具合に描き分けられ、民主カンプチアによる正
しく人類史上最悪と言える残虐な時代を描き切っている。実
はプレス試写の会場からは数人が途中退室したが、それくら
いの残虐さが描かれていた。第27回の映画祭<アジアの未来
部門>で上映された『遺されたフィルム』も思い出すが、こ
れは人類として決して忘れてはいけないものだ。

『BNK48: Girls Don't Cry』
         “บีเอ็นเคโฟร์ตีเอต: เกิร์ลดอนต์คราย”
2017年にタイ・バンコクで結成されたAKB48の姉妹グル
ープ。その日本人を含む第1期生30人へのインタヴューを通
じて、彼女たちの約1年半の足跡が描かれる。そこにはシン
グル発表ごとに行われる「選抜」の様子などもあり、選ばれ
た者、落ちた者のドラマも展開される。以前には2012年1月
紹介の作品などAKBのドキュメンタリーを観たこともある
が、若い素人の女性がプロの育って行く過程が本作にも描か
れていたかな? 正直にはそこまでにも至っていない感じも
したが、それなりの頑張りの様子などは、彼女たちのファン
には贈り物と言えそうな作品だ。

『悪魔の季節』“Ang Panahon ng Halimaw”
2017年8月6日題名紹介『立ち去った女』のラヴ・ディアス
監督による上映時間2時間56分、しかも台詞はアカペラのロ
ックオペラという怪作。マルコス政権が実施した民兵組織に
よる弾圧が横行した時代。南部の辺境地で診療所を開設した
女医が行方不明となる。物語は実話に基づくとされており、
これも負の遺産と言える。ただし映画の形態は、単調な音楽
と歌詞が繰り返されて悪戯に時間を延ばしているようにも感
じられたが、繰り返し聞かされた音楽が暫らく耳を離れず、
その強烈な印象は残るものだった。
        *         *
 以上、各部門の作品では今回は12本を鑑賞した。
 コンペ部門の解説でも書いたが、今年は昨年まで実施され
た事前試写が行われず。例年その段階でコンペ作品の半数近
くが観られたので、会期中は他の部門を多数観ることができ
たが、今回はそれが叶わなかった。
 また今回は、試写上映のネットでの予約も廃止され、この
ため注目作品はかなり早くから会場近くに待機せざる得ず。
これも本数が減る原因となった。しかもこの待機列の形成に
関しては、多少のトラブルも発生した。
 映画祭の運営方針など、いろいろあるのだろうが、僕らは
できるだけ多くの作品を鑑賞したいと思っているので、その
点の配慮はお願いしたいものだ。


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井口健二