井口健二のOn the Production
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2018年10月28日(日) かぞくわり、デイアンドナイト(ムトゥ、マダムのおかしな晩餐会、ヴィヴィアン・W、猫カフェ、ボヘミアン・ラプソディ、共犯者たち)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『かぞくわり』
2018年4月紹介『審判』で製作を務めた奈良県在住塩崎祥平
監督が、折口信夫の小説「死者の書」にインスパイアされた
自らの脚本で、日本の家族のあり方を描いた作品。
主人公は38歳にして定職にも就かず、両親と共に実家暮らし
を続けてきた女性。彼女の幼い頃の夢は画家になることで、
それなりの才能も発揮していたが。その夢は叶わず、そんな
ことが彼女の人生も狂わしてしまったようだ。
その実家に、著名人に嫁いでいた実妹が思春期の娘を連れて
出戻ってくる。その妹は自分と娘の居場所を確保するため、
家中の家財などを始末し始めるが…。その引き取りに謎めい
た男性が現れる。
そして主人公は、街でその男性と再会し、彼に導かれるまま
謎の地下社会に迷い込み、そこで絵画の情熱を再燃させる。
しかしそこでは何やら謀議が進められており、しかもそれに
妹の娘も巻き込まれてしまう。
舞台となっている土地には、「死者の書」に描かれた中将姫
が一夜にして織上げたとされる「当麻曼荼羅」を祀る寺院が
実在し、非業の死を遂げた大津皇子との関係を語る伝説も残
されている。
そんな背景の中で、一度はバラバラになってしまった家族の
再生が描かれる。

出演は「宝塚歌劇団」元宙組トップ娘役で本作が映画初主演
となる陽月華。他に舞台俳優の石井由多加、2017年2月26日
題名紹介『破裏拳ポリマー』などの佃井皆美、テレビシリー
ズ『シグナル』などの木下彩音。さらに竹下景子、小日向文
世らが脇を固めている。
基となる「死者の書」は、2006年川本喜八郎監督による人形
アニメーション映画化でも知られており、実は塩崎監督はそ
の作品の海外セールスに関っていたとのこと。本作はそんな
経緯もあっての作品のようだ。
しかし本作で塩崎監督が元来描きたかったのは家族の再生物
語であり、そこに「死者の書」が上手く織り込まれたかどう
か。正直にはその辺があまりしっくりとはいっていないよう
に感じた。
監督は社会性を持たせたかったのかもしれないが、いくつか
織り込まれるエピソードが中途半端な扱いでは、却って真に
語りたい物語への流れを阻害しているようにも感じられ、そ
れらは無くても良いのではないかとさえ思える。
ただ僕個人の意見としては、クライマックスの壮大な景観も
含め、ファンタシーとしての描き方にはそれなりの見所も感
じたもので。それならもっと「死者の書」の方に重心を置い
て描いても良かったのではないか。
特に途中で訪れる山里の風景などは、もっと深く描き込んで
欲しかったところで、それこそが大津皇子の想いとして捉え
ても良かったのではないか、とも思ったものだ。そんな観点
での再挑戦も期待したくなった。
なおその際にはビスタではなく、シネマスコープでその映像
が見たい。

公開は2019年1月19日より、東京は有楽町スバル座他にて、
全国順次ロードショウとなる。

『デイアンドナイト』
2018年3月紹介『50回目のファーストキス』などの俳優・
山田孝之が初めてプロデューサーに専念し、同じ事務所に所
属する俳優・阿部進之介の原案を映画化した作品。
主人公は父親の自殺で生家に帰ってくる。その父親は、大手
企業の不正を内部告発したが返討に遭い、それで自死に追い
込まれたようだ。そして母親と妹との家族関係は崩壊寸前の
状態だった。
そんな主人公に1人の男が声を掛けてくる。その男は私設の
児童養護施設のオーナーだったが、生前の父親がその施設を
手伝っていたと言い、主人公にもその後を継がないかと持ち
掛ける。
こうして昼は養護施設で調理などの手伝いをするようになる
主人公だったが、実はそのオーナーの夜には、別の顔が隠さ
れていた。そして「子どもたちを生かすためなら犯罪も厭わ
ない」という考えに傾注して行く主人公だったが…。
始りには2018年5月13日題名紹介『空飛ぶタイヤ』のような
雰囲気もあり、同作のご都合主義的な展開が気になっていた
僕にはそのリアル版かとの期待もしたが。本作の物語にはそ
れどころではない、とんでもないリアルが隠されていた。

出演は、阿部進之介が主人公を演じ、他に安藤政信、清原果
耶、小西真奈美、佐津川愛美、渡辺裕之、室井滋、田中哲司
らが脇を固めている。
監督は2018年9月紹介『青の帰り道』などの藤井直人。脚本
は、藤井監督と彼の盟友である小寺和久、それにプロデュー
サーの山田孝之によって作られている。
「清濁併せ呑む」という言葉は、大人には美徳のように語る
人もいるものだが、本当にそれで良いのかと問いかけるよう
な作品。これがリアル(現実)と捉えるのも良いし、これが
リアルではいけないと考えるのも良い作品だ。
なお山田はプロデューサーに専念することに関して、「俳優
が演技しやすい環境を整えることに腐心した」と語っている
ようだが、撮影現場に山田がいること自体がプレッシャーに
はならなかったのかな。俳優は皆良い演技をしている。
上記の3月紹介作でも感じたが、これが山田効果とも言えそ
うな作品だ。俳優たちは山田の人脈のようにも感じるが、良
い顔触れが揃っている。これが今の日本映画の実力と言える
感じもする作品だ。

公開は、2019年1月19日からロケ地である秋田県先行上映の
後、26日より東京はシネマート新宿他で全国ロードショウと
なる。

この週は他に
『ムトゥ 踊るマハラジャ』“முத்து”
(1998年に日本公開されて、社会現象と言われるまでになっ
たインド映画が、4K&5.1chのディジタルリマスターで再
公開される。物語は、大地主の屋敷で働く使用人のムトゥと
彼が仕える旦那様との関係を描いたもの。旦那様は婚約者を
押し付けられているものの女性に興味はなかった。ところが
ある日、ムトゥと訪れた芝居小屋で主演女優が好きになる。
しかし彼女の方はムトゥが好きになってしまい…。後半は謎
の行者の登場など、正しく大騒ぎの物語が華やかな歌と踊り
と共に綴られる。出演は2012年3月紹介『ロボット」などの
ラジニカーント。音楽を2018年5月27日題名紹介『英国総督
最後の家』などのインド映画の巨匠A・R・ラフマーンが担
当している。今観ると見慣れた感も生じるが、CGIではな
い群衆シーンなど、当時は間違いなく驚嘆した作品だ。公開
は11月23日より、東京は新宿ピカデリー他で全国順次ロード
ショウ。)

『マダムのおかしな晩餐会』“Madame”
(2018年10月紹介『ヘレディタリー』などのトニ・コレット
と、2014年9月紹介『コングレス未来会議』などのハーヴェ
イ・カイテル、それに2016年8月28日題名紹介『ジュリエッ
タ』などのロッシ・デ・パルマ共演で、パリに暮らすアメリ
カ人夫婦とその家のメイドを巡る物語。女主人が晩餐会を開
催するが、その人数が不吉な13人になってしまい。メイドに
客の振りが命じられる。ところが酒を飲んだメイドは愛嬌を
振り撒き、一家の命運を握る男性が彼女に恋をしてしまう。
果たしてその結末は…。スノッブな夫妻の姿と、艶笑コメデ
ィとも言える展開の作品。原作と脚本、監督はパリ生まれだ
が現在はロサンゼルスに居住するアマンダ・ステール。長編
監督は2作目のようだが、ベテランの俳優たちの共演で安心
して観ていられる作品になっている。特にデ・パルマの話す
パーティジョークは見事だった。公開は11月30日より、東京
はTOHOシネマズシャンテ他で全国順次ロードショウ。)

『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』
          “Westwood: Punk, Icon, Activist”
(パンクバンド=セックス・ピストルズのプロデューサーと
しても知られるイギリスのファッションデザイナーを追った
ドキュメンタリー。と言ってもバンドとの関係に関しては本
人が多くは語らない。しかしバンドと共に前衛的なパンクの
スタイルを流行させたのは彼女自身であり、特にそこからの
変遷が明確に語られないと、僕には本作の意図が判らなくな
った。しかも作品では時系列がやたらと前後し、それはこの
分野に詳しい人にはこれで良いのかも知れないが、部外者の
目からは混乱してしまう部分も多かった。でもまあ、それで
も彼女の凄さは伝わってくるのかな。ましてや環境保護との
関係などが語られると、これはもう認めるしかない作品にも
なってくる。それにしてもこんなに行動力のあるデザイナー
も少ないのではないかな。その方向性が全て正しいものかど
うかは判らないが。公開は12月28日より、東京は角川シネマ
有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『猫カフェ』
(秋葉原に実在する猫カフェを舞台に、そこに集う人たちの
様々なエピソードを描いた4篇の短編からなる作品。それぞ
れのお話はグループの中で人気の延びないアイドルに、痴呆
の老母を介護する女性。娘に会えない離婚した父親と、生徒
に自殺された教師といった具合で、それなりに現代を反映し
てはいる。ただ上映時間が短いせいかそれぞれの話はさほど
深く描かれたものではなく、物足りなさが募るかな。でもま
あこんな風に総花的に描くのも意味がない訳ではないかもし
れない。出演は人気声優の久保ユリカが実写映画初主演。他
にグラビアモデルの小倉優香、さらに宮下順子らが脇を固め
ている。監督は2014年『怖すぎる話 劇場版』の沖田光。エ
ンドクレジットによると、製作には東京MXテレビが加わっ
ていたようで、連続シリーズでもっと多くのエピソードを描
いたら、それなりのものも出てくるかな。公開は12月1日よ
り、東京はシネ・リーブル池袋他で全国ロードショウ。)

『ボヘミアン・ラプソディ』“Bohemian Rhapsody”
(イギリスのロックバンド=クイーンでリードヴォーカルを
務めたフレディ・マーキュリーの姿を追ったドラマ作品。歌
手の生涯は著名であり、特にその結末は僕らでも知っている
ものだが、2012年11月紹介『クイーン ハンガリアン・ラプ
ソディ』に感動した者としては、それがどのようにドラマ化
されるかに興味があった。そしてそれは、コンサート自体は
違うものの正に力技で組み伏せられるような、圧倒的な迫力
で再現されていた。出演は2012年12月紹介『ザ・マスター』
などのラミ・マレックと、2007年6月紹介『ミス・ポター』
などのルーシー・ボイントン。他に、『POTC』のトム・
ホランダー、『シュレック』のマイク・マイヤーズらが脇を
固めている。監督は『X−メン』シリーズなどのブライアン
・シンガー。なお製作にはクイーンのブライアン・メイとロ
ジャー・テイラーも関っており、劇中の歌唱は全てフレディ
本人のものだ。公開は11月9日より、全国ロードショウ。)

『共犯者たち』“공범자들”
(李明博と朴槿恵政権による約9年間にわたる言論弾圧を描
いた韓国製ドキュメンタリー。2008年、狂牛病問題などで国
民の支持を失いかけた李政権はメディアへの介入を開始。公
共放送局のKBSとMBCでは政権に批判的な経営陣が排除
され、記者たちは非制作部門へと追いやられた。これに対し
て労働組合はストライキで対抗するも、政権が送り込んだ経
営陣は解雇や懲戒処分を繰り返し、検察も容赦なくストを弾
圧する。そんな事態を招いた「主犯」と権力に迎合した業界
内の「共犯者たち」にカメラを向け、事件の構造が明らかに
される。と言っても、事件は進行中の部分もあり、部外者に
は少し判り難いかな。まあ韓国国民にはこれで充分なのだろ
うけど…。公開は12月1日より、東京はポレポレ東中野他で
全国順次ロードショウ。なお2018年7月紹介『1987』にも描
かれたスパイ捏造事件を扱った『スパイネーション/自白』
という作品も同時上映される。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。
        *         *
 なお今週は、東京国際映画祭が行われていますが、そこで
の作品については、映画祭の閉幕後に纏めて紹介することに
します。


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井口健二