井口健二のOn the Production
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2018年08月12日(日) テルマ(運命は踊る、Workers、プーと大人になった僕、エンジェル、銃、カスリコ、スカイスクレイパー、クワイエット・プレイス)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『テルマ』“Thelma”
2016年10月紹介『母の残像』に続く、ノルウェーの俊英ヨア
キム・トリアー監督による2017年の作品。本作は世界各地の
批評家協会で最優秀外国語映画賞に選ばれている。
物語の始まりは都会の大学。1人の女子学生が痙攣の発作で
倒れるが、医学的には何の疾患もないと診断される。しかし
彼女が倒れると同時に、キャンパスの上空を飛ぶ鳥の群れに
変調が生じていた。
それでも、最初は孤独だった彼女にも友達ができ、カフェや
ダンスに青春を謳歌するが、彼女は宗教上の理由で酒を口に
したことがないなどの生い立ちも判明する。そして彼女は、
診察した医師に両親に報告しないことを頼んでいた。
そんな彼女の両親は、田舎で開業医の父親と足が不自由で車
椅子生活の母親だったが。彼女の下宿を訪ねてきた両親は、
必要以上に彼女の行動を心配しているようにも見える。それ
でも彼女は気丈に振舞っていた。
ところが症状が繰り返し、MRI診断でも異常はなく、遂に
脳波計で精神的な負荷をかけた検査が行われることになる。
そしてその検査が佳境になった時、恐れていた事件が発生す
る。

出演は、2018年のベルリン国際映画祭でShooting Star賞を
受賞したエイリ・ハーボー。他にカヤ・ウィルキンス、ヘン
リク・ラファエルソン、2012年1月紹介『孤島の王』に出演
のエレン・ドリト・ピーターセンらが脇を固めている。
脚本は、ヨアキムと『母の残像』も手掛けたエスキル・フォ
クトの共同で執筆されている。因にフォクトは、2014年の脚
本監督作品『ブラインド 視線のエロス』でもピーターセン
とラファエルソンに夫婦を演じさせている。
学園が舞台であるなどの設定には、2013年10月にリメイク版
を紹介したスティーヴン・キング原作『キャリー』を思い出
させる。特に宗教によってそれを封じようとするなどの親側
の意向は、正に流れを踏襲しようとしているようだ。
しかしノルウェーの俊英たちはそこからの展開を全く別の方
向に向ける。それは科学的な検査の様子であったり、両親へ
の想いであったり。そして主人公自身の目覚めに向けての展
開が観客の心にも沁みるものになって行く。
それにしても、巻頭の描写が後で深い意味を持つなど、物語
の構成にも様々な趣向が凝らされており、それは巧みと言え
る作品だった。ヨアキム・トリアー×エスキル・フォクトの
コンビには、これからも期待を寄せるものだ。

公開は10月20日より、東京はYEBISU GARDEN CINEMA、ヒュー
マントラストシネマ有楽町他にて、全国順次ロードショウと
なる。

この週は他に
『運命は踊る』“Foxtrot/פוֹקְסטְרוֹט”
(運命の皮肉を描いたイスラエル映画。2017年のヴェネチア
国際映画祭で審査員賞など3冠を獲得した作品。中年夫婦の
許に息子の戦死報が届き、混乱した中で手続きが進む内、そ
れが誤報であったことが判明する。そして場面は砂漠の検問
所で、退屈な毎日を送る息子の姿に移るが…。脚本と監督は
2009年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞のサミュエル・
マオス。出演は前回題名紹介『嘘はフィクサーのはじまり』
などのリオル・アシュケナージと、2008年1月紹介『ジェリ
ーフィッシュ』などのサラ・アドラー。前半は戦死の報に取
り乱す夫婦の様子や、それらに対する軍関係者の対応などが
克明に綴られ、それは冷酷とも戯画化とも取れる。それが一
転、息子が送る日々の様子にはシュールな雰囲気すら漂い、
何とも不思議な感覚の作品だ。これがイスラエルという国の
反映でもあるのだろうか。公開は9月29日より、東京は新宿
武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『Workers 被災地に起つ』
(労働者の協同組合(NPOワーカーズコープ)の活動を描
いたドキュメンタリー。この組合の理念は、「働くこと」を
通じて人と人とのつながりを取り戻し、コミュニティの再生
を目指す、とするもの。その活動は2013年公開『Workers』
でも紹介されたようだ。そして本作では、その組合が3・11
の後で何を為しえたかが描かれる。僕は前作を観ておらず、
この団体自体も不知だったので正直驚かされた。それは原始
共産主義にも通じるが、ある種の理想郷と言えるもの。その
活動が、働く場所もなく高齢者ばかりが残った東北の被災地
で展開される。具体的には岩手県大槌、宮城県気仙沼などで
の老人や障害児との共生に始まり、宮城県登米では林業の再
生や炭焼きの復活などにも繋がる。理想論かもしれないが、
国の全体が過疎や高齢化の時代に、これが日本の進むべき道
とも思わされた。公開は10月20日より、東京はポレポレ東中
野他で全国順次ロードショウ。)

『プーと大人になった僕』“Christopher Robin”
(1926年に発表されたA・A・ミルン原作から、1960年代に
はディズニーのアニメーションでも人気を博したヌイグルミ
が主人公の児童文学を基に、その持ち主だった少年が大人に
なった世界を実写で描いたディズニー作品。成長してプーた
ちの住む森に別れを告げた少年は家庭を持ち、家族を守る仕
事人間になっていたが…。出演はユアン・マクレガー。監督
は2013年7月紹介『ワールド・ウォーZ』などのマーク・フ
ォースターが担当した。同旨の作品では2010年『トイ・スト
ーリー3』が先にあるが、本作では少年の年回りなどの関係
で時代設定が限定され、欧米人にはノスタルジーに感じるで
あろう世界が展開する。その辺が僕には少し辛かったかな。
でもまあプーが中心の世界はそのままだし、物語も原作者が
書いたらこうなったであろうと思える展開で、それは日本人
のファンにも受け入れられるものだ。公開は9月14日より、
東京はTOHOシネマズ日比谷他で全国ロードショウ。)

『エンジェル、見えない恋人』“Mon ange”
(透明人間の少年と視覚障碍者の少女という究極のカップル
を描いた恋愛映画。パートナーの失踪で絶望の淵に沈み、精
神病院に収容された女性が密かに出産した子供は透明人間だ
った。そして世間とは隔絶して育てられた少年はある日、窓
から見える家に住む少女に目を留める。その少女は盲目で、
少年は自らの秘密を知られないまま2人は恋に落ちるが、少
女に視力を取り戻すチャンスが訪れる。そして数年後、視力
を得た少女が家に戻ってくるが…。脚本と監督は、ベルギー
出身で俳優としても活躍するハリー・クレフェンが手掛け、
製作は2016年公開『神様メール』などのジャコ・ヴァン・ド
ルマルが担当した。殆んど1アイデアの作品で、捻りと言え
るのは途中で少女が視力を得るという程度だが、そんな物語
を誠実に描いているのは評価できる。公開は10月13日より、
東京はヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他で
全国順次ロードショウ。)

『銃』
(2017年11月26日題名紹介『悪と仮面のルール』などの中村
文則の原作を、2017年10月8日題名紹介『嘘八百』などの武
正晴脚色、監督で映画化。ふとしたことで実弾入りの拳銃を
手に入れた若者が、その魔力に取り憑かれたかように自らの
存在を意識し、女性たちと出会い振る舞いも変わって行く。
しかしそこに刑事が現れ…。出演は村上虹郎、広瀬アリス、
モデル出身の日南響子。他に岡山天音、サヘル・ローズ、リ
リー・フランキーらが脇を固めている。拳銃がリボルバーだ
と通常6発込められる銃弾の数が気になるが、本作では発射
される数は4発、それに2発が残される。これで計6発は話
が矛盾するが、最後に発射される2発にはいろいろ考えられ
るところもあり、矛盾は解消できる。ただ最初に弾倉を開け
たときにフル装填に見えた感じがし、それと最後に弾倉に残
された1発との関連が気になったところだ。公開は11月17日
より、東京はテアトル新宿他で全国ロードショウ。)

『カスリコ』
(日本シナリオ作家協会選出の新人シナリオコンクールで、
2016年度の大伴昌司賞準佳作を受賞した國吉卓爾の脚本を、
殺陣師、映画監督の高瀬将嗣が映画化した作品。昭和40年代
の高知を舞台に、良い腕を持ちながら賭博で身を持ち崩した
板前が、カスリコと呼ばれる賭場の下働きとなり、賭場の常
連客など様々な人たちとの交流を通じて立ち直って行く姿を
描く。とは言っても違法賭博の話であり、さらにそこに時代
背景に基づく陰も落ちてくる。出演は石橋保、宅麻伸。他に
高橋長英、小市慢太郎、中村育二らが脇を固めている。昭和
40年代の後半は僕も大学生で、知人の作家などから違法賭博
の話を聞いたこともあるが、本作にはそんな時代が丁寧に描
かれている。それは作者たちの憧れだったのかもしれない。
そんな反社会的ではあるが日本文化の一端が、記録として再
現されているとも言える作品だ。公開は11月3日より、高知
あたご劇場を皮切りに全国順次ロードショウ。)

『スカイスクレイパー』“Skyscraper”
(香港に新築された高さ1000mの超高層ビルを舞台に、好漢
ドウェイン・ジョンスン演じる片足義足の元FBI人質救出
員が、燃え盛る上層階に取り残された家族救出のため、火災
を起こした犯罪集団と闘いを繰り広げる。超高層の火災とい
うと1974年『タワーリング・インフェルノ』を思い出すが、
時代も変わると原因や結果も変わってくる。特に本作では、
こんな事件を引き起こす犯罪集団の動機も気になるが、その
辺が納得できるように描かれていた。そしてアクションも、
いやはやこれは凄いと言えるものになっている。勿論、それ
は無理だろうという展開も満載だが、それを楽しむのが本作
だと言える作品だ。共演は2011年9月紹介『スクリーム4』
などのネーヴ・キャンベル。他に、2017年4月紹介『ゴース
ト・イン・ザ・シェル』などのチン・ハン、2015年1月紹介
『プリデスティネーション』などのノア・テイラーらが脇を
固めている。公開は9月21日より、全国ロードショウ。)

『クワイエット・プレイス』“A Quiet Place”
(2014年6月紹介『ALL YOU NEED IS KILL』などのエミリー
・ブラントが、夫のジョン・クラシンスキー脚本、監督で、
さらに夫婦共演も果たしたSFサスペンス。設定は音に反応
する何かによって人類が滅亡に瀕している世界。そんな中で
その夫婦と子供たちは通路に砂を敷くことで足音も立てない
ようにした場所で暮らしていた。しかし様々な出来事が徐々
に彼らを追い詰めて行く。上記の『エンジェル』と共に本作
も1アイデアの作品だが、両作共に詰めの甘さを感じる。特
に本作では、聴覚は鋭敏でも盲目の敵に対して、単純なブー
ビートラップも含めて、打つ手が何もないとは思えない。で
もまあそんなことは思いつつも、ハラハラドキドキはしてし
まう作品だ。共演は2018年1月紹介『ワンダーストラック』
のミリセント・シモンズと、4月題名紹介『サバービコン』
のノア・ジュプ。公開は9月28日より、東京はTOHOシネマズ
日比谷他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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