井口健二のOn the Production
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2018年07月15日(日) 1987(世界が愛した料理人、ボルグ、青夏、ダウンレンジ、いのちの、顔たち、リグレッション、太陽の、判決、オズランド、チューリップ)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『1987、ある闘いの真実』“1987”
1987年、全斗煥軍事政権下での民主化運動。その流れを大き
く動かした事件の全容を事実に基づいて描いた作品。
2007年10月紹介『ユゴ|大統領有故』で描かれた1979年の朴
正煕暗殺以降、軍事政権を継承した全斗煥は「防共」の名の
許に政敵への弾圧を強める。それに対しソウルでは学生運動
が民衆も巻き込んだ闘争へと発展する。
そんな中、防共機関の施設内でソウル大生の拷問死が発生。
それを隠蔽しようとする防共機関と、政府発表に疑問を持ち
調査を続行するソウル地検検事。さらに大統領令に反して真
実を掴もうとする報道機関が動き出す。
一方、民主化運動の象徴ともされる金泳三は北に通じたとい
う名目で防共機関からは国賊とされ、追及を逃れてソウルの
寺院に匿われていた。そんな彼の許に、同様の罪状で収監さ
れたジャーナリストからの記事が届く。
その記事の発表に至る経緯が、防共機関の施設に始まり、大
学の構内、ソウル地方検察庁、新聞社の編集部、さらに刑務
所内や寺院の境内など、様々な地点での緊迫のドラマで展開
される。

出演は、2011年5月紹介『チョン・ウチ』などのキム・ユン
ソクと、2017年2月26日題名紹介『トンネル』などのハ・ジ
ョンウ。他にソル・ギョング、ユ・ヘジンなど、主役級の顔
触れが並ぶ。
さらに2017年2月5日題名紹介『お嬢さん』などのキム・テ
リ、2017年7月紹介『隠された時間』などのカン・ドンウォ
ンらの若手も出演。脚本と監督は2014年『ファイ悪魔に育て
られた少年』などのチャン・ジュヌァンが手掛けた。
1970年生まれのジュヌァン監督は当時の運動に参加していた
とのこと。また主演のキム・ユンソクは、拷問死したソウル
大生と同じ高校の2年後輩だそうで、そんな思いが込められ
た作品のようだ。
しかし監督からシナリオを見せられたユンソクは、「映画が
公開されたら自分や監督の身に危険が及ぶ可能性がある」と
も思ったそうで、それでも主演を快諾したという映画に賭け
る信念も感じられる作品だ。
一方、1990年生まれのキム・テリは、当初は「デモで世の中
が変わるものだろうか?」と懐疑的だったそうだが。韓国の
政治変革にはよく登場するロウソク集会に自ら参加して、そ
の心情の理解に努めたそうだ。
2020年の東京オリンピックを2年後に控えて、軍事政権とは
言わなくても次々に強権を発動し、その官邸発表に追随ばか
りのマスコミなど、これを他山の石として良いのかとも思わ
せる状況が描かれる。

公開は9月8日より、東京はシネマート新宿他にて全国順次
ロードショウとなる。

この週は他に
『世界が愛した料理人』“Soul”
(ミシュランの三ツ星をスペイン史上最年少で獲得したとい
う料理人エネコ・アチャが、食の魂を知るために日本の料理
人を訪ねるスペイン製作のドキュメンタリー。登場するのは
東京銀座・京料理「壬生」の石田廣義、登美子夫妻。六本木
「日本料理 龍吟」の山本征治。そして「すきやばし次郎」
の小野二郎。この他、ジョエル・ロブションや服部幸應らが
和食についての解説をしてくれる。作品の中心となるアチャ
は2017年に六本木で「エネコ東京」をオープンさせており、
本作はそれも踏まえての和食探訪なのかな。ただし作品は、
当初“Fusion”の題名で制作されていたようで、それが現題
名になったのはそれなりの想いの変化も考えられそうだ。海
外製作の和食ドキュメンタリーでは、2012年12月紹介『次郎
は鮨の夢を見る』もあったが、日本人には少しこそばゆいか
な、そんな思いもする作品だ。公開は9月22日より、東京は
YEBISU GARDEN CINEMA他で全国順次ロードショウ。)

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』
                   “Borg McEnroe”
(2014年公開『ストックホルムでワルツを』などのスベリル
・グドナソンと、2013年8月紹介『ランナウェイ/逃亡者』
などのシャイア・ラブーフ共演で、1980年、ウィンブルドン
決勝戦での熱戦を再現した実話に基づくドラマ作品。端正な
風貌と沈着冷静さで「氷の男」と呼ばれたビョルン・ボルグ
は20世紀初の5連覇に挑戦する。それに対するのは、不利な
判定に悪態をつくなど「悪童」の異名を持つジョン・マッケ
ンロー。この水と油のような2人が熱戦を繰り広げる。共演
は、2018年2月11日題名紹介『男と女、モントーク岬で』な
どのステラン・スカルスガルドと、2017年10月1日題名紹介
『ヒトラーに屈しなかった国王』などのツバ・ノボトニー。
また若き日のボルグを実子のレオが演じている。歴史的名勝
負の再現だが、映画ではそこに至る両者の心理なども克明に
描き、映画の醍醐味を感じさせる作品だ。公開は8月31日よ
り、東京はTOHOシネマズ日比谷他で全国ロードショウ。)

『青夏 きみに恋した30日』
(2018年2月11日題名紹介『ラーメン食いてぇ!』などの葵
わかなと、2015年公開『くちびるに歌を』などの佐野勇斗共
演で、南波あつこ原作、講談社「別冊フレンド」連載コミッ
クの映画化。親の都合で夏休みに1人で田舎に住む祖母の家
にやって来た都会育ちの女子高生が、家業を継ぐ決意の一見
クールだが心優しい男子高校生と出会い、夏休み限定の恋を
体験する。過疎の進む田舎町に未来はあるのか、そんなテー
マも内に込めつつ、定番と言えば定番の青春ドラマが展開さ
れる。共演は、2018年6月10日題名紹介『きらきら眼鏡』な
どの古畑星夏と、2017年7月紹介『宇宙戦隊キュウレンジャ
ー』などの岐洲匠。他に白川和子、橋本じゅんらが脇を固め
ている。脚本は、2017年12月3日題名紹介『プリンシパル』
などの持地佑季子。監督は、2017年3月紹介『ReLIFE』など
の古澤健が担当した。公開は8月1日より、東京は新宿ピカ
デリー他で全国ロードショウ。)

『ダウンレンジ』“Downrange”
(2002年3月紹介『VERSUS』などの北村龍平監督がハ
リウッドで撮った最新作。寂れた田舎道をドライヴ中の若者
グループの乗った車が突然パンクし、タイヤ交換をしている
と銃弾が転がり出る。そしてそれを契機のように彼らに向け
た狙撃が始まる。携帯電話は圏外で助けも呼べないまま、車
体だけを遮蔽物にしたサヴァイヴァル劇が展開される。出演
は殆んどが役名が付く役柄は初めての新人たちだが、途中に
出てくる家族の母親役は、元ミス・インターナショナル日本
代表で2012年の世界一に輝いた吉松育美が演じている。彼女
は現在ハリウッドで女優、スタントパースンとしても活躍し
ているようだ。北村監督の前作は2014年の『ルパン三世』に
なるようだが、同時期に海を渡った日本人監督のほとんどが
帰国した中では、唯一ハリウッドに居を構えて活動を続けて
おり、これからも応援したいものだ。公開は9月15日より、
東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『いのちの深呼吸』“The Departure”
(2013年の“After Tiller”という作品で、2015年にNews &
Documentary Emmy Awardsを受賞しているラナ・ウィルスン
監督が、岐阜県大禅寺で住職を務める根本一徹の姿を追った
ドキュメンタリー。住職は、元々が寺の公募に応募して職に
就いたという人だが、自分自身に照らして人の話を聞く内、
何時しか自殺志願者の最後の砦のような存在になって行った
ようだ。しかしそれらの訴えを聞くことが彼自身を苦しめ、
そのストレスによって健康が損なわれてしまう。そんな住職
の姿を3年半に亙って追った作品。ただ作品の主旨が住職自
身なのか、それとも住職の行っている活動なのか、その辺が
はっきりとせず。観終って何かモヤモヤとしたものが残って
しまった。実際に作品の中では住職の健康問題も解決せず、
相談に来た人が救われたのかどうかも判然としない。それで
も良いということなのだろうが…。公開は9月8日より、東
京はポレポレ東中野他で全国順次ロードショウ。)

『顔たち、ところどころ』“Visages Villages”
(1955年に長編デビュー作を発表、「ヌーヴェルヴァーグの
祖母」とも呼ばれる1928年生まれのアニエス・ヴァルダが、
参加型アートプロジェクト「Inside Out」で知られる34歳の
アーティスト、JRと共同監督を務めたロードムーヴィ風の
ドキュメンタリー。JRの活動は大きなカメラの絵の付いた
トラックに機材を積んでフランスの田舎を巡り、そこの住人
たちを巻き込んでアート作品を制作するというもので、その
様子がヴァルダとJRの会話を絡めて描かれて行く。それは
アートの記録としては面白いし、会話の中にはヌーヴェルヴ
ァーグ当時の思い出話などもあって興味深いものだが…。肝
心なところが僕には少し物足りなかったかな? でも本作は
2017年のカンヌ国際映画祭での最優秀ドキュメンタリー賞な
ど数々の受賞を重ねてはいるようだ。公開は9月15日より、
東京はシネスイッチ銀座、アップリンク渋谷他にて全国順次
ロードショウ。)

『リグレッション』“Regression”
(2001年12月紹介『アザーズ』などのアレハンドロ・アメナ
ーバル監督による2015年作で、1980年代から90年代初頭に掛
けてアメリカで突然巻き起こった悪魔崇拝の顛末を巡る実話
に基づくとされる作品。主人公の刑事は、少女が父親の虐待
を告発した事件を取り調べることになるが、当の少女も訴え
られた父親もどこか記憶が曖昧だった。そこで著名な心理学
者に協力を仰いだ刑事は、彼らの記憶を辿る内に事件が単な
る家庭内暴力ではないことに気付き、さらに町に秘められた
恐ろしい闇に迫って行くが…。出演はイーサン・ホーク、エ
マ・ワトスンとデヴィッド・シューリス。アメナーバル監督
の作品では『アザーズ』もかなりオカルティックだったが、
その前の『オープン・ユア・アイズ』が強烈だった。そんな
監督の新作はオカルト的ではあるがちょっと捻った内容で、
これも監督の頭の中の世界なのだろうか。公開は9月15日よ
り、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『太陽の塔』
(大阪府吹田市の千里万博公園に今も屹立するEXPO'70・大
阪万博のテーマ館の一部を基に、その制作者である芸術家、
岡本太郎について描いたドキュメンタリー。僕自身が大阪万
博には何度か訪れ、思い入れもあったので本作の題名には心
が騒いだ。しかし作品は前半こそ塔の建設に纏わる話題で綴
られるが、後半は芸術家本人の思想の検証などに終始し、し
かもそのほとんどが岡本氏と面識があったかどうかも不明な
人々の勝手な想像による発言の羅列で、作品の意図が判らな
くなった。勿論、岡本氏はこのような作品の対象になるべき
芸術家だし、塔が彼の代表作の一つであることは間違いない
が、本作の内容を考えると題名はむしろ『太陽の塔/明日の
神話』ではなかったか。そしてそれをやるならば、塔の建設
の話などは省いて、もっと真剣に人物論を描くべきだろう。
これではどちらもが物足りない。公開は9月29日より、東京
は新宿シネマカリテ他で全国順次ロードショウ。)

『判決、ふたつの希望』“قضية رقم ٢٣”
(2018年のアメリカアカデミー賞で、レバノン映画としては
初の外国語映画賞にノミネートされた作品。レバノンは中東
の中でもキリスト教徒が多い国とされるようだ。そんな社会
環境でキリスト教徒のレバノン人男性と、パレスチナ難民の
男性との口論が裁判沙汰となり、それが全国的な事件に発展
する。監督は、過去にはタランティーノ作品に関ったことも
あるというジアド・ドゥエイリ。本作が4作目の物語は監督
の体験に基づいているとのことだ。しかし宗教対立や難民問
題など、正直傍目にはかなり複雑な背景を伴う作品で、理解
するには相当の想像力を必要とする。しかも最後に語られる
事件のことなどは、僕らには理解しろと言われてもなかなか
難しいもので、そういうことなのだと納得するしかない。そ
れでもその重大さなどは充分に理解できるもので、ベネチア
国際映画祭などでの受賞も頷けたが。公開は8月31日より、
東京はTOHOシネマズシャンテ他で全国順次ロードショウ。)

『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』
(2012年9月紹介『パーティは♨銭湯からはじまる』などの
波瑠と、2014年10月紹介『ハーメルン』などの西島秀俊共演
で、地方の遊園地を舞台にしたヒューマンコメディ。主人公
は憧れの男子先輩の後を追って一流ホテルチェーンに就職し
た大卒女子。ところが受け取った辞令は系列の地方遊園地へ
の配属だった。それでもそこで優秀な成績を収めれば、希望
の部署への異動が叶うと知り張り切るが…。そこにはかなり
個性的な従業員たちがおり、特に直接の上司は次々に企画を
成功させ「魔法使い」の異名をとる人物だった。共演は岡山
天音、橋本愛。他に濱田マリ、柄本明らが脇を固めている。
原作は『海猿』などの小森陽一。ちょっと毛色の違った作品
だ。脚本は、2017年12月紹介『レオン』などの吉田恵里香。
監督は、テレビ出身で『劇場版SP』などの波多野貴文が手
掛けた。公開は10月26日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他
で全国ロードショウ。)

『チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛』
                    “Tulip Fever”
(フェルメールの絵画に着想を得たとされるデボラ・モガー
原作ベストセラー小説を、『ブーリン家の姉妹』のジャステ
ィン・チャドウィック監督と『恋におちたシェイクスピア』
のトム・ストッパード脚本で映画化した作品。世界最古の経
済バブルとされる17世紀の「チューリップ投機」を背景に青
年画家と豪商の若き妻の道ならぬ恋。それに巻き込まれた漁
師と小間使いの女性。彼らの運命がバブルに翻弄される。出
演は、2017年2月12日題名紹介『光をくれた人』などのアリ
シア・ヴィキャンデルと、2018年2月紹介『ヴァレリアン』
などのデイン・デハーン。さらに2015年公開『名もなき塀の
中の王』などのジャック・オコンネル、同々『シンデレラ』
などのホリデイ・グレインジャー。他にジュディ・デンチ、
トム・ホランダーらが脇を固めている。内容は往時の庶民の
生活が凝縮されたような感じで実に面白かった。公開は10月
6日より、東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二