井口健二のOn the Production
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2018年06月03日(日) パンク侍、スペースバグ(若い女、子ども、ブレス、人間機械、スウィンダ、グッバイG、大人のため、妻の愛、榎田、北朝鮮、ゲッベルス)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『パンク侍、斬られて候』
芥川賞作家の町田康が2004年に発表した小説を、2002年6月
紹介『ピンポン』などの宮藤官九郎の脚本、2016年2月紹介
『蜜のあわれ』などの石井岳龍監督で映画化した作品。
時代背景は平和ボケが進んでいる江戸時代。1人の素浪人が
物乞いの老人を切り捨てるところから物語は始まる。その素
浪人は居合わせた仕官侍に隣国で発生したカルト教団の脅威
を説き、物乞いはその手先で自分にはその対処法があるから
仕官への道を開いて欲しいと依頼する。
その言葉を真に受けた侍は、直ちに素浪人を上司の藩家老に
紹介するが、藩ではぼんくらな主君の許で2人の家老が権力
争いを繰り広げており、素浪人はその争いに巻き込まれるこ
とになる。そして権力争いの切り札として、カルト教団の脅
威が検討されることになるが…。
実はカルト教団はすでに消滅しており、素浪人らはその脅威
を再現するべく画策を始めることになる。

出演は2017年4月2日題名紹介『武曲 MUKOKU』などの綾野
剛、2017年10月8日題名紹介『探偵はBARにいる3』などの
北川景子、2018年1月紹介『空海』などの染谷将太。
他に、渋川清彦、東出昌大、浅野忠信、永瀬正敏、國村隼、
豊川悦司らが脇を固めている。
題名に使われている「パンク」というのはロック音楽の流れ
なのかな? ただし本作の内容では、いくつかのSF的な要
素が見られ、その点から言うと「サイバー・パンク」、若し
くは「(時代劇ということで)スチーム・パンク」というつ
もりなのかもしれない。
とは言うものの、本作でのSF要素は正しく賑やかしという
程度で、それをSFとして評価するのは苦しいものだ。その
点は脚本の宮藤も判って脚色している感じがした。もっとも
宮藤は、2010年8月紹介『大江戸りびんぐでっど』でSFは
得意ではないと思われ、この判断は正しいだろう。
しかし本作を一般的な時代劇とするのは、SF以上に無理と
言える。その点では真面目に本作を論じるのは止した方が良
いと言えるものだ。これを論じるにはSF的な柔軟さも要求
される。
という訳で、結局SFとして評価することになってしまうの
だが、登場する「超能力」と「猿」という存在はSFファン
としてはいろいろ考えてしまうものだ。しかもそれらが上で
書いたように賑やかし程度なのが、勿体なくも感じられたと
ころだ。

公開は6月30日より、東京は丸の内TOEI他で全国ロード
ショウとなる。

『スペースバグ』
2013年6月紹介『劇場版タイムスクープハンター 安土城
最後の1日』などの中尾浩之脚本・監督により、TOKYO MXで
7月8日から放送される宇宙物のCGアニメーション。その
第1話〜第6話の試写が行われた。
登場するのは太陽系外に設置された研究ステーションで実験
生物として飼育されていた昆虫。ところが宇宙開発の中止で
人間はステーションを去り、仲間のほどんどは死滅してコオ
ロギのハカセと、クモのマルボだけが残されている。彼らは
地球を知らずに育ってきた世代だった。
そこに新たにネムリユスリカのミッジが登場する。ミッジは
さなぎの状態ではどんな過酷な環境にも耐え、水を掛けると
復活するという特性からさなぎで採取され、ステーションに
連れてこられたもので、彼には地球の記憶があった。
そしてハカセは、彼らが閉じ込められている飼育室から脱出
するため、天井にある通気口まで飛ぶことのできるネムリユ
スリカのさなぎに水を掛けミッジを復活させたのだった。こ
うしてミッジの助けで飼育室を脱出した3匹だったが…。
飼育室の外には宇宙食に飽きて生き餌の捕食に飢えたカエル
の一団や、虫を駆除するロボットなどが待ち構えていた。し
かも人間に放棄された宇宙ステーションには、最早電力の供
給も尽きかけていた。
というのが試写の行われた6話までの前半の展開で、ここか
ら彼らの命を賭けた大冒険が始まるという筋書きだ。

監督の中尾は、1998年にCGと実写合成の短編がコンテスト
応募でグランプリを受賞、2000年にはカンヌ広告祭で世界の
新人監督8人などにも選出されている。そして2009年スター
トの『タイムスクープハンター』で注目したものだ。
その中尾が本作では、構想開始から5年を掛けて作り出した
もので、中尾自身は子供の頃に観たテレビアニメの夢と冒険
を再現したいと語っている。
という作品だが、実は試写された6話までの中ではSF的に
は突っ込みどころが満載で、特に重力発生装置の下りでは頭
を抱えてしまった。具体的にはスイッチのオンオフが逆だろ
うという感覚なのだが…。
いろいろ考察すると、どうやらこのステーションでは特殊な
重力装置が稼働しているらしく、それは自然現象的な重力の
ようだ。そこから考えるとオンオフの感覚も納得できるのだ
が、これはちゃんと説明して貰わないと困るものだ。
この他にもいろいろあるが、深く考えると科学的には合って
いるのかもしれず、これは全作を通してじっくりと考えたく
なった。因に全体は52話の構成だそうで、1話は10分30秒な
ので全話では9時間6分となる。

第7話以降もサンプルDVDでの提供を受けられるようなの
で、全体の評価は改めて報告したい。

この週は他に
『若い女』“Jeune femme”
(女性監督のレオノール・セライユがフランス国立映画学校
の卒業制作として書いた脚本を自らの手で映画化、2017年の
カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)に輝いた作
品。田舎からパリにやってきた若い女性が、年上の恋人に振
られ、傷つき、もがき、再生して行く姿が描かれる。正に若
い女性の感性という感じの作品になっているが、還暦過ぎの
おっさんには少し荷が重かったかな。特に結末で主人公が下
す決断には、正直納得が出来なかった。ただし主人公の取る
喫驚な行動の原因が、実はこの決断の基にあると考えると、
それは物語としては理解可能なものではある。でもそれは、
僕の倫理観には合わなかったもので、逆であって欲しいとも
思ってしまったものだ。出演は本作でリュミエール賞最有望
女優賞を受賞したレティシア・ドッシュ。公開は夏、東京は
渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『子どもが教えてくれたこと』
             “Et les mistrals gagnants”
(様々な病気を抱えて生きる5人の子供たちの日常を追った
ドキュメンタリー。子供たちの病はいずれも難病だが、彼ら
はそれに正面から向き合っている。その健気さが何とも言え
ない作品だ。本国フランスで23万人の動員を記録したという
のも頷けるもの。だからと言ってこの子供たちに僕らが何を
してあげられるかというと…。全く暗澹とした気持ちにもな
ってしまう。それにしても「死」という言葉がこれほど繰り
返して聞かれる作品も多くはないだろう。しかもそれが幼い
子供たちの口から聞かされるのだからそれも堪らない。しか
しこれがこの子たちの現実なのであって、その現実を彼らは
懸命に生きている。1人でも多くの子供たちが生き長らえ、
できれば快癒することを願わずにはいられない。監督は自身
も病気で娘を亡くした経験を持つというアンヌ=ドフィーヌ
・ジュリアン。公開は7月14日より、東京はシネスイッチ銀
座他で全国順次ロードショウ。)

『ブレス しあわせの呼吸』“Breathe”
(『ブリジット・ジョーンズの日記』などの映画製作者ジョ
ナサン・カベンデュッシュが、自身の両親の実話に基づき自
らの製作で映画化した作品。1960年代、出張先のアフリカで
ポリオに罹患した男性は首から下が完全麻痺となり、人工呼
吸器が止まれば即死という状態になる。そして息子が生まれ
るも絶望的な状況の中、彼は病院を出たいと言い出すが…。
友人の発明した人工呼吸器付車椅子が彼の運命を変える。出
演は、2017年4月2日題名紹介『ハクソー・リッジ』などの
アンドリュー・ガーフィールドと、2011年7月紹介『デビル
クエスト』などのクレア・フォイ。他に2011年5月紹介『ハ
ンナ』などのトム・ホランダー。それにオールドファンには
懐かしいダイアナ・リグがキーとなる役柄で登場している。
監督は『ホビット』の第2班監督を務めた俳優のアンディ・
サーキス。長編監督デビュー作だ。公開は9月7日より、東
京は角川シネマズ有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『人間機械』“Machines”
(インドにある繊維産業の工場で、半ば機械と化して過酷な
労働を続ける人々を追ったドキュメンタリー。この種の搾取
に関してはすでに何度も告発されて、一部では改善もされた
のだろうが、現実には昔通りのことが行われているようだ。
その実態は、企業側から見るともっと合理化すれば収益も上
げられると思えるが、豊富な労働力の供給が旧態依然を維持
してしまう。そんな現実が特に誰かを批判するでもなく描か
れている。それは問題意識の欠如を批判する向きもあるかも
しれないが、本作ではそれよりさらに詩的な側面で現実を見
つめた作品になっている。しかも音響にはDolby Atmosが採
用され、試写会はそうではなかったが、最近流行りの爆音上
映でも行われれば、正に工場の中にいるような感覚にもなり
そうだ。そんな過酷な労働の実態が体感できる作品になって
いる。監督は新鋭のラーフル・ジャイン。公開は7月より、
東京は渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『スウィンダラーズ』“꾼”
(2017年12月10日題名紹介『コンフィデンシャル共助』など
のヒョンビン、2013年7月紹介『人類資金』などのユ・ジテ
らの共演で、韓国で実際に起きたマルチ商法詐欺事件をモデ
ルにしたクライムドラマ。主人公は詐欺師を相手に詐欺を働
く天才詐欺師。そんな彼の今回のターゲットはマルチ商法で
得た大金を持って海外に逃亡した男。その男の持ち逃げした
大金が狙いだ。そして男の連絡役に目を付けた主人公は、連
絡役に大金を一気に洗浄する手口を見せて近づくが…。実は
主人公はマルチ商法事件を追った検事とも結託し、逃亡した
男の逮捕も目論んでいた。脚本と監督は、助監督出身の新鋭
チャン・チャンウォン。詐欺師テーマは韓国映画がお得意の
分野ではあるが、過去の作品では手口が複雑で、国情などの
違いから即座に納得できない作品も多い。しかし本作では経
緯も判り易く見事な物語を展開してくれた。公開は7月7日
より、東京はシネマート新宿他で全国ロードショウ。)

『グッバイ・ゴダール!』“Le Redoutable”
(1967年、ジャン=リュック・ゴダール監督の『中国女』に
出演し、監督の妻にもなった女優アンヌ・ヴィアゼムスキー
が2015年に発表した自伝的小説“Un an après”を、2012年
2月紹介『アーティスト』でオスカー受賞のミシェル・アザ
ナヴィシウス監督が映画化。世界の映画を変えた男として絶
賛されたヌーヴェルヴァーグの監督が毛沢東思想に傾注し、
フランスでの革命運動に身を投じて行く。とは言っても監督
自身の行動や作品は様々な批判を浴びるようにもなる。そん
な姿を監督の妻という間近から描いた物語だ。ただしこれは
あくまで妻の立場から語った小説であり、この全てが真実か
どうかは判らない。しかし当時の学生運動や映画事情などが
描かれるのは、一応当時すでに映画を観始めていた自分には
懐かしさも感じる作品だった。出演は2016年5月紹介『ハイ
・ライズ』などのステイシー・マーティン。公開は7月13日
より、東京は新宿ピカデリー他で全国順次ロードショウ。)

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』
             “La jeune fille sans mains”
〈2016年のアヌシー国際アニメーション映画祭で、審査員賞
と最優秀フランス作品賞をW受賞した作品。19世紀初頭に書
かれたグリム童話で初版から収録されている民話「手なしむ
すめ」を、それまで短編作品を手掛けてきた新鋭セバスチャ
ン・ローデンバック監督が、脚本、編集はもとより、全ての
作画も1人で担当して制作した作品。その映像はかなり独特
の風合いのものだ。物語は貧しい生活故に悪魔と取引した父
親のため両手を奪われた少女が、その健気さ故に王子に見初
められるが、そこにも悪魔の魔手が伸びてくる…。グリム童
話は、オリジナルではかなり残酷な描写のあることで知られ
るが、本作はアニメーションで緩和はされているものの、描
かれているものは正に大人のための童話と言える。それはあ
る意味サディスティックでもある。それにしても教訓は「手
はしっかり洗いましょう」なのかな? 公開は8月より、東
京は渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『妻の愛、娘の時』“相爱相亲”
(2010年11月1日「第23回東京国際映画祭」で紹介『ブッダ
・マウンテン』などのシルヴィア・チャン脚本、監督、主演
による3代の女性を巡る物語。チャンが演じるのは母親を亡
くしたばかりの中年女性。今際の際の言葉から父親と同じ墓
に入りたいと確信した主人公は、故郷に葬った父の遺骨を町
の墓地に移そうする。ところが故郷の墓は戸籍上の妻と主張
する女性によって頑なに守られていた。これにさらにテレビ
局に勤める主人公の娘も加わって、妻の立場、娘の立場の物
語が展開する。共演は「未体験ゾーンの映画たち2018」で上
映された『ミッション:アンダーカバー』などのラン・ユェ
ティンと、2007年8月紹介『呉清源』(チャン出演)などの
監督のティエン・チュアンチュアン。自分の人生に直接関っ
てくるような話ではないけれど、家族の意味を改めて考えた
くなる作品だ。公開は9月上旬より、東京はYEBISU GARDEN
CINNEMA他にて全国順次ロードショウ。)

『榎田貿易堂』
(『パンク侍』にも出演の渋川清彦主演で、俳優の出身地で
ある群馬県渋川市を舞台に、同郷の飯塚健監督と共に描いた
ヒューマンコメディ。主人公は自宅を使って「なんとなく勘
で」リサイクルショップを開いた男。ところがそれが思いの
外の好調で、従業員を2人雇うまでになっている。とは言う
ものの根がいい加減な主人公は、いろいろトラブルを引き起
す。しかしそれらが話題を呼んで店は益々繁盛してしまう。
そんな適当な物語が渋川のひょうひょうとした演技で描かれ
て行く。共演は、2017年9月3日題名紹介『地の塩』などの
森岡龍、2017年4月23日題名紹介『獣道』などの伊藤沙莉。
他に滝藤賢一、根岸季衣、諏訪太朗、余貴美子らが脇を固め
ている。ロケ地は渋川市だけでなく、伊香保温泉など見事な
ご当地映画にもなっている。公開は6月9日より東京は新宿
武蔵野館で上映の後、16日からはシネマテークたかさき他で
全国ロードショウ。)

『北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ』
                  “Liberation Day”
(2012年5月紹介『アイアン・スカイ』の音楽を担当したこ
とでも知られる旧ユーゴスラビア出身の実験音楽バンドが、
2015年8月15日の北朝鮮・祖国解放70周年記念日に、外国の
バンドとしては初めて同国内での演奏に招聘され、公演を行
うまでの顛末を描いたドキュメンタリー。バンドはナチの軍
服に似せたコスチュームや政治的な歌詞などでいろいろ物議
を醸してきたようだが、上記の映画に参加したことでも判る
ようにナチスを賛美している訳ではない。そんなバンドが何
故北朝鮮に招かれたかにも興味は湧くが、本作ではそんなと
ころを突けるものでもなく、どちらかというと定番の体制の
違いによる意思疎通の難しさなどが面白く描かれている。た
だしこの辺は、2006年7月紹介『ディア・ピョンヤン』など
とも共通しており、それを別の視点から描いたものとも言え
る。公開は7月14日より、東京は渋谷イメージフォーラム他
で全国順次ロードショウ。)

『ゲッベルスと私』“A German Life”
(1942年から終戦までナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス
の秘書として、後の戦犯の姿を間近で見ていた女性が、戦後
69年の沈黙を破って語った戦争の悲劇。と言っても彼女自身
は、「あの時代にナチスに反旗を翻せた人はいない」とか、
「ホロコーストについては知らなかった」と語るものだが、
その自己弁護とも言える発言が、より深く戦争の闇を描いて
いるとも言える。そしてそれは今の時代にも変らず存在して
いる闇かも知れない。そんなことも思わせてくれる作品だっ
た。なお作中には数多くの記録映像が挿入させるが、その提
供元のトップにはスティーヴン・スピルバーグの名前が掲げ
られているもので、恐らくは『シンドラーのリスト』の制作
時に収集された資料が今回は利用されているようだ。その中
には今まで観たこともない米独両国のプロパガンダもあり、
改めて戦争の愚かしさが浮き彫りにされている。公開は6月
16日より、東京は岩波ホール他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二