井口健二のOn the Production
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2018年05月20日(日) 沖縄スパイ戦史、万引き家族、V.I.P. 修羅の獣たち(アーリーマン、ほたるの川、ニンジャバットマン、インサイド、クリミナル・タウン)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『沖縄スパイ戦史』
アメリカ国立公文書記録管理局の保管所から発見される米軍
側の記録フィルムとは異なる側面から、沖縄の人々を襲った
本当の戦いを描いたドキュメンタリー。
題名を見た時に「スパイ」の意味が判らなかった。沖縄の戦
いは、アメリカ軍が圧倒的な兵力で蹂躙した印象で、局地的
には2017年4月2日題名紹介『ハクソー・リッジ』のような
ものはあったのだろうけど、そこにスパイが入るようなもの
ではなかったと思っていた。
しかし本作が描くのはアメリカ側ではなく、日本側のスパイ
の話。しかもそれは沖縄の戦いのためではなく、本土決戦を
見据えて、如何に戦うべきかを考察するための情報収集の戦
いだった。そしてそこには冷酷な全体主義への驚きの真実が
隠されていた、
作品は主に3つのテーマで展開される。
その1番目は少年を使った情報収集。上陸した米兵に菓子を
ねだるなどして近付き、兵員の人数や配置などを聞き出すと
いうもの。これは間違いなくスパイ行為で、子供を戦争に使
うというのは問題だが、中東やアフリカのように兵士として
使ったり、自爆テロよりはましかなと思わされた。
テーマの2番目は八重山諸島でのマラリアが蔓延する島への
疎開命令。ここに関しては以前に他のドキュメンタリーでも
見ていたが、その実態が住民の避難のためではなく、米軍が
上陸した時に彼らが情報源になるのを恐れたという話には震
撼した。これも情報戦だったのだ。
そして3番目は、島中に密かに陸軍中野学校の出身者が配置
されて、軍事機密の漏えいが監視されていたという事実。そ
こでは機密を知った者への殺害命令も出されていた。これは
米兵を殺すのではなく、自警団のような組織を使って同胞を
殺していたものだ。
ただし、中野学校の出身者に関しては多くが学校教員などの
名目で配置されており、彼らは住民にも慕われて、戦後には
その前非を悔いて島に桜の樹を贈り続けた人物もいたとされ
る。しかしソメイヨシノは沖縄気候には根付かなかったよう
だが…。
作品ではさらに、これらの行為を行った帝国陸軍の「軍機保
護法」が現在の「特定秘密保護法」に通じている事実や、現
在の「自衛隊法」が帝国陸軍のあり方を踏襲し、現在沖縄に
配備されているミサイル基地が戦前の本土防衛思想と同じ、
住民を無視した施策であることなども指摘する。
これらの事実も踏まえて、今自分のなすべきことも考えさせ
られる作品だ。

公開は7月28日より、東京はポレポレ東中野他にて全国順次
ロードショウとなる。

『万引き家族』
2017年7月9日題名紹介『三度目の殺人』などの是枝裕和監
督が、2018年・第71回カンヌ国際映画祭で日本映画では22年
ぶりとなる最高賞=パルムドールに輝いた作品。
登場するのは東京下町の高層マンションの谷間で廃屋のよう
な平屋に暮らす一家。一家の構成は老婆と中年の夫婦、それ
に若い女性と小学生の年齢だが就学していない少年。一家の
収入は老婆の年金と、恐らくは違法に取得している生活保護
費だが、食料などの足りない分は万引きで賄っている。その
主な担い手は少年だった。
そんな一家に新たな家族が加わる。それはアパートの1階の
ベランダに締め出されていた幼女を保護してしまうのだが、
幼女の親からは届け出がないらしく、警察も動かないまま時
が流れる。こうして幼女は一家の一員となり、貧しいながら
も理想郷のような生活が続くが…。ある切っ掛けから事態が
動き始める。

出演はリリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希
林。それにオーディションで選ばれた城桧吏と佐々木みゆ。
他に池松壮亮、緒形直人、柄本明、高良健吾、池脇千鶴らが
脇を固めている。
是枝監督は、2004年6月紹介『誰も知らない』にて当時14歳
だった柳楽優弥に日本人初・史上最年少での男優賞をもたら
し、2013年『そして父になる』では審査員賞を受賞したが、
本作で遂に最高賞に輝いた。
ただし、僕は2004年の男優賞は最高賞を贈れなかったことへ
の詫びと考えていたもので、従って同作と似た内容の本作に
は、贈られて当然だと思っている。因に2004年の最高賞には
『華氏911』が選ばれたものだが、この時は審査委員長の
アメリカ人監督が親友にプレゼントしたと考えた。
そんな訳で至極当然のパルムドールとも思うものだが、両作
を比べると2004年作が実話に基づくとされているのにファン
タシーのような雰囲気を持ち、今回はフィクションであるの
にリアルな感覚なのが面白くも感じられた。それは現実の厳
しさの反映なのかな?
是枝監督の作品は初期の頃からいろいろ観させて貰ってきた
が、僕は1999年の第2作『ワンダフルライフ』が今でも一番
好きだ。このセミドキュメンタリーの作品では、あるシーン
が全体のコンセプトとは合致しないのに敢えて使っている。
そんな優しさが本作にも通じる監督の良さだと思う。
2009年6月紹介『空気人形』などファンタスティックな作品
に素敵な感覚も持っている是枝監督だが、今回の作品をリア
ルに振った分、次回は『ワンダフルライフ』のような素敵な
ファンタシーも期待したい。

公開は6月8日より、東京はTOHOシネマズ日比谷、新宿バル
ト9他で全国ロードショウとなる。

『V.I.P. 修羅の獣たち』“브이아이피”
2011年2月紹介『生き残るための3つの取引』の脚本を手掛
け、その後は監督にも進出したパク・フンジョン脚本監督に
よる2017年の作品。
パク監督作品は2014年公開の『新しき世界』も観ているが、
どの作品も骨太で映画を堪能できた印象を持つ。しかも本作
は、前2作のPG12指定からは一歩踏み出したR-15指定となる
過激な映像も含まれる作品だ。
映画の開幕は現在の香港。欧米人の男から指示された韓国人
の男が標的が居るとされたアジトを襲い、容赦のない銃撃戦
を展開する。続いて物語は数年前の北朝鮮へと飛ぶ。そこで
は高級車に乗った若者が若い女性を拉致し、いたぶる様子が
写し出される。
そして舞台は現在より少し前のソウル郊外。そこでは若い女
性を狙う連続猟奇殺人事件が発生し、警察はてんてこ舞いに
なっている。しかもその捜査の中心だった刑事が突然自殺。
止む無く停職中だった刑事にその後任が命じられるが…。そ
の刑事はかなり型破りな男だった。
とまあ、ここまでは通常の警察物のように見えるのだが、先
の北朝鮮の描写から、事件は韓国国家情報院や米国CIAも
絡んだ国際謀略戦へと転がり込んで行く。それは緊張の続く
南北朝鮮間の裏側で繰り広げられる欲望と金に塗れた人非人
たちの物語だ。
背景にあるのは、1980〜90年代に多くいたとされる企画亡命
者。これは韓国国家情報院と米国CIAが結託して、北朝鮮
エリート高官の子女を韓国の亡命させたというもの。近年は
いないとされているが、当時はV.I.P.待遇で迎えられたとも
言われているものだ。
つまり元々が独裁国家で特別待遇だった高官の子女たちが、
韓国に来てどのような振る舞いをしたかは想像に難くない。
本作では韓国映画界が初めてそれを描いたと言われるものだ
が、それほどにタブーな存在だったようだ。そんなV.I.P.た
ちの常識を超えた所業が描かれる。
それは風土の異なる日本映画では描きようのない物語だが、
本作ではそれを映画として面白く、且つ興味深く観られる作
品に仕上げている。それはパク・フンジョン脚本監督ならで
はと言えるものだ。

出演は、2012年1月紹介『マイウェイ』などのチャン・ドン
ゴンと、2008年8月紹介『ファム・ファタール』などのキム
・ミョンミン。他に、2012年5月紹介『依頼人』などのパク
・ヒスン、2012年11月紹介『リターン・トゥ・ベース』など
のイ・ジョンソク。そして2017年4月紹介『ラプチャー 破
裂』などのピーター・ストーメアらが脇を固めている。
主人公が捜査担当に任命される時点で、警察上層部が事件の
全容をどこまで把握していたのか? その点がちょっと疑問
に感じるところではあるが、全体のエンターテインメントと
しては充分な見応えがあった。

公開は6月16日より、東京はシネマート新宿他で全国ロード
ショウとなる。

この週は他に
『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』“Early Man”
(2005年12月紹介『ウォレスとグルミット』などのニック・
パーク監督&アードマン・アニメーションズによる最新作。
本作では新石器から青銅器へと変化する先史時代を背景に、
鉱石の採掘のために緑の谷を追われた主人公たちの、故郷を
取り戻す闘いが描かれる。その闘いは、谷間の領有を賭けた
サッカー試合として繰り広げられるが…。サッカーは素人同
然の主人公たちが錚々たるテクニシャンを揃えた王族チーム
に挑む。サッカーファンには夢のような展開の物語で、ルー
ル的にはいろいろ注文を付けたくなるシーンもあるが、まあ
普段から弱小チームを応援している身には、感涙ものの展開
になっていた。声優陣には、『ファンタスティック・ビース
ト』のエディ・レッドメイン、『マイティ・ソー』のトム・
ヒドルストン、テレビ『ゲーム・オブ・スローンズ』などの
メイジー・ウィリアムズ、それに監督のニック・パークらが
並んでいる。公開は7月6日より、全国ロードショウ。)

『ほたるの川のまもりびと』
(佐賀・長崎の県境を水源として大村湾へと注ぐ二級河川の
川棚川。その支流の石木川に1972年発表された「石木ダム」
計画を巡って、地元住民が繰り広げている反対運動を追った
ドキュメンタリー。ダムの目的は利水と治水。しかし現状の
水事情は逼迫しておらず、治水も本流の流域面積の1割程度
では効果がないとされる。しかし1度決まった計画にはすで
に利権が発生し、住民からの質問状には無回答のまま、県は
計画を推し進めようとする。住民はそれに抵抗することほぼ
半世紀。中には補償金を貰って移住した家族もいるが、残る
住民たちの結束は固い。ダム建設の反対運動では、大分県の
「蜂の巣城紛争」が記憶されるが、学者も不要論を唱える中
で、今もこれが続いている現実には驚かされた。映画の結末
では県の動きも活発化しており、今後も注目すべき作品だ。
公開は九州地区先行で、東京は7月7日より、渋谷ユーロス
ペースにてロードショウ。)

『ニンジャバットマン』
(2017年10月紹介『DCスーパーヒーローズvs鷹の爪団』に
続くアメコミヒーローを主人公にしたアニメーション作品。
本作では、前作で活躍のなかったバットマンを中心に、悪漢
たちの陰謀で日本の戦国時代にタイムスリップしたバットマ
ンが、バットモービルも使用不能となる中、知力を尽くして
時間流を引き戻す。最近の「ジャスティスリーグ」は試写状
も届かず観ていないので、2016年8月14日題名紹介『スーサ
イド・スクワッド』に登場のハーレイ・クインはまだしも、
それ以降の悪漢にはキャラクターの設定に馴染みがない。そ
れでもまあ物語的にはほぼ『戦国自衛隊』だから判り易く、
さすが脚本が2013年8月紹介『ゲキ×シネ:シレンとラギ』
などの中島かずきだけのことはあるという感じはした。とは
言うもののこの人は、SFを本質的には理解していないと思
う面もあり、ファン的には物足りなさも感じる作品だった。
公開は6月15日より、全国ロードショウ。)

『インサイド』“Inside”
(2007年製作のフランス映画を、2008年3月紹介『REC』
などのジャウマ・バラゲロの脚本でリメイクした作品。妊婦
の乗った車が衝突事故に遭い、運転していた夫は死亡、しか
し助手席の妊婦と胎児は奇跡的に助かる。ところが出産が間
近に迫った夜、彼女の家に謎の女性が侵入する。その女性は
殺意を持って妊婦を襲い、妊婦が逃れると、家を訪れた隣人
や警官を次々に殺害し始める。果たして女性の目的は…。何
とも強烈な展開だが、そこには妊婦側の落ち度もあり、それ
なりに納得できる作品になっている。その辺のスマートさも
魅力だし、結末もちょっと意外な余韻を残してくれた。出演
は2008年3月紹介『P2』などのレイチェル・ニコルズと、
2008年5月紹介『コレラの時代の愛』などのローラ・ハリン
グ。監督は2015年に『ハーモニー・オブ・ザ・デッド』とい
う作品のあるミゲル・アンヘル・ビバスが担当した。公開は
7月13日より、全国ロードショウ。)

『クリミナル・タウン』“November Criminals”
(2017年5月紹介『ダイバージェント』で主人公の兄を演じ
たアンセル・エルゴートと、2016年3月紹介『フィフス・ウ
ェイブ』などのクロエ・グレース・モレッツが、突然親友が
射殺された事件の謎を追うサム・マンソン原作ヤング・アダ
ルト小説の映画化。主人公は母親の急病死がトラウマの男子
高校生。卒業を間近にして大学進学が希望だが、まだ不安な
状況だ。そんな時、親友が銃撃で殺され、母親と同じ突然の
死が心に突き刺さる。そして警察のギャング犯人説を信じな
い彼は、恋人と共に真相を追うが…。ギャングという言葉が
日本人の感覚とずれる感じもしたが、2つの死の捉え方もア
メリカ的な考え方なのかな。ただ後半の展開には事件の裏に
は別の様相もある感じで、中々考えさせる作品だった。監督
は2009年9月紹介『アンヴィル!』などのサーシャ・ガヴァ
シ。公開は8月25日より、東京は新宿シネマカリテ他で全国
順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二