井口健二のOn the Production
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2018年03月04日(日) SUKITA 刻まれたアーティストたち(ベルリン・S、蝶の眠り、ラスト・W、北斎、獄友、ラッカ、ボストン S、スクエア、ダリダ、港町)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
デヴィッド・ボウイやYMO、布袋寅泰ら内外のアーチスト
の写真を撮り続けた写真家鋤田正義氏を描いたドキュメンタ
リー。
映画の始まりは、「T・レックス」のヴォーカル兼ギタリス
ト=マーク・ボランの終焉の地を訪れた鋤田と布袋の様子。
そこには鋤田撮影のボランのポートレイトが飾られており、
布袋は「この写真を見てギタリストに憧れるようになった」
と、自らのミュージシャンとしての起源を語る。
そして布袋のコンサートが続くのだが、ここでは演奏中の舞
台に対峙する写真家の姿がヴィデオで捉えられている。これ
はアーチストのパフォーマンス中に別の被写体を追うことで
あり、通常では全く考えられない映像だ。それが許されるく
らいの鋤田と布袋の関係性も描かれている。
そしてボランの撮影に始まって、その後には40年間に及んだ
ボウイとの交流。さらにはスタイリストの高橋靖子、ファッ
ションデザイナーの山本寛斎らとの関係など、1970年代初頭
のヨーロッパでの活躍も紹介される。この3人のコンビネー
ションがボウイを盛り上げて行く過程も素晴らしい。
実は昨年の今頃は、2017年3月5日題名紹介『Don't Blink
ロバート・フランクの写した時代』や3月26日題名紹介『パ
リが愛した写真家 ロベール・ドアノー 永遠の3秒』など、
写真家のドキュメンタリーを続けて見ていたが。その作品を
紹介しながら人物に迫るという手法は本作も同じだ。
しかし本作にはそれらと違う、何かが心にすっと入ってくる
ような心地良さを感じた。それは被写体が映画との関係も深
いボウイであったり、日本のアーティストであったりと、自
分に親しみがあるという点は有利だったのかもしれないが。
それ以上の人間性が本作には感じられたものだ。
また鋤田本人が幼少期からの写真家としての来歴を述べる語
りも素敵で、勿論それは才能を持てる人の話ではあるのだけ
れど、観客に勇気を与えて、迷っている人をそっと押してく
れるような人生観にも溢れたものになっている。
そして鋤田と映画との関係では、1971年寺山修司監督『書を
捨てよ町へ出よう』の撮影監督を務めたことや、是枝裕和作
品などのスチール。さらに1989年ジム・ジャームッシュ監督
『ミステリー・トレイン』に関してはジャームッシュ監督と
主演の永瀬正敏へのインタヴューなど。
とにかくすべてのカットにおいて僕の興味を引くシーンが連
続する作品だった。

公開は5月19日より、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロー
ドショウとなる。

この週は他に
『ベルリン・シンドローム』“Berlin Syndrome”
(2013年6月紹介『ウォーム・ボディーズ』などのテリーサ
・パーマー主演で、ドイツ旅行中のアメリカ人女性が酒場で
出会った男に監禁される恐怖を描いたメラニー・ジョーステ
ン原作ベストセラー小説の映画化。一目惚れで一夜を過ごし
た男の部屋。彼女が起きた時、男はすでに外出していたが、
部屋から出ようとすると外から鍵が掛けられていた。そこか
らの脱出劇がサスペンスフル且つスリリングに描かれる。監
督は2012年『さよなら、アドルフ』などのケイト・ショート
ランド。男の態度が徐々に変化して行く過程が不気味に描か
れ、外部とのコンタクトやその結末。さらに脱出劇の全貌が
丁寧且つ破綻も少なく描かれていると感じた。因に主演と同
じオーストラリア出身の女性監督は、前作でもドイツが舞台
だったようだが、何かの拘りがあるのだろうか。公開は4月
7日より、東京は新宿武蔵野館他で全国ロードショウ。)

『蝶の眠り』
(中山美穂がアルツハイマーに侵された女性作家役で5年ぶ
りの映画主演を果たした作品。自らの病を知った作家は「魂
の死」を迎える前に何かをやり遂げようと大学での講義を始
めるが…。学園近くの居酒屋で働く韓国からの留学生と知り
合った彼女は仕事の手伝いを頼むようになり、2人は徐々に
惹かれ合って行く。共演は2009年1月紹介『アンティーク
西洋骨董洋菓子店』などのキム・ジェウク。他に石橋杏奈、
勝村政信、菅田俊らが脇を固めている。脚本と監督は2004年
『子猫をお願い』などのチョン・ジェウン。物語はフランス
の女流作家マルグリット・デュラスの晩年を描いたジャンヌ
・モロー主演映画を元にしているようだが、題名は赤ん坊が
両手を挙げて寝る姿を指す言葉だそうで、劇中にはこの他に
も様々な素敵な言葉が散りばめられている。公開は5月12日
より、東京は角川シネマ新宿他で全国ロードショウ。)

『ラスト・ワルツ』“The Last Waltz”
(1976年にサンフランシスコで行われた「ザ・バンド」の解
散ライブの模様を、その舞台演出も手掛けた当時は新進気鋭
のマーティン・スコセッシ監督が映像化。その作品がディジ
タルリマスターにより公開される。出演はザ・バンドの他、
ゲストにはエリック・クラプトン、ニール・ヤング、ジョニ
・ミッチェル、ニール・ダイアモンド、リンゴ・スター、ボ
ブ・ディランら錚々たる顔触れが登場。特にディランは、以
前にザ・バンドのバックを務めていたという経緯だそうで、
後のノーベル賞受賞者の若い姿も感動だ。また撮影にはマイ
クル・チャップマン撮影監督以下、ラズロ・コバックス、デ
ヴィッド・マイヤーズ、ボビー・バーン、マイクル・ワトキ
ンス、ヒロ・ナリタら、こちらも錚々たるメムバーが揃って
いるのも見逃せない。公開は4月14日より、東京はヒューマ
ントラストシネマ渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『大英博物館プレゼンツ 北斎』
          “Hokusai: Old Man Crazy to Paint”
(2017年5〜8月にロンドン大英博物館で開催された展覧会
「Hokusai: Beyond the Great Wave」の様子を中心に江戸時
代の浮世絵師の全貌に迫ったイギリス製ドキュメンタリー。
北斎というと、まずは「富嶽三十六景」が思い浮かぶが、本
作はその版画の制作過程の紹介などと共に、彼の肉筆画にも
焦点を当て、さらには90歳まで描き続けた絵師の生涯など、
絵師の全体像を描き尽す。そして後半では、大英博物館での
展示が、美術史家や現代のアーティストらの解説と共に詳細
に映し出され、美術館のガイドツアーとしても楽しめる構成
になっている。監督は以前にも大英博物館関連のドキュメン
タリーでプロデューサーを務めているパトリシア・ウィート
リー。本作は美術館展示の紹介だけでなく、そこからの広が
りを見事に描いた巧みな作品だ。公開は3月24日より、東京
はYEBISU GARDEN CINEMA他で全国順次ロードショウ。)

『獄友』
(2014年『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』と、2016年
『袴田巖 夢の間の世の中』の金聖雄監督が三度追った冤罪
事件のドキュメンタリー。狭山事件の発生は1963年、袴田事
件は1966年だが、本作ではさらに1967年の布川事件、1990年
の足利事件が取り上げられ、彼らが服役中に一緒だった時期
があることから獄友と称して交流する姿が描かれている。但
し布川・足利の両事件は共に無期懲役の判決であり、再審で
無罪が確定しているものだが、袴田・狭山は死刑判決で、さ
らに未確定あることが際立っている。そんな状況での作品だ
が、特に袴田氏の姿に、死刑囚という極限状態での精神的圧
迫の恐ろしさが如実に著されている。正に冤罪の恐怖、それ
は誰にでも降り掛る可能性のあるものという恐怖が重く感じ
られる作品だ。公開は3月24日より、東京はポレポレ東中野
他で全国順次ロードショウ。)

『ラッカは静かに虐殺されている』“City of Ghosts”
(2016年『カルテル・ランド』のマシュー・ハイネマン監督
が、ISが首都と宣言したシリア北部の町ラッカでスマホを
武器に闘う人々を追ったドキュメンタリー。原題と異なる邦
題は「RBSS」(Raqqa is Being Slaughtered Silently)と
称する地下の抵抗組織のことで、彼らはISによって日々行
われる公開処刑などの模様をスマホで撮影し、ソーシャルメ
ディアを通じて世界に発信している。しかしそれは当然IS
の逆鱗に触れるものであり、海外に逃れたメムバーにも死刑
が宣告され、暗殺も起きているものだ。そして彼らが拠点に
したドイツでは極右勢力による迫害も生じている。ラッカは
以前は天国とも称される美しい街並みを誇っていたそうで、
そこでの惨状は正に目を覆いたくなる映像だった。でもこの
現実は直視しなければいけない。公開は4月14日より、東京
はアップリンク渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『ボストン ストロング ダメな僕だから英雄になれた』
                     “Stronger”
(2013年4月15日のボストンマラソンで起きた爆弾テロに巻
き込まれ、両足を失いながらもFBIに対して犯人特定に繋
がる証言を行った男性の姿を、彼自身の回想録に基づき描い
た作品。男性のことは2017年3月26日題名紹介『パトリオッ
ト・デイ』にも描かれていたが、本作ではさらにその後の影
響なども語られており、邦題の副題にある通りの、正直に言
って個人的にはあまり付き合いたくないような話が赤裸々に
描かれている。とは言ってもそれなりにちゃんと描かれてい
るのはさすがのハリウッド映画と思わせる作品だ。出演はジ
ェイク・ギレンホールと、2015年『黄金のアデーレ』などの
タチアナ・マズラニー。監督は2013年5月紹介『コンプライ
アンス−服従の心理−』の製作総指揮を務めたデヴィッド・
ゴードン・グリーンが手掛けている。公開は5月11日より、
東京はTOHOシネマズシャンテ他で全国ロードショウ。)

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』“The Square”
(2014年『フレンチアルプスで起きたこと』などのリューベ
ン・オストルンド監督が、2017年のカンヌ国際映画祭で最高
賞=パルムドールを受賞した作品。主人公は現代アートの美
術館でキュレーターを務める男性。彼は参加者を利他主義に
導く次なる展示物「ザ・スクエア」の準備を進めていたが。
ある日、彼が財布と携帯電話を紛失したことから事態が急変
する。物語は他者への無関心や階層間の断絶など現代社会が
抱える問題を抉りだすものだが、前作の時も感じたがこの監
督は人間を信じていないと思わせる。これは2018年2月4日
題名紹介『ハッピーエンド』などのミヒャエル・ハネケ監督
にも感じるが、ハネケはそれを不条理に描くのに対して本作
はリアルに描き切る所が恐ろしい。現代に突き付ける刃とい
う感じの作品だ。公開は4月28日より、東京はヒューマント
ラストシネマ有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『ダリダ あまい囁き』“Dalida”
(1987年に54歳で他界した女性歌手ダリダの生涯を描いた伝
記ドラマ。イタリアからの移民としてエジプトに暮らしてい
た家族の許に1933年誕生したダリダは、1954年度のミス・エ
ジプトに選ばれるほどの美貌で、1956年に歌手として活動を
開始。以後亡くなるまで第1線で活躍した。その間には恋多
き女性としても知られたようで、そんな奔放な人生が描かれ
ている。正直に言って来日公演もしたという歌手の名前はあ
まり覚えていなかったが、映画が始まって直に流れる『バン
ビーナ』と『コメ・プリマ』の2曲は聞き覚えがあった。で
も調べてみると2曲ともカヴァーだったようで、彼女の歌で
知っていたのではないようだ。とは言え時流に合せて最後ま
で現役を通した姿は素晴らしいもので、そのパワフルな歌声
にも魅了される作品だ。公開は5月19日より、東京はヒュー
マントラストシネマ有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『港町』
(2012年7月紹介『演劇』などの想田和弘監督による「観察
映画」の第7作。本作は想田監督が前作2016年『牡蠣工場』
を制作した際、その撮影の合間に街を巡って出会った人々を
撮影したものだそうで、正に何の意図もなく撮影されたよう
だ。しかしそこには人間がいて、その人たちがドラマを紡ぎ
出す。そのドラマが今回は結構凄くて、何となく緊張して観
てしまった。「観察映画」は番外編も含めて多分全て観てい
るが、2013年『選挙2』と上記の前作は、監督の意図が良く
判らなかった。それに対し本作は監督の意図がない分、「観
察映画」の原点に戻った感じで、それが興味に繋がり、面白
く観させて貰った。以前の作品では、『演劇』は別格として
2009年4月紹介『精神』が興味深かったが、本作はそれに並
ぶ作品と言えそうだ。公開は4月7日より、東京は渋谷シア
ター・イメージフォーラム他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二