井口健二のOn the Production
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2018年01月21日(日) 見栄を張る、ワンダーストラック、空海(花は咲くか、名前のない、悪女、神さまの轍、リメンバー・ミー、ラブレス、かぞくへ、ROKUROKU)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『見栄を張る』
2012年7月紹介『聴こえてる、ふりをしただけ』や、2017年
6月紹介『丸』などを産み出したシネアスト・オーガニゼー
ション大阪(CO2)の助成で、2016年に製作された藤村明
世監督による長編デビュー作。
本作はすでにSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016などで上映
され、SKIPシティアワードやイタリアで開催されたWorking
Title Film Festival 2017での審査員特別賞などを受賞して
いる。
主人公は、東京で俳優を目指しているがなかなか芽の出ない
女性。売れない芸人の男性と同棲しているが、その男はひも
のような存在だ。そんな女性に故郷から唯一の家族だった姉
の急死の報せが届き、彼女は急遽帰郷することになる。
そして葬儀は彼女の喪主で行われるが、葬儀の後、シングル
マザーだった姉の息子の処遇を巡って親族の意見がまとまら
ない。そこで主人公は思わず「自分が引き取る」と口走って
しまう。でもそれは実力の伴わない見栄だった。
それでも東京へ戻る日を先延ばしにした主人公は、姉が生業
にしていた「泣き屋」という仕事の内容を知って行く。それ
は女優である主人公には簡単な仕事に思えたが…。その仕事
はただ泣いて見せるだけのものではなかった。
それと共に、姉の残した子供との交流や、主人公自身の成長
などが細やかに描かれて行く。

出演は、後で紹介する『神さまの轍』にも出ている久保陽香
と、NHK『純と愛』などに出演の子役の岡田篤哉。それに
CO2の俳優特待生で初の本格出演という似鳥美貴。主な出
演者は大阪、東京でのオーディションで選ばれている。
「泣き屋」は韓国映画などでは見たことがあるが、日本にも
同じような職業があったようだ。監督はテレビ番組でそれを
知って以来この企画を温めてきたものだが、CO2に企画を
応募した段階では、少し展開が違っていたとのこと。
それが審査員のアドヴァイスで現在のものに変わったそうだ
が、それは成功していると言える。それが監督自身の成長に
も繋がっているのは喜ばしいことだ。特に中にいろいろ盛り
込まれたエピソードが的確なのにも感心した。
また僕自身が男性の立場としては、シングルマザーの相手の
存在というのが気になってしまうところだが、その点も上手
く話が作られていた。その前後の子供の行動の描き方なども
実に巧みで素敵な作品だった。

公開は3月24日より、東京は渋谷ユーロスペース他で全国順
次ロードショウとなる。

『ワンダーストラック』“Wonderstruck”
2011年12月紹介『ヒューゴの不思議な発明』の原作者ブライ
アン・セルズニックが原作と脚本も手掛け、2003年4月紹介
『エデンより彼方に』などのトッド・ヘインズが監督した、
時代を隔てた少女と少年の物語。
2つの時代は1927年と1977年。先の時代はこの年の10月6日
に史上初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開されて
サイレント映画が終焉を迎える時であり、本作の主人公には
ちょっと辛い思いがある。因に後の時代はSFファン的には
『スター・ウォーズ』の公開年だがそれは直接関係ない。
そして先の時代の主人公は、憧れの銀幕のスターがブロード
ウェイの舞台に立つと知り、女優に会いにニュージャージー
からニューヨークを目指す。一方、後の時代の主人公は母親
が突然他界し、絵本に挟まっていた書店の栞を頼りにミネソ
タから父親の消息を追ってニューヨークに向うが…。
2人は導かれるようにマンハッタンの自然史博物館を訪れ、
そこで自らの境遇に立ち向かうための、人生の転機を迎える
ことになる。

出演は、2016年『ピートと秘密の友達』などのオークス・フ
ェグリーと、全米でのオーディションで選ばれたミリセント
・シモンズ。他に監督とは4度目のコラボレーションのジュ
リアン・モーア、2013年2月紹介『オズ はじまりの戦い』
などのミシェル・ウィリアムスらが脇を固めている。
始めの方で、映画館の前にサウンド映画の宣伝が大量に掲げ
られたシーンが登場する。それはその時代を現しているよう
にも見えるが、観客はその後で主人公の境遇を知りショック
を受けることになる。その巧みな展開が上手さを感じさせる
作品でもある。
そしてその境遇を生き抜くことの難しさが、後の時代の主人
公を後天的にその境遇とすることで観客にも判り易く表現さ
れる。この辺りの描き方には、過去の作品でもマイノリティ
の気持ちに沿うような映画作りをしてきた監督の温かさが伝
わってくるものだ。
そんな全ての人に優しさを教えるような作品だが、同時に原
作者のサイレント映画への愛情も描き尽す。それは2011年の
作品でジョルジュ・メリエスに捧げられた想いが、本作でも
見事に描かれている。時代の流れには逆らえないものだが、
その良さもしっかりと伝えている。
サイレントからサウンドへ、そして映画の歴史の全てに捧げ
られた作品と言えそうだ。

公開は4月6日より、東京は角川シネマ有楽町、新宿ピカデ
リー他で全国ロードショウとなる。

『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』“妖描伝”
2016年『神々の山嶺』などの夢枕獏原作「沙門空海唐の国に
て鬼と宴す」を、2011年11月紹介『運命の子』などのチェン
・カイコーの脚本、監督で描いた作品。
時は西暦805年、遣唐使の僧として長安に暮らす空海の許に
皇帝が病に伏したことでの祈祷の依頼が来る。しかし空海の
祈祷は及ばず、空海はその陰に強い呪術の存在を感じ取る。
そこで、その現場で知り合った宮廷官吏の白楽天と共にその
背後に潜む謎を調べ始めるが…。
そこには玄宗皇帝と楊貴妃の時代から3代に亙っての幻術に
塗れた愛憎の物語が隠されていた。そして事件は、50年前か
ら長安で暮らす阿倍仲麻呂らも巻き込んで、壮大な物語へと
広がって行く。それらが当時世界最大の都市とされる長安の
景観や、華麗な幻術などのVFXと共に描かれる。

出演は、2017年1月紹介『3月のライオン』などの染谷将太
と、2017年2月紹介『グレート・ウォール』などのホアン・
シュアン。それに『神々の山嶺』などの阿部寛。他に松坂慶
子、火野正平。
さらに2017年11月12日題名紹介『52Hzのラヴソング』などの
チャン・ロンロン。またオウ・ハウ、リウ・ハオラン、チャ
ン・ルーイー、チャン・ティエンアイ、チン・ハオ、キティ
・チャンら、中国映画の錚々たる顔ぶれが脇を固めている。
実は試写の前に、特に年配の評論家の評価が低いという噂を
聞いていた。それはまあこの種のVFX多用の作品にはよく
あることではあったが、チェン・カイコー監督の作品という
ことではちょっと気になった。
それで映画を観始めたが、まず気になったのは日本語吹き替
えの口元が余り合っていないという点だった。これは韓流ド
ラマの吹き替えなどでもよく感じるが、西欧人の吹き替えで
は生じない違和感が東洋人の時には感じられてしまう。
したがってこれは韓流ドラマなどを観馴れている人には問題
ないのかな、とも思えたところだった。
そして次に気になったのは、邦題の『空海』というのが映画
の物語に合っているか? という点だ。これは夢枕獏の原作
の題名も「沙門空海」ではあるが、映画は中国題名の『妖描
伝』の方がより的確のように感じられる。
特に本作は、空海本人の宗教的な業績を描くものではなく、
単に空海は事件を解決する探偵であって、『八つ墓村』にお
ける金田一耕助のような存在なのだ。従ってこれを『空海』
と題したことに違和感が生じる。
ただしこれを中国題名のように「猫」の物語として観れば、
特に後半の活躍ぶりなどには、思わず感動してしまうところ
もある作品で、猫好きにはたまらない作品とも言えそうだ。
そう思いながら観ることをお勧めしたい。

公開は2月24日より、全国ロードショウとなる。

この週は他に
『花は咲くか』
(日高ショーコ原作BLコミックスの映画化。広告代理店勤
務の中年男性がCM撮影のために訪れた日本家屋の屋敷で、
美大に通う美貌の少年と巡り会う。出演は『動物戦隊ジュウ
オウジャー』の渡邉剣と、『仮面ライダー剣』や2012年2月
紹介『けの汁』などの天野浩成。脚本は2010年9月紹介『大
奥』などの高橋ナツコ、監督はアメリカで映画制作を学んだ
女性監督の谷本佳織。普通に生きてきた自分にはなかなか判
り難い世界だが、原作は女性にかなり人気のようだ。その作
品を女性の脚本家と監督が描くのだから、これはもう万全の
世界なのだろう。舞台となる日本家屋やその庭園なども美し
く観られる作品に仕上げられている。ただ、ラストシーンが
汐留というのは、主人公は…? 公開は2月24日より、東京
は池袋HUMAXシネマズ他でロードショウ。)

『名前のない女たち〜うそつき女〜』
(AV業界に取材した中村淳彦のノンフィクションを2009年
3月紹介『ジャイブ』などのサトウトシキ監督が映画化。監
督は「ピンク四天王」の1人としても知られており、題材に
はぴったりと言える。出演者では吹越満がルポライター役で
登場する。2017年10月15日題名紹介『最低!』がよく似た題
材だったが、東京国際映画祭コンペティションの作品よりは
多少現場に近いかな? エピソードも少し多岐に亘っている
感じだが、ここでレポーター本人の話は必要な物だったか。
介護の話は欲しかったのかもしれないが、何処か違和感があ
った。それと夫婦茶碗を来客に出すというような演出ミスは
いただけない。その後のシーンで同じ茶碗を夫が使っている
のにはあきれてしまった。公開は2月3日より、東京は新宿
K's cinema他にて全国順次ロードショウ。)

『悪女 AKUJO』“악녀”
(2013年5月紹介『殺人の告白』のチョン・ビョンギル監督
によるスタイリッシュ・アクション。犯罪組織の殺し屋とし
て育てられた女性が最愛の人を殺され、怒りに駆られた復讐
を果たすが国家組織に拘束される。そして今度は国家直属の
暗殺者として任務に就く。そこには命令に従って一定数の任
務に成功すれば自由を与えるという条件があったが…。その
最後の任務の標的は思いもよらない人物だった。上記の作品
は2017年4月2日題名紹介『22年目の告白』としてリメイク
されたが、実はオリジナルでは多少きめの粗さを感じた。本
作も映像は見事だがちょっと展開に難があるかな。まあそん
なことは気にさせないくらいのアクションの展開ではあるの
だが。公開は2月10日より、東京は角川シネマ新宿他で全国
ロードショウ。)

『神さまの轍 check point of the life』
(2017年8月27日題名紹介『氷菓』などの岡山天音と、11月
19日題名紹介『ちょっとまて野球部!』などの荒井敦史の共
演で自転車のロードレースに挑む若者たちを描いた作品。主
人公たちは中学時代に出逢ったロードバイクに魅せられる。
しかし1人はオリンピックを目指すプロレーサーとなり、も
う1人は社会人となってペダルを漕ぐことを止めてしまう。
だがそれぞれに壁が立ちはだかる。そんな2人が偶然再会し
て人生の転機が訪れる…、というお話だが。レースシーンな
どの迫力はあるものの、描かれるエピソードが何となくぶつ
切れで、肝心の主人公らの成長が描き切れていない。その点
で物足りなさを感じてしまった。監督は企画会社の経営者の
デビュー作のようだが、もう少し脚本から練ってほしい感じ
がした。公開は2月24日より関西地区で先行上映の後、東京
は3月17日より新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『リメンバー・ミー』“Coco”
(『トイ・ストーリー』などのピクサー・アニメーションに
よる新作。メキシコの祝日「死者の日」をテーマに、ふとし
たことで死者の国に紛れ込んだ主人公が、家族の秘密を紐解
きつつ自らを現世に戻すための冒険を繰り広げる。主人公の
曽祖父がミュージシャンという設定で、陽気なマリアッチの
音楽と共に、1930年代サウンド映画初期へのオマージュも込
められている。それにしてもメキシコ人の死者の国のカラフ
ルで華やかなこと。そしてそこに家族の絆の物語が巧みに描
かれて行く。物語の原案と監督は『トイ・ストーリー3』で
オスカー受賞のリー・アンクリッチ。受賞作でも家族の絆と
主人公の成長を巧みに描いた監督が、本作でも本領を発揮し
ている。公開は3月16日より、東京はTOHOシネマズ日本橋他
で全国ロードショウ。)

『ラブレス』“Нелюбовь”
(2004年6月紹介『父、帰る』などのアンドレイ・ズビャギ
ンツェフ監督が、昨年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞
した作品。ロシアでは比較的良い暮らしの夫妻の1人息子が
行方不明になる。しかし夫妻は離婚協議中であり、その行方
不明にはいろいろな憶測が生じる。そして他の犯罪捜査で人
手の足りない警察に代って、ヴォランティアの人たちによる
捜索が始まるが…。子供の行方不明に対してヴォランティア
の捜索隊という展開にも驚かされるが、雪に閉ざされた郊外
の住宅地で絨毯捜査を行う組織力には、ロシアの民衆の力の
ようなものも感じさせた。そして子供を行方不明にした夫妻
にはかなりの手厳しさも描かれている。そして冬のロシアの
寒さもひしひしと感じさせる作品だった。公開は4月7日よ
り、東京は新宿バルト9他で全国ロードショウ。)

『かぞくへ』
(2016年11月5日付「東京国際映画祭」でも紹介した作品。
前の紹介でも詐欺事件が絡むことは書いたが、詐欺の話はそ
の手口の把握が難しくて今回の試写を観に行った。そこで再
見するとさすがに手口は判ったが、主人公たちにはもっと他
に取るべき手はあったのではないかという気持ちは変わらな
かった。ただし監督が描きたいのはそこが主ではなく、「か
ぞく」というものに対する施設で育った主人公らの思いなの
だが、そこも僕にはしっくりこなかった。しかし再見して途
中で2度ほどその点に言及している場面に気付き、成程そう
いう気持ちなのだということは判り掛けたかな? そんな気
持ちにはさせてくれる作品だった。脚本と監督は助監督出身
の春本雄二郎によるデビュー作。公開は2月24日より、東京
は渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『ROKUROKU』
(2017年12月紹介『牙狼』などの雨宮慶太原作、総監督で、
2016年1月紹介『珍遊記』などの山口雄大監督による日本古
来の妖怪を描いた作品。登場するのは表題の「ろくろ首」を
始め「ぬり壁」や「かまいたち」など、様々な妖怪がVFX
で描かれる。そして物語の全体では、祖父の言い付けに従っ
てそれらと闘う女性の姿を描いたものだ。出演は中西美帆。
他に遠山景織子、いしだ壱成、マキタスポーツ、駿河太郎、
仁科貴、落合モトキ、佐々木心音、螢雪次朗、伊藤かずえ、
ミッキー・カーチスらがそれぞれのエピソードの主役として
登場する。ただ全体の尺が91分と短く、各エピソードの展開
が物足りないかな。でもまあ日本の妖怪のオンパレードとし
てはそれなりの面白さはあった。公開は1月27日より、東京
は新宿K's cinema他にて全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二