井口健二のOn the Production
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2017年12月03日(日) ロープ 戦場の生命線、レディ・ガイ、ホペイロの憂鬱

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ロープ 戦場の生命線』“A Perfect Day/El pozo”
1995年、停戦直後のバルカン半島で人道支援に携わる人々の
姿を描いたヒューマンドラマ。僕自身が今年観てきた500本
を超える映画の中で、ベストの1本と思える作品。
映画の開幕は、井戸から遺体を引き上げているNGO隊員の
様子。しかし水膨れした遺体の重さに耐えかねた古いロープ
が途中で切れてしまう。そこで本部に連絡するなどロープの
調達を始める隊員たちだったが…。
外国人には物資を売ろうとしない商店やくすぶり続ける住民
感情など、様々な要因が彼らの行動を阻んで行く。そしてさ
らに彼らの行動の是非を判断する女性査察官もやって来る。
彼女はチームリーダーと特別な関係にもあった。

出演は、2012年7月紹介『セブン・デイズ・イン・ハバナ』
などのベニチオ・デル・トロ、2011年7月紹介『グリーン・
ランタン』などのティム・ロビンス、2017年4月23日題名紹
介『ザ・ダンサー』などのメラニー・ティエリーと、2013年
4月紹介『オブリビオン』などのオルガ・キュリレンコ。
製作と脚本、監督は、スペインのアカデミー賞ゴヤ賞で多数
の受賞に輝くフェルナンド・レオン・デ・アラノア。名匠と
呼ばれる監督が自身のプロダクションで作り上げた作品だ。
巻頭の水場を汚すために投げ込まれた遺体という展開では、
1962年『アラビアのロレンス』でオアシスの泉に投げ込まれ
たラクダの死体を思い出した。そこで何故に人間なんだ…?
という疑問が湧いたが、その直後に「動物は食料になる」と
の台詞があって衝撃を受けた。ここでは人間の価値が家畜以
下なのだ。
そんな衝撃からスタートした作品だが、映画ではティエリー
の演じる新人隊員の目線が正に観客に一致しており、それが
観ていて僕らの理解を深めてくれる感じがした。その点では
極めて優れた作品と言える。
しかもそこに豊かなユーモアも散りばめられたもので、それ
をデル・トロとロビンスが的確且つ絶妙に演じ切っている。
そのユーモアが現実のシビアさを描く上で全くそれを阻害せ
ず、却ってそれを際立たせている点にも感心した。
この他にも自分が今まで夢にも考えなかった事象が次々に描
き出され、それを描き切る勇気にも感動する作品だった。
そして何より素晴らしいのは結末。それはあー言っちゃった
という感じの台詞から始まるのだが、その先に何とも言えな
いエンディングが訪れる。これにはカンヌ映画祭でのスタン
ディングオベーションも頷ける、見事な結末だった。

公開は2018年2月10日より、東京は新宿武蔵野館、渋谷シネ
パレス他で全国ロードショウとなる。

『レディ・ガイ』“The Assignment”
『エイリアン』シリーズの製作者に名を連ねるウォルター・
ヒル監督の2012年『バレット』以来となる最新作。
一時期はハリウッドを代表するアクション映画の人気監督の
1人と言えたヒルだが、僕が彼の作品を観るのは、2000年に
トーマス・リー名義で発表された『スーパーノヴァ』以来と
なる。その前は1997年の『用心棒』リメイク=『ラストマン
・スタンディング』かな。
そんなヒル監督の新作はかなり捻りの利いたアクション作品
だった。
まず登場するのは拘束衣に縛られた女医。違法な手術をした
として告発されている彼女は、それが革新的な研究だったと
主張する一方で復讐のためだったことも認める供述を行う。
そして彼女が逮捕された状況を供述するが、彼女が真犯人と
する殺し屋の存在が不明だった。
しかも違法とされる手術の被害者も見つかっておらず、その
供述も曖昧で、そのため彼女は精神病院に収容されているの
だ。そんな彼女の証言に従って、事件の全容が明らかにされ
て行く。それは女医の弟が殺し屋に襲われるところから始ま
る復讐劇だが…。
一方、名うての殺し屋フランク・キッチンはマフィアの指示
で女医の弟に制裁を加えたが、その女医がマフィアにとって
の重要人物だったために逆に彼自身が狙われることになる。
そしてマフィアに拘束され女医の許に連れて行かれたフラン
クは、女医の手術の被害者になってしまう。
斯くして包帯でぐるぐる巻きにされ、安ホテルの部屋で目覚
めたフランクは、自分が性転換手術を施されたことを知る。
これにより女性になったフランクは女医への復讐を誓う。

出演は、『バイオハザード』から『ワイルドスピード』まで
アクション映画に欠かせない女優ミシェル・ロドリゲスと、
『エイリアン』でアクション映画の女王とされたシガニー・
ウィーヴァー。因にヒルが自らの監督作品で女優を主演者に
するのは初めてだそうだ。
他に、2017年11月12日題名紹介『ジャコメッティ』などのト
ニー・シャループ、2017年8月13日題名紹介『アナベル』な
どのアンソニー・ラパリア、2012年『スマイリー』などのケ
イトリン・ジェラードらが脇を固めている。
原案にも名を連ねるヒルは、1970年代に持ち込まれた企画か
ら当時のグラフィックノヴェル化も手掛けたそうで、本作は
その長年の企画を実現したものだ。そして当初はゲイ男優の
主演も考えたが、ロドリゲスの出演を得て本作を完璧なもの
にしている。
そのロドリゲスは、前半ではかなり巧みに男性の殺し屋を演
じており、製作前には企画に対してトランスジェンダーから
の批判もあったようだが、その批判を黙らせる演技力を見せ
つけている。

公開は2018年1月6日より、東京は新宿シネマカリテ他にて
全国順次ロードショウとなる。

『ホペイロの憂鬱』
2003年公開『T.R.Y.』の原作者でもある井上尚登が、2009年
に東京創元社で発表した小説の映画化。因に作者は夕刊紙に
コラムを持つほどのスポーツ通だそうだ。
主人公はJ3リーグ所属サッカーチームの用具係。経験は浅
いが研究熱心で、用具の様子から選手の不調を見破ることも
できる。ところが勝てばJ2昇格という大事な試合の前に社
長室に呼ばれ、J2に昇格したら用具係は続けられないと告
げられる。
その一方で、ベテラン女性広報の下に若い新人女性が入って
きたり、街に貼られた試合の告知ポスターが破られたり、さ
らには監督のジンクスのぬいぐるみのクマが消えたり。様々
な事件が主人公の周囲で巻き起こる。果たして主人公はこれ
らの難問を解決できるか? そして主人公の運命は…?

出演は、2017年7月紹介『東京喰種トーキョーグール』など
の白石隼也と、2013年11月紹介『バイロケーション』などの
水川あさみ。他に永井大、2011年1月紹介『心中天使』など
の郭智博、「王様のブランチ」リポーターの小室ゆら。
さらに菅田俊、川上麻衣子、白川和子、佐野史郎らが脇を固
めている。
監督は大阪藝術大学・映像学科卒業、前作『少年モン、本当
の名前は知らない』で2016年福井映画祭審査員特別賞受賞の
加治屋彰人。脚本は、2010年8月紹介『アブラクサスの祭』
などの佐向大と、アニメーション監督のサトウタツオ、それ
に監督が手掛けている。
映画は、撮影協力もしたJ3リーグのSC相模原をモデルに
しているようで、僕はその南隣のチームのサポーターだが。
長年チームを応援してきた目で観ていると、水川が演じる女
性広報にはこちらのチームの元広報も髣髴とさせてニヤリと
してしまった。
その他にも、応援の様子やその応援団の掲げる横断幕の文字
の濁点が微妙だったりするのは、言ってみればJリーグある
あるみたいなもので、その辺は良く研究されて描かれている
感じがした。
ただ、宣伝コピーにもなっている「負けたらクビ! 勝って
もクビ?!」というのが、映画のように新規の親会社の意向と
いうのは、確かにJリーグでもない訳ではないが。これは一
般企業でもある話で、ここはもっとJリーグに特化したもの
にして欲しかった。
特にJ3からJ2に上がる場合は、J2ライセンスの取得の
関係でプロ契約選手の人数を増やす必要があり、そこで予算
規模が変わらなければ、用具係のような立場の弱いスタッフ
にしわ寄せがくる。そんな話を過去にも聞いたことがある。
そんなサッカー界に特化した展開も欲しかったところだ。
それともう1点。事件の要部となるサッカーボールの軌道は
VFXなどで具体的に示して欲しかったものだが。これは製
作費の都合で無理だったのかな? この辺が少し残念に思わ
れたものだ。

公開は、2018年1月6日からMOVIX橋本での先行上映の後、
1月13日より、東京は角川シネマ新宿他での全国順次ロード
ショウとなる。

この週は他に
『ラーメンヘッズ』
(2006年に千葉県松戸に開業したつけ麺屋「とみ田」。その
10周年記念のイヴェントを中心に描いたドキュメンタリー。
海外の映画祭で話題になったという作品。基本的に中華麺は
嫌いではないし、以前は行列のできる店に並んで食べたこと
もあるが、最近はそんな暇もない感じかな。とは言えここに
紹介された店にわざわざ行く気も湧かなかった。と言うか、
観ていて店主らの凄さは判るが、何か本質のようなものが伝
わってこない。特に後半のイヴェントに関る部分では、テレ
ビの宣伝ドキュメンタリーを観ているような気分になった。
でもまあ海外で評価されたというのは、日本文化を紹介する
上では適当な作品なのかな? 公開は2018年1月27日より、
東京はシネマート新宿他で全国順次ロードショウ。)
『プリンシパル 恋する私はヒロインですか?』
(いくえみ綾原作・少女コミックスの実写映画化。主人公は
両親が離婚し、母親との都会生活に行き詰り、北海道の父親
の許にやって来た少女。その転入した高校で彼女はイケメン
男子コンビに出逢う。その1人は彼女の家の隣人、もう1人
は彼の幼馴染で毎朝彼の家まで迎えに来る。こうして彼女は
通学路で一緒になるが…。男子コンビは全校女子生徒の憧れ
の的。そこで主人公は全校女子を敵に回すことになる。出演
はNHKでも主演を張る黒島結菜とジャニーズWEST小瀧
望。他に高杉真宙と川栄李奈。監督は2017年2月5日題名紹
介『花戦さ』などの篠原哲雄。男子コンビがBLかと思いき
やそこをさらりと抜けて、意外と爽やかで巧みな物語になっ
ていた。公開は2018年3月3日より、全国ロードショウ。)
『ニワトリ★スター』
(2008年4月紹介『ハブと拳骨』では原案、クリエイティブ
ディレクターなどを務めたアーティストのかなた狼が、自ら
の原作を初監督した作品。2008年の東京新宿の安アパートを
舞台に、社会を逸れて生きる2人の男と他の住人たちのちょ
っと危ない世界が描かれる。出演は、2017年9月3日題名紹
介『光』などの井浦新と、2016年12月11日題名紹介『キセキ
あの日のソビト』などの成田凌、それにモデル出身で2017年
ミュージカル「RENT」に出演したという紗羅マリー。他に津
田寛治、奥田瑛二、LiLiCoらが脇を固めている。多少SF的
な場面があるが、本編には直接関らない。でも見所にはなっ
ていたかな。公開は2018年3月17日より、東京はヒューマン
トラストシネマ渋谷他で全国順次ロードショウ。)
『DEVILMAN crybaby』
(2017年10月22日題名紹介『マジンガーZ』に続く永井豪画
業50周年記念リブート作品。1972年連載開始の原作はテレビ
アニメとの連動企画で表現などにかなり規制があり、原作者
の想いなどは明瞭には出されなかったようだ。そして放送終
了が先であったことから、映像は結末まで描かれなかった。
それを今回は始まりから結末まで完全に描くというものだ。
ただし試写が行われたのは全10話とされるシリーズの3話ま
でだが、確かに当時のテレビでは描けなかったシーンも満載
の作品だった。とは言うものの監督は2017年3月紹介『夜は
短し歩けよ乙女』などの湯浅政明が担当しており、その独特
のムードが作品に新たな味わいも加えている。公開は2018年
1月5日(JST)より、Netflixで全世界同時配信となる。)
『息衝く』
(2008年12月紹介『へばの』の中村文洋監督が、その10年後
に再び挑んだ原子力施設を巡る物語。ただし今回はそこに政
権と結託する宗教団体を配置し、原子力問題を別の角度から
も追及して行く。主人公は宗教団体幹部の選挙活動に従事す
る男性。元々は親が帰依したためそこに居たものだが、幼い
頃の指導者だった幹部の選挙では成功を収めていた。しかし
その幹部は失踪した。そして今回はその幹部の地盤も使って
新たな幹部を当選させるが…。そこには様々な思惑が渦巻い
ていた。監督は2012年にオウム真理教を扱った作品も発表し
ており、本作で言いたいことは理解する。しかしちょっと論
点が分散しているかな。公開は2018年2月下旬より、東京は
ポレポレ東中野他で全国順次ロードショウ。)
『愛の病』
(2002年に起きた「和歌山出会い系サイト強盗殺傷事件」の
実話に基づくドラマ作品。サイトでサクラを演じていた女性
が、アクセスしてきた男性を騙して犯罪を実行させる。まさ
かと思うような低レベルの事件でいやはやとしか言いようが
ない。しかも実話に沿った映画化では全く説得力がなく、も
う少し別のものも描けたのではないかとは思ってしまった。
出演はモデル出身で舞台でも活動する瀬戸さおりと、2017年
8月27日題名紹介『氷菓』などの岡山天音。他に劇団 EXILE
の八木将康。さらに山田真歩、佐々木心音、藤田朋子らが脇
を固めている。監督は2014年5月紹介『女の穴』などの吉田
浩太。公開は2018年1月6日より、東京はシネマート新宿他
で全国順次ロードショウ。)
『アバウト・レイ 16歳の決断』“3 Generations”
(2017年10月紹介『パーティで女の子に話しかけるには』な
どのエル・ファニングがトランスジェンダーを演じるドラマ
作品。主人公はシングルマザーの母と、レズビアンの祖母と
共に暮らす少女。彼女は自分の性別に違和感があり、16歳で
性転換を決断する。しかし未成年が手術を受けるには両親=
父親の同意も必要となり…。共演はナオミ・ワッツとスーザ
ン・サランドン。脚本と監督は多くの短編を手掛け、2005年
の長編第2作はサンダンス映画祭のオープニングを飾ったと
いうゲイビー・デラル。テーマに沿ってファニングがボーイ
ッシュな容姿を見せたりもするが、全体は今を生きる女性を
温かく描いた作品だ。公開は2018年2月3日より、東京は新
宿ピカデリー他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。
また<TANIZAKI TRIBUTE>と題された2作品を観ているが、
残る1本と共に次回に紹介します。


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井口健二