井口健二のOn the Production
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2017年11月05日(日) 第30回東京国際映画祭<コンペティション以外>

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※今回は、10月25日から11月3日まで行われていた第30回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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<アジアの未来部門>
『アリフ、ザ・プリン(セ)ス』“阿莉芙”
2012年2月紹介『父の初七日』などのワン・ユーリン監督の
新作。主人公は台湾原住民の族長の息子だが、以前から自分
の性の同一性に疑問を持ち、女性になることを願っていた。
そのため都会に出て美容師として働きながらその資金を貯め
ていたが…。同様のテーマの作品は西欧や日本でも散見され
るが、本作の背景はかなり特殊といえる。でも物語は巧みに
作られており、特に結末が素敵だった。

『現れた男』“Ma Na Thee Nee”
タイ文学界のカリスマと称される作家プラープダー・ユンが
描くミステリアスな作品。都会の高層マンションに住む女の
部屋に謎めいた男が転がり込む。ところがその男は、部屋を
自分のものと主張し、女の知らなかった細かな傷や不具合、
壁に掛けられた絵の説明などを始める。果たしてその男の正
体は…。ヒントはいろいろあって、馴れた観客なら先に読め
てしまうが、2作目の監督は手馴れて面白かった。

『ソウル・イン』“花花世界灵魂客”
父親の死後に実家を改装し、遺骨を一時預かる「魂の宿」を
始めた主人公。そこには父親の遺骨も安置され、宿にはいろ
いろな人が遺骨を預けに来る。そして主人公には恋人も出来
るが…。そんな中で主人公は自分を置いて出て行った母親の
ことを思う。監督のチョン・イーは、中国出身で熊本の大学
とフランスで映画を学んだとのことで、欧州映画風のアーテ
ィスティックな作品に仕上げられている。

『殺人の権利』“Tu Pug Imatuy”
ミンダナオの奥地で狩猟と物々交換で暮らしていた夫婦が、
反政府ゲリラを追う軍隊によってその生活を奪われて行く。
実話に基づく作品とのことだが、フィクションで付け加えら
れたと思しき部分が如何にもという感じで、特に何かを感じ
させるようなものではなかった。フィリピンの映画祭では主
要な賞を総なめにしたそうだが。内容的には題名の存する場
所をもっと明確にするべきだろう。

『老いた野獣』“老兽”
内モンゴルを舞台に事業に失敗し、ギャンブルなどに明け暮
れる不良親父と、それぞれは真っ当な暮らしで父親とも距離
を置く3人の息子との葛藤を描く。現地の事情なども絡むよ
うだが、物語自体はよくある感じかな。中で駐輪場にバイク
とラクダが並んでいる風景はニヤリとさせられたが、内モン
ゴルの映画も何本か観ている中で、もっと独自のものが欲し
かった感じがする。

 今年の「アジアの未来部門」は全10作品で、その内の5本
鑑賞した。この部門では作品賞、スペシャルメンション、特
別賞が選ばれるが、残念ながら観た中で受賞したのはスペシ
ャルメンションの『老いた野獣』だけだった。この作品も僕
自身は、あまり評価しなかったので何とも言えないが。

<日本映画スプラッシュ部門>
『二十六夜待ち』
(2017年10月15日付の題名紹介を参照してください。)

『うろんなところ』
実はこの作品もSFにジャンル分けされているのだが、正に
何ともはやという感じだった。夢と現実が入り混じるという
展開だが、これがSFなら「アジアの未来部門」の『現れた
男』の方がよほどだろう。海外の映画祭で受賞歴のある監督
の作品だが、その見るからに奇を衒った演出にも辟易した。
この作品では途中に怪物が登場するのだが、それ自体が意味
不明で、SFとされるのは願い下げの作品だ。

『地球はお祭り騒ぎ』
最初に監督の友人という絵本作家の作品が朗読され、そこか
らポール・マッカートニーのコンサートに向かう男2人の道
中が描かれ、監督自身が演じる助手席の男が延々とビートル
ズへの思いを語り続ける。そこに2人の男の普段の生活がフ
ラッシュバックされるが、途中に登場する運転者の妻と子の
ことなどが、意味不明のまま残される。最初の絵本の意味も
不明だし、全体に何が言いたいのか判らない作品だった。

『アイスと雨音』
結局上演中止となる舞台劇の出演者たちの行動を、オーディ
ションからワンカットムーヴィ風に描いた作品。画面のサイ
ズが変化して劇中と現実を区別しているようだが、後半には
オーディションに居なかった人物が劇中シーンとして登場す
るなど、全く意味不明の作品だった。因に「アイス」は、映
画祭で付けた英題名ではIce Creamだが、台詞の英語字幕で
はPopsicle。その不統一も気になった。

『Of Love & Law』
ゲイカップルでは日本初の里親の認可を受けた大阪の弁護士
カップルを追ったドキュメンタリー。自らがマイノリティで
ある彼らの許には、「君が代斉唱不起立」や「無戸籍者」な
ど様々な弱者が相談に訪れる。僕はマイノリティの問題には
それなりに関心を持って観て来たつもりだが、それでも衝撃
を受けるいろいろな事件が描かれていた。正に日本の病巣の
縮図と言える作品だ。

 今年の「日本映画スプラッシュ部門」は全9作品で、その
内の5本鑑賞した。この部門では作品賞が選ばれ、受賞した
のは『Of Love & Law』。僕は全作品を観た訳ではないが、
この結果には納得する。

<ワールド・フォーカス部門>
『ライフ・アンド・ナッシング・モア』
               “Life and Nothing More”
フロリダの低所得者層の暮す街を舞台に、服役中の父を待つ
息子と、その母親と幼い妹を巡る物語。ドラッグの陰なども
見えるが、白人居住地区に入った主人公が些細なことから逮
捕されるなど弱者に対して冷たい社会も描かれる。2012年の
東京国際映画祭で上映『ヒア・アンド・ゼア』などのアント
ニオ・メンデス・エスパルサ監督の新作は、サンセバスチャ
ン国際映画祭のコンペティションにも選ばれた。

『アンダーグラウンド』“Pailalim”
2017年6月4日題名紹介『ローサは密告された』のメンドー
サ監督が主宰するワークショップで学び、いきなり第1作で
サンセバスチャン国際映画祭に入選したというダニエル・R
・パラシオ監督の作品。本作も生活苦から悪事に手を染める
庶民の姿が描かれる。元は立派な霊廟が並んでいたが、今は
集合住宅のような墓地の中で暮す墓堀職人たちが描かれる。
文化の違いを感じさせる作品でもある。

『こんなはずじゃなかった!』“喜歡‧你”
1982年生まれで、多くの名監督の作品の編集に携わってきた
デレク・ホイの監督デビュー作。金城武の主演に迎えて、冷
酷なビジネスマンながら驚異の舌を持つ男と、新進女性シェ
フの対決を描く。前半の見事なグルメ談議が後半ではただの
ラヴコメになってしまうのは残念なところ。前半最後のトリ
ュフの薀蓄が主人公に跳ね返ってしまうのは、伏線としては
ちょっといただけない感じがした。

『セクシー・ドゥルガ』“Sexy Durga”
弁護士でもあるナサル・クマール・シャシダラン監督がロッ
テルダム国際映画祭で最高賞を受賞した作品。女神ドゥルガ
のと、女神と同じ名前を持つ女性を襲う恐怖の体験が並行し
て描かれる。主人公は恋人と駆け落ちで鉄道駅に向かうが、
ヒッチハイクした自動車は怪しい男たち集団だった。キング
やカーペンターのようなホラー感覚が、土着の奇祭の映像と
共に描かれる。これも文化の違いを感じさせる作品だ。

『Have a Nice Day』“好极了”
中国アニメーションで初のベルリン映画祭コンペティション
部門に出品されたリウ・ジエン監督の作品。裏組織の運転手
だった青年が、整形手術に失敗した恋人の再手術費を捻出す
るため組織の金を強奪する。しかしそれは直ちに知れ、青年
は町中を追い回されることになるが…。2017年7月30日題名
紹介『我は神なり』などの韓国アニメーションも注目だが、
中国もその後を追ってきそうだ。

『サッドヒルを掘り返せ』“Sad Hill Unearthed”
2013年上映『ホドロフスキーのDUNE』に次いで映画祭で最も
興奮したドキュメンタリー。1967年のセルジ・レオーネ監督
『続・夕陽のガンマン』で最後の決闘シーンが撮られた墓地
のロケ地を探し出し、それを再現して50周年の上映会を開い
た男たちの記録。そこに存命のエンニオ・モリコーネらへの
インタヴューも加えて、最後の上映会のシーンは正に感涙物
の作品になっている。日本公開を期待したい。

『マカラ』“Makala”
アフリカ・コンゴの荒野で家族が暮らす家を建てるために炭
を焼き、その炭を町に売りに行く男性の姿を描いたフランス
人監督エマニュエル・グラスによるドキュメンタリー。カン
ヌ映画祭批評家週間作品賞の受賞作。前半の炭焼きまでは良
いが、その後の展開が如何にもやらせ臭く。特に最後のミサ
のシーンが延々と続くのには、何か特別の意味があるのかと
いう勘繰りもしてしまった。

『レインボウ』“Una Questione Privata”
1943年夏のイタリアを背景に、パルチザンに身を投じた青年
を描いた作品。映画の要所に映画『オズの魔法使い』の名曲
‘Somewhere Over the Rainbow’が流れ、その意味を考え続
けた。そして最後のその回答を得た。それは1974年のジョン
・ブアマン監督作品にも繋がるものだった。原題は「個人的
な事情」というもので、原作小説の映画化のようだが、そこ
にこの邦題=英題の振られた事情も知りたい。

『詩人の恋』“시인의 사랑”
短編作品に内外の数多くの賞を受賞したキム・ヤンヒ監督の
長編第1作は、韓国の全州プロジェクトマーケットで観客賞
とグランプリに輝いた。済州島で小学校の作文講師を務めな
がら詩作に励む詩人が、ふと見かけたドーナッツ屋の店員の
青年に心を惹かれ、のめり込んで行く姿が描かれる。内容的
には理解するが、最後がこの結末なのはちょっと面白くない
かな。少し期待外れだった。

 今年の「ワールド・フォーカス部門」は、リマスター作品
を除き全19作で、その内の9本を鑑賞した。今年は『サッド
ヒル…』を観られただけで満足だ。

<台湾電影ルネッサンス2017>
『大仏+』“大佛普拉斯”
題名の+は、元々の短編作品があってそれに追加して長編化
したものだそうだ。その構成は、社長の車載カメラの記録を
盗み見るというもの。それは車の前方だけを写したもので、
そこには音声だけで不倫の様子が認められるが…。やがてそ
れが事件を描くことになる。その展開が巧みで思わず喝采し
てしまった。カラーとモノクロの使い分けも良く。ホアン・
シンヤオ監督のデビュー作は見事な出来栄えだ。

『怪怪怪怪物!』“報告老師!怪怪怪怪物!”
台湾のカリスマ作家と言われるギデンズ・コーによる監督第
2作。第1作は自伝的青春映画だったようだが、本作は学園
ホラー。不良グループの走りだった少年が、突然現れた人食
い怪物と対決することになる。ジャパニーズホラーの影響も
感じられるが、スプラッター的な部分もあってかなり強烈な
作品になっている。なお監督の第1作は日本でのリメイクも
進んでいるようだ。

『フォーリー・アーティスト』“擬音”
擬音というと、日本では音響監督、音響効果の下に置かれて
決して高い位置ではないが、吹替えが主流の中国語映画では
かなり意味合いが違うようだ。その仕事ぶりが過去の名作の
映像+擬音なども交えて丁寧に描かれる。インターナショナ
ルサウンドのあるハリウッド映画などと違って、中国語の吹
替えでは擬音が演出の領域まで進出している。特に台湾語の
使い方などは納得で、その仕事が理解できた。

 この部門はリマスター作品を除く全作を鑑賞した。ヴァラ
エティに富んだ作品群はいずれも楽しめた。

<CROSSCUT ASIA部門>
『ヤスミンさん』“Yasmin-san”
昨年上映された『アジア三面鏡:リフレクションズ』で行定
監督のパートのメイキングでありながら、途中から2009年に
亡くなったヤスミン・アフマド監督(『タレンタイム』)の
思い出にシフトして行くという不思議な作品。監督はコンペ
ティション部門の『アケラット』と同じエドモンド・ヨウだ
が、両作ともいろいろな要素が上手くかみ合っていない感じ
で、鑑賞しながら違和感が消えなかった。

『私のヒーローたち』“Adiwiraku”
2009年10月23日「東京国際映画祭」で紹介『タレンタイム』
と比較される学校対抗行事としての音楽発表会を背景にした
青春ドラマ作品。登場するのは貧困や家庭不和などの問題を
抱える地方の学校。そこで教鞭を執る女性英語教師の葛藤が
描かれる。国や宗教の違いもあるのかもしれないが、少し日
本とは違う環境での物語は、違和感を感じながらも青春映画
としては真っ当な作品だった。

『4月の終わりに霧雨が降る』
          “Sin Maysar Fon Tok Ma Proi Proi”
タイ東北部の地方都市を舞台に、バンコクから帰郷した青年
の思いが綴られる。ロッテルダム国際映画祭のコンペティシ
ョンに出品されたとのことだが、映画青年の監督が描く虚実
の境界が不明瞭で観ていて混乱するところが多かった。背景
を理解して観ればよいのだろうが、映画祭の立て込んだスケ
ジュールではその余裕もない。僕には手に余る作品だったと
いうことなのだろう。

 今年の「CROSSCUT ASIA部門」は、リマスター作品を除き
全8作で、その内の3本を鑑賞した。今回は観なかった作品
の中に評判の高いものが多く、ちょっと残念だった。

<TIFFティーンズ>
『マウンテン・ミラクル』“Amelie rennt”
喘息で苦しむ少女が奇跡を起こすという山頂の火祭りを目指
してアルプスに挑む。「24時間テレビ」などになりそうな題
材だが、それをユーモアを絡めて見事な青春映画に昇華して
いる。アルプスの景観も素晴らしく、その山々を彩る最後の
火祭りのシーンはVFXかもしれないが、それを上回る感動
が表現されている。さすがベルリン映画祭ジェネレーション
部門スペシャルメンションの作品だ。

『ハウス・オブ・トゥモロー』“The House of Tomorrow”
「宇宙船地球号」などの言葉でも知られる科学者バックミン
スター・フラーの設計住宅に住み、彼の教えをかたくなに守
る女性と、彼女が育て教育した孫息子の物語。純粋培養され
た少年がパンクロックに触れたことから騒動が巻き起こる。
この作品もいろいろな要素が巧みに織り交ぜられており、観
ているだけで楽しめた。主演はエイサ・バターフィールド。
祖母役でエレン・バースティンが登場する。

『リーナ・ラブ』“Lena Love”
都会に出ることを夢見る少女がいじめに遭い、ドラッグのフ
ラッシュバックやSNSの悪用などで闇の底に沈んで行く。
現代若年層の病巣が巧みな演出で描かれる。同様な作品では
ただ嫌味なだけで終る作品も多いが、本作はそれを見事な青
春ドラマに仕上げている。鍵となるトンネルのグラフィティ
などがサスペンスドラマとしても成立させているのは素晴ら
しかった。

 この部門は上映された全作品を鑑賞したが、いずれも素晴
らしい作品で、この様な映画を見て育った子供はきっと良い
若者になると思ったものだ。

<特別招待作品>
『空海―KU-KAI―(特別映像)』
来年2月公開予定の夢枕獏原作、チェン・カイコー監督によ
る原題は『妖猫伝』という作品の、10分間の特別映像が上映
された。内容は撮影の様子と監督の想いのようなものが紹介
されて、本編の物語などはさっぱりだったが、人海戦術の広
大な撮影風景には圧倒されるものがあった。本編の方の試写
は見せて貰えるかどうか判らないが、取り敢えず超大作であ
ることは確かなようだ。

『ミッドナイト・バス』
この作品は試写状も届いているので後日再び紹介するかも知
れないが、上映時間157分という長尺の作品。しかし観てい
る間は2時間弱位かなと思う程に長さを感じさせなかった。
それは長距離バスという僕には親しみのある題材のせいもあ
るかもしれないが、直木賞候補になったという原作の巧みさ
もあるのだろう。恋人と元妻の間を行き来する男という主人
公は、僕には多少理解し難い部分はあったが。

 以上、今年はスケジュール管理が上手く行って、例年以上
に多数の作品を観ることができた。また会期中、舞台挨拶に
向われる途中の大林宣彦監督にお会いして、一言言葉を交わ
せたのも感激で、有意義な映画祭だった。


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井口健二