井口健二のOn the Production
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2017年11月04日(土) 第30回東京国際映画祭<コンペティション部門>

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※今回は、10月25日から11月3日まで行われていた第30回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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<コンペティション部門>
『勝手にふるえてろ』
(2017年9月24日付の題名紹介を参照してください。)
『最低!』
(2017年10月15日付の題名紹介を参照してください。)

『スヴェタ』“Sveta”
映画史上で最も強烈と言えるかもしれない行いをする女性を
描いたカザフスタンの作品。主人公は縫製工場で働く聾唖の
女性。同様の障害者ばかりの職場で高学歴の彼女は指導的な
立場にいる。ところがリストラで比較的暮らしの良かった彼
女に退職の危機が迫る。しかし彼女には別の事情もあった。
そこで彼女が執った行動は…。物語が常に二者択一の状況で
展開され、それがことごとく期待と反対の方向に進行する。
それは観客にとっては実に不愉快な展開なのだが、最後の最
後に彼女の執る行動が見事に僕の心を掴んでしまった。いや
はやとんでもない作品だ。女性監督ジャンナ・イサエヴァに
よる脚本、演出も巧みだし、健常者でこの難役を演じ切った
主演女優ラウラ・コロリョヴァにも拍手を贈りたい。

『シップ・イン・ア・ルーム』“Korab v Staya”
撮るべきものの方向性を見失っていた元戦場カメラマンが、
一緒に住むことになった女性の弟を引き籠りから脱却させる
ために、自らの仕事を活用しようとするブルガリアの作品。
言わんとするところは判るが、元々普遍性に乏しい内容で余
り共感は出来なかった。しかも本来はスチルカメラマンの男
性がディジタルカメラをムーヴィに切り替えて撮り始める。
それは弟が帆船に興味があるようで、最初は港を撮っている
のだが、それが街中の風景まで撮るようになる。その動画の
羅列が何となくカメラのカタログのような雰囲気になって、
映画の展開としても不自然だった。監督のリュボミル・ムラ
デノフはドキュメンタリーが多いようで、それでムーヴィな
のだろうけど、展開が何処か唐突に感じられた。

『グレイン』“Buğday”
映画祭の公式カタログでSFとジャンル分けされた作品。背
景は過剰な遺伝子操作でほとんどの作物が死滅寸前になって
いる未来。主人公は遺伝子操作の専門家だったが、この事態
に以前の同僚がこれを予言していたことを思い出す。そこで
その同僚を探し出し、解決策を探ろうとするが…。映画の最
初には未来的な風景もあり、一般的なSFであることは間違
いない。しかしSFファンとしてこの内容をSFと呼ぶのは
少し躊躇う。荒野を彷徨いながらヒントを頼りに謎を解いて
行く展開は、むしろ『ドラゴンクエスト』のようなRPGの
世界観を想起した。脚本、監督のセミフ・カプランオールは
ベルリン・金熊賞も受賞したトルコの名匠で、本作も問題意
識などアイデアは良いが、SFとは違う方向の作品だ。

『グッドランド』“Gutland”
寒村で巻き起こるかなり異常な事態を描いたルクセンブルグ
の作品。主人公は何かに追われるようにその村に辿り着く。
そこでも最初はよそよそしかったが、1人の女性と知り合い
になったことから事態は好転する。しかしその村には、彼自
身が抱える以上に大きな謎が隠されていた。脚本、監督のゴ
ヴィンダ・ヴァン・メーレは、長く業界にいての初長編作品
のようだが、伏線や謎解きも卒なく纏められた巧みと言える
作品だった。それにしてもドイツ近隣国の音楽事情というの
は、以前にも村対抗のバンド合戦で隣村のトランぺッターを
引き抜く話があったと思うが、かなり文化として定着してい
るようだ。それとヨーロッパの小国と呼ばれる国の意外と広
大な田園風景にも驚いた。

『マリリンヌ』“Maryline”
コメディ・フランセーズ所属の俳優として映画出演にも実績
のあるギヨーム・ガリエンヌによる映画監督第2作。自伝的
な第1作では主演も張ったが、本作では脚本と演出に専念し
た。それでも女優を目指すヒロインの姿には自らの体験も反
映されていそうだ。その本作のヒロインは、正直に言ってか
なり嫌な感じの女性で、しかもアルコール依存症から抜け出
せないでいる。それがカウンセリングにも参加してようやく
脱却できそうになるのだが…。そこからの展開が唖然とする
ほど見事だった。主演のアデリーヌ・デルミーは、彼女自身
が売り出し中の新人のようだが、女性が女優になる瞬間を見
事に捉えた作品でもある。実は「日本映画スプラッシュ」の
作品に同旨のものがあったが、狙いは違ったようだ。

『ナポリ、輝きの陰で』“Il Cratere”
ナポリ郊外のクレーターと呼ばれる低所得者層の暮らす町を
舞台に、実際にその町に暮らす父と娘を主演に起用し、父親
には脚本にも参加させたというセミドキュメンタリー作品。
主人公の父親は露天商を営んでいるが、娘に歌の才能を見出
し、作曲家の新作を買い取って一攫千金の芸能界を目指そう
とする。しかし娘との間に確執が生じ始め…。日本でもあり
そうな話だが、後半の父親の行動の意味が判らず、その辺の
判断に迷うところがあった。それにドキュメンタリー出身の
監督の発言によると「被写体に密着できた」ということのよ
うだが、父親の顔のアップが多く大画面では圧倒され過ぎる
感じもした。一方、娘に関しては2度披露される歌声の微妙
なアレンジの違いなどが見事だった。

『さようなら、ニック』“Forget About Nick”
2013年9月紹介『ハンナ・アーレント』などのマルガレーテ
・フォン・トロッタ監督による新作は、ニューヨークを舞台
にした女性2人が主人公の都会派コメディ。その1人はデザ
イナーに転身を図っている元ファッションモデル。その女性
が夫から突然の別れを告げられ、しかも彼女の暮らすアパー
トに前妻の女性が乗り込んでくる。こうして趣味も暮らしぶ
りも全く違う2人の女性の共同生活が始まるが…。さらに前
妻の娘と幼い孫、弁護士や不動産屋も加わってとんでもない
騒動が巻き起こる。2013年作とは打って変わった巧みなコメ
ディだが、男性に頼らない女性が主人公と言うのは共通して
いるのかな。社会派からコメディまで、幅広い監督の才能は
充分に納得できた。

『ペット安楽死請負人』“Armomurhaaja”
家で飼えなくなったペットを飼い主に代って処分することを
副業にしている機械工を主人公にした作品。現在自分がペッ
トを飼っている身としては許しがたい作品だが、自分の幼い
頃の記憶に照らしてこういうことを考える人間もいるのだな
とは思ってしまう。ただ物語にはその他の要素も絡まってく
るが、最終的に主人公を贖罪のような形で終らせるのは、他
の社会的なテーマのようなものの意味を消してしまう感じも
した。因に監督のテマール・ニッキは生家が養豚業を営んで
いるそうで、その辺のことも背景にあるのかな。だとすると
ちょっと違う見方にもなってしまいそうだ。主演のマッティ
・オンニスマーはフィンランドでは名脇役として知られ、本
作が初主演だそうだ。

『ザ・ホーム−父が死んだ』“Ev”
父親が死去してその弔いに帰ってきた一人娘。娘は泣きなが
らも葬儀の準備を進めるが、父親は遺言状で遺体を医科大学
に献体すると記していた。そこで医大の職員が遺体の引き取
りにやって来るが…。娘は亡き父の遺体がバラバラにされる
ことを認められなかった。そこで遺言の有効性と遺族の意向
を巡ってのすったもんだが巻き起こる。イランのアスガー・
ユセフィヌジャド監督の作品で、何かというとコーランやア
ッラーの教えが引かれるなど宗教の違いなどいろいろなこと
があるのだろうなあと思って観ていたら、後半に意外な展開
が待ち受けていた。家族関係が最初に判り難く戸惑うが、娘
役のモハデセ・ヘイラトの表情の変化など、もう一度観直し
たくなる作品だった。

『泉の少女ナーメ』“Namme”
2016年6月紹介『みかんの丘』など、近年目覚ましいジョー
ジアの作品。村人から癒しの水と崇められる泉を守ってきた
一家。その当主には3人の息子がいたが、それぞれ別々の道
に進み、家にいるのは娘だけ。その娘は泉の水を汲んで村を
回り、病の村人たちを癒していたが…。村の近くで工事が始
まり、川が濁り、泉の水位が下がり続ける。そして泉に住ま
う魚も元気がなくなってくる。泉の上に掲げた松明を離れて
点すなど少し幻想的なシーンもあるが、全体的には父親と息
子、娘と男性の関係など人間的な物語が展開される。内容は
ジョージアの伝説に基づくそうで、芸術大学で教鞭も取るザ
ザ・ハルヴァシ監督は神秘性と人間性の融和を描きたかった
ようだが、本作では遊離しているように感じられた。

『迫り来る嵐』“暴雪将至”
1990年代後半の中国社会が経済発展に向けて激変した時代を
背景に、ある工場の周囲で起きた連続殺人事件に挑む保安主
任の姿を描く。主人公は役職柄警察内部にも通じており、残
忍な手口の遺体発見現場にもずかずか入り証拠を集める。そ
してある手掛かりを発見する。そんな彼は犯人の足跡を追う
内に1人の女性と知り合い、一緒に暮らすようになるが…。
監督は北京電影学院卒業で映画のスチールカメラマン出身、
本作が初長編のドン・ユエ。カメラマンらしい映像が特徴的
とも言える作品だ。ただし物語の結末がかなり曖昧で、夢落
ちとも取れるし、それに事件のポイントとなる片足だけ靴を
履いた男の姿が時間軸に合わない感じもした。

『アケラット−ロヒンギャの祈り』“阿奇洛”
最近国連でも問題にされたミャンマーからのロヒンギャ難民
を描いたマレーシアの作品。北部のタイ国境近くに暮らす主
人公は台湾留学を夢見る若い女性。しかしようやく貯めた資
金を親友に盗まれ、複数の言語に堪能な彼女は止む無くロヒ
ンギャ難民の手引きをする組織に加わることになる。しかし
それは邪魔な難民を殺すことも厭わない危険な場所だった。
ミャンマー側での虐殺も問題だが、マレーシアでもこんなこ
とが行われているとは、かなり問題な作品だ。しかもその矛
先が自国民にも向いている。特に主人公に思いを寄せる若者
の末路は驚きだった。監督は、2014年11月2日「東京国際映
画祭」で紹介『爆裂するドリアンの河の記憶』などのエドモ
ンド・ヨウ。問題意識は高い監督だ。

『スパーリング・パートナー』“Sparring”
2012年10月紹介『裏切りの戦場』などのマチュー・カソヴィ
ッツの主演で、引退間際のボクサーを描いた作品。主人公は
49戦して13勝しかしていないミドル級のボクサー。彼は50戦
したら引退すると妻に約束していたが、その対戦がなかなか
決まらない。そんな時、地元でタイトルマッチが発表され、
元チャンピオンで今回の挑戦者がスパーリングの相手を求め
ていることを知る。そして現チャンプと戦ったことのある主
人公はその相手に応募するが、スパーリングはパンチを受け
続けるために試合よりも危険が伴うものだった。脚本と監督
は新人のサミュエル・ジュイ。ボクシングに掛ける主人公の
人生観みたいなものが見事に描かれ、普段はボクシングの試
合など観ない僕にも心に残る作品だった。

 以上の15作品が今年のコンペティション。
 今年は全作品を紹介したが、特に首を傾げたくなるような
作品は無かった。そこで僕が選ぶ各賞は、
東京グランプリ:スヴェタ
審査員特別賞:ナポリ、輝きの陰で
最優秀監督賞:ギヨーム・ガリエンヌ(マリリンヌ)
最優秀男優賞:マチュー・カソヴィッツ(スパーリング…)
最優秀女優賞:ラウラ・コロリョヴァ(スヴェタ)
最優秀芸術貢献賞:泉の少女ナーメ
最優秀脚本賞:スヴェタ
観客賞:迫り来る嵐

 これに対して実際の受賞は
東京グランプリ:グレイン
審査員特別賞:ナポリ、輝きの陰で
最優秀監督賞:エドモンド・ヨウ(アケラット…)
最優秀男優賞:ドアン・イーホン(迫り来る嵐)
最優秀女優賞:アデリーヌ・デルミー(マリリンヌ)
最優秀芸術貢献賞:迫り来る嵐
最優秀脚本賞:ペット安楽死請負人
観客賞:勝手にふるえてろ

 まあグランプリに関しては、SFジャンルとされる作品が
この様な賞に選ばれるのは喜ばしいことだが、上にも書いた
ように映画の出来はともかく、この作品をSFと呼ぶことに
は抵抗を感じる。特にRPGの手法が強く感じられるのは、
エピソードばかりでストーリーのない、最近の物語の潮流に
乗っているもので、僕は好ましく思っていないところだ。
 因に公式カタログでは、『惑星ソラリス』と『2001年宇宙
の旅』の題名が記されていて、この内の『ソラリス』は多分
『ストーカー』の誤りだと思うが、いずれもが何かを探す旅
を描いている点で共通する。しかしこれらの作品ではそこに
SF的なドラマが存在するもので、それが感じられない点で
本作はこれらの作品の域に達していないと思うものだ。
 その他の受賞に関しては、今回の僕は『スヴェタ』が推し
だったので、それを外すとこんなかなという感じだ。ただし
『マリリンヌ』に関しては演技賞より監督賞だったと思う。
それと観客賞は伝え聞く熱狂ぶりから、こちらかなと思って
いたのだが。
 他の上映作品に関しては後日追加します。


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井口健二