井口健二のOn the Production
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2017年03月12日(日) ハロルドとリリアン、スプリット、リトル京太の冒険

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ハロルドとリリアン』
     “Harold and Lillian: A Hollywood Love Story”
幾多のハリウッドの名作、大作に関りながら、エンディング
ロールには名前が登場しない。しかし多数の映画人に敬愛さ
れたカップルを紹介するドキュメンタリー。
ハロルドは東部のユダヤ人名家の息子。リリアンもユダヤ人
だが両親はなく孤児院で育った。そんな2人はハロルドが第
2次大戦から凱旋の後に出逢うが、家柄のないリリアンとの
仲は一族に大反対される。
一方、戦地で画才を認められたハロルドはその才能を活かし
たいと思い、カリフォルニアでその機会を狙おうと考える。
そして西海岸に移住したハロルドは、列車の切符を同封した
手紙でリリアンに一緒に暮らすことを提案する。
斯くしてハリウッドで暮らし始めた2人は、3人の息子を授
かる一方で、ハロルドは自筆の絵画を映画会社に持ち込み、
偶然もあってコロムビア映画に採用される。そこで絵コンテ
の技術を学んだハロルドは徐々に頭角を現して行く。
しかし2人の暮らしは満帆ではなかった。実は第1子が自閉
症と診断され、そのセラピーにリリアンは疲れ切る。このた
め虚無感に陥ったリリアンに、ハロルドは映画会社での調査
のヴォランティアを勧める。
それは日本映画で言う時代考証のような映画製作の許になる
情報を調査し、収集する仕事だった。そしてリリアンもまた
その仕事で頭角を現して行く。
そんな2人が関ったのは、1950年代では『泥棒成金』『知り
すぎていた男』『十戒』『ベン・ハー』『地底探検』。60年
代では『スパルタカス』『ウエスト・サイド物語』『史上最
大の作戦』『鳥』『クレオパトラ』『卒業』『ローズマリー
の赤ちゃん』。
70年代は、『イージー・ライダー』『屋根の上のバイオリン
弾き』『ジョニーは戦場へ行った』『エクソシスト』『ロッ
キー』『1941』『スター・トレック』。80年代は、『レ
イジング・ブル』『ブレードランナー』『ライトスタッフ』
『ビバリーヒルズ・コップ』などなど。
しかもこの中で紹介される『鳥』や『卒業』などのハロルド
の絵コンテは、正に詳細なカット割りまで示されたもので、
特に名場面が記された絵コンテには、監督は何をしたのかと
いう考えを持つほどのものになっている。
またリリアンが語る『屋根の上のバイオリン弾き』の衣装に
関るエピソードは、これこそリサーチャーの神髄と言いたく
なるものだった。こんな2人にはハリウッドから特別な賛辞
も贈られている。
この他にも、ハロルドがプロダクションデザイナーとしてオ
スカー候補になった『スター・トレック』に関るエピソード
は、ファンならニヤリとしてしまうものだ。そんな2人の愛
すべき人生が紹介される。
映画ファン必見の作品と言えそうだ。

公開は5月27日より、東京はYEBISU GARDEN CINEMA他にて、
全国順次ロードショウとなる。

『スプリット』“Split”
2004年8月紹介『ヴィレッジ』などのM.ナイト・シャマラ
ン監督による最新作。本編の前に監督からの「結末は絶対に
喋らないでね!」というコメントが上映される。
始まりは女子高生の誕生日パーティ。そこに集まった3人は
主賓の父親の車で帰ろうとする。ところが運転席に乗り込ん
できた見知らぬ男が催眠スプレーを吹き掛け、気が付くと地
下室のような場所に閉じ込められていた。そして男が現れ、
彼女らを拉致したと告げる。
ところがその男、次に現れた時には女装して話し方も違って
いる。その後も次々にいろいろな人格で現れ、その時々で彼
女らに対する要求も違っているようだ。こうしてチラシに従
えば「誘拐された3人vs誘拐した23人格」というお話が始
まる。
一方、その男は女性の精神科医に掛っており、その女医は多
重人格の研究をしているようだ。しかもその研究では、人格
ごとにアレルギーなども異なる場合があるというのだが…。
その女医は男の態度に不審なものを感じ始める。折しもテレ
ビでは3人の女子高生の行方不明が報じられていた。
最初は単純な拉致物のように始まり、徐々にその内容が変化
して行く。それは多重人格物ということになるが。そこから
一筋縄で行かないのがシャマランの真骨頂だ。実際に物語は
喋っちゃいけない結末で、とんでもない展開を迎えることに
なるのだ。
と言ってもそれがどれだけの観客に理解されるか、かなり心
配。そんなレヴェルの仕掛けの施された作品になっている。

主演は、2013年9月紹介『フィルス』などのジェームズ・マ
カヴォイ。共演にトニー賞にも輝いたブロードウェイ女優で
シャマラン監督の2008年作『ハプニング』にも出演のベティ
・バックリー。
さらにアメリカ芸能誌で「次世代スター」にも選ばれたアニ
ヤ・テイラー=ジョイ、2016年『スウィート17モンスター』
などのヘイリー・ルー・リチャードスン、テレビ出演歴の長
いジェシカ・スーラらが女子高生役を演じている。
そしてもう1人、最期にとんでもないスペシャルゲストが登
場する。それは物語を根底からひっくり返すもので、その結
末は喋っちゃいけないものだが、果たして日本の観客でこれ
が即座に判る人がどれだけいることか。
勿論その伏線は先に敷かれているし、この結末でそれが納得
できるものにもなっているのだが…。いやはやこれで続きが
作られることになるのかな?

公開は5月12日より、全国ロードショウとなる。

『リトル京太の冒険』
東日本大震災を背景とした児童映画の範疇に入ると思われる
作品。
物語の主人公は群馬県桐生市に暮らす12歳の少年・京太。あ
の日の記憶から逃れられない彼はいつも蛍光色の防災頭巾を
被っている。そんな京太は、男性の外国人英語教師と片言の
英語で会話をするのが好きだった。
その先生は震災後に一旦は母国に帰ったが、1年後に再び学
校に来てくれたのだ。そんな先生の許に新たに女性の外国人
がやって来る。そこでその女性にも町を気に入って貰いたい
と活動を開始する京太だったが…。

出演は、京太役にテレビ『まれ』などの土屋楓、その母親役
に2010年3月紹介『瞬』などの清水美沙。他に、スコットラ
ンド出身のアンドリュー・ドゥ、テレビ『花子とアン』など
の木村心結らが脇を固めている。
脚本と監督は、日本大学藝術学部とNYコロムビア大学大学
院卒業という大川五月。すでに短編映画で映画祭の受賞歴な
ども持つ女性監督の長編デビュー作となる。
2017年2月5日に題名紹介したオムニバス『ブルーハーツが
聴こえる』でも李相日監督が被災した子供の問題を扱ってい
たが、首相談話も行われなくなったこの時期に映画人が相次
いでこのテーマを取り上げたことは嬉しく思う。
特に福島問題があるから、原発推進の首相は口を噤みたいの
だろうが、放射能汚染の問題はまだまだ終った訳ではなく、
特に子供の心には大きな傷跡が残ったままだ。その問題を真
摯に描いてくれたことに感謝をしたい。
この点に関しては日本映画人の心意気を感じたものだ。
ただし、一般の人の中で震災の記憶が薄れつつあることは事
実であって、その点を踏まえると本作では僕には少し残念に
思えるところがあった。それは外国人男性教師に関して、そ
の去就の事情が明確になっていない。
それは、恐らく母国政府からの勧告で一時帰国せざるを得な
かった先生が1年後に戻ってきてくれた。そのことが主人公
にとって大きな心の支えだったと思うのだが。その点を本作
ではもっと明瞭に描いて欲しかった。
ここで実は、本作には先に2012年『京太の放課後』と2014年
『京太のおつかい』という2本の短編が製作されていたよう
なのだが、上記の点はもしかしたらその短編で描かれていた
のかもしれない。
しかしその短編を観ていない観客が現にここにいる訳で、本
作の制作に当ってはその点を少し考慮して欲しかったと思っ
たものだ。その点を除けば本作は、子供目線で巧みに状況を
描いていたと思う。
従って特に子供たちにしっかりと観て貰いたい作品だ。

公開は4月1日より、東京は渋谷のシアター・イメージフォ
ーラム他にて、全国順次ロードショウとなる。

この週は他に
『猫忍』
(2013年12月紹介『猫侍』をヒットさせたスタッフが新たに
仕掛ける人間×猫のコラボ作品。この作品も先にテレビシリ
ーズがあり、本作はその完結編のような展開になっている。
物語は江戸時代の太平の世。乱世に活躍した忍者は役目もな
くなっていた。そんな中で主人公の暮らす忍者の里で秘伝の
巻物「変化の術」が解かれ、主人公の父はそれと共に姿を消
す。そこには父親と同じ特徴を持つ猫がいたが…。斯くして
その猫と共に抜け忍となった主人公は「変化の術」の謎を追
う。主演はミュージカル俳優の大野拓朗と猫の金時。その脇
を佐藤江梨子、藤本泉、渋川晴彦、鈴木福、ふせえり、永澤
俊矢、柄本明、麿赤児、船越英一郎らが固めている。公開は
5月20日より、全国ロードショウ。)
『トモシビ-銚子電鉄6.4kmの軌跡-』
(千葉県のローカル鉄道を舞台にした青春ドラマ。主人公は
地元の高校で文化系の部活に所属する女子。そんな女子高生
が地元を走る電車と高校生の駅伝との競争を企画する。とこ
ろが開催日が間近になっても選手が集まらず、一方電鉄会社
の側でもトラブルが発生する。果たして競争は実施できるの
か…? そこに主人公の母親と電車の運転士との交流など、
地元と電車を繋ぐ物語が展開される。地元のライター吉野翠
の原作に基づき、監督は故森田芳光監督の助監督を長年務め
た杉山泰一が長編第2作として手掛けた。出演は、初主演の
松風理咲。その脇を前野朋哉、植田真梨恵、有野晋哉、富田
靖子、井上順らが固めている。公開はイオンシネマ銚子先行
上映の後、5月20日より新宿武蔵野館他で全国順次公開。)
『夜明けを告げるルーのうた』
(2004年の長編デビュー作『マインド・ゲーム』で文化庁メ
ディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞した湯浅政明監
督の最新作。同監督の作品ではもう1本公開が控えていて、
実はそちらが先の公開となるので、紹介はその作品と纏めて
次回に行うことにしたい。)
『赤毛のアン』
     “L.M. Montgomery's Anne of Green Gables”
(1908年に発表された少女小説の定番を、原作の舞台である
カナダで映画化した作品。製作総指揮に原作者の孫も名を連
ねている極め付き。主人公は赤毛の少女アン。孤児院育ちの
少女が田舎町で老兄妹が暮らす家に、本来は男の子が希望だ
ったところをやって来る。しかし持ち前の気性で徐々に周囲
に溶け込んで行く姿が描かれる。原作は何度も映像化のある
作品だが、従来の作品が読者向けに作られているのに対して
本作は入門書のよう。次々登場する原作の名場面はまるで挿
絵の羅列のようだが、初めて接するには良い感じと言えそう
だ。出演はオーデションで選ばれたエラ・バレンタインとハ
リウッド俳優のマーティン・シーン。他はカナダの俳優が脇
を固めている。公開は5月6日より、全国ロードショウ。)
『コール・オブ・ヒーローズ 武勇伝』“危城”
(前回題名紹介『おじいちゃんはデブゴン』のサモ・ハンが
アクション監督を務める大型歴史劇。背景は1914年。中国が
内戦に明け暮れていた頃のこと。とある村が近隣士族の私設
軍の標的にされる。それは残虐な当主の息子に率いられた皆
殺し部隊だった。しかもその息子が身分不明のまま先に自警
団に捕えられ、私設軍は村の安全を取引条件としてその釈放
を迫ってくる…。出演はエディ・ポン、ルイス・クー、ラウ
・チンワン、ウー・ジン、ユアン・チュワン。監督は2011年
9月紹介『新少林寺』などのベニー・チャン。前作もそうだ
がサモ・ハンの演出は拳法と言うより殺法と呼びたい強烈な
もの、そのリアルさに目を見張った。公開は6月10日より、
東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)
『ノー・エスケープ自由への国境』“Desierto”
(2013年10月紹介『ゼロ・グラビティ』の原案・脚本を手掛
けた監督の息子のホナス・キュアロンが製作・脚本・監督・
編集を務めた上映時間88分の作品。舞台はメキシコ・アメリ
カ国境の荒涼とした地帯。そこにメキシコ側からの密入国を
企てる一団がトラックで現れる。ところが車がエンストし、
一団は徒歩で国境を越えることにするが…。アメリカ側には
狩りと称して違法入国者をライフルで狙う男が待ち受けてい
た。出演はガエル・ガルシア・ベルナルと、2013年9月紹介
『ウォーキング・デッド』シリーズなどのジェフリー・ディ
ーン・モーガン。密入国を描いた作品は何本も観ているが、
トランプ大統領が誕生した、正に今でしょという感じの作品
だ。公開は5月5日より全国ロードショウ。)
『笑う招き猫』
(元SKE48の松井玲奈と今話題の清水富美加が共演する女性
漫才コンビを主人公とするドラマ作品。脚本と監督は2017年
2月5日題名紹介『ブルーハーツが聴こえる』の一編も手掛
けていた飯塚健。原作は、本作の基になった小説で小説すば
る新人賞を受賞した山本幸久。漫才師の話は品川ヒロシ監督
の2011年『漫才ギャング』なども観ているが、お笑いブーム
の中で狙いやすい題材と言えるのかもしれない。しかも漫才
師役に本職ではない人を起用するのは、品川作品とも共通し
てしまうところだ。まあそれが女性というのは目新しいが、
女性漫才師というのは風貌から特徴のある印象が強いので、
その点でこの2人の主演というのはかなり冒険だったかな?
2人は頑張っているが…。公開は4月29日より、東京は新宿
武蔵野館他で、全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二