井口健二のOn the Production
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2017年02月05日(日) 虐殺器官、パッセンジャー

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『虐殺器官』
2015年の10月と11月に連続公開された『屍者の帝国』『ハー
モニー』に続く伊藤計劃の原作をアニメーション映像化する
「Project Itoh」3部作の第3作。
世界中の紛争地帯で特殊任務に当たる米軍部隊の大尉を語り
手として、その紛争の陰に潜む存在を追跡する任務を描く。
そこには言語学を主な手段として人間の本性を呼び起こし、
人類を虐殺マシンへと変貌させる男がいた。

脚本と監督は、2014年『機動戦士ガンダムUC』などのコンテ
を担当してきた村瀬修功。テレビアニメでは監督作品もある
ようだが、劇場作品は監督デビュー作のようだ。
キャラクター原案は3部作の全作を手掛けるredjuice。声優
は中村悠一、三上哲、梶裕貴、石川界人、大塚明夫らが担当
している。
実は「Project Itoh」の前の2作も観たが、2013年『ハル』
の牧原亮太郎と、2013年10月紹介『寫眞館』のなかむらたか
し&2006年11月紹介『鉄コン筋クリート』のマイクル・アリ
アス監督が手掛けたそれらは、アニメーションとしては優秀
かもしれないが、物語は舌足らずで不満だった。
それはまあ、原作の読者には理解できるのかもしれないが、
一般の観客は無視したような、独り善がり(第2作の監督は
2人だが)の作品にも見えた。
それに対して本作は、物語もしっかりと伝えられているし、
SF的なギミックもたっぷりで原作のファンだけでなく一般
の観客にもアピールできる作品と言える。
ただし根本のSFの部分はかなり深遠で、まあそれは聞き流
しても構わないものではあるのかもしれないが、じっくり観
るとさすがに評判の高い原作だと思わせる。その点を監督も
良く理解して描いている点も見事な作品だ。
もっともその部分をしっかり語っているために、却ってSF
的なギミックの部分が浮いて感じるのは痛し痒しで、これな
らSFにしなくても良かったのではないかとも思える。
特に近年、『007』や『ミッション:インポッシブル』が
何かというと衛星兵器のような近SF的題材を多くしている
のを観ていると、この作品からは敢えてSF的なギミックを
外して勝負して欲しかったようにも感じた。
多分それは原作のファンからは批判を浴びるのだろうが、本
作の本質はSFの部分ではないことが、この作品を観ていて
強く感じられたものだ。原作者の夭逝を惜しむ気持ちを強く
する、そんな想いのする作品だ。

公開は2月3日より、全国ロードショウとなっている。

『パッセンジャー』“Passengers”
2014年8月紹介『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』な
どのクリス・プラットと、2012年『世界にひとつのプレイブ
ック』でオスカー受賞のジェニファー・ローレンス共演で、
大宇宙に取り残された男女の姿を描いたドラマ作品。
舞台は大宇宙を半光速で飛行する巨大宇宙船。前方にはエネ
ルギーフィールドを展開して障害物を排除していたが、航路
上で小惑星帯に遭遇し、迂回進路は採ったものの一つに衝突
してしまう。そして生じた不具合が船内で悲劇を生み出す。
その宇宙船の航路は片道120年。5000人の乗客と200余人のク
ルーは全員が冬眠状態でその間を過ごすことになっていた。
ところが衝突で生じた不具合が乗客の1人を覚醒させてしま
う。それは出発から30年、まだ飛行は90年を残していた。
それはつまり、他の乗客が覚醒する前に自身の寿命が尽きて
しまうことを意味していた。そしてその1年後にもう1人が
覚醒し、以後は2人の暮らしとなるが、そこからいろいろな
ドラマが生じて行く。

監督はノルウェー出身で2014年『イミテーション・ゲーム』
などのモルテン・ティルドゥム。脚本と製作総指揮は2012年
7月紹介『プロメテウス』などのジョン・スペイツ。彼は、
2012年10月紹介『ダーケストアワー・消滅』や、2016年12月
紹介『ドクター・ストレンジ』の共同脚本にも参加している
SF映画の専門家だ。
さらに共演者には、2009年1月紹介『フロスト×ニクソン』
などのマイクル・シーンや、『マトリックス』3部作などの
ローレンス・フィッシュバーンらが登場してドラマに様々な
味付けもしている。
そして映画は、アカデミー賞で美術部門にノミネートされた
プロダクションデザインとセットデコレーションに彩られて
いるものだ。
恒星間飛行で生じる時間経過を絡めたラヴストーリーとして
は、小説ではアーサー・C・クラークの短編「遙かなる地球
の歌」が思い浮かぶが、映画でこのテーマを描いたのは初め
てかもしれない。
そんなSF映画では珍しいラヴストーリーが、ジェニファー
・ローレンスとクリス・プラットによって演じられて行く。
それはSFでしか味わうことのできない特別なもの。これこ
そが本作の醍醐味とも言える。
という作品だが、実はSFファン的にはかなり問題を抱えて
いる。
それは例えば人工重力の問題で、映画の中では突然そのシス
テムがダウンするという描写があり、そこではジェニファー
・ローレンスが地上では起きないトラブルに巻き込まれるの
だが…。実はこの描写がありえない。
元々水の振る舞いがこの様にはならない点はさておき、シス
テムダウンするような重力装置があるのなら、宇宙船が回転
している理由がないのだ。でもまあ映像的にはそれを見せた
かったのだろう。それでこの点は目を瞑ることにしたい。
しかしさらに大きな問題は、宇宙空間に出た主人公の流した
涙が頬を伝う点だ。これは1977年公開『カプリコン・1』で
も指摘されていたもので、それを気付かなかったとは言って
欲しくない。
しかしこの点はある種の確信犯かな? 判っているけど敢え
てやっているのなら、それはSF映画への愛情として、これ
も目を瞑ることにしよう。

公開は3月24日より、3Dでの全国ロードショウとなる。

この週は他に
『マイ ビューティフル ガーデン』
             “This Beautiful Fantastic”
(テレビの『ダウントン・アビー』でブレイクしたジェシカ
・ブラウン・フィンドレイの主演で、CM出身のサイモン・
アバウドが監督したヒューマンドラマ。生後間もなく公園に
捨てられ、自然に対してトラウマ的恐怖心を持ち、何にでも
秩序を求めるちょっと風変わりな性格に育った女性が、引っ
越した家の隣人や周囲の人たちの影響で徐々に変わって行く
姿が描かれる。共演にトム・ウィルキンスン、アンドリュー
・スコット、ジェレミー・アーヴィング。小さな庭付きの戸
建てに住む自分としては、彼女の家の庭の様子が興味深く楽
しめたし、何よりそれを囲む人々の温かい心地良さが素晴ら
しい作品だった。公開は4月、東京はシネスイッチ銀座他で
全国順次ロードショウ。)
『トリプルX:再起動』“xXx: Return of Xander Cage”
(2002年9月紹介『トリプルX』の続き。実はシリーズでは
2005年に“XXX: State of the Union”という作品が作られ
たが日本では劇場公開もされなかった。その作品も踏まえて
本作は作られているが、物語には直接的な関係はない。とは
言うものの、組織のリーダーが新たなスポーツの天才をリク
ルートしているところから始まるのは、思想的にはその流れ
からの派生かな。ここでのゲスト出演者も見ものだ。その現
場が襲われるところから物語が始まる。後はアクションに継
ぐアクションで、世界の敵との戦いが描かれるものだ。ただ
第1作で主人公は全くの一匹狼だったが、今回チームプレイ
なのは少し気になった。でも人気ヒーローのカムバックは嬉
しいものだ。公開は2月24日より全国ロードショウ。)
『暗黒女子』
(2016年6月紹介『MARS』などの耶雲哉治監督で、イヤ
ミスと呼ばれる後味の悪さが売り物の原作小説の映画化。お
嬢様学校の文芸サークルを舞台に、メムバーの死の謎を各自
が書いた小説の朗読によって解き明かして行く。それは視点
の変化によってメムバーの違った側面が現れ、それぞれが異
なる犯人を糾弾するものだ。確かに嫌な感じの描写が続く。
でもまあ結末は僕等からすると想定内かな。それが目新しく
感じる人もいるのだろうけど。出演はいずれも雑誌モデル出
身の清水富美加と飯豊まりえ。他のメムバーに清野菜名、玉
城ティナ、小島梨里杏、平佑奈。脚本は2013年8月紹介『あ
の日見た花の名前を僕達はまだ知らない』などの岡田麿里。
公開は4月1日より全国ロードショウ。)
『花戦さ』
(華道池坊の源流を描く作品。戦国末期、岐阜城に招かれて
織田信長に生け花を献じた池坊専好は、豊臣の世になっても
京都で隆盛を誇っていた。ところが秀吉の横暴が影を落とし
始める。そして千利休が不興を買って切腹を命じられ、次に
は池坊に魔手が伸びるが…。その秀吉の横暴に専好は生け花
を持って諌めに掛る。どこまでが史実に則ったものかは判ら
ないが、秀吉の茶会に登場する黄金の茶室や生け花の技法な
ど、見ものはいろいろある作品だ。出演は野村萬斎、市川猿
之助、中井貴一、佐々木蔵之介、佐藤浩市。鬼塚忠の原作か
ら2011年7月紹介『こち亀』などの森下佳子が脚色。2006年
8月紹介『地下鉄(メトロ)に乗って』などの篠原哲雄が監
督した。公開は6月3日より全国ロードショウ。)
『ブルーハーツが聴こえる』
(1995年に解散したロックバンド「THE BLUE HEARTS」の楽
曲を、飯塚健、下山天、井口昇、清水崇、工藤伸一、李相日
の各監督がそれぞれにインスパイアされた物語で映像化した
オムニバス作品。さらに出演者には尾野真千子、市原隼人、
斎藤工、優香、永瀬正敏、豊川悦司らの面々が並んでいる。
作品はそれぞれに監督の特色を出したもので、中でも下山監
督はVFXも多用したSFもの、井口監督もらしさを出して
いる。その一方で李監督の作品は正に今を描いた作品で、そ
れを忘れ去らせないようにする意識が感じられた。この作品
に関しては、このテーマで別のオムニバスを作っても良いと
も思えたものだ。公開は4月8日より、東京は新宿バルト9
他で全国ロードショウ。)
『日本と再生 光と風のギガワット作戦』
(3・11以降の日本の電力事情と世界の動きを追ったドキュ
メンタリー。巻頭では福島原子力発電所の爆発の様子が紹介
され、その衝撃の映像で世界中の原子力政策が転換したこと
が報告される。しかし日本では何故か政策は転換せず、寧ろ
放射能被害を受けながらも世界中で唯一とも言える原発推進
が堅持された。その理由が絵解きで紹介されるが、何ともそ
れが不明瞭で、やはりこの点はタブーなのだと再認識もさせ
られた。その一方で世界の風力発電の大半が中国企業の手で
進められているという事実が紹介され、これでは却って日本
の風力発電は進み辛いなとも思わせる。その他の海外取材は
すでに他でも紹介されたものが多く、日本独自の視点が物足
りなかった。公開は2月25日より全国ロードショウ。)
『お嬢さん』“아가씨”
(「このミス」で1位に輝いたイギリスの小説「荊の城」か
ら舞台を日本統治下の韓国に移して映像化した作品。孤児の
韓国人女性が日本人の家に女中として潜入。その家督を狙う
詐欺事件の顛末が描かれる。そこに濃厚なエロスも描かれ、
カンヌ国際映画祭で韓国人初の芸術貢献賞を受賞したのも頷
ける作品になっている。因に作中では日本語も多く聞かれる
が、そこには放送禁止用語が満載で、これが韓国でどのよう
に処理(字幕?)されたかは判らないが、到底日本のテレビ
では放送できない代物。正にいやはやという感じなのも面白
かった。脚本と監督はパク・チャヌク。海外ではすでに32以
上の受賞を果たしているそうだ。公開は3月3日より、東京
はTOHOシネマズシャンテ他で全国ロードショウ。)
『スレイブメン』
(『ブルーハーツが聴こえる』の一編も手掛けた井口昇監督
の最新作。気弱な映画監督が偶然手に入れた超能力を発揮す
る仮面を巡って、善悪が入り混じっての活劇が展開される。
出演は中村優一、奥田佳弥子、味岡ちえり、岩永洋昭、小田
井涼平、阿部亮平、津田寛治。僕は監督と同じ苗字ではある
が親戚ではない。とは言え気にはなるから出来るだけ観てい
るが、今までの作品はどちらかというと血みどろ系で、海外
での評価も理解はするが自分としては退いてしまうところが
多かった。しかし本作ではその部分が多少軽減されているの
かな? ただその分のインパクトは減ってしまった感じで、
これが今後どうなるか気になる所だ。公開は3月10日より、
東京はシネマート新宿他で全国順次ロードショウ。)
『ムーンライト』“Moonlight”
(下層階級が住む街に誕生した黒人少年の成長を通じてアメ
リカの今を問い掛けてくる作品。その少年の呼び名「リトル
→シャロン→ブラック」を章題とする3章で構成され、麻薬
常習者の母親によって育てられた少年が、周囲の助けも借り
ながら成長して行く。とは言うもののこの結末は、僕には容
認できないがこれが現実ということなのだろう。出演は、最
近の『007』でミス・マネーペニー役のナオミ・ハリス、
『ハンガー・ゲーム』などのマハーシャラ・アリ。他にはシ
ンガー・ソングライターやテレビ俳優らが少年と周囲の人々
を演じている。脚本と監督は本作が2作目のバリー・ジェン
キンス。本作でオスカー候補にもなった。公開は4月、東京
はTOHOシネマズシャンテ他で全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二