井口健二のOn the Production
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2017年01月29日(日) おとなの事情、標的の島 風かたか

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『おとなの事情』“Perfetti sconosciuti”
イタリア映画界のアカデミー賞とされるダヴィッド・ディ・
ドナテッロ賞において作品/脚本のW受賞を果たしたパオロ
・ジェノヴェーゼ監督によるコメディ作品。
物語に登場するのは、月食の夜に幼馴染の家に集まった7人
の男女。それは3組の夫婦と1人の独身者で、その中の1組
の夫婦の家に集まるが、少し遅れた独身者は連れてくるはず
のガールフレンドが風邪で来られなくなったと話す。
それでも持ち寄ったワインや料理でパーティは始まるが、最
初の乾杯の前に当主のシャツにワインが掛かり、夫は着替え
る羽目に陥る。そしてその後で始まった座興のゲームが思わ
ぬ悲喜劇を呼ぶ。
そのゲームは各自の携帯電話をテーブルに置いて、架かって
きた電話はスピーカフォンで皆に聞こえるようにし、届いた
メールは本人以外が読み上げるというのだが、それが各自の
秘密を暴き立ててしまうのだ。
それは人間の本性というか人生の機微みたいなものが見事に
描かれる作品だが…。

出演は、ドナテッロ賞に9回ノミネート3回受賞というジュ
ゼッペ・バッティストン、本作で3度目のノミネートのアン
ナ・フォリエッタ、舞台出身のマルコ・ジャリーニ、監督業
も行っているエドアルド・レオ。
さらに2002年8月紹介『スズメバチ』などのヴァレリオ・マ
スタンドレア、2013年9月紹介『眠れる美女』などのアルバ
・ロヴァケル、2010年4月紹介『パリより愛をこめて』など
のカシア・スムトゥニアク。
いずれも芸達者な現代イタリア映画界を代表する面々が揃っ
ている感じだ。
という作品なのだが、実は最初に観た時には結末で呆気に取
られた。それは何とも唐突な終わり方で、観終えてモヤモヤ
した気分にもなった。実際いくらなんでもこれはないだろう
という終り方だったのだ。
しかしその後にその謎を解く鍵は衣装にあると聞かされて、
それならということで2度目を観に行き、それでようやく得
心した次第だ。でもこれを予備知識なしで観て理解できる観
客がどれほどいるものか。
とは言えこの作品には作品賞が贈られているのだから、イタ
リアの観客は理解できたということなのだろうか。ドラマを
観ているだけでもそれなりに面白くはあるが、一筋縄では行
かない作品だ。

公開は3月18日より、東京は新宿シネマカリテ他にて、全国
順次ロードショウとなる。

『標的の島 風かたか』
2013年7月紹介『標的の村』などの三上智恵監督による最新
作。
2016年6月19日に起きた米軍属による婦女暴行殺人事件に端
を発する抗議行動。その被害者を追悼する県民集会で、名護
市長は「今回も我々は風かたか(防風柵)になれなかった」
と述懐する。
その一方で2013年の防衛大綱に基づいて進められる宮古島、
石垣島などの軍事基地化。そこには中国艦隊の太平洋出撃を
阻止するという名目で、対潜水艦ミサイルの発射基地などの
設営が自衛隊の手で進められている。
因に第2次世界大戦で沖縄は、10万人の帝国陸軍を受け入れ
たが。その結果は守るどころか12万人の民間人の死を招いて
しまった。しかもそこには軍事機密の漏えいを防ぐために、
軍によって死地に追いやられた人も多いという。
そんな歴史も記憶に新しい沖縄で進む戦争への道づくりは沖
縄県民の神経を逆なでしながら着実に進められて行く。さら
に『標的の村』で取り上げられた高江には、1000人を超える
機動隊が動員されて米軍の訓練場が整備されている。
そんな沖縄の基地化の現状と、それに反対する沖縄の人々の
姿が、沖縄現地のテレビ局の手で取材され、描き出される。
それは沖縄の生の声であり、沖縄の民衆の声を内地に向って
発しているものだ。
恐らく内地の人間はここに描かれていることの10分の1も認
識はしていないだろう。僕自身が『標的の村』を観た時に、
ある程度の想像はしていたものの、それが現実からほど遠い
ものであったことを思い知らされた。
実際に最近、「沖縄の基地反対運動は本土から行った過激派
が何も知らない沖縄の人々を扇動しているもの」というマス
コミの論調を見たが、ここに描かれる現実は彼らも知った上
で、わざと目を瞑っているのだろう。
そこまで日本のマスコミは体制に寄り添うように堕落してし
まった。そんな恐ろしさも感じてしまう。僕自身が何もでき
ていない身では何も言えないが、この歯がゆさには身もだえ
してしまうような気分にさせられた。
沖縄の軍事要塞化は沖縄県民のためではなく、日本国家のた
めでもなく、ただ単にアメリカ合衆国の防衛のためのもの。
その事実を、この作品を日本の全国民が観て認識してもらい
たい。そんな気持ちになる作品だ。

公開は3月25日より、東京はポレポレ東中野他にて、全国順
次ロードショウとなる。

この週は他に
『コスメティックウォーズ』
(大政絢の主演に、奥菜恵、高岡早紀の共演という布陣で、
化粧品の新製品を巡る産業スパイを描いた作品。BS-TBSの製
作で、以前はもっと若手女優を使った学芸会のような作品が
多かったが、この顔触れだとそれなりの作品になってきてい
る。とは言え物語のつくりは軽いかな。それに舞台が実在の
会社ではその会社を悪者に出来るはずもなく、その辺で大体
ストーリーが読めてしまうのは痛し痒しだ。でもまあ、大政
のファンには嬉しい作品ではあるのだろうし、それはそれで
製作者サイドの当初の目的は果たされているのだろう。監督
は2015年『東京PRウーマン』などの鈴木浩介。脚本はベテ
ランの清水有生が担当している。公開は3月11日より、東京
は丸の内TOEI2他で全国ロードショウ。)
『まんが島』
(2011年10月30日付「東京国際映画祭」で紹介『キツツキと
雨』の脚本を沖田監督と共に手掛けた守屋文雄が満を持して
放つ初監督作品。「マンガ家以外立ち入り禁止」と書かれた
札の立つ島を舞台に、トキワ荘を思わせるマンガ家の集団が
サヴァイヴァルを繰り広げる、かなりアヴァンギャルドな映
像もあり、上記の映画祭の報告ではゾンビへの言及に興味を
持ったが、それはどうやら守屋の影響だったようだ。そんな
一種のサブカル的な趣で作られた作品でもある。ただ監督の
思い入れが強烈すぎて、観ていて多少引いてしまうところも
ある。でもまあそれが監督の狙いでもあるのだろうし、横か
らとやかく言うものでもない。公開は3月25日より、東京は
K's cinema他で全国順次ロードショウ。)
『午後8時の訪問者』“La fille inconnue”
(カンヌ国際映画祭に7作品連続コンペティション出品、内
2度のパルムドールに輝くジャン=ピエール&リュック・ダ
ルデンス兄弟監督の最新作。午後8時、時間外の診療所の扉
を少女が叩く。しかし中にいた女医はそれを無視。そしてそ
の少女が遺体で発見され、良心の呵責に女医は彼女の素性を
調べ始めるが…。主演は2016年11月04日「東京国際映画祭」
で紹介『ブルーム・オヴ・イエスタディ』などのアデル・エ
デル。実に巧みに描かれた人間ドラマで、社会情勢の反映か
ら主人公の心理状態まで、描かれるものの全てが綿密に計算
され、ドラマが見事に構築されている。正に映画の醍醐味と
言える作品だ。公開は4月8日より、東京はヒューマントラ
ストシネマ有楽町他で全国ロードショウ。)
『僕とカミンスキーの旅』“Ich und Kaminski”
(2003年『グッバイ、レーニン』で世界的に評価されたヴォ
ルフガング・ベッカー監督が、同作に主演したダニエル・ブ
リュールと再びタッグを組んだ12年ぶりの長編作品。1960年
代ポップカルチャーの一翼を担ったものの、姿を消した伝説
の盲目画家を巡って、画家の伝記を執筆して儲けを企む自称
美術評論家が詐欺まがいの手口で接近する。ところが盲目と
される老画家も強かで…。ピカソ、マティスに、アンディ・
ウォーホル、ダリ、ザ・ビートルズまで登場して、壮大な美
術史の謎が描かれる。原作物だが、映画はロード・ムーヴィ
の要素も絡めて巧みに作られている。特に巻末のアニメーシ
ョンは秀逸だ。公開は4月29日より、YEBISU GARDEN CINEMA
他で全国順次ロードショウ。)
『ザ・スライド・ショーがやって来る』
(2016年10月16日『変態だ』などの原作者みうらじゅんと、
いとうせいこうの共演で、1996年から不定期に開催されてい
るトークショウの20周年を記念した作品。トークショウの内
容はみうら撮影の写真をスライド上映し、それをいとうがコ
メントするというもので、本作の中でもその一部は紹介され
るが、それはそれなりに面白そうなショウのようだ。ただし
本作はそれだけを再現するものではなく、そこに2人の関係
性などがそれぞれへのインタヴューとして挿入される。それ
が一般の観客としては多少煩雑というか、もっとショウその
ものを見せて欲しかった感じもするが…。でも試写会場に来
ていた両人のファンには受けていたようで、そういう作品な
のだろう。公開は2月18日より、全国ロードショウ。)
『退屈な日々にさよならを』
(昨年の東京国際映画祭で上映され、11月には一般向けの限
定上映も行われた作品だが、全国公開が決定して改めて試写
が行われた。作品は今泉力哉監督が映画専門学校「ENBUゼミ
ナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」との提携
で制作したもので、同じ体制では2014年に『サッドティ−』
という作品も作られている。実はその作品も観てはいるが、
この監督の作風は今までどうも僕の肌に合わなかった。しか
し本作は全体的な雰囲気は変わらないが、ちょっと手の込ん
だ展開で面白く見られたものだ。内容的には映画製作の裏側
的なものだが、そこに絡まる死生観みたいなものが巧みに描
かれていた。公開は2月25日より、東京は新宿K's cinema他
で全国順次ロードショウ。)
『イップ・マン 継承』“葉問3”
(2010年11月紹介『イップ・マン/葉問』と、2012年2月紹
介『イップ・マン誕生』に続く作品。実はもう1本『イップ
・マン序章』という作品もあって本作はシリーズ4作目にな
るようだ。主演には『序章』『葉問』のドニー・イェンが再
登場して壮年期のカンフーの達人の姿を描き切っている。物
語の背景は1950年代後半で、第2次大戦の終結で日本の支配
からは脱却したものの、今度はイギリス人の横暴に苦しめら
れるという図式は、シリーズを通してほとんど変わらない。
ただし本作では幼い息子の存在がホームドラマ的な趣を生ん
でいるのも面白かった。共演は前作にも登場のリン・ホン、
2016年11月紹介『ドラゴン×マッハ!』などのマックス・チ
ャン。それにマイク・タイソン。公開は4月22日より、東京
は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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