井口健二のOn the Production
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2016年11月05日(土) 第29回東京国際映画祭<コンペティション以外>

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※今回は、10月23日から11月3日まで行われていた第29回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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『アジア三面鏡:リフレクションズ』
東京国際映画祭が独自に製作する映画の第1作。本作は特に
部門の分類なく上映されるようだ。
作品は、フィリピンのブリランテ・メンドーサ、日本の行定
勲、それにカンボジアのソト・クォーリーカー(2016年5月
紹介『シアター・プノンペン』)の3人の監督によるオムニ
バスで、各々40分ほどの短編が連続して上映される。
内容はそれぞれ独自のものとなっており、メンドーサ監督の
作品では北海道の「ばんえい競馬」とマニラの競馬場の対比
が面白かったかな。他に行定監督は引退してマレーシアで暮
らす老人の話。クォーリーカー監督は首都に架かる友好橋の
再建を巡る話を描いている。
でもそれぞれの上映時間では、特に語るほどの内容が描ける
ものでもなく、全体に物足りない。でも映画祭の主導でこの
ような作品が作られたこと自体が大事なのだろう。

《アジアの未来部門》

『ケチュンばあちゃん』“계춘할망”
済州島を舞台にしたベテラン海女とその孫娘の絆を描いた作
品。海女は幼い孫娘と2人暮らしだったが、市場でその孫娘
がいなくなってしまう。それから12年後、孫娘がひょっこり
帰ってくるのだが、孫娘はそれまでの生活について語ろうと
しなかった。
映画の中で話がどんどん広がって行き、収拾がつくのか心配
になったが、それが巧みに収斂し見事な結末を迎える。ただ
その転換点の描写でちょっと疑問は残るのだが、結論として
そんなことはどうでもよくなってしまうくらいに素敵な作品
だった。
本作が第3作というチャン監督はこれからも注目だ。

『ブルカの中の口紅』“Lipstick Under My Burkha”
インドの地方都市に暮らす4人の女性を追ったドラマ作品。
1人目は外出には黒のブルカを被らされる厳格な家に育った
女子大生。しかし通学の途中でブルカは隠し、大学では権利
主張のデモにも参加する。2人目は浮気癖が抜けない夫と暮
らす女性。3人目は政略結婚を迫られているが他にも恋人の
いる女性。そして4人目はもう若くはない女性。
最初はナレーション(?)の意味が判らず戸惑ったが、作品で
は男尊女卑の風潮が残る国に暮らす女性たちの厳しい日常が
明確に描かれる。それは各国への理解を深める意味で貴重な
作品だ。それがある程度明るく描かれているのも良かった。

『バードショット』“Birdshot”
保護鳥とされるワシを撃ってしまったために警察に追われる
ことになった少女の物語。物語は少女を中心に展開するが、
実は事件はもう一つ起きていて、その謎が少女の逃亡劇と並
行して徐々に解き明かされる。それは社会問題を背景にした
かなり重要な事件なのだが…。
二重構造の構成が中々面白い作品で観ている間は感心してい
たのだが、結末でもう一つの事件の謎は解けるもののそれが
解決には至らず、モヤモヤした気分が残る。もちろん映画と
しては成立しているし、その主張の意図は理解するが、この
クリフハンガーは痛々し過ぎる感じがした。

『雨にゆれる女』
ホウ・シャオシェン監督やジャ・ジャンクー監督などの作品
を手掛ける音楽家半野喜弘による映画監督デビュー作。
世間から身を隠すように暮らす男と、その男に預けられた謎
の女。そんな男女の心の交流が描かれて行く。先にマスコミ
試写も行われていて、そこでの評判も高かった作品。かなり
特異なシチュエーションだが、それなりの説得力もあるし、
結末の意外性も含めて物語は巧みに作られている。
この手の経歴の監督の作品は得てして奇矯なものが多いが、
本作はシンプル且つオーソドックスで見応えもあった。監督
の今後にも期待したい。

《CROSSCUT ASIA部門》

『舟の上、だれかの妻、だれかの夫』
 “Someone's Wife in the Boat of Someone's Husband”
『ディアナを見つめて』“Following Diana”
共に中編のため2作同時上映となった作品。因に1本目は今
映画祭では数少ないファンタシー作品とされていた。
その1本目だが、内容的には異星人(異生物)との交流を描
いているようにも見えるが、作中に具体的な描写がある訳で
はなく。これをファンタシーとした識別力に感心した。でも
本当にそうなのかは疑問が残る作品だった。
2本目は、一夫多妻制が認められている社会の現実を描いた
もので、正直に言って今までは考えたこともなかった題材に
驚かされた。でもやはりそうなのかという認識もできたもの
で、世界の現状を知る上で貴重と言える作品だ。

『フィクション。』“Fiksi.”
金持ちの娘が家のしきたりに反発して家出、下層階級が暮ら
す街のぼろアパートで生活を始める。そのアパートには作家
志望の男性がいて、彼の案内で探訪したアパートには各階ご
とに様々な環境の人々が暮らしていた。
そしてその男性は、それらの住人たちをモティーフにした小
説を執筆していたが、ストーリーは出来たもののその結末が
書けないでいた。そんな中で映画は、現実ともフィクション
ともつかない少女の行動を描いて行く。
この作品もファンタシーのジャンル分けになっていたものだ
が…。僕の目からするとかなり苦しいかな。

『外出禁止令のあとで』“Lewat Djam Malam”
「インドネシア映画の父」と呼ばれるウスマル・イスマイル
監督が、1954年に発表した作品のディジタルリストア版。
1949年に勝ち取ったオランダからの独立戦争で英雄となった
男性が、その後の平時の生活に馴染めず苦悩する姿が描かれ
る。英雄だった男はそのままの正義を貫こうとするが、元の
戦友たちは新政権の許で甘い汁を吸い始めている。
インドネシアではこの後も政変が続き、そこでは2014年公開
『アクト・オブ・キリング』のような事態にもなるが、それ
を予感させる作品でもある。
なお本作は4Kリマスターだが、原版のフィルムはかなり損
傷が激しかったようで、その痕跡が随所に現れている。現状
ではこれがベストなのだろうが、さらなる修復も望みたいと
ころだ。

《ワールド・フォーカス部門》

『シエラネバダ』“Sieranevada”
一家の主の法要にいろいろな親戚が集まってくる。宗教はロ
シア正教なのかな? そこにはかなり面倒なしきたりもある
ようで、その手順と共に現代の風俗みたいなものも織り込ま
れ、さらに共産主義時代の残滓も影を落としてくる。
いやはやという感じの作品だが、これが現実なのだろう。そ
ういったものを観ることができるのも映画の面白さだ。ただ
舞台劇のような会話の連続で、上映時間173分の長丁場は、
体力的にはかなり大変だった。

『ゴッドスピード』“一路順風”
2013年10月27日付「東京国際映画祭」で紹介した『失魂』の
チョン・モンホン監督によるトロント映画祭出品作。主演に
マイケル・ホイを迎え、麻薬の運び屋に絡むロードムーヴィ
風アクションコメディが展開される。
『失魂』はかなりシュールなムードも漂う作品だったと記憶
しているが、本作は比較的オーソドックス。でもタクシーが
堂々巡りを始めたり、それなりの雰囲気は持っていたかな。
それ以上にはならなかったが。

『ネヴァー・エヴァー』“A jamais”
2013年2月紹介『コズモポリス』などのマチュー・アルマリ
ックの主演で、ふと目に留めた女性パフォーマーに惹かれて
行く映画監督の顛末を描いた作品。それにしてもフランス映
画のバイクシーンには独特の雰囲気があるものだ。
登場人物の死後に残された者の喪失感が見事に描かれた作品
で、これは正しくゴースト・ストーリーと呼べる作品だ。映
画祭はこの作品にこそファンタシーの識別子を付けて貰いた
かったが、そうはなっていなかった。

『鳥類学者』“O Ornitologo”
山奥に観察に来ていた鳥類学者が川に流され、摩訶不思議な
冒険に巻き込まれる。最初に遭遇するのは2人の中国人の女
性、続いては聾唖者の青年、そして天狗の面を被った若者た
ち。そんな連中が主人公を翻弄する。
物語にはキリスト教的な意味合いがあるらしく、その辺のこ
とは教徒でない僕には全く判らない。でもそれでもいいとも
思える作品。それにしても、明らかにプロの緊縛師がしたと
思われる吊りや天狗の面は一体何だったのだろうか。

『見習い』“Apprentice”
新人の刑務官が死刑執行の担当部に配属される。しかし彼に
は特別な事情があるようだ。いろいろな謎が徐々に解き明か
される。
まずまあ特殊過ぎるシチュエーションだが、それはないとは
言えないものだし、主人公の経緯などでそれなりの説得力は
持たされている。でもそこにサスペンスを盛り上げるでもな
く、ただ淡々と進むのは監督の意図なのだろう。
その点では説得力に欠ける気もしたが。

『アクエリアス』“Aquarius”
「アクエリアス」という名の古びたアパートに住む老女の許
に不動産屋が部屋の明け渡しの交渉にやってくる。そのアパ
ートに再開発の計画が持ち上がっているのだ。しかし老女は
頑としてその交渉を拒み続ける。
亡き夫と共に苦労して手に入れた住居、不動産屋の交渉に応
じればさらに快適な暮らしになることは判っているが、部屋
に残る思い出は捨てることができない。不動産屋の過剰な行
動も含めて現代社会にありそうな話が展開される。

『ザ・ティーチャー』“Ucitelka”
1980年代のチェコでの物語。女性の教師が受け持ったクラス
の初授業で生徒一人一人の家の仕事を聞いて行く。その目的
は…。共産党時代には横行していたのであろう権力を持った
者の横暴が描かれる。
有ったであろうことは想像できるが、その現実が見事に描か
れる。でもそれを笑いながら観て良いのか、震撼として観る
べきなのか、当事者でないとその判断も憚られる。
カルロヴィ・ヴァリ映画祭で主演女優賞を受賞した作品。

《日本映画スプラッシュ部門》

『かぞくへ』
上京して暮らしを作り彼女との結婚を控えた若者が、故郷の
幼馴染に仕事を紹介する。しかしそれは詐欺だった。そのた
め苦境に立たされた幼馴染に、彼は何をしてやれるのか。
現代の日本では頻繁に起こっていそうな物語。ただ主人公の
出す結論には賛否両論が巻き起こりそうだ。現代の若者には
これが常識なのか。主人公の取るべき道と共に、僕には判断
できなかった。

《ユース部門》

『アメリカから来たモーリス』“Morris from America”
元サッカー選手で現在はプロチームのコーチを務める父親と
共にドイツにやってきた黒人少年を描いた作品。彼はラップ
などもこなすが、中々周囲には溶け込めない。
子供向けの映画の紹介として新たに創設された部門だが、劇
中では大麻の吸引や性行為を思わせるシーンなどが垂れ流さ
れ、これがヨーロッパの現実にしても、僕はこの作品を子供
に観せたいとは思えなかった。

今年のコンペティション以外は、事前の試写会を含めて17本
を鑑賞した。
なお、《アジアの未来部門》作品賞は『バードショット』、
特別賞が『ブルカの中の口紅』に贈られた。部門の全作は観
ていないが、僕的には作品賞はちょっと不満かな。特別賞は
納得だが。


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井口健二