井口健二のOn the Production
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2016年10月30日(日) 母の残像、ナショナル・シアター・ライヴ 2016 「戦火の馬」

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『母の残像』“Louder Than Bombs”
2011年12月紹介『メランコリア』などの鬼才ラース・フォン
=トリアー監督の甥にあたるノルウェーの俊英ヨアキム・ト
リアーの監督第3作にして、初めてハリウッドの製作陣と組
んだ英語の作品。
登場するのは父親と2人の息子の父子家庭。長男は少し離れ
た街で若くして大学教授の職にあり、次男はまだ高校生だ。
そして今は亡き母親は、戦場カメラマンとして戦争被害者の
姿を撮り続け、数々のスクープもものにしていた。しかし帰
国後に襲ったその死は謎に包まれていた。
そんな母親の回顧展の話が持ち上がり、その準備のため長男
が帰宅する。そしてそれに合わせて死の真相に迫る記事の掲
載が決定し、その真相をまだ幼い次男に告げるべきか、父親
と長男の想いは交錯する。さらにその影響からか次男の態度
もおかしくなり始める。

出演は、2014年『ヴァンパイア・アカデミー』などのガブリ
エル・バーン、2016年7月紹介『グランド・イリュージョン
見破られたトリック』などのジェシー・アイゼンバーグ、新
人のデヴィン・ドルイド。そして2013年9月紹介『眠れる美
女』などのイザベル・ユペール。
脚本は監督と、短編映画時代からの盟友エスキル・フォクト
によるオリジナルの作品だ。
ラース・フォン=トリアーの作品は、特に近年では鬼才と呼
ぶにふさわしい作品が多いが、その甥の作品は極めてオーソ
ドックスなドラマだった。しかしその内容は見事に人の心理
を突いたものであり、観客に深い想いを感じ取らせるものに
なっていた。
それは多少特異なシチュエーションにはなっているが、描か
れた内容には普遍性があり、それを描き切った手腕にも注目
が集まるのは当然と言える作品だ。万人に勧めることのでき
る作品であり、正に王道の作品に仕上げられている。これは
見事だ。
なお、作品中には母親の遺品として複数の写真が紹介される
が、それらには実際の戦場写真が数多く引用されており、ま
た挿入される映像も現実のもので、描かれる人間ドラマと同
時に、戦争の悲惨さを伝える作品にもなっている。

公開は11月26日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他にて、全国順次ロードショウとなる。

『ナショナル・シアター・ライヴ 2016 「戦火の馬」』
         “National Theatre Live: War Horse”
2011年12月紹介スティーヴン・スピルバーグ監督作品『戦火
の馬』の基となった舞台劇で、2014年の第1次世界大戦開戦
100周年に演じられた舞台を撮影した映像作品。
物語は映画化されたものとほぼ同じで、1914年の第1次世界
大戦開戦の年にイギリスの片田舎で生まれた1頭の狩猟馬が
歴史の流れに翻弄され、ヨーロッパ戦線に従軍してイギリス
人だけでなく、フランス人、ドイツ人とも交流を持つ。また
その馬の後を追う飼い主の若者の姿を通じて、戦争の悲惨さ
を訴える作品だ。
そしてそこに登場する馬の姿が、映画では実物の馬とCGI
によって描かれたが、舞台でのそれは実物大のパペット。し
かも3人の操演者の姿も観客に曝されているというものだ。
しかしその操演の巧みさと演出の力で、見事に生きている馬
以上の感動を観る者に与える。その様子がしっかりと伝わっ
てくる作品だった。
さらに舞台は、装置としてはスケッチ帳から破り取られた紙
を摸したスクリーンと、そこに背景がスケッチ画風の絵画と
アニメーションでプロジェクションされるだけという極めて
シンプルなもので、その前の回り舞台と出演者が手持ちする
簡単な道具だけで全ての場面が構成される。その構成演出の
素晴らしさでも観る者を惹き付ける。

その演出はマリエンヌ・エリオットとトム・モリス。そして
パペットのデザイン・制作・演出はヴェイゼル・ジョーンズ
&エイドリアン・コーラー(ハンドスプリング・パペット・
カンパニー)
初演のイギリスでは、2007年イブニング・スタンダード賞、
批評家サークル賞、2008年ローレンス・オリヴィエ賞などに
輝き、さらに2011年のブロードウェイ公演では、トニー賞で
作品賞を含む5部門を制覇した作品だ。
なお映像作品の中間ではインターミッションと解説があり、
そこでは原作者と演出家による製作の経緯などの紹介も行わ
れる。
その中で原作者のマイクル・モーパーゴは、「初版時は全々
売れなかったが、出版社がしつこく再版してくれて徐々に売
れだした。馬の視点で描くのは良いアイデアだと思ったが、
考えてみたら先に『黒馬物語』があった。本作は栗毛だが、
黒毛にしておけばよかった」とエピソードを紹介。
また演出家からは、「ナショナル・シアターのパペットの技
術を使う企画を探していた時にこの原作に巡り会った。最初
はどのような舞台にするかも決めず、まずワークショップで
馬のパペットの検討を始めた。その中で徐々に形が見え始め
た」と語り、そこではワークショップの様子も紹介された。
つまり舞台は、まず馬のパペットありきで始まったもので、
そこに本物の馬を使ったスピルバーグのアプローチが如何に
間の抜けたものであったか、そんなことも理解のできる解説
だった。因に解説の中では『ミスター・エド』の題名も出て
きたが、映画化については一切触れられなかった。

公開は11月11日から16日まで、東京はTOHOシネマズ日本橋他
で、限定ロードショウとなる。

この週は他に
『ガール・オン・ザ・トレイン』
              “The Girl on the Train”
(NYタイムズのベストセラーリストで21週の第1位と77週
に亙るランクインを記録した原作の映画化。2016年1月紹介
『ボーダーライン』などのエミリー・ブラントの主演に、ハ
リウッド期待の新星ヘイリー・ベネットと、2015年8月紹介
『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』など
のレベッカ・ファーガソンが演技を競う。かなりトリッキー
な話だが、岸辺を走る通勤列車などの映像も際立っている。
公開は11月18日より、全国ロードショウ。)
『僕と世界の方程式』“A Brilliant Young Mind”
(1959年から毎年行われている国際数学オリンピックに挑む
高校生の姿を描いたイギリス製の青春映画。特異な題材では
あるが、内容は純粋な青春映画で、この手のイギリス作品は
伝統的に手堅くてうまい。はっきり言って少しオタク気味の
若者が、青春に目覚めて行く姿が見事に描かれている。監督
はドキュメンタリー出身のようで、その目の堅実さが本作に
も活かされているようだ。公開は2017年1月28日より、東京
はYEBISU GARDEN CINEMA他で、全国順次ロードショウ。)
『ホワイト・バレット』“三人行”
(2010年3月紹介『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』などで
香港ノワールの旗手とされるジョニー・トー監督による病院
が舞台のソリッドシチュエーション・アクション。ルイス・
クー、ヴィッキー・チャオ、ウォレス・チョンの共演で、前
半は息詰まる心理戦から後半の強烈なアクションまで、見事
な展開が繰り広げられる。いやはや物凄いとしか言いようの
ないエンターテインメントだ。公開は2017年1月7日より、
東京は新宿武蔵野館にてレイトショウ。)
『魔法つかいプリキュア!奇跡の変身!キュアモフルン!』
(今年3月20日に題名だけ紹介した『プリキュア』シリーズ
の秋の新作。お子様向けのアニメーションではあるのだが、
実は今回物語の中心は主人公が抱えるクマのぬいぐるみで、
その敵役があ「くま」というのは有り勝ちかなと思ったが、
さらに登場するのがダー「くま」ター。しかもこの先にもう
1段あって、これは侮れないと思わせる作品だった。公開は
10月29日より、全国ロードショウ。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。

なお今週は、東京国際映画祭の開催期間となっているが、
その報告は映画祭終了後に纏めて行う予定だ。


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井口健二