井口健二のOn the Production
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2016年09月25日(日) ホドロフスキーの虹泥棒、ちょき

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ホドロフスキーの虹泥棒』“The Rainbow Thief”
1970年の『エル・トポ』や2014年3月紹介『ホドロフスキー
のDUNE』などのチリ人監督アレハンドロ・ホドロフスキーに
よる1990年製作のイギリス作品。実は製作時のトラブルで、
当時は87分のヴァージョンで上映されたが、今回は監督自身
の監修による92分版が日本初公開される。
物語の始まりに登場するのは、港で暮らす風来坊のディマ。
彼はこそ泥で生計を立てているが、同時に街の地下道にも精
通しているようだ。
続いて描かれるのは大富豪の会食の席。そこに財産を狙う連
中が集まるのだが、全て飼い犬が優先の料理に皆は這う這う
の体で逃げ出してしまう。そしてその後には娼婦たちが招か
れ、乱痴気パーティが始まる。
ところがそのパーティの最中に富豪が発作で倒れる。そこで
遺書の開示が求められるが、富豪が昏睡状態で死んでないた
め、開示は死亡の確定まで留め置かれることになる。そんな
騒ぎをよそに富豪の甥は愛犬と共に街を彷徨っていた。
その甥が落す占いカードに誘われたディマは、彼を地下道に
匿い富豪の遺言が開示される日を待つことになる。こうして
ディマはこそ泥などで稼いだ金をつぎ込んで富豪の甥の面倒
を見続けるが、時は瞬く内に数年が経ってしまう。
そしてその間も地下道に匿われたままの富豪の甥は、愛犬を
亡くしたショックもあって少し精神がおかしくなり始めてい
た。そこについに富豪の死が伝えられるが…。

出演は、オマー・シャリフとピーター・オトゥール。それに
富豪役でクリストファー・リー。因にシャリフとオトゥール
は1962年『アラビアのロレンス』での初共演から3度目とな
る共演作だ。
撮影はポーランドのグダニスクで行われ、その撮影中に製作
者と衝突したホドロフスキーはその後のプロモーションには
一切関らなかったとされている。しかし『ホドロフスキーの
DUNE』の製作が色々な呪縛を解いたようで、2014年の来日時
には本作にも言及し、今回の公開に繋がっている。
物語的には多少掴みどころのない作品だが、何となくDUNEの
砂漠の宮殿にイメージの繋がる富豪の甥が匿われた地下道の
様子など見どころはいろいろある。特にそこが水没して行く
シーンは、主人公たちの心情と共に巧みに描かれている。
撮影の行われたグダニスクの風景も美しく、また富豪の飼い
犬として多数登場のダルメシアンや甥の愛犬の大型犬など、
犬も活躍する作品だ。正直に言ってホドロフスキーのファン
がどう取るかは判らないが、こんな作品も良いものだ。

公開は11月12日より、東京は渋谷アップリンク他で、全国順
次ロードショウとなる。

『ちょき』
2013年10月紹介『ゆるせない、逢いたい』が長編デビュー作
だった金井純一監督の第3作。
主人公は、和歌山県の小さな町で美容院を営む男性。数年前
に妻を亡くし、その痛手からまだ立ち直れていないようだ。
そんな彼の許に1本の電話が架かる。それは最初は無言だっ
たが、2度目には「ちょきさんですか?」と訊ね、主人公は
「サキちゃんかい?」と返す。
その少女は、以前に美容院の2階で妻が開いていた書道教室
に通っていた。しかし10年前のある事件で視力を失い、専門
の施設で暮らしていた。そして高校卒業の年齢に達し、次に
進むべき道を決める時期に来ていた。そんな折に昔を思い出
して主人公に電話を掛けてきたのだ。
こうして主人公は、10年ぶりに美容院を訪ねてきた少女と再
会することになるが…。

出演は、2012年4月紹介『道−白磁の人−』などの吉沢悠、
金子監督の短編デビュー作に出ていたという増田璃子。
他に、2012年『桐島、部活やめるってよ』などの藤井武美、
2014年『太秦ライムライト』などの和泉ちぬ、2016年『つぐ
むもの』などの広澤草。さらに芳本美代子、小松政夫らが脇
を固めている。
金子監督の第2作は観ていないが、第1作も本作もかなり特
別なシチュエーションを描いたもので、それは見方を変える
と反発も受けかねない物語が展開される。しかしその物語を
金子監督は実に丁寧な演出で、普遍的に考えることのできる
作品に仕上げている。
さらに本作では視覚障碍者についても描いているが、その描
写も実によく考えられている感じがした。実は僕の娘が視覚
障碍者の団体に勤務していたことがあって、そこでの話を何
度か聞いているが、その中で語られていたことが巧みに表現
されているようにも思えた。
なお物語は金井監督が和歌山を訪れて、その取材の中から編
み出されたものとなっている。その訪れた理由などは明らか
にされていないが、物語は普遍性の中に和歌山という風土を
巧みに取り入れたもののようにも感じられた。その融合のさ
せ方も見事と言える。
調べたところによると金井監督は中央大学理工学部の出身の
ようで、理工系の緻密さのようなものが本作にも現れている
ようだ。僕も工学部の出身者なので、その辺にも共感できる
のかもしれない。

公開は11月19日より和歌山県内での先行上映の後、東京では
12月3日より渋谷HUMAXシネマにて期間限定レイトショウ。
その後は全国順次公開となる。

この週は他に
『ミス・シェパードをお手本に』“The Lady in the Van”
(Dameの称号を持つ名女優マギー・スミスが、16年間にわた
り主演してきた舞台劇の映画化。劇作家アラン・ベネットの
実体験に基づくとされる作品で、数奇な運命に翻弄された女
性との厳しくも温かい交流の物語が、ちょっと捻った構成で
展開される。公開は12月より、シネスイッチ銀座他でロード
ショウ。)
『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5年間』
                    “Miles Ahead”
(1991年に死去した不世出のトランぺッターの、1975年から
約5年に亙る活動休止にスポットを当てた、ドン・チードル
製作脚本監督主演による作品。演奏シーンもあるが、物語は
単なる謎解きではなく、かなり凝った手法で音楽家の実像に
迫っている。公開は12月23日より、TOHOシネマズシャンテ他
で全国順次ロードショウ。)
『僕らのごはんは明日で待ってる』
(幻冬舎刊、ベストセラー小説の映画化。この出版社の作品
らしく、あざとい位に感動を呼び起こすエピソードが描かれ
る。でも本当に描くべきは女性の葛藤の方ではないのかな。
それに振り回される男性の方が判り易いのは確かだが、その
分、感動も浅いような気がする。公開は来年1月7日より、
全国ロードショウとなる。)
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
              “Florence Foster Jenkins”
(今年の東京国際映画祭でオープニングを飾る作品。1944年
に歌唱力が全くないのに、カーネギーホールでリサイタルを
開いた「オペラ歌手」の実話の映画化。実話は日本のテレビ
番組などでも紹介されていたが、先に書いた『ミス・シェパ
ード』とある意味真逆かな。そんな作品を続けて観られたの
も面白い。公開は12月1日より、全国ロードショウ。)
『マイ・ベスト・フレンド』“Miss You Already”
(トニ・コレットとドリュー・バリモア共演で女性同士の友
情を描く作品。監督はキャサリン・ハードウィック、脚本は
コメディエンヌでもあるモーウェナ・バンクス。正に女だら
けの作品だ。シビアな内容だが、病の経験者でもある脚本家
が巧みにユーモアで描き上げている。バリモア絡みの台詞も
良かった。公開は11月18日より、全国ロードショウ。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二