井口健二のOn the Production
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2016年07月31日(日) ミスワイフ、チリの闘い第1部〜第3部、湯を沸かすほどの熱い愛、PK

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ミスワイフ』“미쓰 와이프”
2011年2月紹介『ミス・ギャングスター』などのカン・ヒョ
ジンの監督、2010年5月紹介『仁寺洞スキャンダル』などの
オム・ジョンファの主演で、独身敏腕女性弁護士が突然平凡
な主婦の生活に追い込まれるというコメディドラマ。
主人公は幼い頃に父親を亡くし、その父親の悪口を言い続け
た母親も他界して独力で今の地位を築き上げた女性弁護士。
少しブラックな外国企業に勤めているが、その危ない訴訟も
勝訴率100%の敏腕ぶりで、遂にニューヨーク本社への栄転
が決まっている。
そんな女性が自分の運転する車で事故に巻き込まれ、ふと気
が付くと、そこは天国への中継地だった。しかし彼女の死亡
は手違いで彼女は戻されることになるのだが、その手続きが
済むまでの1か月、こちらも手違いで1か月早く死亡して既
に魂が天国へ行ってしまった女性の身代わりを頼まれる。
それを現世に戻るための取引条件とされて彼女はその役を引
き受けるが…。それは公務員の夫と2人の子持ちの専業主婦
という、今までの彼女の暮らしとは真逆の生活環境だった。
果たして彼女はその境遇を受け入れ、無事に1か月間を過ご
すことができるのか?

共演は、2010年10月紹介『ゴースト/もういちど抱きしめた
い』などのソン・スンホン。さらに2010年10月紹介『黒く濁
る村』などのキム・サンホ、『ミス・ギャングスター』など
のラ・ミラン、韓国のダコタ・ファニングと言われる子役の
ソ・シネらが脇を固めている。
タイトルを見てコメディと聞いた時には、これは有り勝ちな
ラヴコメを想像した。ただヒョウジン監督の以前に紹介した
作品でも、社会性など巧みに取り入れていたから、その辺で
いろいろ捻りは利かせてくるだろうという期待は持って作品
を鑑賞した。その結果は期待以上だった。
発端から本筋に至るまでの導入部は既にあるかなとも思える
し、そこからの生活環境のギャップによって生じる笑いなど
もありそうな感じなのだが、その全体の描き方が上手いとい
うか、何となく嵌ってしまう感じがして、観ていて心地の良
さを感じる作品だ。
しかも最初から提示されている結末が徐々に迫ってくる展開
はそれ自体も上手いと言えるのだが、そこにさらに2重3重
に仕掛けが施されていて、これは思わず唸ってしまう見事な
エンディングになっている。巧みなファンタシーで、こうい
うのが本当に自分の観たかった作品だ。

公開は8月13日より東京シネマート新宿、以後8月20日より
イオンシネマ名古屋茶屋、9月3日より大阪シネマート心斎
橋と、全国順次ロードショウとなる。

『チリの闘い第1部:ブルジョワジーの反乱』
“La batalla de Chile: La lucha de un pueblo sin armas
   - Primera parte: La insurreción de la burguesía”
『チリの闘い第2部:クーデター』
“La batalla de Chile: La lucha de un pueblo sin armas
          - Tercera parte: El poder popular”
『チリの闘い第3部:民衆の力』
“La batalla de Chile: La lucha de un pueblo sin armas
         - Segunda parte: El golpe de estado”
昨年日本公開された『光のノスタルジア』『真珠のボタン』
のパトリシオ・グスマン監督が1973年のチリの国情を描き、
1975年、1976年、1979年に発表したドキュメンタリー。
チリでは1970年にチリ社会党のサルバドール・アジェンデが
大統領となり、世界で初めて自由選挙によって合法的に選出
された社会主義政権が成立した。しかしアメリカ=ニクソン
政権は、お膝元の南米での政変を良しとしなかった。
そこでアメリカは経済制裁を発動し、さらにチリの富裕層に
資金を投入して企業家主導によるストを続発させる。これに
対しチリ国民は、労働組合や地方委員会を作って抵抗して行
くのだが…。
遂に1973年9月11日、CIAとアメリカ海軍の支援を受けた
軍部がクーデターを起こし、首都サンチアゴにある大統領府
を空爆。アジェンデ大統領を死に追いやり、後に悪名を轟か
すピノチェト政権を誕生させる。
本作の第1部、第2部では1973年3月の議会総選挙の模様か
ら取材が開始され、その選挙結果が反大統領派の思惑に反し
たことから起こる6月のクーデター未遂(後にNYタイムズ
がCIAの資金提供を報道)、さらに9月へと進む。
因に第1部の巻頭には、黒無地のタイトルバックに重ねた攻
撃の音響と9月のクーデターでの大統領府空爆の映像が配置
されており、そこへ至る道筋が描かれることが暗示されてい
る。そして第2部はクーデターの模様で終えられる。
斯くしてアジェンデからピノチェトへの政変を描く本作は、
第3部では一転して経済制裁や企業家主導のストライキに挑
む民衆の姿を描き出す。正直に言って僕には前2部は既知の
内容で、第3部からが注目だった。
そこでは交通のストに対して個人のトラックなどを動員して
凌ぐ姿や、新たな物流のルートを開発して物不足に対処する
姿などが描かれる。それは正に民衆主導の革命であり、ソ連
とは異なる社会主義運動の発展が描かれる。
実際にここに描かれる民衆の様子は、社会主義への移行を目
指す大いなる実験とも取れるし、軍部のクーデターという暴
力によるその挫折が、後のソ連崩壊などへの引き鉄になった
とも見えるものだ。
そしてこの軍事クーデターが、2016年6月紹介『コロニア』
に始まり、2012年10月28日付の「第25回東京国際映画祭」で
紹介した『NO』で終るチリの独裁政権を誕生させるのだ。
なお本作には一将校だったピノチェトの姿も登場する。

公開は9月10日より、東京は渋谷ユーロスペース他で、全国
順次ロードショウとなる。

『湯を沸かすほどの熱い愛』
2012年12月紹介『チチを撮りに』の中野量太監督による商業
映画デビュー作で、宮沢りえが2014年『紙の月』以来の主演
を務める作品。
宮沢が扮するのは休業中の風呂屋の女主人。1年前に夫が蒸
発して女手だけでは湯沸しもままならず、止む無く休業状態
になっている。そして彼女には一人娘がいるが、少し優柔不
断な性格で、学校ではいじめに遭っているようだ。
そんな主人公が突然ガンで余命数ヶ月を宣告されてしまう。
そこで主人公は、まず夫の居所を興信所に探させて家に引き
戻し、夫と連れていた幼女を家族にしてしまう。さらに娘に
は独立心を持たせる予習を開始する。
そんな一家にはいくつかルールがあり、それは家族の誕生日
には朝からしゃぶしゃぶだったり、毎年特定の日に届くアシ
ダカガニの礼状は娘が書くことになっていた。そして主人公
は、娘と幼女を連れて静岡に出かけることにするが…。

共演は2016年2月紹介『スキャナー』などの杉咲花。他に、
オダギリジョー、松坂桃李、子役の伊東蒼、2016年5月29日
題名紹介『夢二〜愛のとばしり〜』などの駿河太郎、2015年
4月紹介『Zアイランド』に出演の篠原ゆき子らが脇を固め
ている。
脚本も手掛けた中野監督の作品は、前作もそうだったが少し
捻ったシチュエーションで展開される。しかしそこに描かれ
る内容は普遍的というか誰にでも理解できる物語で、見事に
感動させられるものだ。
特に伏線の敷き方が巧みで、それこそ普通なら見逃してしま
いそうな描写が最後に感動となって甦る。勿論もっと明確に
提示されて感動の引き金になるようなシーンも用意されてい
るが、その他にもいろいろな伏線が活かされていた。
それにしても、題名の最後の文字は、普通こういう流れだと
「恋」かな? でも本作は、宮沢りえが正しく壮絶な「愛」
を家族や周囲に振りまく作品で、その内容には圧倒された。
これこそが愛と言えるものなのだろう。
ただ最後はちょっとやり過ぎかな? 実は宣伝担当者からは
「結末には賛否両論がある」と聞かされたものだが、でも本
作はフィクションなのだからこれもありだろう。映画全体の
良さが、そんな気持ちにもさせてくれる作品だった。

公開は10月29日より、東京は新宿バルト9他で、全国ロード
ショウとなる。

『PK』“पीके”
2013年3月紹介『きっと、うまくいく』のラージクマール・
ヒラニ監督による2014年の作品で、インドでは歴代第1位、
全世界興収で1億ドルを突破したという大ヒット作。
英語版のウィキペディアによるとscience fiction comedyと
なっていて、映画の開幕では巨大なUFOから主人公が降り
てくる…。これは確かにscience fictionかな。そしてその
主人公が帰る術を無くして地上に取り残されるというのは、
『E.T.』と同じ展開だ。
ただし本作の主人公は地球人の男性と同じ姿で、最初は少し
問題ありだが、その後は地球人に紛れて暮らすことになる。
しかし根っから正直な主人公は世間に蔓延る「神様」の存在
を信じ、その力でUFOを呼び戻そうとするのだが…。因に
彼には相手の手を握るとその心が判る能力があるようだ。
一方、インドを離れたベルギーでは1人の女性が「神様」の
力で恋人との仲を裂かれようとしていた。そして「神様」の
予言の通りに恋人に裏切られた彼女は、傷心のまま帰国して
テレビ局で報道ディレクターを務めていた。その女性が街で
不思議な行動をする主人公=PKを目撃する。
その時、PKは「神様が行方不明」という人探しのチラシを
街人に配っていた。その姿に興味を惹かれた彼女はPKの取
材を始めるが、それは社会を動かす大事件になって行く。果
たしてPKは「神様」を制してUFOを呼び戻し、自分の星
に帰ることができるのか…

主演は、『きっと、うまくいく』と同じアーミル・カーン。
相手役に2013年3月紹介『命ある限り』などのアヌシュカ・
シャルマ。モデル出身の女優は『命ある限り』で助演女優賞
を受賞、本作の大ヒットで人気を不動にしたそうだ。
ウィキペディアでscience fictionとされている本作だが、
純粋に工学部出身者の目で観ると、科学的な興味では『きっ
と、うまくいく』の方が理解できるところは多かったかな。
その点では本作は、SFと言うよりはもっと精神的な分野に
根差した作品だ。
そしてその精神(宗教)に関しては、前半では少し自分の感
覚と合わない感じもしていた。しかし映画の後半で敵が明確
にされてからの展開は理解し易く、特にクライマックスへの
畳み込み方は、見事なエンターテインメントになっている。
その辺が宗教で混沌としている現代社会に適切なメッセージ
にもなっている作品だ。
とは言うものの、上映中は僕自身が何度も涙腺を刺激され、
そんな感動作と言える作品でもあった。

公開は10月29日より、東京はYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シ
ネマカリテ他で、全国ロードショウとなる。

この週は他に
『仮面ライダーゴースト 100の眼魂とゴースト運命の瞬間』
『動物戦隊ジュウオウジャードキドキサーカスパニック!』
(先月記者会見の模様をお伝えした仮面ライダー生誕45周年
/スーパー戦隊シリーズ40作目の記念作品。どちらも公開時
放送中のキャラクターが登場するが、放送シリーズとの兼ね
合いで番外編のような作品になっている。ただしそれなりに
豪華な作りで物語も納得だし、ゲスト出演も楽しめた。)
『ぼくのおじさん』
(北杜夫の原作を2012年4月紹介『苦役列車』などの山下敦
弘監督が松田龍平の主演で映画化。大学で哲学の臨時講師を
しているおじさんを、小学生の甥が宿題の作文で描写する。
山下監督は先々週に題名紹介の『オーバー・フェンス』に続
いての作品で、精力的な活動ぶりに感服した。)
『われらが背きし者』“Our Kind of Traitor”
(2012年2月紹介『裏切りのサーカス』などのジョン・ル・
カレ原作、製作総指揮による英国MI6を題材にしたスパイ
映画。ユアン・マクレガー演じる大学教授が国家を揺るがす
機密に関る…いわゆる巻き込まれ形だが、途中から積極的に
ならざるを得なくなる展開が面白い。)
『聖なる呼吸』“Breath of the Gods”
(現代ヨガの創始者とされるインド人の足跡を、ドイツ人の
映画監督が辿るドキュメンタリー。かなり古い映像から監督
自身が高度なヨガに挑戦する姿まで、ヨガの全般が良く理解
できる構成になっている。特にヨガを学んでいる人には、格
好の教材と言えそうだ。)
『KARATE KILL カラテ・キル』
(ロサンゼルス在住の日本人監督が、空手家のハヤテを主演
に迎えて、主にアメリカを舞台に制作したアクション作品。
空手の達人が妹を拉致したカルト集団に挑む。敵役の1人と
して2015年11月紹介『リザとキツネと恋する死者たち』のデ
ヴィッド・サクライが登場。)
『高慢と偏見とゾンビ』
          “Pride and Prejudice and Zombies”
(何度も映画化されたジェーン・オースティンの原作に、終
末ゾンビのストーリーをマッシュアップした作品。原作で有
名なダーシー卿ら隣家の人々を迎える姉妹の会話が、舞踏で
はなく武闘の練習と共に行われるなど、パロディ精神も満載
で、原作を覚えているとニヤニヤできる。)
『闇金ウシジマくんPart3』
(2012年6月に第1作を紹介したシリーズの第3作。第2作
の試写は観たが紹介は割愛した。しかし物語は1話完結だか
ら問題はない。そして今回の内容はネットを使った儲け話を
背景にしたもので、カリスマ投資家に関った連中が丑島の餌
食になる。なお第4作を近日紹介の予定だ。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二