井口健二のOn the Production
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2016年07月10日(日) 中国現代映画特集2016(3Dシネマ 京劇〜覇王別姫〜、河、少年バビロン、心迷宮)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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「中国現代映画特集2016」
 小映画祭とも言えそうな上映会が上海市電影発行放映行業
協会と東京国際映画祭などの共催で行われた。開会式には、
駐日中国大使館の公使やバングラディシュから帰国したばか
りの外務副大臣も参列する本格的なものだったが、会場に取
材に来ていたのは中国メディアばかりで、何故か日本のマス
コミには無視されたようだ。
 以下に上映された4作品を紹介する。

『3Dシネマ 京劇〜覇王別姫〜』“霸王別姫 3D”
チェン・カイコー監督の1993年作品でも知られる中国京劇の
芝居を3D映像+ドルビーATMOSの音響で収録した作品。
時代は今から2200年ほど昔の秦代末期。戦乱の続く中国では
漢と楚が最後の覇権を争っていた。そんな中、楚の王宮は漢
軍に攻め立てられていたが、その防備は容易く破れず、遠征
の漢軍に疲弊の色が見え始める。
そこに漢の将軍が寝返ってきたという知らせが届く。しかも
その将軍は、今こそ打って出るべきと楚の大王を説得する。
それに対し以前からの将軍たちは時期尚早と諌め、王妃も大
王を説得しようとするのだが…。
奸計に嵌った大王は王妃も伴って出陣。しかし漢軍深くに攻
め入った大王は孤立し、逆に敵軍に包囲されてしまう。そし
て自国からの援軍を待つ内に徐々に戦況は悪化し、周囲から
思いもよらぬ歌声が聞こえてくる。

出演は、中国一級俳優の称号を持つ京劇スターのシャン・チ
ャンロン(尚長栄)と、やはり一級俳優の称号を持つ若手の
シー・イーホン(史依弘)。監督は、2010年上海万博開・閉
会式の総監督も務めたトン・ジュンジェ(滕俊杰)が担当し
た。
物語は京劇の芝居そのもので、出演俳優の恋物語などはない
が、京劇は演者の衣装そのものが立体的で3D映像には最適
な題材と言える。しかも本作では、セットもスタジオに組ま
れた奥行きのあるもので、そこに兵士らが縦に整列している
様などは、3D感も抜群だった。
それに本作では、水墨画のような背景画もコンヴァージョン
3D化されており、正しく最新技術での3D作品と言える。
つまりこれは舞台では絶対に観られない映画ならではの作品
と言えるものなのだ。
その上に本作では、音響設計がドルビーATMOSで行われたと
いうことで、実は今回上映された会場はドルビー5.1の設備
だったが、本来の音響での「四面楚歌」はどんなものだった
のか、それは一度聞いてみたくなる気分だった。

本作の一般公開は予定されていないようだが、会場では表紙
が3Dの日本版パンフレットも配布されていて、これは是非
とも日本公開を期待したくなった。
以前よりシネマ歌舞伎や劇団☆新感線によるゲキ×シネなど
を観て、その良さは何度も紹介してきたが、そうは言っても
3Dのこの迫力にはかなわない。日本の作品でもこのような
感覚を味わいたいものだ。

『河』“河 Gtsngbo/གཙང་པོ། ”
昨年の第28回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門にも
出品されたチベット人監督による作品。
舞台はチベット高原の片隅の草原地帯。登場するのはまだい
たいけない少女とその両親。母親の胎内に次の子供が宿り、
少女は乳離れを求められている。しかしまだそれを理解でき
る年齢でもない。
一方、少女の祖父は村から聖人と崇められているような人物
だが、少女の父親である息子には確執があるようだ。そんな
祖父が病となり少女と父親は河を渡って見舞に行くが、すで
に村人の見舞いの行列ができていた。
その様子に何もせずに帰ってしまう父親だったが…。そんな
チベット高原の片隅での出来事が、淡々とした描写で綴られ
て行く。

出演は、本作で上海国際映画祭アジア新人賞最優秀女優賞を
獲得したヤンチェン・ラモと同賞男優賞にノミネートされた
ルンゼン・ドルマ。監督は、カメラマン出身のソンタルジャ
(松太加)のデビュー作となっている。

『少年バビロン』“少年巴比伦”
昨年の第28回東京国際映画祭アジアの未来部門にも出品され
た1990年前後の近過去を回想する青春映画。
近代化が進む一方で、過去の因習も根深い工業地帯の大工場
を舞台に、工業高校は出たものの実作業は何もできない若者
と、彼が憧れの目で見つめる工場の医務室に勤める女性の姿
が描かれる。
国家の体制は異なっても若者の思いや悩みは同じなのかなあ
という作品だが、観ている自分も年を経てしまうと、これが
青春と言われても何とも言えない気分で、甘酸っぱいという
感じでもなくなってしまった。

出演はトン・ツージエン(董子健)、リー・モン(李夢)。
監督は、こちらもカメラマン出身で、北京電影学院撮影学科
で講師を務めるシアン・グオチアン(相国強)のデビュー作
となっている。

『心迷宮』“心迷宮”
最初の作品と共に日本には今回初紹介となった作品。
父親の支配から抜け出そうとあがく青年。夫のDVに苦しむ
主婦。老後のための準備を怠らない村長。そんな3人を主人
公に、青年の引き起こした事件を切っ掛けに彼らの生活が混
乱して行く。
という内容説明にちょっと暗めのポスター・ヴィジュアル。
それにこのタイトルではかなり重い心理ドラマを予想した。
しかも映画が始まると、物語の時間軸や視点が次々に切り替
わるという一筋縄ではいかない展開だ。それは覚悟を決めて
映画を観始めた。
ところが観ている内にいろいろな細工が実に見事に嵌り始め
る。しかも全体的には物語の流れが心地良いというか、気分
の良い作品になって行く。特に後半では嫌みのないユーモア
も散りばめられ、見事なエンターテインメントなのだ。
発端には死人も出てそれはそれなりの作品ではあるのだが、
映画全体に流れる温かみのようなものが鑑賞後にも良い気分
を残してくれて、これは気持ちの良い作品だった。
但し、上手く嵌り込む分、本当にそうだったのかという疑念
は湧いてしまうもので、出来ればもう一度観て確認したくも
なる作品だが、その辺は監督の術中に嵌ってしまっているの
かもしれない。この監督はその辺も周到にできそうだ。

出演は、フオ・ウェイミン(霍衛民)、ワン・シャオティエ
ン(王笑天)。監督は中国インディペンデント映画界の雄と
されるシン・ユークン監督の長編初監督作品となっている。

『河』と『少年バビロン』は昨年の東京国際映画祭で上映さ
れた作品だが、残りの2本は今年の映画祭で上映されるのか
な。出来ればどちらも再見したい作品だ。特に『3Dシネマ
京劇〜覇王別姫〜』は、是非ともドルビーATMOSでの上映を
期待したい。これが実現したら、日本の3D状況も変わると
思うのだが。

この週は他に
『ロスト・バケーション』“The Shallows”
(2005年9月紹介『旅するジーンズと16歳の夏』に出演後
『ゴシップガール』でブレイクしたブレイク・ライヴリーが
主演する人食いザメとの対決を描く作品。『ジョーズ』から
40周年? 小品の割にはいろいろ工夫が凝らされているが、
時間経過のサスペンスをもう少し描いて欲しかった。)
『健さん』
(一昨年亡くなった高倉健の業績を追うドキュメンタリー。
中ではマーティン・スコセッシなど海外での評価もいろいろ
語られるが、ポール・シュレイダーが語る実現しなかった企
画の話や、ジョン・ウーの演出の話は興味を惹かれた。)
『ライト/オフ』“Light Out”
(明かりが消えると襲ってくる殺人鬼との対決を描くホラー
映画。殺人鬼の来歴みたいなものがいろいろあって面白い。
ただ、その設定が充分に生かし切れているか否かで、少しあ
やふやな感じがした。再見して確認すべきか?)
『ONE PIECE FILM GOLD』
(原作コミックスが絶大な人気を誇る作品の、原作者自身が
総合プロデューサーを務める劇場版作品。物語は本作だけで
完結するもので、人間性を持たない悪人との対決の中で友情
などが語られる。ゲスト声優陣も豪華だ。)
『ターザン:REBORN』“The Legend of Tarzan”
(6月12日付で記者会見を報告した作品の本編。エドガー・
ライス・バローズ原作の映画化だが、本作については1983年
製作、ヒュー・ハドスン監督の『グレイストーク』の続きと
いう位置付が正しいと思われる。)
『蔦監督 高校野球を変えた男の真実』
(2013年11月紹介『祖谷物語』の蔦哲一郎監督が自身の祖父
である徳島池田高校野球部の蔦文也氏を取材したドキュメン
タリー。親族だからこそ描ける部分も多く興味深いが、映像
の使用権の問題で一般公開は出来ないそうだ。勿体無い。)
『ダーティー・コップ』“The Trust”
(ニコラス・ケイジとイライジャ・ウッドの共演による刑事
もの。偶然手に入れた情報でどんどん落ちてしまう刑事の姿
が描かれる。ケイジの役柄の描写が少し不明確な感じだが、
結局人間ってこんなものなのだろう。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二