井口健二のOn the Production
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2016年06月26日(日) 記者会見(アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅)、ペット、 みかんの丘、とうもろこしの島、クズとブスとゲス

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』記者会見
 今回も記者会見の報告を1つしておこう。
 7月1日公開の作品に関連して、プロデューサー、監督、
主演女優の来日記者会見が行われた。
 この種の記者会見では以前は馬鹿気た質問も多く、僕なり
に質問も用意していたものだが、最近は登壇者の熱意も感じ
られる良い会見が増えている。そんな中で今回はイギリス生
まれのジェームズ・ボビン監督の発言が注目された。
 その会見で監督はイギリス生まれであることを繰り返し述
べ、原作には子供のころから親しんでいたとして、原作への
リスペクトぶりを語っていた。実際に本作は原作とは異なる
物語展開であるから、これは重要なポイントだ。
 そして監督は、「原作は複数の章からなるがその関連性が
希薄で、映画向けの物語を構築する必要があった」として、
「原作にもタイムに関する言及があり、その点を捉えて新た
な物語を作り出した」と語っていた。
 また以前の紹介で僕が指摘した「鏡を抜けるシーン」につ
いての説明はなかったが、実はその直前に映るチェス盤の棋
譜は原作ものを再現しているのだそうで、原作が詰チェスを
モティーフにしていることへのリスペクトだったようだ。
 一方、プロデューサーからはティム・バートンの係わりが
紹介され、バートンは今回プロデューサーに退いたものの、
映画の製作に関しては「セットのコンセプトなど、全面的な
バックアップをしてくれた」とのことだ。
 確かに物語は原作とは全く異なるものだけれど、原作に対
するいろいろな想いが込められた作品だということは、この
会見でも充分に伝わってきたものだ。
 公開は7月1日より、2D/3Dにて全国ロードショウと
なる。
        *         *
 以下は映画の紹介。まずは前回、情報解禁の関係で外した
この作品から。
『ペット』“The Secret Life of Pets”
2010年、2013年公開の『怪盗グルーの月泥棒』や、同作から
派生した『ミニオンズ』のシリーズで知られるユニバーサル
・スタジオ/イルミネーションが新たに登場させたペットが
主人公のアニメーション作品。
マックスはマンハッタンのアパートで飼い主ケイティと共に
暮らすテリア系の雑種犬。そんなマックスは、ケイティの留
守中は同じアパートに暮らすペットの仲間たちと楽しく遊び
ながら、飼い主の帰りを待ちわびていた。
ところがある日、ケイティが新しい犬を連れて帰ってくる。
デュークという名のそいつはむくむくの大型犬で、マックス
は大いに反発するが、言葉の通じないケイティからは「兄弟
のように仲良くして」と言い渡されてしまう。
しかしデュークはマックスのお気に入りのベッドを占領した
り、ご飯を横取りしたりのやりたい放題。しかも散歩代行人
に連れられて行った公園で、マックスはデュークの悪戯で置
き去りにされてしまう。
そして路地裏を彷徨う羽目に陥ったマックスとデュークは、
野良猫集団に襲われた挙句、保健所の捕獲員に捕まってしま
うことに。しかもデュークは以前にも捕獲された経緯から、
今回は即処分の運命にあるというのだ。
斯くして捕獲員からの逃亡を図った2匹は、すったもんだの
末に地下水道に住むうさぎのスノーボールとその仲間たちに
遭遇するが…。
僕自身が小型犬の飼い主の目で観ていると、ペットの描写が
実に見事で、これは間違いなくペット好きが作った作品だと
思わせる。それはまああざとくもありはするのだけれど、映
画の前半はニヤニヤする場面の連続だった。
それが後半になると一転の大冒険の連続で、それは多少荒唐
無稽な部分もありはするが、ペット好きの目からすると許せ
るというか、納得の物語が展開されている。それがエンター
テインメント性も豊かに描かれた作品だ。

監督は『怪盗グルーの月泥棒』などのクリス・ルノーと、ル
ノー監督の2013年公開『怪盗グルーのミニオン危機一発』で
美術担当のヤロウ・チェニーが共同監督としてクレジット。
脚本は、2011年7月紹介『イースターラビットのキャンディ
工場』などのブライアン・リンチが担当した。
飼い主がいないときのペットの状況や、野犬捕獲員の存在な
ど、僕はこの作品を観ながら1955年のディズニー作品『わん
わん物語』“Lady and the Tramp”を思い出していた。
本作のマックスは野良犬ではないし、レディの存在は希薄で
はあるが、ディズニー作品が当時のペット事情を反映してい
たのなら、本作は正に現代のペット事情を反映していると言
えるだろう。
本作は、『わんわん物語』に対する現代からの回答編という
感じもする作品だ。

公開は8月11日より、全国拡大ロードショウとなる。

『みかんの丘』“მანდარინები”
『とうもろこしの島』“სიმინდის კუნძული”
1991年のソビエト連邦の崩壊により独立国となったグルジア
(現呼称ジョージア)を舞台に、その後に発生した国内の民
族紛争を背景とした2作品。
1本目は収穫期を迎えたみかん農園が舞台。主人公はエスト
ニア人で民族紛争には関っていないが、近隣の同胞は安全の
ため帰国してしまっているようだ。そんな中で果樹はたわわ
に実ったものの、紛争でそれを収穫する人手が足りない。
そこで一方の軍の上官に収穫の応援を頼むのだが…。俄かに
戦線が切迫し、両軍の兵士が入り乱れる状況となる。しかも
目の前で起きた戦闘で、主人公は傷ついた両軍の兵士を救護
してしまう。
因に本作の英題名は“Tangerines”で登場する「みかん」は
日本風の手で皮の剥けるもの。そんなことにも親しみの湧く
作品だが、内容は戦争批判をユーモアも交えて巧みに描いた
もので、映画前半からの伏線も見事な作品だった。

監督は、ジョージア映画アカデミーの代表も務めるザザ・ウ
ルシャゼ。本作は2015年の米アカデミー賞外国語映画部門に
エストニア代表としてノミネートされた。
2本目は川の中州でとうもろこしを育てる老人とその孫娘が
主人公。春先に適当な中州を見つけた老人はその中洲に小屋
を建て、小舟で渡りながら種をまきとうもろこしを育てる。
すれは民族の古くからの習わしだった。
しかしその川は民族紛争を繰り広げる両軍の境界でもあり、
双方の軍隊の兵士たちがちょっかいを出し始める。それでも
黙々と作業を続ける老人と孫娘は遂に収穫の日を迎えること
になるが…。
この作品では、とうもろこしが見事に育って行く様が描かれ
ており、実際に半年を賭けた撮影であることは判断できる。
しかもその後に用意されたシーンには、何か崇高な思いもす
る作品だった。

監督は、ジョージア出身でニューヨークの映画学校にも通た
というギオルギ・オヴァシュヴィリ。本作は2015年の米アカ
デミー賞外国語映画部門にジョージア代表としてノミネート
された。
僕は元々神奈川県西部の生れ育ちなのでみかんの実る様子は
よく判っているし、中学か高校では授業でトウモロコシを育
てたこともある。従ってこの2作品に登場する作物にはどち
らも親しみが湧いたが、特にみかんはそれまでの世話も見え
てくるもので、それと戦争の理不尽さが見事に描かれている
と感じたものだ。

公開は9月17日より、東京は神田神保町の岩波ホール他で、
全国順次ロードショウとなる。

『クズとブスとゲス』
2011年『東京プレイボーイクラブ』という作品で東京フィル
メックス学生審査員賞などを受賞した奥田庸介脚本、監督、
主演による上映時間2時間21分の作品。
奥田監督自身が演じるのは、女性を薬で眠らせて裸の写真を
撮り、それをネタに女性を強請って生計を立てているという
ゲスな男。そんな男が1人の女性をカモにしたところから話
が始まる。
実はその女がヤクザの店で働く商売女で、男は逆に落とし前
として大金を要求されたのだ。そこで男は大麻を売って金を
得ようとし、行きつけのバーのマスターに強引に大麻の売人
を手配させるのだが…。
そんな話に恋人との真っ当な生活を目指していたものの、生
来のクズな性分から上手くいかない男と、その恋人(ブス)
が絡まり合い、物語は思いも掛けない壮絶な展開へと雪崩れ
込んで行く。

共演は奥田作品には常連の板橋駿谷と、オーディションで選
ばれ本格的な映画出演は初めてという岩田恵里。それに北野
武作品の常連の芦川誠らが脇を固めている。
なお本作では奥田が俳優として昨年の東京フィルメックスで
スペシャルメンションを受賞したそうだ。
何せ上映時間の長い作品だし、題名のセンスにも疑問が生じ
たもので、中々観るタイミングに苦慮していたが、先に観た
人たちからは「題名の割にはよかったよ」と聞かされ、スケ
ジュールを調整した。
それで観ての感想は、確かに評判通りの作品で、上映時間も
長くは感じさせなかった。内容的にもかなりギリギリの線を
狙ってきた作品で、これは評価するべきものだろう。それは
勿論、顰蹙を買うことも覚悟の上の作品だ。
それが題名にも出ていることは、確信犯的に疑いようのない
ものでもある。ただ題名に関しては、ブスとゲスを入れ替え
た方が、略称がKGBとなって笑えるのかなとも思ったが、
まあそんなことはどうでもいいことだ。

公開は7月30日より、東京は渋谷ユーロスペース他で、全国
順次ロードショウとなる。

この週は他に
『ストリート・オーケストラ』
            “Tudo Que Aprendemos Juntos”
(ブラジルのファヴェーラで子供たちに音楽を教えるヴァイ
オリニストの話。物語は有り勝ちだが、ファヴェーラの風景
が雰囲気を出していた。ただ、出だしの演奏をしない理由や
最期に練習できた理由は、もう少し説明が欲しかった?)
『キング・オブ・エジプト』“Gods of Egypt”
(2004年『アイ,ロボット』などのアレックス・プロイアス
監督がエジプト神話に挑んだ作品。僕は監督のSF的世界観
が好きだが、古代エジプトではちょっと違うかな。ただ神々
の身長が3m近いのは異星人説にも通じて面白かった。)
『シーモアさんと、大人のための人生入門』
             “Seymour: An Introduction”
(イーサン・ホークがドキュメンタリーの初監督に挑んだ作
品。達人の発言には何につけて深いものを感じるが、本作も
そんな至言に満ちている。ただ、日本でも人気の某演奏家に
対する評価にはニヤリとさせられた。)
『ダンスの時間』
(これもまた達人の話。新江ノ島水族館などでダンスの指導
をする様子が描かれるが、その練習の手法なども注目に値す
るもので、全てが納得でき、また勉強になる作品だった。こ
の人のことをもっと知りたくなった。)
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』“La loi du marché”
(海外の映画祭などで注目された作品のようだが、最近の映
画祭向きというか、確かに以前の映画では描かなかった作品
であることは言えるだろう。ただ僕自身は苦手とするもの。
それが受けていることは認識するが…。)
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
                “La canción del mar”
(米アカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされ
たアイルランド作品。正にメルヒェンという感じの作品で、
日本のジブリ作品にも通じるところがあるかな。近年のディ
ズニーでは観られないアニメーション世界が広がる。)
『はじまりはヒップホップ』“Hip Hop-eration”
(平均年齢80歳以上でヒップ・ホップダンスの世界大会に挑
んだチームの奮闘ぶりを描いたドキュメンタリー。日本でも
以前に沖縄の高齢者合唱団の話があったが、それ以上に明る
く前向きな作品だった。)
『生きうつしのプリマ』“Die abhandene Welt”
(2013年9月紹介『ハンナ・アーレント』のマルガレーテ・
フォン・トロッタ監督が自分自身の体験を基に描いた物語。
ただかなり脚色された部分が、一方的な女性目線で、男性の
観客としては少し引いてしまった。)
『少女』
(湊かなえ原作小説の映画化。この作品も女性目線の強い作
品で、男性としては評価に苦しむ。ただ内容的には1999年の
『17歳のカルテ』にも通じるところがあり、その現代版とい
う感じもした。)
『アルビノの木』
(野生動物による食害などの問題を扱った、社会性の強いド
ラマ作品。作者の言いたいことは理解する。しかしこの方法
でそれが訴えられているかどうか。タイトルには樹木の白化
現象を想像して最初に戸惑った。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二