井口健二のOn the Production
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2016年01月10日(日) X−ミッション、ジョーのあした、Mr.ホームズ、ジプシーのとき、バナナの逆襲、いいにおいのする映画

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『X−ミッション』“Point Break”
エクストリームスポーツに興じていた若者が、政府の捜査官
となって活躍する姿を描いた3Dアクション作品。
映画の開幕は、切り立つ山の稜線を疾走する2台のバイク。
ところが最後のジャンプで塔峰の頂きに着地した主人公に対
して、彼の後を追った仲間のバイクは着地に失敗して転落。
主人公は仲間の死を目の当たりにしてしまう。
それから7年後、バイクを走らせていた若者は、規律が最も
厳しいと言われるFBI捜査官の登用試験を受けていた。し
かし彼の経歴は試験官に良い印象を与えてはいないようだ。
それでも成績が優秀であることは間違いなかった。
そんな時、X−スポーツを駆使する強盗団が出現。その技の
レヴェルから彼等の行動が伝説の活動家の理念に基づいてい
ると判断した主人公は彼等の次の出現場所を予測。仮採用の
身分で現地に捜査に赴くことになるが…。
稜線の疾走に続いては、高層ビルからのパラシュート降下、
さらには輸送機からのスカイダイビングに、大海原のド真ん
中で発生する高波でのサーフィンなど、X−スポーツの妙技
がつるべ打ちのように登場する展開となる。

出演は、オーストラリア出身で人気ブレイク中のルーク・プ
レイシー、2013年6月紹介『ウォーム・ボディーズ』などの
テリーサ・パーマー、2012年7月紹介『カルロス』などのエ
ドガー・ラミレス。
他に、2011年10月紹介『ザ☆ビッグバン!!』などのデルロイ
・リンドー、2007年3月紹介『こわれゆく世界の中で』など
のレイ・ウィンストンらが脇を固めている。
監督と撮影は、カメラマン出身で2001年『ワイルド・スピー
ド』の撮影も手掛けたエリクソン・コア。本作は2006年『イ
ンヴィンシブル 栄光へのタッチダウン』に次ぐ監督2作目
となる。
脚本は、2012年8月紹介『トータル・リコール』などのカー
ト・ウィマー。因に1991年のキアヌ・リーヴス主演作『ハー
ト・ブルー』(キャサリン・ビグロー監督)が本作の原案だ
そうだ。
X−スポーツのアスリートが捜査官になるという設定では、
2002年9月に紹介したヴィン・ディーゼル主演の『トリプル
X』などが思い浮かぶが、登場する競技の多彩さでは本作が
上回る。しかもそこに日本人が絡むのも愉快なところだ。
それに本作では、3Dの効果が見事な点も注目できる。特に
山岳シーンでは山肌の凹凸が明確に把握できて、これは迫力
満点の映像だった。また海のうねりや瀧脇の岩壁を登攀する
シーンなども3Dで効果的に描かれていた。
実は昨年観た『アルプス天空の交響曲』というドキュメンタ
リーでは、2Dのために山肌が凹なの凸なのか俄かに判らず
困ったが、3Dではその心配もなかった。これは今後の参考
にもなる作品だ。

公開は2月20日より、東京は新宿ピカデリー他で全国ロード
ショウとなる。

『ジョーのあした-辰𠮷𠀋一郎との20年-』
1989年『どついたるねん』で元プロボクサー赤井英和を銀幕
デビューさせた阪本順治監督が、やはり関西のプロボクサー
辰𠮷𠀋一郎を題材に描いたドキュメンタリー作品。
辰𠮷は1989年にプロデビュー。1991年には8戦目にして世界
タイトルを奪取する。しかし同年末に網膜裂孔と診断されて
長期入院。その後の1992年に行われた復帰世界戦ではTKO
負けを喫するが、翌年の再戦で王座に返り咲く。
だがその後に網膜剥離が判明して王座を返上。さらに治療の
手術は成功するが、日本ボクシングコミッションは規定によ
り国内での対戦を禁止。このため辰𠮷は海外での対戦を実施
して勝利し、その実績により特例の世界戦が認められる。
ところがそこには1戦でも負けたら引退の条件が付けられて
いた。そして1994年に行われた世界戦では敗れた辰𠮷だが、
さらに海外での対戦を続け、遂に1997年3度目の世界王座返
り咲きを果たす。
その後は2度の防衛に成功するも1998年の防衛戦で敗戦。さ
らに2008年に年齢規定により国内ライセンスが失効。それで
も辰𠮷はタイ王国で戦いを続け、4度目の王座への返り咲き
を狙っている。
そんな辰𠮷の姿を阪本監督は、1995年にラスヴェガスで行わ
れた再起戦から2014年まで20年間に亙って追い続けた。そこ
には1999年に他界した父親との思い出や、同じ道を歩み始め
た息子への思いなども語られる。
ボクシングに興味がある訳でもない自分にとって、この作品
は特に食指が動くものではなかった。しかし昨年の東京国際
映画祭のパノラマ部門に出品され、初日の上映では他に観る
ものもなくて鑑賞したものだ。
ところがその内容では、特に家族の関係が巧みに描き込まれ
ていて、何か心地良い感じで観ることができた。それは阪本
監督の上手さなのかもしれないが、特にボクサーを英雄に祀
り上げるでもなく、淡々と描かれた作品は見事だった。
そして今回は、マスコミ試写の案内を受けて再度同じ作品を
観に行ったものだが、今回は躊躇いもなく再見ができた。そ
れは作品の出来にも納得していた為だが、さらに今回は内容
の理解も進んで、一層満足できた感じだ。

ナレーションを豊川悦司が担当。
公開は2月20日よりシネ・リーブル梅田ほかで大阪先行上映
の後、東京はテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷
にて2月27日より、さらに全国順次ロードショウとなる。

『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』“Mr. Holmes”
2006年4月紹介『ローズ・イン・タイドランド』(テリー・
ギリアム監督)の原作者ミッチ・カリンが、2005年に発表し
た小説“A Slight Trick of the Mind”を、2005年5月紹介
『愛についてのキンゼイ・レポート』などのビル・コンドン
監督、『LOTR』などのイアン・マッケラン主演で映画化
した作品。
物語は、かなり高齢の男性がイギリスの田舎町の駅に降り立
つところから始まる。男性は著名らしく周囲の人からも注目
されているが、それには構わず帰り着いた邸宅で彼は、取る
ものも取り敢えず庭に置かれた養蜂箱の世話に勤しむ。
そう彼こそは老境を迎えた名探偵シャーロック・ホームズな
のだ。そんなホームズの振る舞いはワトソンによって描かれ
た人物像とは多少異なっているが、それでも名声を誇った探
偵への憧憬は今も続いているようだ。
ところが彼自身は老いを自覚しており、減退する記憶との闘
いの中で、ワトソンが真実を描けなかったある事件の真相を
探ろうとしていた。それは自らの失策により引退を余儀なく
されたものであり、そのため遠く日本まで赴いたのだ。
こうしてホームズ最後の事件の真相と、訪れた日本での出来
事、さらにはホームズの身の回りの世話をする母子との生活
が、いまだ衰えぬホームズの推理力と共に描かれて行く。

共演は、2014年に“Robot Overlords”というイギリス製の
SF作品で演技デビューを飾っているマイロ・パーカーと、
2012年8月紹介『最終目的地』などのローラ・リニー、それ
に真田広之。
他に、2008年9月紹介『バンク・ジョブ』などのハティ・モ
ラハン、2007年12月紹介『つぐない』などのパトリック・ケ
ネディ、そして1985年『ヤング・シャーロック』で若き日の
ホームズを演じたニコラス・ロウが劇中映画のホームズ役を
演じている。
本編の中でホームズが訪れる日本のシーンに関して、エンド
クレジットでは千葉県の地名なども挙がっていたが、実際に
はイギリス国内で撮影されたようだ。しかしそこに描かれる
ものにはちょっと驚かされた。
恐らく原作がそうなのであろうが、日本人には考えさせられ
るものだ。

公開は2016年3月、TOHOシネマズ シャンテほかで全国順次
ロードショウとなる。

『ジプシーのとき』“Dom za vešanje”
2005年4月紹介『ライフ・イズ・ミラクル』などの旧ユーゴ
(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)サラエボ出身エミール・ク
ストリッツァ監督が1989年に発表した作品。
舞台は、ジプシーたちが居住するユーゴのとある村。主人公
は、祖母からちょっとした魔法の力を授けられた青年。彼に
は相思相愛の彼女がいるが、財力のない青年は彼女の母親に
認めてもらえない。
そんな青年は、村にやってきた金持ちらしい男の口尾車に乗
り、脚の不自由な妹を病院に入れてくれる約束で妹と共に男
の車に乗り込むが…。男のあくどい手口に翻弄されて、見知
らぬ土地を放浪する羽目に陥ってしまう。
映画はロマ語の台詞で描かれているそうで、主人公らが異国
に出てそれぞれに国の言葉になるシーンでは字幕に<>が付
いていた。といっても僕にはロマ語自体も判らないのだが、
何となく納得できる作品だった。
ただまあ、僕自身が新婚旅行でパリに行った際に、多分ジプ
シーと思われる子供たちの集団に財布をすられそうになった
経験があると、この作品に登場するジプシーたちの生態は、
納得できるというか何とも複雑な気分にさせられる。
恐らくそれがジプシーの現実なのだろうし、それを真剣に描
きたかったのが、監督の気持ちなのだろう。
因に僕がパリに行ったのはこの映画が発表されるよりさらに
10年ほど前のことだが。最近でも同じような被害にあった人
の話も聞いたりすると、その現実は今もあまり変わってはい
ないということのかな。

公開は1月23日〜2月12日の3週間限定で、YEBISU GARDEN
CINEMAにて「ウンザ!ウンザ!ロードショウ!」として紹介
されるクストリッツァ監督の特集上映の中で行われる。
なお同特集では、
『アリゾナ・ドリーム』(1992年、ジョニー・デップ主演)
『アンダーグラウンド』(1995年)
『黒猫・白猫』(1998年)
『SUPER8』(2001年)
『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)
の上映も行われる。

『バナナの逆襲第1話ゲルテン監督、訴えられる』
              “Big Boys Gone Bananas!*”
『バナナの逆襲第2話敏腕?弁護士ドミンゲス、現る』
                     “Bananas!*”
果実では世界有数の企業であるドール社が、中米ニカラグア
のバナナ農園労働者に対して行った行為を巡る2つの裁判を
取材したドキュメンタリー。
実は第1話は2011年の作品、第2話は2009年の作品で、順番
は逆になるものだが、制作者の主張をより強力に訴えるには
この順番に観せるのが最適と言えそうだ。
その第1話で描かれるのは、第2話となる作品の上映を巡る
もの。アメリカの映画祭での上映に際してドール社が妨害工
作を実施し、それが裁判に至るものだ。従ってこの第1話の
中には第2話の一部がインサートされるが、それはあまり気
にならなかった。
そして第2話は、そこまでしてドール社が上映を阻止しよう
とした作品の本編となるものだが。それはドール社がニカラ
グアで行った不正行為を告発するものであり、その危険な行
為と、さらにそれを隠ぺいしようとするあくどさが克明に描
かれるものになっていた。
ここで第2話に関しては、ドール社は被告人だから裁判を受
けて立つのは仕方ないことなのだが、第1話の妨害工作は、
明らかに言論の自由に対する侵害行為でなぜこのような行動
に出たのかは理解に窮するものだった。とは言え第2話が描
く利益至上主義も疑問ではあるが。
それにしてもこのドール社の行為は、まずは資金力に物を言
わせての弾圧であり、さらには「他国がどうなろうと自国さ
え良ければよい」という、アメリカ政府の遣り口をそのまま
踏襲した感じのもの。そのやり方が通用しなくなっての焦り
は、現政府を観ている感じもした。
つまりこの作品は、制作者が意図した以上に今の世界情勢を
反映しているものとも言え、これを観て日本とアメリカの関
係を考え直すことも重要な作品に思えてきた。特にアメリカ
企業の思惑優先で進むTPPの目的がどこにあるかも、この
作品を観て考えて欲しいところだ。
ただ本作では、特に第1話はその遣り口の横暴さと共に浅は
かさも露呈しているもので、それを観ながら対策を考えるの
も役に立ちそうだ。ただし、第1話では最終的に監督の母国
が国を挙げての対抗に乗り出す辺りが、今の日本に期待でき
るかどうか…。

公開は2月27日より、東京は渋谷ユーロスペースでのロード
ショウとなる。

『いいにおいのする映画』
新進気鋭の映画監督とアーティストの掛け合わせを目指して
2012年頃に始まったMOOSIC LABという企画で製作され、昨年
のイヴェント上映でグランプリ・観客賞を含む6部門を受賞
したという作品。
登場するアーティストはVampillia。その名前から予想され
るように吸血鬼の物語が展開される。そこには幼い頃に離れ
離れになった少年と少女が再会し、少年の父親がリードする
バンドに関って行く少女の姿が描かれる。
しかし予想通り少年は吸血鬼の血筋を持ち、やがて少女にも
牙をむく時が来てしまうが…というもの。まあ安易と言った
ら安易な展開だが、作品の性質上これは仕方のないところだ
ろう。
ただマニア的に言わせて貰えば、少年吸血鬼の行為を単純な
嫌悪感で描いてしまっているところが不満にはなるもので、
特に少女が受け入れてからの展開はもっと違ったものにして
欲しかったところはある。
それは少年の母親との関係も含めて、もっといろいろと描き
込んで欲しかったものだ。特に少女が母親の姿を観る切っ掛
けの部分では映画的にもっと面白い展開もあったはずで、そ
の辺はもっと期待できた。
映画界では数年前からのブームもあって、吸血鬼には様々な
ヴァリエーションが描かれているもので、そんな中で本作に
新たなものは見い出せなかった。その辺が残念にも感じられ
たものだ。
とは言え本作では6部門を受賞しているのだから、その時の
観客には受け入れられたということだ。こういう刹那的な作
品が受け入れられ易いのは理解するが、もっと深く映画を観
たい観客が居ることも考えて欲しいものだ。

公開は2月6日より、東京では19日までの期間限定で、新宿
シネマカリテにてレイトショウとなる。


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井口健二