井口健二のOn the Production
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2015年11月01日(日) 第28回東京国際映画祭<コンペティション部門>

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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今回は10月22日−31日に開催された第28回東京国際映画祭で
鑑賞した作品について紹介します。

<コンペティション部門>
『さようなら』(2015年10月4日付で紹介済み)

『家族の映画』“Rodinný film”
両親の海外旅行中、学業などで居残った姉弟が飛んでもない
ことを引き起こすという有り勝ちなシチュエーションで始ま
る物語。そこに奔放な行動をする姉の女友達と、一応は良識
人らしい父親の弟が絡むのだが、そこからの展開が尋常では
ない。しかもそれがローラーコースター・ムーヴィのような
勢いで進んで行く。ただし物語自体は破綻もなく進むので、
観ていて極めて気持ちの良い作品だった。ペットの犬も大活
躍で、カンヌ映画祭ならパルムドッグ賞ものの作品だ。

『ぼくの桃色の夢』“我的青春期”
1990年代の中華人民共和国農村部を背景に、貧しい暮らしの
中から進学の道を進んで行く少年を描いた作品。と言っても
少年は同じ学校の年長の少女に憧れ彼女の関心を呼ぶことに
必死になるという、1981年生まれという監督自身の体験に基
づく作品のようだ。後半に多少の捻りはあるが、全体的には
有り勝ちな作品かな。因に英題名は“My Original Dream”
で、同時に出た漢語字幕では“我的春夢”となっていた。上
記の原題はフィルム面とポスターにもあるものだが…。

『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』“Born To be Blue”
1950年代にジャズトランぺッター/ヴォーカリストとしても
一世風靡したチェット・ベイカーの栄光と影を、2015年1月
紹介『プリデスティネーション』などのイーサン・ホーク主
演で描いた作品。著名な人物の伝記映画であり、劇中には名
曲とされる「My Funny Valentine」などもフィーチャーされ
て、ファンには堪らない作品と言える。往年の映画ファンに
はジャズファンと重なる人も多いようで、海外の映画祭でも
この種の作品の出品は多いもののようだ。

『残穢−住んではいけない部屋』
小野不由美原作ホラー小説の映画化で、来年1月30日の全国
公開が予定されている作品。実は本作までは映画祭前の事前
試写で観たので、先週中の紹介も考えたが、時間が足りずに
叶わなかった。作品はホラー映画を観馴れている者には虚仮
威かしもなく、ビクビクするものでもないが、お話の展開が
結構理詰めでマニア的には楽しめた。特に次から次へと提示
される怪異現象のオンパレードは、思わずニヤリとしてしま
うもの。ドラマもしっかりして中々の良作だ。

『ルクリ』“Roukli”
何処の国とも判らない自然の土地に暮らす若者たちを主人公
とした物語。しかしそこに爆音が響き始め、近隣の町が攻撃
されていることが知らされる。そして組織に追われていると
いう男たちが現れ、主人公たちの生活が脅かされる。物語は
寓意に基づくものと思われるが、それが何を語ろうとしてい
るのかが今一つピンと来なかった。しかし感覚的には何か突
き付けられるものもあった。後半には何かが瞬間見えた感じ
もして、その辺をもう一度確認したくもなった。

『地雷と少年兵』“Under Sandet”
第2次大戦後のデンマークの海岸線を舞台に、ナチスが設置
した200万個とも言われる地雷の撤去に従事するデンマーク
軍人と元ナチス少年兵とを描いた作品。デンマークは1932年
に戦時捕虜に関するジュネーブ条約を批准しており、本作に
描かれた行為は明らかな条約違反のものだ。しかし本作は実
話に基づく作品であり、本国ではタブーの出来事のようだ。
その経緯から本作はグランプリに値するとも思えたが、結果
は男優賞に止まった。でも見応えのある作品だ。

『スナップ』“SA-NAP”
卒業後は都会に出ていた女性が、同級生の結婚式出席のため
故郷に帰ってくる。そこには将来を誓っていたがある事情で
別れざるを得なかった元恋人の姿もあった。彼女の姿は卒業
アルバムからも消されるなど、相当の理由があったようで、
そこには政治的な問題も絡んでいるようなのだが、映画を観
ていてその辺の事情がほとんど理解できなかった。製作国は
タイで、背景には8年間に2度のクーデターがあったという
国情が絡むようなのだが…。

『フル・コンタクト』“Full Contact”
アメリカ・ネヴァダ州の砂漠でドローンを使った中東攻撃に
従事する米軍人を描いた前半と、ヨーロッパでアラブ人との
格闘技を闘う後半。その間にバスケットボールとカッカーが
絡む幕間劇を挟むという構成の物語。言いたいことは判らな
いでもないが、ドローン攻撃の非人間性を訴えるということ
では、先に公開されたイーサン・ホーク主演の『ドローン・
オブ・ウォー』の方が優れていたようにも思える。これでは
後半の展開も活きていなかった。

『ニーゼ』“Nise - O Coração da Loucura”
ロボトミー治療が主流の時代のブラジルの精神病院で、作業
療法を実践して数多くの芸術家を誕生させた女性精神科医を
描いた実話に基づく作品。本作では上映後のQ&Aにも参加
したが、それによると映画に登場する絵画や塑像は全て実際
に患者たちの手で作られたものだそうで、本作ではその素晴
らしさも堪能できる。また女医の生涯における業績はこれだ
けではないとのことで、さらに続編の計画もあるとのこと。
それも待ちたい作品だ。

『神様の思し召し』“Se Dio Vuole”
優秀で厳格な外科医の息子が神父の道を目指す。しかも息子
が師事する神父が少し怪しげで…、という科学と神学の対立
を真っ向から描いた作品。テーマ性も含めて見事なドラマだ
った。なおこの上映でもQ&Aに参加したが、イタリアでは
教会派、反教会派の双方から賛否があったそうだ。また作中
の息子の部屋にゴジラのフィギュアが置いて有り、ファン的
にはそれが気になって質問してみたが、特に意味はなかった
ようだ。でもまあそんなことも嬉しくなった作品だ。

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』
            “Un Monstruo de mil cabezas”
タイトルは顧客の要望をたらい回しする保険会社を揶揄った
もので、大半の観客にはかなりの共感を呼ぶと思える作品。
ただ作品の展開がどちらかというとアクション映画的な乗り
で、もっと深く突っ込んで欲しい部分が何となくはぐらかさ
れている感じがした。まあ映画製作も保険に頼っている面は
あるから、保険の種類は異なるとはいえ気にしたのかな。そ
んな皮肉な見方もしてしまう程度の作品だった。

『スリー・オブ・アス』“Nous trois ou rien”
中東クルド民族の問題を描いた実話に基づくとされる作品。
フランスで人気のコメディアン=ケイロンが自分の父親を描
いた作品で、中東紛争の中に生きる困難さを克明に描いてい
る。ただ、映画の前半の舞台が中東なのに登場人物の全員が
フランス語を話している違和感は、フランス生まれの監督が
自ら主演もしているから仕方ないのかな。でもそれが国際映
画祭という場には何となくそぐわない感じもした。僕以外に
も気にした人は意外と多くいたようだ。

『ガールズ・ハウス』“Khaneye Dokhtar”
イスラム社会に生きる若者の悲劇を描いた少しミステリーの
要素も含む作品。女子大生の主人公が結婚式の前日に死んだ
学友の謎を追う内に、イスラム社会の恐ろしい現実に突き当
たって行く。映画の前半は不思議なムードも漂うミステリー
で中々と思っていたが、後半で提示される現実に震撼とさせ
られた。勿論この現実を訴えたいと思う監督の気持ちは大い
に理解するが、前半の雰囲気からの落差の大きさが受け止め
切れない。その衝撃が狙いなのも理解は出来るのだが…。
        *         *
 今年のコンペティション部門には16本がエントリーされ、
その内から上記の14本を観ることができた。残る内の『カラ
ンダールの雪』に関しては、申し込んだ上映が機材の関係と
かでキャンセルとなり、追加上映の案内も貰ったがその時間
は別の作品の鑑賞と重なって観ることができなかった。この
作品は賞にも絡んでいるので、何とか後日にでも鑑賞の機会
が欲しいものだ。
 そして各賞の受賞は
東京グランプリ:『ニーゼ』
審査員特別賞:『スリー・オブ・アス』
最優秀監督賞:ムスタファ・カラ(カランダールの雪)
最優秀女優賞:グロリア・ピレス(ニーゼ)
最優秀男優賞:ローラン・モラー/ルイス・ホフマン
                   (地雷と少年兵)
最優秀芸術貢献賞:『家族の映画』
観客賞:『神様の思し召し』

 上記の紹介文はほぼ受賞結果を知る前に書いたものだが、
今年の受賞作に関しては1作品を観てはいないが、概ね異論
を挟む余地はなかった。審査員特別賞はちょっとあれだが、
他に選ぶ作品もないのが正直なところだ。3本もあった日本
映画が全く選ばれなかったことは仕方なさそうだ。


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井口健二