井口健二のOn the Production
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2015年06月14日(日) 「フランス映画祭2015」

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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 今回は6月24〜29日に東京有楽町で開催される「フランス
映画祭2015」で上映される作品を紹介する。
 今年の映画祭では、ドキュメンタリー作品とクラシックの
リストア作品の各1本を含めて全12本の上映され、事前にそ
れらの作品の試写が行われた。しかし今年は個人的に他の試
写スケジュールとの兼ね合いで全作品の鑑賞が困難となり、
取り敢えず日本公開が未定の作品を優先して鑑賞した。
        *         *
『夜、アルベルティーヌ』“L'Astragale”
1950年代、アルジェリア戦争の陰が色濃く漂う世相の中を、
疾風のごとく駆け抜けた実在の女性の姿を描く。
1957年7月、パリ郊外の刑務所から1人の女性が脱走する。
それは看守の目を盗んで高い塀を乗り越えたものだったが、
その際に足を骨折した彼女は道端に蹲るしかなかった。とこ
ろがそこに差し掛かった1台の車が彼女を助ける。
こうして脱走に成功した女性=アルベルティーヌは、彼女を
救ったチンピラ=ジュリアンに匿われ、戦時色の濃い不穏な
空気の流れるパリの街で生活を始める。しかしそれは表社会
の仕事には携われない過酷なものだった。
それでも自由の身となったアルベルティーヌは、ジュリアン
への思いを胸に懸命に人生を生き抜いて行く。
物語は、1937年9月にアルジェリアで生まれ、1967年7月に
死去した女性作家アルベルティーヌ・サザランの自伝的小説
「アンヌの逃走」を原作とするもので、映画の中でもロマか
もしれないとされる彼女の壮絶な人生が描かれる。

出演は、2012年9月紹介『虚空の鎮魂歌(レクイエム)』など
のレイラ・ベクティと、2013年公開『黒いスーツを着た男』
などのレダ・カティブ。カティブはビゴ・モーテンセンと共
演の『涙するまで、生きる』も公開中だ。
監督は、2012年5月紹介『灼熱の肌』などのフィリップ・ガ
レル監督の元妻で、2009年1月紹介『ベルサイユの子』など
に出演のブリジット・シィ。監督は第2作だそうだ。なお女
優としては2012年12月紹介『よりよき人生』でベクティと共
演している。
因に同じ原作からは1968年にも映画化があり(日本公開題名
『ある日アンヌは』)、死去から1年での映画化は本作では
あまり描かれていないものの、作家としては生前に成功して
いたということなのかな。
実は「フランス映画祭2015」ではもう1本、『ヴィオレット
(原題)』“Violette”という作品もフランスの女性作家を描
いたもので、シモーヌ・ド・ボーヴォワールと親交を持ち、
ジャン・ジュネらとも交流のあった作家の生涯は一見華やか
に描かれていた。
その華やかさもあってか、そちらの作品は日本公開が決定し
ているようだが、僕自身は本作の方をより好ましく感じたも
のだ。でもまあかなり破滅的な女性作家の人生は一般的には
受け入れ難いのかな。

映画祭での上映は、6月27日21:15からTOHOシネマズ日劇で
行われる。

『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』
       “Qu'est-ce qu'on a fait au bon Dieu ?”
2014年4月にフランスで公開され、観客動員1200万人を突破
したというコメディ作品。
フランス・ロアール地方に暮らすヴェルヌイユ一家には4人
の娘がいた。その一家の当主ヴェルヌイユ夫妻は教会の礼拝
も欠かさない敬虔なカトリック教徒である。ところが姉3人
の結婚相手はユダヤ人とアラブ人と中国人だった。
従って一家にはユダヤ教とイスラム教と仏教が混在すること
となり、婿たちが集まるとその論争も絶えない。そんな喧噪
の続く中で、ついに末娘の婚約者はカソリック教徒と判明す
るのだが…。そこには大変な落し穴があった。

出演は、2005年11月紹介『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』
の脚本家に名を連ねるクリスチャン・クラビエと1998年公開
『ディディエ』などのシャンタル・ロビー。ヴェテラン2人
の脇を若手が囲んでいる感じの作品だ。
脚本と監督は、1995年にジャン・レノが主演した『ボクサー
最後の挑戦』などの脚本家フィリップ・ショヴロン。
僕の子供の頃には、合衆国は人種の坩堝と言われ、カナダは
人種のモザイクと言われた。共に移民の国であるこの2国が
人種問題の典型国であったものだ。しかし人的交流が飛躍的
に発達した21世紀ではこれらはどう表現されるのだろう。
特にアメリカ合衆国で人種が融合しているとは到底思えない
し、20世紀には単一民族国家と言い張っていた日本だって、
今ではそうは言いきれまい。この映画を観ながらふとそんな
ことを考えていた。
そんな目でこの映画を観ていると、文化の異なる3人の婿た
ちが互いに論争を繰り広げながらも巧みに融和し、協同して
行く姿が素晴らしく、社会もこうあるべきだという道筋が見
事に描かれている。
勿論そこには文化の隔たりの中での確執や行き違いも数多く
描かれているが、結局それを克服するのは人の英知だと気づ
かせてもくれるものだ。そしてそれが巧みなユーモアの中で
表現されている。
という訳でこの映画は、現代日本人も学ぶべき点の多い作品
なのだが、残念ながら他国人の意見に耳を塞ぎたがる日本で
は受け入れられないと判断されたのか、この作品の日本公開
は未定となっている。
そういう作品が映画祭で上映されるのは、実に感謝したいと
思ってしまうところだ。

映画祭での上映は、6月26日21:15からTOHOシネマズ日劇で
行われる。


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井口健二