井口健二のOn the Production
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2015年03月29日(日) 東京アニメアワードフェスティバル2015

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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今回は、3月19日−23日にTOHOシネマズ日本橋で開催された
「東京アニメアワードフェスティバル2015」において上映さ
れた作品について報告する。

“Jack et la mécanique du coeur”
フランスの映画監督リュック・ベッソンが代表取締役を務め
るヨーロッパ・コープで2013年に製作、2014年に本国で公開
された作品。
物語の舞台は19世紀末のエディンバラ。誕生の日があまりに
寒かったために、心臓が凍り付いて生れた赤ん坊ジャック。
しかしお産に立ち会った魔女がその心臓を取り出し、代わり
にカッコウ時計を埋め込んでくれた。
こうして生きながらえたジャックだったが、機械仕掛けの心
臓が動き続けるには、いくつかの決まりごとを守らなければ
ならなかった。それは時計に触らないこと。怒らないこと。
そして、恋に落ちないこと。
でも、若者へと成長したジャックが街角で歌い美しい少女と
出会った時、ジャックは自らの運命に立ち向かわなければな
らなくなる。そして少女の後を追って、ヨーロッパ中を駆け
巡る冒険が始まる。
そこにはフランス映画の開祖ジョルジュ・メリエスも関って
正しく夢とロマンに溢れた物語が展開される。

原作、脚本、監督(共同)は、フランスのシンガーソングラ
イターのマティアス・マルジュー。原作は2007年に発表され
た小説で、同年に音楽アルバムも発表されているようだ。そ
して本作で彼は主人公の声も担当している。
なおもう1人の監督にはディジタルFXアーティストのステ
ファン・ベルラという人が参加している。
メリエスとの絡みの部分では、彼の映画の再現なども登場し
てファンの目を楽しませるが、フランスの映画人にとっては
2011年12月紹介『ヒューゴの不思議な発明』でマーティン・
スコセッシに先を越されたという思いもあるのかな?
物語のメインはそこにはないのだけれど、かなりのシーンを
費やしてメリエスの存在を描いている感じはした。またそれ
が作品全体のノスタルジーにもうまくマッチしているのは良
い感じのする作品だった。
ただまあ、ヨーロッパ映画に特有の雰囲気や流れみたいなも
のもあって、それがハリウッド風の能天気でないのは仕方な
いのだけれど、観終えて切なさが残るのは、何となく悔しく
なってしまうところだ。

ヨーロッパ・コープの作品は、日本には株式会社ヨーロッパ
・コープ ジャパンも設立されているものだが、本作の公開
については未定のようだ。

“Lisa Limone ja Maroc Orange: Tormakas armulugu”
2014年の「アヌシー国際アニメーション映画祭」でも上映さ
れた2013年エストニア製作のパペットアニメーション作品。
主人公は苦しい生活の続く祖国を小さなボートで逃れてきた
オレンジの若者。しかしそのボートが難破し、ようやく辿り
着いたのは温暖な南の国だったが…。
その南の国でトマト農園に雇われた主人公は農園主のレモン
の娘に恋をする。一方、苦しい暮らしが一向に向上しないオ
レンジの労働者たちは、遂に農場主に反旗を翻す。
上映前に監督の挨拶があったが、作品の中では複数の言語が
使われており、それらの意味合いと全体をミュージカル仕立
てにしている点を楽しんで欲しいということだった。
と言われても、字幕で鑑賞する僕らにとってはなかなか難し
いところもあるもので、結局は字幕を頼りに映像を解釈して
そこからいろいろと考えるしかなくなってしまう。
その点で言うと、この作品はメッセージに対して生硬すぎる
かな。監督の言によるとこれはヨーロッパで起きている現実
に則したものということだが。
特に肌が滑らかで色の薄いレモンが圧制者で、色が濃く肌も
ごつごつしたオレンジが抑圧者という図式は、何ともはやと
いう感じもしてきてしまう。
しかも物語は、そんな環境の中で立場の違うレモンとオレン
ジが恋をするというのだが。その展開の甘さというかご都合
主義的な感じはメッセージに沿わない感じもした。
ましてや、最終的に搾取されたままのトマトの立場は何なの
だろう。ここに於けるメッセージの意味が僕には理解できな
かったし、正直不満にも感じたものだ。
因に本フェスティバルのコンペティション部門選考基準は、
「国際的に通用し、独創的かつメッセージ性を持った作品」
とのことで、そのメッセージはあったと言えるかな。

監督は、2005年に発表された中東欧圏の若手映画作家たちに
よる映画プロジェクト“Lost and Found”にも参加のマイト
・ラース。本作は初長編作品とのことだ。
製作はNukufilm。1957年創立のストップ=モーション・アニ
メーションでは北欧圏で最も歴史があり、規模も最大とされ
るスタジオの作品だが、本作の日本公開は未定のようだ。

“Mune, le gardien de la lune”
本国のフランスでも今年8月に公開の予定で、今回の上映が
ワールドプレミアだったのかな。フェスティバルでは優秀賞
に輝いた作品。
太陽と月の運行がガーディアンと呼ばれる選ばれし者たちに
よって司られている世界の物語。その世界でミューンは準備
もないままに月のガーディアンに選ばれてしまう。それは元
より戦士で太陽のガーディアンを目指していた若者と一緒で
はあったが…。
そんな折、突如太陽と月に危機が訪れる。それはネクロスと
いう堕落者が太陽の支配を求めたことの仕業だった。そこで
ミューンは、太陽のガーディアンとなった若者や小さい仲間
たちの協力を得ながら、太陽と月を元の位置に戻すための冒
険の旅に出る。

上で紹介した2作に比べて本作の物語は明らかにファンタス
ティックなものであり、アニメーションの技術的な評価は判
らないが、僕自身では3作の中で最も好ましい作品だった。
また僕の観た上映が優秀賞に決まった後に行われたもので、
監督たちが挨拶に来てくれたのも嬉しかったものだ。
監督はアレクサンドル・ヒボヤンとブノワ・フィリッポン。
ヒボヤンはフランス出身だが、2008年5月紹介『カンフー・
パンダ』や2009年“Monsters vs. Aliens”でアニメーター
を務めており、ハリウッド感覚は会得しているのかな。
一方のフィリッポンは2003年に公開された『掠奪者』という
アクション映画のシナリオに参加、2010年に“Lullaby for
Pi”という実写作品で新人監督賞の候補にもなっており、い
ずれもこれからが楽しみな作家たちのようだ。
因に、監督たちの挨拶の後では即席でサイン会になり、僕は
フェスティバルのプログラムブックの表紙にイラスト付きで
書いて貰った。これは大事にとっておきたい。
なお本作も日本公開は未定のようだ。
        *         *
 ということで「東京アニメアワードフェスティバル2015」
において上映された3作品を紹介したが、実は今回のフェス
ティバルの長編コンペティション部門では他に2作品が上映
され、その内の1本がグランプリとなった。
 僕は本フェスティバルでは、以前にも書いたように上映さ
れる作品中、長編コンペティション部門5作品を含む10番組
を観る計画だったが、本フェスティバルではマスコミ向けの
上映は設定されてらず、一般発売後の残券が回される仕組み
だったようで、人気番組は観られなかった。
 そのためグランプリは見逃してしまったが、すでに他所で
評価が定まっている作品を観るより、真っ新の新作に巡り合
えたことは喜びだった。開催の主旨は重要なものであるし、
次回も案内されるなら、また参加したいと思えるフェスティ
バルだった。


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井口健二