井口健二のOn the Production
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2015年01月11日(日) ANNIE アニー、SHOAHショア/不正義の果て、プリデスティネーション

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ANNIE アニー』“Annie”
1924年に連載開始された新聞漫画“Little Orphan Annie”
を原作として1977年にブロードウェイミュージカル化され、
同年のトニー賞にも輝いた名作舞台の映画版。
映画化は1985年にも1度行われており今回は2回目。しかし
ハリウッドが同じものを2度作るようなまねはしないので、
今回の映画化ではかなりの改変が施されている。その主な点
は物語の現代化だが…
まずプロローグは学校の授業風景。そこではアニーが1930年
代の大恐慌とニューデール政策について、現代的なリズムに
乗せた説明をしている。それは音楽的な違いを示すと共に、
オリジナルへの見事なオマージュにもなっている。
続いて気が付くのは、アニーの住まいが孤児院ではなく里親
のアパートということ。これは孤児院の設定自体が現代には
合わないもので、代わりに手当目当ての里親というのは近年
ニュースなどでもよく耳にするところだ。
一方、ウォーバックスに代わってアニーに関るのは携帯電話
で財をなし、現在はニューヨーク市長選に出馬中のという人
物。元々は子供嫌いだった彼が偶然アニーの危機を救ったこ
とから、選挙宣伝に利用しようと考える。
里親手当に携帯電話、それに選挙戦と、これは正しく現代を
反映した設定だが、そんな設定の中で物語自体は、アニーと
大金持ちが各々の失ったものを見出すという、オリジナルの
舞台で描かれたテーマを忠実に再現している。
これは極めて巧みに現代化が行われていると言えるもので、
それは試写会で隣に座った見るからミュージカルを観馴れて
いそうな女性が、映画の後半では目の周りを繰り返し拭って
いたことからも明らかと言えそうだ。

主演は、2013年2月紹介『ハッシュパピー』で史上最年少の
オスカー主演女優賞候補になったクヮヴェンジャネ・ウォレ
ス。相手役に2004年『レイ』でオスカー受賞のジェイミー・
フォックス。
さらにキャメロン・ディアス、2011年6月及び2013年11月紹
介『インシディアス』などのローズ・バーン、2012年7月紹
介『WIN WINダメ男とダメ少年の最高の日々』などのボビー
・カナヴェイルらが脇を固めている。
映画用の脚本と監督は2011年9月紹介『ステイ・フレンズ』
などのウィル・グラック。脚本には、2010年12月紹介『恋と
ニュースのつくり方』などのアライン・ブロッシュ・マッケ
ンナが協力している。
という作品だが、実は多少気になる点もある。それは物語の
後半のキーとなるアニーの抱える問題が現代に合っているか
どうか。これは1985年の映画化のときにも違和感があったの
だが、当時は1930年代という時代設定で納得していた。
それをそのまま現代に持ってきてよかったものかどうか?
ただしこれに関連して、映画の中では携帯電話に拘る大金持
ちに対する揶揄のようなセリフがあり、それが結末に向かう
伏線にはなっているのだが…
もっとも上述の女性はこれが明らかになる辺りから涙を拭い
始めてもいたので、やはりこれは変えられなかったのかな。
とは言え、スマホを使った最後の展開などは見事に現代で、
これにはやられたという感じもしたものだ。

公開は1月24日からTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショウ
となる。

『SHOAHショア』“Shoah”
『不正義の果て』“Le dernier des injustes”
ナチスによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)を追い続けてい
るフランスのドキュメンタリスト=クロード・ランズマン監
督の作品が纏めて公開されることになり、公開3作品の内の
2本の試写が行われた。
その1本目の『SHOAHショア』は1985年の作品。実は本作は
1995年にアウシュヴィッツ解放50周年として日本でも上映さ
れているものだが、何せ上映時間が9時間半という膨大な作
品で僕自身は観る機会を得ないままだった。その作品が製作
から30年を経て改めて日本公開されることになり、1日掛り
の試写を鑑賞した。
内容は、強制収容所で行われたナチスの悪行をナチスの手先
となって生き延びたユダヤ人や収容所にいた兵士たち、また
その周辺で暮らしていた人々の証言のみで纏めたもので、中
には収容所で将校に可愛がられていたという人物が当時の様
子を再現するシーンもあるが、ほとんどはインタヴューのみ
の映像で構成されている。
それが9時間半も続くというのは通常の感覚ではほとんど耐
え切れないものになりそうだが、流石にこの題材では観る方
も生半可な態度ではいられないし、途中3回の休憩は挟んだ
ものの、終始緊張した気持ちで最後まで観ることができた。
そしてその感想は、正しく凄いものを観てしまったというの
が率直な気持ちだった。
ただ今の時点で観ていると、近年数多くのホロコースト物の
ドラマ作品なども観る機会があり、強制収容所内の様子など
はある程度の予備知識もあったものだが、それにしても具体
的なユダヤ人抹殺のための手順や、それを効率よく行うため
の装置の改良などをつぶさに紹介されると、自分と同じ人間
がこれを行ったことに震撼としてしまうものだった。
正直、知識として持っていたアウシュヴィッツの印象と実際
に行われたこととの間には、今回この作品を観て認識を新た
にしても、尚且つまだ大きな隔たりがあるのだろう。そんな
現実に対する恐怖のようなものも如実に感じられた。正しく
人類の負の側面がこんなにも明白に描かれた作品は、恐らく
今後2度と生れないだろう。

正しく見る価値のある作品だった。
そして2本目の『不正義の果て』は、『SHOAHショア』のた
めに撮影されたが雰囲気が合わないとして採用されなかった
インタヴューに基づく作品。このフィルムはワシントンの博
物館に収められたが、一般人の視聴が制限されため、その事
実を遺憾としたランズマン監督が2013年に新たな作品として
発表したものだ。
その内容は、ナチスが対外宣伝用に準備したモデル収容所=
テレージエンシュタット強制収容所にあったユダヤ人評議会
で唯一人生き延びた議長=長老へのインタヴューを中心に、
この収容所を管理したアドルフ・アイヒマンの実像に迫って
いる。それは長老が戦前からの知己であるアイヒマンとの対
決を生々しく語ったものだ。
アイヒマンに関しては、その裁判が2013年9月紹介『ハンナ
・アーレント』でも描かれていたが、ユダヤ人女性哲学者が
受けた印象と長老の証言とにはかなり隔たりがあるようだ。
そのどちらが正しいかはここで判断することはできないが、
歴史認識の在り方として、この違いのあることは理解してい
なければいけないことなのだろう。そんなことも考えさせる
作品だった。

公開は2月に東京は渋谷のシアター・イメージフォーラムに
て、紹介した2本と『ソビブル、1943年10月14日午後4時』
という2001年の作品と共に、3週間の限定で行われる。

『プリデスティネーション』“Predestination”
アメリカのSF作家ロバート・A・ハインライン原作で、作
家の短編集の邦訳版では表題作にもなっている『輪廻の蛇』
“All You Zombies”の映画化。
内容的にはタイムトラヴェルもので、所謂ワンアイデアの作
品なので何を書いてもネタバレになる。従って原作を読んで
いる人には今更ともなる作品かな。でも、読んでいなくても
さほど複雑なタイムパラドックスではない。
しかしまあ、ある意味衝撃的な結末ではあるし、これはやは
り何も知らずに楽しんで貰いたい作品と言えそうだ。正直に
は「これはやばいんじゃない?」と思いながら観ているのが
正解だろう。
因に原作小説の原題はちょっと穿ち過ぎの感じで、邦題の方
が適切な感じもする。映画化の題名は神学用語で「運命予定
説」というのだそうだから、これも小説の邦訳題に近いもの
と言えそうだ。

出演は、昨年10月紹介『6才のボクが、大人になるまで。』
などのイーサン・ホーク。ホークは1997年の『ガタカ』から
2010年9月紹介『デイブレイカー』など。さらに2012年8月
紹介『トータル・リコール』にも無記名で出ているというの
だから、本当にSFが好きなようだ。
相手役にオーストラリアでいま最も注目の女優というサラ・
スヌーク。また2013年10月26日付「東京国際映画祭《コンペ
ティション部門》」で紹介『ザ・ダブル/分身』(公開題名
『嗤う分身』)などのノア・テイラーらが脇を固めている。
脚色と監督は『デイブレイカー』などのピーター&マイクル
・スピエリッグ兄弟。この人たちもSFがお好きのようだ。
ハインラインでタイムトラヴェルというと1956年に発表され
た『夏への扉』が思い浮かぶが。本作の原作は1959年の発表
ということで、名作から派生した作品とも言えそうだ。テー
マの設定は共通で、少し進化した作品とも言える。
実は、1984年の『ターミネーター』第1作を初めて観たとき
に本作に近い誤解をして、「これは凄い」と思ってしまった
(本当は違う)ものだが、翌年の『BTTF』にも繋がる、
ある意味タイムパラドックスの極限とも言える物語で、これ
は記念碑的作品と言えるかもしれない。
ただし基本はワンアイデアの物語で、SFとしてはこれで満
足ではあるのだけれど、現代の映画的にはもう一捻りが欲し
かったかな。その辺が少し惜しくも感じる作品だった。

公開は2月28日から、東京は新宿バルト9ほかで全国ロード
ショウとなる。


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井口健二