井口健二のOn the Production
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2014年08月24日(日) イフ・アイ・ステイ〜愛が還る場所〜、Frankie & Alice

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『イフ・アイ・ステイ〜愛が還る場所〜』“If I Stay”
2011年12月紹介『ヒューゴの不思議な発明』や、2013年10月
紹介『キャリー』などに主演のクロエ・グレース・モレッツ
がチェロの演奏に天分を発揮する少女を演じるファンタシー
の要素も強く持つ作品。
アメリカのヤングアダルト小説作家ゲイル・フォアマンが、
2009年のNAIBA Book of the Year Awards(アメリカ版本屋
大賞)受賞の自作を自らの製作により映画化した。
モレッツが演じるのは、17歳でチェロの演奏に天分を発揮す
る少女。両親は元パンクロッカーで、彼女はそういう環境の
中で成長したが、自身はクラシックの演奏でジュリアード音
楽院を目指すまでになっている。そして彼女にはロック歌手
を目指すボーイフレンドもいた。
ところがある日、不幸な事故に巻き込まれた彼女は生死の境
を彷徨うことになる。そんな彼女の耳元には看護士が囁く、
「生き還るには、強くそう思うこと」という声が聞こえてく
る。こうして意識不明で看護される自分の身体を見つめなが
ら、彼女は自らの過去を振り返るが…。
主人公には愛するボーイフレンドもいて、生還を強く望むの
は当然と思えるのだが、周囲から見えるのとは違った様々な
現実が彼女の心を引き裂いて行く。果たして彼女は生還の道
を見出すことができるのか、それともその思いを諦め天国へ
と旅立ってしまうのか?
不慮の事故で生死の境を彷徨うという展開は、トリッキーで
はあるが現代なら誰にでも起こり得る、ある種の「現実」的
なものかもしれない。そこに本作ではさらに実に巧みな人間
ドラマを展開して、単にトリッキーなテーマだけに終らせな
い見事な物語を描き出している。
その
脚本を担当したのは、2010年2月紹介『ローラーガール
ズ・ダイアリー』などのショーナ・クロス。前作は自作原作
の脚色だったが、2作とも若い女性の心の機微を巧みに映し
出した作品と言えそうだ。その脚本にモレッツが見事に応え
ている。
監督は、数多くのテレビドラマやドキュメンタリーを手掛け
てきたR・J・カトラー。長編劇映画は初監督のようだが、
的確で無駄のない演出が物語の全体を引き締めている。実際
にカットバックの多用と各シーンの緊張感が、本来なら甘い
かもしれない物語を上の次元に引き上げている感じだ。
共演は、2013年7月紹介『ワールド・ウォーZ』などのミレ
イユ・イーノス、2012年6月紹介『スノーホワイト』に出て
いたというジェイミー・ブラックリー、同じく『シャーク・
ナイト』に出ていたというジョシュア・レナード。それにス
テイシー・キーチらが脇を固めている。
劇中にはモレッツがチェロを弾くシーンが何度も登場して、
その指や弓のさばきなどがどれほどのものなのかは素人目に
は判らないが、その中での他の楽器とのセッションのシーン
は、作曲とアレンジの良さが物語の展開にマッチして、感動
を覚えるものになっていた。
その
音楽は、2010年1月紹介『恋するベーカリー』などのヘ
イター・ペレイラが担当している。
アメリカでも8月22日に公開されたばかりの作品。日本での
公開は10月11日から、全国ロードショウとなる。

『Frankie & Alice』“Frankie & Alice”
2006年8月紹介『サイレント・ノイズ』などのジョフリー・
サックスの監督で、オスカー女優のハリー・ベリーが多重人
格の女性を演じる実話に基づく作品。
舞台は1973年のロサンゼルス。売れっ子ストリッパーのフラ
ンキーは、エキゾティックな風貌と簡単には男を寄せ付けな
い聡明さでダンサー仲間の女性たちからも憧れの目で見られ
る存在だった。ところがそんな彼女の周囲では不可解な出来
事が次々に起きていた。
それは、例えば楽屋に置かれた新聞のクロスワードが完璧に
解かれていたり、貯金が大幅に減って代わりに買った覚えの
ないドレスがワードローブに架かっていたり…。そして身に
覚えのない傷害罪で逮捕された彼女は、刑務所へ行くか精神
病院に入院かの選択を迫られる。
こうして精神病院に入院したフランキーは1人の男性セラピ
ストと出会う。オズという名のその男性は医者としては医療
現場を離れて研究が専門だったが、フランキーのセラピーを
行ったオズは程無くして彼女の中の別の人格に気付き、彼女
を対象とした研究に没頭して行く。
そしてついにオズの前に表れた人格はアリスと名乗り、人種
差別主義を表明するアリスはフランキーの人格を消滅させ、
その座を奪うことを目論んでいた。こうして人格の対決に巻
き込まれたオズは、フランキーの過去に多重人格の原因を求
め、彼女の過去を探り始めるが…。
物語は彼女の過去を巡って、ある種の謎解きの興味も引く作
品に仕上げられている。

共演は、2011年11月紹介『メランコリア』などラース・フォ
ン=トリアー監督作品の常連で、2011年5月及び2013年12月
紹介『マイティー・ソー』シリーズなどのステラン・スカル
スガルド。他にも配役はあるが、事実上この2人による作品
だ。
宣伝文には現代版「ジキルとハイド」という言葉が使われて
いるが、本作は「解離性同一性障害」を描いたもので、年配
の映画ファンならジョアン・ウッドワードがオスカー主演女
優賞に輝いた1957年の『イブの三つの顔』か、最近の人なら
ダニエル・キースの『ビリー・マリガン』を挙げる方が適切
のような気がする。
その解離性同一性障害の女性の実話に基づく物語を、本作で
はその実話に魅了されたベリーが自ら映画化権を取得して熱
演しているものだが、果たしてその出来栄えは正直に言うと
ベリーの演技力に頼り過ぎたのではないかと思える。
その演技は本作でゴールデングローブ賞の候補になったほど
のものではあるが、その演技で女性の状況を充分に描き切れ
たかどうか。そこにもっとドラマティックな展開もあったの
ではないか。そんなことも考えてしまった。
でもまあ
ベリーの熱演は観られるし、ファンにはそれで充分
と言える作品ではある。
公開は9月20日より、東京はヒューマントラストシネマ有楽
町ほかで、全国順次ロードショウとなる。


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井口健二