井口健二のOn the Production
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2013年11月10日(日) グランドピアノ、赤々煉恋、光にふれる、ファルージャ、おじいちゃんの里帰り

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『グランドピアノ』“Grand Piano”
イライジャ・ウッドの主演で、コンサートに出演中のピアニ
ストを主人公にしたサスペンス・アクション。
主人公は、以前に自分と自分の師匠にしか弾けない難曲の演
奏に失敗し、以来コンサート活動を止めていた世界一速く指
が動かせるというピアニスト。ところがその師匠が死去し、
女優でもある妻の説得で追悼演奏会に出演することになる。
そこには師匠秘蔵のピアノも搬入されていた。
とは言え、当然その難曲の演奏は断ったのだが、手渡された
楽譜には何故かその曲も挟み込まれていた。そして貴賓席か
ら妻が見守る前でコンサートはスタートするが、開いた楽譜
には難曲を演奏しないと殺すとの指示が朱書きされ、さらに
鍵盤に狙撃銃の赤いスポットが照射される。
実は日本では来年3月に公開予定の作品で、それをいち早く
内覧試写で観たのだが、内覧試写の場合はプレス資料も僅か
で、事前には大体上記の概要程度しか情報もなかった。それ
で在り来たりのサスペンスかなと思っていたら、これが何と
アクション映画になっている。
それも主人公が、注目を浴びる中でコンサートに出演中のピ
アニストというのだから尋常ではない。こんな一見不可能と
思えるシチュエーションが見事に展開される。そこにはいろ
いろ仕掛けもあるが、それも常識的(?)に観て納得できる
ものになっていた。
しかもタイトルが「ピアニスト」でなく「グランドピアノ」
な訳だが、それもちゃんと意味のあるもので、その周到に練
られた脚本には、全く脱帽という感じの作品だった。

その脚本は、今年のサンダンス映画祭で短編部門の審査員賞
を受賞したダミアン・チャゼレが手掛け、監督は作曲家でも
あるスペインのエウへニオ・ミラが担当した。
共演は、昨年9月紹介『アルゴ』に出演のケリー・ビシェ、
今年7月紹介『フローズン・グラウンド』などのジョン・キ
ューザック。さらに9月紹介『ロード・オブ・セイラム』な
どのディー・ウォーレスらが脇を固めている。
ピアニストを主人公にした作品では、2007年8月紹介『4分
間のピアニスト』など心に残る作品も多いが、本作はその仕
掛けなどからも記憶される作品になりそうだ。
特定の人物しか弾けないピアノ曲がキーになる作品では、昔
のテレビシリーズ『バークにまかせろ』の中にも1作あった
ように記憶しているが、本作の脚本家たちはそれを知ってい
たのかな? そんな記憶も呼び出される作品だった。
それにしても、最後があそこで終わるのはイライジャの最大
ヒット作を意識したのかな? それと字幕の中で、「新聞王
ケーン」とされているのは、日本の観客には「市民ケーン」
の方が判り易いと思うのだが。


『赤々煉恋』
直木賞作家朱川湊人の原作を、1986年『星空のむこうの国』
や、2010年7月紹介『七瀬ふたたび』などで、日本のファン
タシー映画の第一人者とされる小中和哉が監督した作品。
主人公は女子高生姿の少女。家の自室でふて寝している彼女
の勉強机に母親が食事を運んでくる。それは毎日の日課のよ
うだ。そして少女は制服姿のまま街を彷徨うが、誰も彼女の
存在に気づくことはない。
そんな彼女を認識しているのは、彼女が虫男と呼ぶ妖怪だけ
だ。それでも彼女は誰かと必死にコンタクトしようとし、つ
いに自堕落な母親に手を引かれた幼女が、彼女の存在に気づ
いてくれるが…。

主演は今年8月紹介『アルカナ』などの土屋太鳳。共演は、
テレビシリーズ『仮面ライダーフォーゼ』の清水富美加と吉
沢亮。さらに自堕落な母親役に『星空のむこうの国』以来の
小中監督との再会になった有森也実。また大杉漣、秋本奈緒
美らが脇を固めている。
厳密な意味でこの作品はファンタシーではない。むしろリア
ルと呼べる作品だろう。
実際にクレジットには協力者として教育関係者の名前も登場
し、その人たちのアドヴァイスの許で作品は作られているよ
うだ。そして作品の製作には不登校支援センターや社会適応
支援協会などの団体も名を連ねている。
以前から書いているように、僕は自殺をテーマにした作品は
嫌悪している。だからこの作品もそれがテーマと判った瞬間
は身構えてしまった。でもこの作品はそれを虚しいものとし
て描き切ったことでは評価しなければならない。
ただその虚しさや空疎感はもっと鋭く描くべきだし、それを
ファンタシーに仕立てたことにはやはり納得できない部分は
残った。でもまあこうして啓蒙することも防止に繋がるとし
て関係者も協力しているのだろう。

CGIのデザインとモーション監督を『時空要塞マクロス』
などの板野一郎が担当。
また、作品を彩る音楽をロックバンドPay money To my Pain
のベーシストT$UYO$HIが担当し、主題歌は昨年アルバム制作
中に急性心不全で急逝したPTPのヴォーカルKが、最後に
録音した「Rain」で歌声を響かせている。
原作者の朱川は、直木賞受賞後にテレビシリーズ『ウルトラ
マンメビウス』の脚本を3本書き、その内の2本を小中が監
督。その際に朱川の小説を読んだ監督が本作に興味を持ち映
画化を検討したものだそうだ。
テーマ的には難しい作品だが、こういう作品が公開されるこ
とが意味を持つのだろう。その公開は12月21日から、東京は
角川シネマ新宿でロードショウとなる。

『光にふれる』“逆光飛翔”
台湾の盲目のピアニスト黄裕翔(ホアン・ユイシアン)が自
ら主演する自伝的要素も含む青春ドラマ。
主人公は、生まれつき盲目だが両親の愛情いっぱいに育った
青年。幼い頃から音楽の天分を発揮し、各地のコンクールを
総なめにしたきたが、その中で謂れのない反感を買ってるこ
とも知っている。
そんな彼が大学の音楽科に進学し、健常者の中で1人暮らし
を始めることになる。そして最初は母親が付ききりで世話を
するが…。彼と寮で同室となった若者はちょっと変わった奴
で、彼とバンドを組もう言い出す。
そして友と共にメムバーの勧誘を始めた主人公は、彼が理想
とする心が優しくて声のきれいな女性の存在を知る。彼女は
アルバイトをしながらダンサーの道を目指していたが、家庭
の事情で挫折し掛かっていた。

共演は、張榕容(サンドリーナ・ピンナ)。他に2010年11月
紹介『モンガに散る』などのプロデューサーとしても知られ
るリー・リエ、台北とニューヨークを拠点に世界的に活動す
るダンサーのファンイー・シュウらが脇を固めている。
監督は、国立台湾芸術大学大学院で修士号取得のチャン・ロ
ンジー。その卒業制作として発表された本作の元となる短編
「ジ・エンド・オブ・ザ・トンネル」が映画祭で最優秀短編
賞受賞など高く評価され、長編監督デビューとなった。
また撮影監督には、ミシェル・ゴンドリー監督と仕事をした
こともあるというフランス人のディラン・ドイルが参加。以
前にコマーシャルの仕事を共にしたという監督と息の合った
コンビを見せている。
なお本作のプレゼンターには、2008年1月紹介『マイ・ブル
ーベリー・ナイツ』などの香港の映画監督ウォン・カーワイ
の名前が挙がっている。
先日の東京国際映画祭《ワールド・フォーカス部門》で紹介
した『27℃−世界一のパン』もそうだったが、映画祭で話し
た友人の意見では、最近の台湾の青春映画には、悪い子があ
まり出てこないのだそうだ。
その友人は、映画の面白さに欠ける印象のようだったが、確
かに何もかもうまくいってしまうのはお話として不自然だ。
でもそういう作品が好まれるのは、変にガチャガチャした映
画ばかりなのよりは、良い感じだ。
因に本作も昨年の東京国際映画祭《アジアの風部門》で上映
されものだが、今度は一般公開が行われることになり、試写
が行われている。こういう作品が日本の観客にもしっかり受
け入れられるようになって欲しいものだ。

公開は来年2月8日より、東京はヒューマントラストシネマ
有楽町、シネマート新宿ほか、全国ロードショウとなる。

『ファルージャ』
2004年、自衛隊イラク派遣の最中に起きた日本人人質事件を
題材にしたドキュメンタリー。
事件は1週間ほどで解決し、3人は無事解放されて帰国を果
たす。しかし日本に帰ってきた3人にはマスコミ主導の激し
いバッシングが待ち構えていた。
正直に言って観る前にはかなりの躊躇があった。事件の当時
に自分が何をした訳でもないが、バッシングという言葉には
何もしなかった自分に後ろめたさも感じるし、それを今さら
蒸し返されることに罪悪感もあった。
しかし作品を鑑賞して、そのバッシングを耐え抜いた2人の
方(3人目のフリーカメラマンは今も世界で活動中で取材は
叶わなかったそうだ)の姿には感銘を覚え、自分自身も浄化
されるような清々しさも感じられた。
事件では、発生から3日後には犯人側から「拉致されたのが
人道支援家であることが判明したので開放する」旨の声明が
発せられるが、僕は当時その声明が報道された記憶がない。
実はその声明には日本の政府への痛烈な批判含まれていた。
そのため声明の報道が隠された可能性も感じるが、この報道
がちゃんとなされていれば、その後の事態もかなり違ったも
のになっていた可能性は否めない。同様の日本の報道の不透
明さは、今年7月紹介『標的の村』でも感じたばかりだ。
一方で当時の日本国内の窓口だった北海道事務所には、多数
の批判のFAXが届いたと報道され、それがバッシングの引
き金となる。ところが実際は批判500通に対し支持は800通で
支持の方が多かったという証言も登場する。
これを見ると、バッシングが何らかの意志の下で作為的に演
出されたことも伺える。現在国家機密の漏洩に対する罰則の
法律制定が進む中で、こういう国民が知るべきものも隠され
てしまうことには暗澹とした気分になった。
そのバッシングの引き金を報道した新聞記者には取材は叶わ
なかったようだが、別の当時のニュースキャスターは、自分
で数えたという上記の批判と支持の数を挙げながら、日本の
マスコミの政府ベッタリの体制も証言している。
という日本の未来に暗澹とさせられる作品だが、作品では、
人質の今井紀明さんが、バッシングで引き篭りになった自ら
の体験を見つめて、定時制高校生に対する中退防止の活動を
進める様子が描かれ、未来に向かう姿も紹介される。
またもう1人の高遠菜穂子さんは今でもヨルダンやイラクで
医療支援活動を続けており、特に現地まで赴いた取材では、
米軍が投下した劣化ウラン弾の影響とみられる先天異常児の
問題など、戦争がまだ終っていな現実が報告される。
この2人の姿には、日本の未来に対する希望も与えて貰える
作品でもあった。

公開は12月7日から、東京は新宿バルト9他にて1週間限定
で行われ、以降は全国の劇場で順次上映される。

『おじいちゃんの里帰り』
        “Almanya - Willkommen in Deutschland”
1960年代に始まったトルコからドイツへの出稼ぎ労働者で、
その100万1人目だった男性の物語。
主人公はトルコ東部の村に妻と3人の子供を残してドイツに
出稼ぎに来ていた。やがて家族も呼び寄せ、ドイツで4人目
の子供も授かった彼は、勤勉に働いてそれなりの成功も収め
たようだ。
そんな主人公は妻の要望でドイツ国籍も取得するが、本人は
あまり乗り気ではない。それでも妻の言うまま国籍は取得す
るが…。家族の揃ったそのお祝いの席で彼は突然、「故郷に
家を買ったから、それを見に行こう」と宣言する。
ところが家族の中には不況下で職を失った息子や、大学生な
のに妊娠してしまった孫娘。さらに母親がドイツ人で自分の
アイデンティティーに迷い始めた幼い孫などもいて、旅行の
プランはなかなか纏まらない。
それでも主人公が旅費は負担するとし、何とか一家はトルコ
に出発するが、その旅は予想外の展開を迎えることになる。
そのお話に、幼い孫に孫娘が祖父の来歴を語って聞かせる形
式の回想シーンが挿入されて、ドイツとトルコ両国の関係が
明らかにされて行く。
両国の関係を描いた作品では、2008年9月紹介『そして、私
たちは愛に帰る』など、過去にも記憶に残る作品があるが、
一時はネオナチがトルコ人を標的にするなど、険悪な時代も
あったと記憶している。
と言っても現実的な関係は、遠く離れた異国の人間にはなか
なか理解し難いものだが、本作はそんな両国の複雑な関係も
垣間見せてくれる。
もちろん本作はトルコ系ドイツ人の監督と脚本家の姉妹が、
自らの家族について描いたヒューマンドラマで、複雑な政治
問題などを描くことは目的としていないが、それでも描かれ
ることの多くは両国の複雑な関係に基づいている。
しかもそれが皮肉ではなくユーモラスに描かれている。それ
は素晴らしい作品だった。これで両国の関係が理解できたな
どと思い上がったことは言えないが、その関係への理解が深
まることは間違いないものだ。
特に物語の多くが子供の目を通して描かれるので、その問題
も理解しやすい。中でもイスラム教徒のトルコ人がキリスト
教の国で暮らす難しさは、かなり強烈なユーモアも含めて納
得できるように描かれていた。

脚本と監督は、本作が監督デビューのヤセミン・サムデレリ
と、共同脚本は妹のネスリン・サムデレリ。姉妹はトルコ系
移民2世で、彼女らの実体験に基づく脚本は、第61回ドイツ
アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞している。
公開は、東京では11月30日よりヒューマントラストシネマ有
楽町にて、名古屋はシネマスコーレで12月14日から、大阪は
テアトル梅田で12月21日からとなっている。


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井口健二