井口健二のOn the Production
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2013年10月27日(日) 第26回東京国際映画祭《アジアの未来部門》《ワールド・フォーカス部門》

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※今回は、10月17日から25日まで行われていた第26回東京※
※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※
※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※
※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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《アジアの未来部門》
『今日から明日へ』“今天明天”
巻頭に、住居の外壁に赤ペンキで取り壊しの印を描いている
シーンが登場し、2008年1月紹介『胡同の理髪師』にも同様
の情景があったことを思い出した。本作の背景は現代だが、
中国の風景はあまり変わっていないようだ。その本作の舞台
は北京の唐家嶺。そこには大学卒だが非正規雇用に甘んじる
若者たちが数多く集団生活している。そんな3人の若者(男
2、女1)の生活ぶりが描かれる。彼らは「80后」=1980年
代生まれで、ちょうど自分の子供と同世代だが、日中の若者
に違いがあるのか否か、また自分の青春時代と重ね合わせて
も興味深い作品だった。

『リゴル・モルティス/死後硬直』“殭屍”
『呪怨』の清水崇監督がプロデューサーを務めた香港製のホ
ラー作品。原題は1980年代に人気のあったキョンシーのこと
で、落ちぶれた元俳優が、化け物が出ると噂されるアパート
に引っ越してきたことから恐怖世界に巻き込まれる。2011年
4月紹介『ドリーム・ホーム』に出演のジュノ・マックによ
る初監督作品で、原題は『キョンシー』だがオリジナルとは
違ったリアルなホラーが展開される。ただしキョンシー映画
に出ていたチン・シウホウの登場など、オマージュには満ち
ていたものだ。しかもアクションも満載で、エンターテイン
メントとしては楽しめた。

『起爆』“들개”
主人公は大学の理科系の研究室で不遇をかこっている助手の
若者。彼は自分の知識を駆使して爆弾を作り、爆発させては
うさを晴らしていた。しかし用意周到な彼には警察の追及が
伸びることもなかった。ところがそんな彼に接近してくる者
が現れ、その者は彼を恐怖の世界へと導いて行く。日本以上
の学歴社会と言われる韓国で、その狭間に置かれた男の悲劇
がサスペンスと共に描かれる。物語はそれなりに卒ないが、
主人公の心理状態などが今一つ捉え難く、それは現代の若者
というだけでは説得力がないようにも感じられた。映画の全
体も印象が薄かった。

『流れ犬パアト』“PAAT”
飼い犬が禁止されているというイランの街で、トラブルを抱
える男に飼われていた犬。しかし飼い主が殺され、犬は逃亡
生活を始める。そして様々な境遇の人々との出会いや別れの
中で、社会が置かれている状況が描かれる。犬はなかなかの
名演技だが、オムニバス的に描かれる物語の真意がよく理解
できなかった。しかも最後になっても結論は示されず、それ
が社会の現状と言われればそれまでだが、何の主張もなく映
像だけを垂れ流されたのでは、観客には感動もないし、それ
で何か行動をしようとも思えない。映画はプロパガンダでは
ないが、この作品には何かテーマが欲しかった。

『レコーダー 目撃者』“Rekorder”
映画館で盗撮をしていた男が、偶然路上での殺人をヴィデオ
に撮影してしまう。そして警察に目撃者として同行・協力を
求められるが、盗撮映像が一緒に入ったヴィデオを観せる訳
には行かない。窮地に陥った男が取った手段は…。映画の巻
頭にCanonのマークが出て、撮影にはその機材が使用された
ようだ。その映像は車載撮影や夜間も鮮明で、映画に挿入さ
れるソニーハンディカムの映像との対比も納得させられた。
ただお話は、現代ならこうなるなと思わせる程度もので特に
新規性もなく、結末には多少の展開はあったが、それも予想
を超えるものではなかった。
        *         *
 今回新設の《アジアの未来部門》は、新鋭監督の1本目、
または2本目が対象とされるもので、映画祭では8本が上映
された内の5本を鑑賞することができた。またこの部門では
独自の審査が行われ、作品賞には上記の『今日から明日へ』
が選ばれている。
 なお審査では、スペシャル・メンションとして日本映画の
『祖谷物語−おくのひと−』が選ばれたが、この作品はスケ
ジュールの都合で観逃してしまった。その他にもマーティン
・シーン出演の『祈りの雨』も気になった作品で、これらの
作品には改めて紹介の機会があればと思っている。
        *         *
《ワールド・フォーカス部門》
『27℃−世界一のパン』“世界第一麥方”
2010年にパリで開催された世界パンコンテストで、第1位の
座に輝いた台湾のパン職人の姿を描いた実話に基づく作品。
台湾南部の貧農の家に生まれた主人公は12歳で父親が他界。
8人の子供を育てる母親に楽をさせるため、中学卒業後パン
職人の道に進む。これに富豪の令嬢との淡い恋などを絡めて
物語は作られている。またパンの研究家や日本人ライヴァル
なども登場して、互いに交流しながらのパン探求の道が描か
れる。物語はストレートな青春ドラマで、実に台湾映画らし
い作品。ただ、物語ではアンパンがキーとして登場するが、
銀座木村屋には言及されなかった。

『高雄ダンサー』“打狗舞”
2010年11月2日付「東京国際映画祭」で紹介の『タイガー・
ファクトリー』により当時の《アジアの風部門》スペシャル
メンションを獲得した早稲田大学安藤絋平研究室の製作で、
今回は台湾人と韓国人の共同監督による作品。台湾南部高雄
を舞台に、難破船の宝物に憧れる幼馴染3人組の人生が描か
れる。その内の2人は都会に出て成功して婚約、1人は地元
の闇社会に転落する。そして結婚式で再会する3人だが…。
正にステレオタイプのお話で作品が何も訴え掛けてこない。
2010年の作品も同じ感覚だったが、何か「こんな程度でいい
だろう」的な映画を甘く見ている感じがした。

『失魂』“失魂”
都会で働いていた若者が突然失神し、山里に住む老父の許に
帰ってくる。しかし回復した息子は以前とは別人のような凶
暴な性格だった。そんな息子を老父は蘭を育てる山奥の小屋
に閉じ込めるが…。物語は超常的な感じだがその実体は暈さ
れたまま。しかしかなり非日常的な物語が展開されて行く。
2010年11月2日付「東京国際映画祭」で紹介した『4枚目の
似顔絵』のチョン・モンホン監督の新作で、老父役には往年
のカンフー俳優ジミー・ウォンが扮している。モンホン監督
は前の紹介作もかなり捻りが効いていたが、本作もなかなか
のものだった。
なお以上の3作は、《台湾電影ルネッサンス2013》と称して
上映された。

『ホドロフスキーのDUNE』“Jodorowsky's Dune”
今回の映画祭で一番気になっていた作品。実は本作を観るた
めにコンペの1本を諦めた。1984年に映画化された『デュー
ン砂の惑星』は、それ以前にメキシコの映画監督が企画し、
撮影開始の直前まで行っていたものだった。その幻に終った
作品を、監督本人や準備に参加した人たちへのインタヴュー
で再現する。この計画のことは以前から知っていたし、そこ
に結集した蒼々たる顔ぶれについても知っていたが、その夢
のような計画に対する当時の思いが見事に再現されている。
それは正に夢のような作品だった。なお本作は来年夏の日本
公開が決定しているので、その時に改めて紹介したい。

『So Young』“致我們終將逝去的青春”
中国4大女優の1人とされるヴィッキー・チャオが、出身校
である北京電影学院の大学院に再入学し、演出を学んでその
修了制作として発表した初監督作品。1990年代を背景に都会
の大学に進学した少女の学園生活とその10年後が描かれる。
原作は中国で大ヒットしたネット小説だそうだが、最近の日
本映画でもよくあるパターンで、エピソードは積み上げられ
るが筋の通ったストーリー性がない。これはネットやケータ
イ小説に特有の感じもするが、それを映画にそのまま持って
こられてもどうかと思う。やはり映画なりの脚色は必要だっ
たのではないかな。演出は悪くないと思ったが。

『シチリアの裏通り』“Via Castellana Bandiera”
パレルモ出身で舞台演出家としても評価の高い女流のエンマ
・ダンテが監督主演したシチュエーション・コメディ作品。
ローマからパレルモを訪れた女性2人の乗用車が道に迷い。
狭い裏通りで地元の老女が運転する対向車と遭遇する。そし
て互いに道を譲らない2台の対決は、後続車や周囲の住民も
巻き込んで大騒動へと発展する。裏では賭けが行われたり、
これがシチリアだと思わせる物語が展開して行く。ただ最後
に突然風景の変わるのが物語的に意味不明で論議となった。
映画の中で監督扮する女性が、実は地元出身で「この辺の風
景も変わった」と語る台詞はあったものだが…

『魂を治す男』“Mon âme par toi guérie”
亡くなった母親から治癒の超能力を受け継いでいるらしい男
の物語。しかし彼はトレーラーハウスに住む浮草暮らしで、
人生に不安と虚無感を抱いていた。2008年東京国際映画祭で
最優秀女優賞を獲得した『がんばればいいこともある』のフ
ランソワ・デュペイロン監督の新作だが、主人公の態度には
イライラさせられた。それはこういう能力に対しての人間の
反応として有り得るものかもしれないが、これでは神の悩み
を描いているに過ぎず、何の超能力も持たない自分には感情
移入もできない。思いつきとしては面白いが、観客に訴える
ものは明確にして欲しかった。

『トム・アット・ザ・ファーム』“Tom à la ferme”
今年6月20日付「フランス映画祭」で紹介『わたしはロラン
ス』のグザヴィエ・ドラン監督が、今年のヴェネチア映画祭
で批評家連盟賞を受賞した作品。監督が演じる主人公のトム
は親友の葬儀に参列するため友の実家である農場を訪れる。
しかし実家の母親は息子の恋人が来ないことに苛立ちを顕に
しており、粗暴な兄も同意見のようだ。だが実は…、前作と
同様にゲイを描いた作品だが、前作が社会派的に問題を訴え
ていたのに対し本作は心理サスペンスのスリラー。しかも、
かなりエンターテインメント性もあり、作品としての完成度
も高く感じられた。

『ボーグマン』“Borgman”
映画の巻頭に外宇宙からの侵略を示唆するテロップが示され
る。その物語では、郊外の邸宅に現れた男が言葉巧みに家人
に取り入り、やがて仲間も引き入れて邸宅を占領して行く様
子が描かれる。それは一面ではジャック・フィニーの『盗ま
れた街』のようでもあり、また一方ではミヒャエル・ハネケ
監督の『ファニー・ゲーム』も思い出させる。でも理解でき
るのはそこまで、お話の全体では彼らの目的も不明だし、そ
れが巻頭のテロップにあるとしても、描かれるドラマでそれ
が達成されているとも思えない。確かにハネケの作品も目的
は不明だが、そこに感じられたものは本作にはなかった。
        *         *
 以上、これも新設の《ワールド・フォーカス部門》では、
21本上映の内の9作品を鑑賞した。以前の《ワールドシネマ
部門》は各地の映画祭受賞作が並んだが、部門のコンセプト
が変更されたらしく、出品はされても受賞に至ってはいない
作品がほとんどだったようだ。
 しかしその中で受賞作の『トム・アット・ザ・ファーム』
などはさすがに見応えがあったもので、受賞は伊達ではない
とも感じさせた。でもまあ今回は、受賞作ではない『ホドロ
フスキーのDUNE』が観られたことで僕は満足だったが。
 因に、今回の映画祭では上記の他に特別招待作品1本と、
8Kプレゼンテーションの短編作品1本を加えて合計30本を
鑑賞した。全体の上映本数は96本だったそうで、これは前年
よりかなり減少しており、昨年までのnatural TIFF部門消滅
の影響はかなり強く感じられた。
 ただし映画祭の運営に関しては、プレス向けの試写などの
対応では特に会期の後半は満足できたもので、できればこの
ノウハウで来年以降も続けて欲しいと思えた。来年のことを
言うと鬼が笑うが、来年も参加する意欲は湧いたものだ。


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井口健二