井口健二のOn the Production
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2013年10月26日(土) 第26回東京国際映画祭《コンペティション部門》

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※今回は、10月17日から25日まで行われていた第26回東京※
※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※
※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※
※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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《コンペティション部門》
『ザ・ダブル/分身』“The Double”
『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アイゼンバーグ
と『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカ
の共演で、ロシアの文豪ドストエフスキーの古典を映画化し
た作品。ちょっと内向的な主人公が、自分そっくりだが人当
たりの良い分身に振り回される。背景は現代化されているが
何となく昭和レトロな感じで、しかも音楽には「上を向いて
歩こう」や「ブルーシャトー」などが日本語のオリジナルで
挿入される。これも昭和レトロ感を掻き立てる仕組みだが、
作品はイギリスで製作されたものだ。何とも不思議な感覚の
作品だった。

『ウィ・アー・ザ・ベスト!』“Vi är bäst”
1982年のストックホルムを舞台に、普通通りには生きたくな
い少女たちのちょっとした冒険が描かれる。主人公は刈り上
げで、その親友はモヒカン刈り。登場した時には少年か少女
かも判然としない2人が、集会所のスタジオを独占していた
連中に反発してバンドを組む。そこにギターが得意な金髪の
少女も参加して、少女たちは彼女たちがまだ死んでいないと
信じるパンクを目指して練習を開始するが…。コード進行も
知らなかった少女たちが闇雲に突っ走る姿が小気味よく、そ
こにはちょっとした事件もあって、物語の全体は清々しい。
映画祭ではグランプリを獲得した。

『ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム』
           “L'Amour est un crime parfait”
1986年『ベティ・ブルー』でも知られるフランスの作家フィ
リップ・ディジャン原作小説の映画化。主人公はローザンヌ
大学文学部の教授。40代だが独身の彼は学生を相手に次々と
情事を重ねている。そんな彼が女性を連れて行くのは人里離
れた場所に建つシャレー。それは彼と妹が両親から相続した
ものだ。そんな冬のある日、彼の教え子の1人が失踪する事
件が起きる。スイス・フランス国境の山と湖が美しい風景を
背景に、現代のフィルムノワールが描かれる。多少謎解きの
要素も含む作品だが、全体的には何が描きたいのか不明な作
品だった。

『捨てがたき人々』
ジョージ秋山が1990年代後半に発表した原作の映画化。長崎
県五島を舞台に、風采が上がらず、生きて行くことにも飽き
た男が故郷に舞い戻る。しかしそこには自分を覚えている者
もほとんどいない。そんな男が顔にあざのある女と出会い、
少しずつ自分を取り戻して行く。監督は2010年2月紹介『誘
拐ラプソディー』などの榊英雄、主演は大森南朋。その脇を
三輪ひとみ、美保純、田口トモロヲらが固めている。九州が
舞台のダメな男の物語だが、個人的には今年7月に紹介した
青山真治監督の『共喰い』が重なって、その作品の骨太さに
比べると何となく弱い感じがしてしまった。

『ハッピー・イヤーズ』“Anni felici”
2012年7月29日付「三大映画祭週間」の中で紹介した『我ら
の生活』のダニエレ・ルケッティ監督による新作。ナルシス
トな「芸術家」の父親と、夫に献身的な母親、それに2人の
息子の1974年のひと夏が、長男の目を通して描かれる。なお
題名は英名も“Those Happy Years”だが、物語は年を跨い
ではいなかったように思う。その物語では、父親の展覧会が
散々な結果になったり、母親の不倫(父親はアトリエでモデ
ルと不倫しているが…)や、さらに息子の成長などが愛情と
ユーモアを込めて巧みな構成で描かれる。映画祭では無冠だ
が、個人的には一番好きな作品だった。

『ルールを曲げろ』“قاعده ی تصادف”
映画祭で審査員特別賞を受賞した作品。製作国イランの国情
を反映しつつ、海外公演の決まったアマチュア劇団に降り掛
かる障害が描かれる。物語の中心は主演女優。しかし彼女の
父親は出演に反対しており、実力者でもある父親はあらゆる
手段で娘の出国の妨害を図る。作品は各シーンがかなりの長
回しでそれは舞台の雰囲気も感じさせる。ところがそれがこ
なし切れていない感じもして、俳優はただセリフを言うだけ
で精一杯な感じ、正直に言ってその辺が僕には不満足な作品
だった。確かにここに描かれている不自由さや女性の立場の
弱さなどがイランの現状なのだろうが…

『ブラインド・デート』“Brma Paemnebi”
こちらも製作国グルジアの国情を反映した作品。主人公は高
校の教師。40代だがいまだに両親と暮らしており、余暇の楽
しみは幼馴染がネットの出会い系で探した女性とのデートが
もっぱらだ。しかし根が真面目な主人公は何時も何も起きな
いままデートは終ってしまう。ところがそんな主人公が既婚
の女性と親しくなったことから状況が変わってくる。それは
彼女の夫が出獄してくるまでの期間限定の付き合いだったは
ずだが…。映画にはホテルやリゾート地、女子サッカーなど
も登場するが、その風景はどこも閑散としたもので、背景に
ある貧しさがにじみ出てくるような作品だった。

『馬々と人間たち』“Hross í oss”
荒天や噴火など厳しいアイスランドの環境を生きる馬たちと
人間の関係を描いた作品。映画は複数のエピソードからなる
オムニバスで描かれており、その中では乗馬中の牝馬に突然
交尾してしまう牡馬の話や、沖合を航行するロシア船まで乗
馬のまま海に入ってウォッカを買いに行く話。さらに吹雪の
中で道に迷い、乗っていた馬の腹を裂いて中に潜り込み生き
延びる話など、温暖な国に暮らしている我々には信じられな
いようなエピソードが綴られている。また最初と最後に置か
れたエピソードが対句になっているなど、構成も巧みな作品
だった。映画祭では最優秀監督賞を受賞した。

『ある理髪師の物語』“Mga Kuwentong Barbero”
1970年代のマルコス独裁政権下のフィリピンを描く。舞台は
山間の村。そこに1軒の散髪屋があり、男性の理髪師は腕も
良く教会の牧師や市長からも信頼されていた。ところがその
理髪師が急死。町民の散髪は隣町まで行かざるを得なくなる
が、実は理髪師の髪は妻が切っており、その妻は夫から手ほ
どきも受けていた。それでも店の再開はためらう彼女だった
が、その店に反乱軍に身を投じた名付け子の青年がやってき
たことから話が動き始める。これに夫の不倫を耐え忍ぶ市長
の妻らの話が絡んで、不正がはびこる独裁政権の実態が明ら
かにされて行く。最優秀女優賞を受賞した作品。

『歌う女たち』“Sarki Söyleyen Kadinlar”
大地震が予知され、避難勧告が出されている孤島を舞台に、
種々の事情でその島から離れることのできない女性たちの姿
を描く。そこには家畜にはびこる疫病や、神の使いとされる
大きな鹿など様々な事象も描かれ、宗教的な要素も描かれて
いる。そしてそこに轟くような幻想的な音楽や、女性たちの
歌声も響き渡る。特に、劇中の要所に流れる不思議な感覚の
劇中の音楽は、それなりに聴き物にもなっていた。ただし、
その音楽に併せて挿入されるナレーションは、宗教的な意味
合いにしても意味不明で、何にか大上段に振りかぶっている
割には監督の意図が掴めなかった。

『ドリンキング・バディーズ』“Drinking Buddies”
今年公開のホラーオムニバス『V/H/Sシンドローム』で一角
を担ったジョー・スワンバーグ監督による作品。ミルウォー
キーのビール醸造所を舞台に、そこで働く女性とその飲み友
達の男性との関係が描かれる。出演は2011年8月紹介『カウ
ボーイ&エイリアン』などのオリヴィア・ワイルド、2011年
2月紹介『抱きたいカンケイ』に出ていたというジェイク・
ジョンスン、今年6月紹介『エンド・オブ・ウォッチ』など
のアナ・ケンドリック、2009年9月紹介『きみがぼくを見つ
けた日』に出ていたというロン・リヴィングストン。特に問
題のない作品だが、それ以上でも以下でもなかった。

『レッド・ファミリー』“붉은 가족”
2008年3月紹介『ブレス』などのキム・ギドク監督が原案と
脚本、製作総指揮と編集も務め、フランスで学んだという新
鋭イ・ジュヒョンが初監督した作品。物語の舞台は郊外の住
宅地。口喧嘩の絶えない粗雑な一家の隣に、実に礼儀正しい
家族が引っ越してくる。しかしその家族の実態は、脱北者の
粛清を行う北朝鮮のスパイだった。映画はこのスパイ一家を
中心に描くもので、それはかなり戯画化して描かれている。
一方の韓国の一家もかなり批判的に描かれており、何という
か両者の痛みも感じられる作品だ。ただ全体の雰囲気は生温
くて、特に結末には唖然とした。本作は観客賞を受賞。

『オルドス警察日記』“警察日记”
内モンゴル自治区オルドス市で、市の公安委員長まで務めた
警察官の姿を描く実話に基づく作品。主人公は高校教師から
警察官に転じた男性。彼は交通警官から刑事に転属し、殺人
事件から労働争議まで様々な案件に携わって行く。その間に
彼は賄賂などを一切排除し癒着にもメスを入れる。その一方
で優秀な人材も積極的に起用したが、仕事優先の生活は家庭
を顧みないまま終わってしまう。映画はその伝記記事を頼ま
れたジャーナリストを通じて描かれ、最初は英雄を描くこと
に批判的だった作家が最後は納得するまでが、観客にも判り
易く描かれている。本作には最優秀男優賞が贈られた。

『エンプティ・アワーズ』“Las horas muertas”
メキシコ湾に臨む港湾都市ベラクルスの海岸に建つモーテル
を舞台にしたちょっと切ない青春ドラマ。主人公は入院した
叔父の代わりにそのモーテルの管理を任される。それは若い
少年には多少過酷な仕事だが、少年もそれなりに理解はして
いる感じだ。そしてそのモーテルにやって来る客や、道路の
反対側でヤシの実を売る少年、さらに寝具の洗濯係の女性な
どが絡んで物語は進んで行く。物語には特に大きな事件もな
く、女性客との関係では2002年6月紹介『天国の口、終りの
楽園』なども思い出させる作品だった。本作は最優秀芸術貢
献賞を受賞。
        *         *
 なお今年はスケジュールの関係で、コンペティション作品
中の日本映画『ほとりの朔子』を観ることができなかった。
ただしこの作品は日本公開も決まっているようなので、試写
を観て改めて紹介の機会ができればと思っている。

 最後に今年の各賞は以下のようになった。
東京 サクラ グランプリ/東京都知事賞
             『ウィ・アー・ザ・ベスト!』
審査員特別賞            『ルールを曲げろ』
最優秀監督賞
    ベネディクト・エルリングソン『馬々と人間たち』
最優秀女優賞
        ユージン・ドミンゴ『ある理髪師の物語』
最優秀男優賞
         ワン・ジンチュン『オルドス警察日記』
最優秀芸術貢献賞       『エンプティ・アワーズ』
観客賞             『レッド・ファミリー』


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井口健二