井口健二のOn the Production
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2013年10月13日(日) 寫眞館/陽なたのアオシグレ、ゼロ・グラビティ、大英博物館 ポンペイ展、オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ、楽隊のうさぎ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『寫眞館』
2002年『パルムの樹』などのアニメーション監督なかむらた
かしによる17分の最新作。
丘の上に建つ写真館を舞台に、明治大正昭和を生きた1人の
女性の姿が描かれる。物語の始まりは軍人らしい夫に連れら
れた女性。シャイでなかなか顔を上げられない女性に写真館
の主人はいろいろ工夫をし、ついに微笑む顔を撮影する。
やがてその女性は女の子の赤ん坊を連れてくるが、その子は
しかめっ面を変えず、写真館の主人はいろいろ方策を練る。
そんな赤ん坊は成長し、就職、結婚、子供もでき、その都度
訪れて写真を撮るが、表情を変えることはなかった。
そんな女性の周囲では、戦争や大地震、高度経済成長など、
様々な社会の出来事が進んで行く。
この女性の人生が不幸だったのかどうかも映画だけでは判ら
ない。しかし男性社会の中で多くの日本人女性の人生はこん
な風だったのかもしれない。そんな切なさが見事に描かれた
作品だった。

『陽なたのアオシグレ』
2009年発表『フミコの告白』と2011年発表『rain town』で
文化庁メディア芸術祭に2年連続受賞を果たした石田祐康に
よる18分の劇場デビュー作。
主人公はちょっと妄想癖のある内気な小学生。彼はクラスの
マドンナに憧れを抱いていたが、彼にできるのは彼女を想い
ながら絵を描くことぐらいだ。ところが彼女が転校すること
になり、彼は何も伝えていなかったことに気づく。
そして彼は彼女の後を追って走り出す。それは次々に妄想を
呼び、彼の周囲では驚くようなアドヴェンチャーが繰り広げ
られて行く。物語は単純だが、繰り出される映像は、これが
日本アニメーションの実力という感じの作品になっていた。

という2作品だが、実は公開はシネ・リーブル池袋にて10月
13日に1日限定で行われるのみ。試写会はその前後に何回か
行われるが、一般には観る機会の少なそうな作品だ。
とは言うものの、作品の出来はどちらも素晴らしくて、これ
は紹介しなくてはと思わされた。
実は今年2月紹介『アニメミライ2013』を観たときは、
そのあまりに商業主義的な作品の羅列に一抹の不安を覚えた
ものだ。もちろん日本アニメーションはその商業作品で評価
されているのだが…。
しかし本作でその不安は解消されたと言える。これが真の日
本アニメーションと言いたい。

10月13日の限定公開はチケットも完売だったようだが、出来
れば改めて公開の機会を作ってもらいたいものだ。

『ゼロ・グラビティ』“Gravity”
アルフォンソ・キュアロン製作、脚本、監督、編集。サンド
ラ・ブロック、ジョージ・クルーニー共演によるゼロ重力の
宇宙ドラマ。
物語の始まりは、地表から600kmの軌道上で作業をしている
男女。初めてのミッションで不慣れな女性は、今回が最後の
ミッションというベテラン男性飛行士のサポートを受けなが
ら宇宙望遠鏡の修理に当たっている。
そこに緊急指令が届く。ロシアが自国のスパイ衛星の爆破を
目論み、それが誘爆を引き起こして大量の破片が軌道上を襲
ってくるというのだ。しかし指令は遅く、スペースシャトル
は大破して2人だけが宇宙空間に取り残されてしまう。
こうして何とか2人の命だけは助かったが、地上との無線連
絡も途絶え、生き残る術は遠くに浮かぶ国際宇宙ステーショ
ンにたどり着き、そこに来ているはずのソユーズで帰還する
方法だけだった。
こうして国際ステーションに向かって宇宙遊泳を始めた2人
だったが、その軌道上には90分の周回時間ごとに破片が襲い
掛かってくる。果たして2人はステーションに辿り着き、地
球に帰還することができるのか…?

2010年1月紹介『しあわせの隠れ場所』でオスカー受賞のブ
ロックと、2005年12月紹介『シリアナ』で受賞のクルーニー
が、VFX満載の3D宇宙アクションを繰り広げる。
なお画面上に登場する出演者は2人だけだが、エンディング
ロールの表記によるとミッション指令の声は、今年9月紹介
『ファントム開戦前夜』などのエド・ハリスが当てていたよ
うだ。
1969年にマーティン・ケイディンの原作を映画化した『宇宙
からの脱出』“Marooned”では、最後は地球から救援船が向
かうことになっていたが、今回の状況ではそれは無理。しか
し今や宇宙空間には各国の宇宙船が漂っている。そんな状況
の変化が新たな物語を生み出している。
しかも本作は3D。宇宙望遠鏡やスペースシャトル、国際宇
宙ステーションなどの造形が3Dで観られるのも素晴らしい
が、そこに衛星の破片が襲い掛かる。最近の3D映画が奥行
ばかりで不満を感じていた人には、正に自分に向かって飛ん
でくる破片の脅威を堪能できる作品だ。
さらに映画の上映時間は91分しかなくて、その間に90分の周
回時間の破片が2回襲ってくるから、経過時間はほぼ実時間
に近いと思われるが、その間にも次から次へと難題が襲い掛
かり、その緊迫感は半端ではない。
その上、クルーニーの人情味溢れる演技など、元々短い上映
時間がさらに短く感じられる作品になっている。これはキュ
アロンの脚本の上手さと、演出の巧さの賜物だろう。

公開は12月13日から3D/2DとI-Max 3Dでも上映される。
I-Maxは正規ではないが、3Dの迫力はぜひ堪能してもらい
たい作品だ。

『大英博物館 ポンペイ展』
          “Pompei from the British Museum”
ロンドンの大英博物館で開催された特別展「Life and Death
in Pompeii and Herculaneum」の会場を、今年6月18日に博
物館を1日閉館にして撮影・製作されたHD作品。イギリス
とアイルランドの映画館には生中継されて、チケットは完売
だったという作品が、再編集されて日本公開される。
紹介されるのは、西暦79年にベスビアス火山の噴火によって
埋没し、後年発掘されたポンペイと、その近隣の海沿いの町
エルコラーノから出土された品々。それらを鑑賞しながら、
大英博物館館長ニール・マクレガーを始めとする各方面の専
門家たちの解説で、当時のローマ人の生活が浮き彫りにされ
て行く。
その中では、イタリア料理のシェフが登場して当時の食文化
や、公衆かまどでパンが焼かれていた歴史を語ったり、また
ガーデニング番組の司会者がモザイク画から当時の植物につ
いて語るなど、考古学だけでない多方面からのアプローチが
なされる。またこの上映のために制作されたインサート映像
や音楽、詩などが作品を彩って行く。
それは特別なプライベート内覧会に招待されて、専門家たち
の解説付きで博物館を見学するという、極めて贅沢な雰囲気
を味わえるもので、通常の博物館の紹介映像などとは一線を
画した作品に仕上げられている。そこにはBBCなどのイギ
リスのテレビ界が長年培ってきたドキュメンタリーの手法が
見事に活かされている感じもした。
しかもモザイク画、フレスコ画から、炭化して残された家具
や食品など多岐にわたる品々が、最新の研究成果も含めて紹
介されるのだから、これは様々な興味を持って観ることがで
きるものだ。特に下水道の調査で発掘された品に関しては、
ユーモアのある解説もあって楽しめた。
それにしても、モザイク画に描かれた人物にいちいち台詞が
吹き出しのように付いていて、そこから当時の人々の生活ぶ
りが見えてくるのは、当時のモザイク画の技法がそうであっ
たようだが、何か意図的になされたようにも見えて不思議な
感じもしたものだ。
因に、ポンペイは3分の2が発掘され、一方のエルコラーノ
は4分の1程度のようだが、現在どちらの発掘も中断されて
いるそうだ。これは長年発掘されたポンペイでの保存の状況
が極めて悪くなっているためとのことで、今後は新たな方法
が見つかるまで遺跡は未来の研究者に残されるとのこと。
しかしすでに発掘された遺品の数々の研究も終ってはいない
のだそうで、今回は現時点での最新の研究成果が紹介されて
いるものだ。

なお日本公開は、横浜、川崎、金沢、兵庫、福岡などのシネ
コンで10月19日から、東京は11月2日から東京都写真美術館
ホールで上映される。

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
              “Only Lovers Left Alive”
2004年12月紹介『コーヒー&シガレッツ』、2009年8月紹介
『リミッツ・オブ・コントロール』などのアメリカン・イン
ディペンデントの雄ジム・ジャームッシュ監督による今年の
カンヌ国際映画祭でプレミア上映された最新作。
物語は、男女がそれぞれのベッドで同じレコード盤を聞いて
いるところから始まる。
男の名前はアダム。彼はデトロイトに隠れ住み、夜だけ活動
する伝説のロックミュージシャンとして匿名で楽曲を発表。
そして必要なものは守秘契約を結んだイアンという男性に運
ばせ、イアンは時折名品のギターなども持ってくる。そして
アダムは正体を隠して医師から血液を買い付けている。
一方、女の名前はイヴ。彼女はモロッコのタンジールで長年
の友人を通じて最高の血液を手に入れていた。そうその2人
は、現代に生き残る吸血鬼だったのだ。そしてイヴがアダム
に電話を掛け、夜間飛行の空路を乗り継いで、アダムの許を
訪れることから話が動き始める。
久し振りの再会を楽しみ、夜のドライヴでデトロイトの名所
などを訪れる2人だったが、そんな2人の間に闖入者が現れ
る。それはイヴの妹のエヴァ。普段はロサンゼルスに暮らす
エヴァは若い姿で遊び歩き、以前にパリで起こした事件によ
ってアダムの怒りを買っていたようだ。
しかし、こちらも久し振りの再会で3人は仲良くライヴハウ
スなどを訪れるのだが、その深夜にエヴァが再び事件を起こ
してしまう。こうしてデトロイトを離れることになったアダ
ムとイヴはタンジールに向かうが、そこにはさらに厳しい現
実が待っていた。

出演は、2011年6月紹介『マイティー・ソー』で悪役ロキを
演じたトム・ヒデルストンと、昨年3月紹介『少年は残酷な
弓を射る』などのティルダ・スウィントン。
他に、昨年12月紹介『アルバート氏の人生』などのミア・ワ
シコウスカ、2月紹介『裏切りのサーカス』などのジョン・
ハート、今年6月紹介『スター・トレック イントゥ・ダー
クネス』などのアントン・イェルチンらが脇を固めている。
それにしてもオーソドックスというか、クラシカルな感じの
吸血鬼映画で、カンヌの記者会見で監督は、吸血鬼を題材に
したことについて「金が儲かると言われたから」とブームに
乗ったような話をしたそうだが、脚本は7年以上も前に書き
上げて、時期の到来を待っていたようだ。
そして作品には、クリストファー・マーロウからドクター・
ファウスト、カリガリ、ストレンジラヴ、さらにアメリカの
音楽シーンまで様々な要素がオマージュのように散りばめら
れ、正しく大人が楽しめる吸血鬼映画に仕上げられていた。

公開は12月。TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラス
トシネマ渋谷、新宿武蔵野館、大阪ステーションシネマ他、
全国ロードショウされる。

『楽隊のうさぎ』
中沢けいが2000年に発表し、2010年センター試験の問題にも
取り上げられた原作小説の映画化。
主人公は、学校からは出来るだけ早く帰りたいと考えている
内向的な中学校の新入生男子。ところがその学校では部活動
が義務付けられており、幼馴染の同級生からはサッカー部に
誘われるが、あまり乗り気ではない。
そんな時、昼休みに校庭から演奏が聞こえてくる。それは吹
奏楽部の入部勧誘だった。そして主人公が1人の時、突然目
の前に人間サイズの着物を着たウサギが現れ、彼を音楽室へ
と誘う。
そしてその音楽室で上級生の女子がティンパニを演奏する姿
を見た主人公は、彼女に誘われるまま吹奏楽部に入部する。
しかしそこは朝練から放課後練習まで、校内で最も拘束時間
の長い部活だった。
出演する生徒たちは、全員オーデションで選ばれたそうで、
音楽経験もバラバラな子供たちが、最後は自分たちの演奏で
物語を締めくくるまで、ドキュメンタリーのような味わいで
映画は作られている。
因に映画化は、撮影地・浜松市の市民映画館シネマイーラが
中心となって企画されたもので、楽器会社のお膝元で元々学
校教育で吹奏楽が盛んという背景もあり、市民発案の企画が
実現したようだ。
また浜松市は、今年5月紹介『はじまりのみち』にも描かれ
ているように、昨年生誕100年を迎えた木下恵介監督の故郷
でもあり、そのことから機運も高まっての今回の映画化とさ
れている。

監督は、磐田市出身で2010年『ゲゲゲの女房』などの鈴木卓
爾、脚本も『ゲゲゲの女房』の大石三知子が担当している。
出演は、オーディションで選ばれた子供たちの他に、音楽教
師役で2006年4月紹介『初恋』などの宮崎将、うさぎの役は
昨年1月紹介『レンタネコ』などの山田真歩、主人公の両親
役に昨年7月紹介『かぞくのくに』などの井浦新と11月紹介
『しあわせカモン』などの鈴木砂羽。さらに徳井優らが脇を
固めている。
悪い映画とは思わないし、子供たちの成長も見事に捉えられ
ていて児童劇映画としては「文部科学省選定」の肩書きも頷
ける作品だ。ただ映画を観ていて、例えば主人公が演奏会の
メムバーから外される展開はあまりに唐突で、何か前置きが
あった方は良い感じがした。
それに肝心の「楽隊のうさぎ」の存在理由が全く映画の中で
説明されておらず、何だか呆気に取られてしまった。これは
原作を読めば判るのかもしれないが、映画は独立した作品で
あるのだから、この辺はもう少し原作を読んでいない観客も
考慮して欲しかったものだ。

公開は12月14日から、東京は渋谷ユーロ・スペース、新宿武
蔵野館、浜松シネマイーラ他で、全国順次ロードショウとな
る。また、17日から開催される今年の東京国際映画祭では、
新設の「日本映画スプラッシュ部門」でも上映される。


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井口健二